蛇乃目伍長の「エアフォースの英国面に来い!」 Mk.2

歴史に埋もれたヘンな物偏愛ブログ。ただし基本 拾い食いなので安全性(信憑性)に関しては注意だ!

2013年04月

チャールズ・ジマーマンの奇妙な愛情

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チャールズ・ジマーマン Charles H. Zimmerman(1908 - 1996)
1908年カンザス州生まれ。
カンザス州立大学で電気工学を学んだ後、
1929年にアメリカ航空諮問委員会(National Advisory Committee for Aeronautics、NACA)のラングレー研究所に入所し、「航空機の安定性制御」の研究を始めた。
風洞試験施設の主任として経歴を積む一方で革新的な航空技術を模索し始める。
主な研究テーマは「低アスペクト比翼」、「垂直/短距離離着陸」、「キネステティク・コントロール」(人体の反射的な重心移動を飛翔体の制御に利用しようというもの)、である。


「低アスペクト比翼」の研究結果はXF5U-1として結実する。
xXF5U-1HPF106-I
そしてXF5U-1に「垂直/短距離離着陸」の要素も含まれている。
もともとSTOLは予定されていたXF5Uの特徴だが「垂直」って?

1945年7月に「AIRCRAFT HAVING EXTENSIBLE LANDING GEAR POSITIONABLE For HORIZONTAL AND VERTICAL TAKE-OFF(水平そして垂直離陸用に位置換え出来る伸張可能な降着装置を持った航空機)」という特許をジマーマンは申請しているのだ。→
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(1946年に “Flying Wing Helicopter” として製作された模型。多分、XF5Uの計画自体、雲行きがかなり怪しくなっている頃)

また、実験機V-173の縮小模型の段階でもVTOL性が意識されていた事が窺える。



一方、「キネステティク・コントロール」の研究は1953年にヒラーVZ-1に発展する。
vz_1

その10年前の1943年にジマーマンは「
HELICOPTER FLYING APPARATUSというアイディアを特許申請している。→

が、さすがに初期のためかちょっとぶっ飛んだ所があります。
US2417896_01
その…先生、FIG.1の41と記されたラヴリーなお耳は一体?
result

申請書の8ページ目にある解説は以下の通り
Suitable small wings or air-foils 41 may be provided at the sides of the headgear to produce a slight lifting action as the flyer moves through the air in a substantially horizontal position.
ヘッドギアの側面に取り付けられるであろう適切な小翼(41)は飛行者が水平位置で空中を移動する時に僅かな揚力を発生させる。
The angle of the air-foils 41 should be such that the lift imparted to the head will simply relieve the strain on the flyer's neck muscles, which would normally be encountered in holding his head up, against the action of gravity, while stretched out in a substantially horizontal position.
小翼(41)の角度は飛行者の頭部に揚力を与え、水平飛行中に重力に逆らって頭部を上げた状態に保持しなければならない首の筋肉の負担を軽減するように設定されるべきである。
なるほど、ただの飾りではない訳ですね。
…でも「水平位置」とか「水平飛行」って…。
US2417896_02
result
先生!?(動揺)

ただしジマーマンが誠実な研究者だった証拠に、わざわざ実験機をホームビルドしていた事が判る写真が残されている。
CharlesZimmerman
さすがに「水平飛行はムリ」という結論になったようだが…。

DRAGON 1/144 X-3 Stiletto

コンテ描きのお仕事が早めに終わったので帰途下北沢に向かい、小田急ホームからのクソ長い階段をえっちらおっちら登ってサニーさんへ。

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したらばアナウンスから2ヶ月遅れのドラゴンX-3が店頭にありました。

やった!待ってたんだよ~!

どれ、中身は。

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ギャアアアアアアア!(しかも胴体5+1分割)
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ダブルギャアアアアアア!

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キャノピーギャアアアアアア!(フレームが凹、窓が凸)

…ま、X-1もこうだったから仕方ないっちゃ仕方ないや…。

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なんか空の袋が入ってると思ったら金属製ピトー管でした。

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デカールはこんな。 …何か足りなくない?

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これ、この「RESCUE」の赤矢印は良いアクセントなんだけどな…。

ホバータンク

サンドストーカー
M3A1(鋳造車体のリー中戦車)ってカッコいいですよね? 
そのままマシーネンに出られそうなエロいラインをしていると思います。
のでサンドストーカー 的なものを描いてみました。 

エアインテークは胴体側面(ダクトは屈曲してるので敵弾が飛び込むことはありません)、胴体ケースメート砲の後ろの車体上面、砲塔後ろの段差部分。
一部は後部のガスタービンに送られてリフトファンをシャフトドライブで駆動します。排気は推進力に。

ケースメート(レーザー 砲)はそのままガンナーを納めるカプセルとなっています。砲塔も車長を保護するカプセル状。つまりドライバーを含めた3人の乗員は完全に隔離されています。 

ATGMは誘導ユニットも含めてオプションです。これが付くと車長は35mm機関砲の操作、周囲の視察、ATGMの操作とワークロードが大変な事に。

対してケースメートのガンナーは時として砲の操作権を車長に取られる事もあるので「あいつホントは要らないんじゃね?」と言われる始末。

ハンティングパーシヴァル “ハリアー”

P.74ヘリコプターでミソをつけてしまったハンティングパーシヴァル社ですが、こんな物も作っていました。

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「ハリアー」と呼ばれる折り畳み式4座軽量ジープで1957年に試験的に4台のみが作られました。
パラシュートでの空中投下を念頭に設計されています。
英国陸軍による輸送機に搭載したりヘリコプターに吊り下げられる空挺部隊用軽量車両の要求に対してHP社のJ・ドルフィン氏が設計を行ないました。


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輸送時は長さ10フィート4インチ×幅1フィート9インチ×高さ3フィートの箱形に折り畳む事が出来ます。
乗員4名によって持ち運ぶ事が可能で展開から走行開始まで1分ほどだったそうです。

エンジンは600 BSA A10モーターバイク用の2気筒空冷エンジン(650cc、30英馬力)でギアは前進4段。
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1954 BSA A10 Golden Flash
(1954年型 600 BSA A10)

展開時のホイールベースは7フィート10インチ、全長8フィート9インチ×幅4フィート×高さ2フィート10.75インチ(エンジンハウスの高さ)、重量700ポンド、最高速度は60mphでした。


やっぱりウェルバイクが好評だったのがこういう車両を作るきっかけだったんでしょうか?
Welbike+with+SOE+man+001
ウェルバイク以前は自転車でしたからやはり現場としてはウェルカムだったとは思います。
…う、上手いこと言ったつもりじゃないわよ!?
jpg
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ちなみにこの自転車はBSA社製だそうです。
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なんか変な所にこだわりを発揮してますね(笑)


ハリアーの方に話を戻すと、極限までコンパクトにしてみる、というのは英国自動車産業の1つのオブセッションのようにも思えます。
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(Peel Trident)

3
(Peel P50)
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(Scootacar)

しかしウェルバイクの「車輪が小さくて走破性に難あり」という欠点を直すつもりがなかったようなのは何故なんだろう?
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装甲スノーモービル 02SS

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1939年から1941年にかけてNKVDのレニングラード第5工廠は繰返し装甲スノーモービルの製造を試みていた。

1940年12月11日、02SS(TSKB-50)の開発が承認されロシンスキー・カサトキン(Loschinsky Kasatkin)をはじめ、Ponomarev、Zaitsev、 Makarovらが製造にとりかかった。

設計段階での02SSは素晴らしい物になるはずだった。だがプロトタイプを作る過程で従来のスノーモービル製造手法の限界が明らかになった。

シュベツォフM-25空冷エンジンを搭載したモデルとクリモフM-103A水冷エンジン(864馬力)を搭載した02SSがテストされたがその結果は惨憺たる物で、空冷エンジン搭載モデルは前進することすらままならなかった。
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(シュベツォフ M-25)
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(クリモフ M-103A)

対する02SSもわずかにまし、という程度だった。

テストの結果を受けていくつかの改良が施された。特筆すべきは可変ピッチプロペラの採用だ。しかし逆進は出来なかったので2つのブレーキシステムが考案された。

1つ目は雪面にフックを打ち込んで制動をかけるものだが装置が車体前部に取り付けられるため思いがけない回転モーメントが発生する恐れがあった。
もう1つは橇の角度を変えて制動をかけるという物だった。

最終バージョンには23mm砲(VYa-23? 装弾数300発)とDT機銃(装弾数1890発)を装備したT-40の物に似た砲塔が取り付けられた。
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(VYa-23)

その他にハッチに取り付けられた榴弾発射口からはPPD短機関銃の射撃が可能だった。
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(※これはNKL-26 1942年型に装備されたグレネードランチャーだがこれに似た物ではなかっただろうか?)

全長7m、全幅2m(プロペラガードを含めると3m)、乗員2名、重量は不詳。
(※そして残念な事に装甲のデータがない。NKL-26が前面に10mmの装甲を施していた事を考えるとそれ以上の物だとは思うが…)
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1941年初頭にテストが行なわれたがまだブラッシュアップが必要だった。しかし戦争の激化と工場の疎開によって作業は中断された。第5工廠もNKVDからNKSP(※Народный комиссариат судостроительной промышленности СССР:造船業人民委員会)に移管され、キーロフに疎開した後にソスノフスカヤ造船所と統合された。
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実現しなかった計画には空冷エンジンを搭載したAB-2-7(1940年のテストで前進もままならなかったモデル?)がある。
より小さくタイトな構造の装甲スノーモービルだったがRS-82ロケット弾と2丁の軽機関銃を装備していた。
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(※これもやはりNKL-26 1942年型に装備されたRS-82ロケットランチャーだが同等の物が予定されていただろう)

パトロール用と拠点防衛用の2バージョンが計画されたが量産には至っていない。

(今回のソースはこちら→
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