チャールズ・デニストン・バーニー卿(第2代準男爵)が自身の設立した会社、ブロードウェイトラスト・カンパニーで開発した無反動砲。
345-BurneyGun
ザ、ザクバズーカ…?

1940年代初頭、バーニー卿はスウェーデンのボフォース=カール・グスタフ社のm/42 20mm対戦車ライフルの開発に関与していた。
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カール・グスタフ社は大口径ライフルの反動除去に従来試みられてきた(英国のボーイズ対戦車ライフルのような緩衝装置やマズルブレーキによる)方策とは異なるアプローチを採用していた。

無反動砲の原理だ。


m/42対戦車ライフルが使用する20×180R弾は底部に燃焼ガスの噴出孔を設け、銃本体のブリーチ(尾栓)をノズル型に後方開放する事で噴出するガスをカウンターブラストに利用した。
ATR2
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20×180R弾の底部。ガス噴出用の開口部がある。

しかし、燃焼ガスの一部をカウンターブラストに使用する無反動砲原理では弾丸は高速度(=高運動エネルギー)を獲得できず、年々厚みを増す戦車の装甲には対抗しえないとしてm/42対戦車ライフルは研究の域を出なかった。

バーニー卿はこのm/42対戦車ライフルをスケールアップした物を自社ブロードウェイトラストで開発したのだ。
口径を3.45in(87.6mm)にボアアップし肩に担ぐか三脚に固定して発射可能な重量(75ポンド)にまとめた物をP1の呼称で1942年10月に軍のトライアルにかける。

だが前記の弾丸の運動エネルギーロスの問題は解決されていない。

だったら弾丸を速度に関係ない破壊力を持った物にすれば良いじゃない!、とばかりにバーニー卿は弾頭にプラスチック爆薬を詰め込んだ粘着榴弾(HESH:High explosive squash head)を発明してしまう。

…よく判らないのはすでにHEAT(成形炸薬弾)とそれを使用する歩兵携行武器PIATが存在していたにもかかわらずわざわざHESHという新機軸を打ち出してしまうその発想だ。
やっぱり「オリジナルな物を生み出すのが偉い」というヨーロッパ気質なのだろうか…?

軍も最初はHESHが対戦車用に使えるのか懐疑的だったらしくコンクリート目標用弾頭である事を強調した「Mk1ウォールバスター」弾と名付けた。

バーニー卿自身も保険のためか命じられてかHEATカートリッジを試作している。
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でも実際に試験してみると装甲目標にも効果があることが判り、1943年に専門の開発部門(RCLグループ)が立ち上げられた。
軽便ではあるが使用に難があるPIATの補助、もしくはリプレイスが意図されていたはずだ。
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PIAT。構造が単純で敵の迫撃砲弾も使用できてしまう利点があったが、
90kgもの反発力があるバネを押し下げての装填・再装填は相当な労力
と危険を伴った。

バーニー卿のP1に手直しを加えたP2が試作された。
口径は同じだった(25ポンド砲と同じ口径だったので必然的に25ポンド・ショルダーガンと呼ばれる事となった)がクロムスキット式(「砲弾の薬莢に多数のガス噴出用の孔が空いており、発射時にはその孔より噴出したガスを大型の薬室に一時溜め、適度な初速を得るのに必要な砲腔圧力を発生させた後、砲尾から噴出させる」: Wikipediaより)の採用により、薬室が大型化し、その後部には4本のベンチュリ管が突き出した。
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同じ構造で口径を3.7インチにしたモデルも並行開発された。
7in Mk 1

だが問題が明らかにもなった。
燃焼ガスによる腐食と磨耗がベンチュリ管周辺で発生し、反動の度合いが著しく変化するのだ。

1944年11月、極東での配備を目標とした生産計画が打ち出されたが問題点の解決に手間取っているうちに終戦となった。
「バーニー・ガン」は135丁が生産され各種評価試験に供されたが、実戦に使われることはなかった。
結局、英国の歩兵携行用対戦車火器はPIATのままだった。

だがHESHは有効な対戦車・対物弾頭として後のL2バット、L4モバット、L6ウォンバット無反動砲でも使用されている。
Mobat15
L4モバット
655_Wombat
L6ウォンバット
共に口径120mm

(参考:「
The British 3.45 in Mk 1 RCL Gun
「British Infantry and Supporting Arms 1920-1950」
「TRANSITIONAL ANTI-TANK RIFLE: THE CARL GUSTAV M/42
)