今回はおそらく当ブログの読者さん達にとってなんともカテゴライズに困るネタのはずです。
でも調べちゃったから何らかのアウトプットをしときたかったの。
ゴメンちゃい。(謝れば済むというものではない)

1950年代初頭のアメコミ界では「核戦争ジャンル」が存在しました。
Atomic War! #3
Atomic Attack #7
Atom Age Combat 1952#1 (#1)
感覚的には「コンバット!」に核兵器がプラスされた程度の気軽さでバカスカキノコ雲が立ち上る内容。(もちろん中にはきっちりカタストロフを描いた部分もあります)

で、これらのコミックを調べていた所、こういうチラシの画像を見つけました。
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あー、うん、「原爆のおかげで戦争が終わるよ!神様ありがとう!」なヤツね、と思ったのですが文言を訳してみるとどうも様子が違う。
It has brought to the human race the first scientific proof of the radio-active, atomic power of the spirit of god in U.S.-for we-too are composed of atoms.

それは人類に放射性の、原子力として顕された神の御心の最初の科学的証明を米国にもたらしました - 私たちもまた原子で構成されています。


For 20 years we have been teaching that all the power of the universe exists, not only for us, but in U.S. It is the Sprit of GOD. That most flashingly brilliant, dynamic, electrifying power this world will ever know.

20年の間、私たちは宇宙のすべての力が存在することを伝えてきました。それは私たちだけでなくアメリカにもあります。それは神の御心です。この世界で最も光り輝き美しくダイナミックかつ目の醒めるような力はこれまでなかったでしょう。


Power to achieve every good thing you need in this life.
Power to make you well, both in body and spirit.
Power to produce a super-abundance of material and spiritual wealth awaits you because the LAW GOVERNING THESE THINGS ACTUALLY EXISTS IN YOU - NOW.
We teach you how to intelligently find and use this actual and literal power of the invisible GOD.

あなたがこの人生で必要とするあらゆる良いことを成し遂げる力。
体と精神の両面であなたを健やかにする力。
非常に豊富な物質的かつ精神的な富を生み出す力はあなたを待っています。なぜなら、これらのものを支配する法則はあなたの中に実際に存在するからです。
目に見えない神のこの実際のそして文字通りの力を知的に見つけそして使う方法を私達はあなたにお教えします。

「原爆は戦争を終わらせる正統な手段」とかいった政治的主張ではなく、どこか超然とした信仰一筋なものを感じさせる文面。

このチラシ、短命に終わったキリスト教の新興宗派である「サイキアナPsychiana」の物でした。
教祖はフランク・B・ロビンソン。
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非常にカリスマっぽい眼力の持ち主で、その人生も含めてキャラクター造形の格好の材料になると思いましたのでサイキアナの英語Wikiを訳してみました。



◎サイキアナ(Psychiana)

サイキアナは1928年にフランクリン・B・ロビンソン Frank Bruce Robinson(1886~1948)を創始者とする「ニュー・ソート(New Thought:19世紀の米国で始まったキリスト教の新宗派の一つ→)の流れを汲む宗派。本拠地はアイダホ州モスコーMoscow。雑誌広告やダイレクトメールで信徒を勧誘する手法を取っており、それはその後もほとんど変わっていない。

サイキアナの最初の広告は1929年、ワシントン州スポケーンSpokaneの出版社の雑誌に掲載された物だった。ロビンソン自身が書いた「私は神と対話した(実際に、そして文字通り) "I TALKED WITH GOD (yes I did, actually and literally)"」という手記がロビンソンの写真とともに巻頭に掲載された。
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ロビンソンが謳う「健康、富、幸福の確約」に関心を持ちコンタクトした人々は隔週刊のメールマガジンによる説教の購読契約を結んだ。
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ロビンソンは印刷機を購入して出版社「サイキアナ社」を起業し、スピリチュアルなテーマに関する様々な著作と共に自身の回顧録「フランク・B・ロビンソンの奇妙な自叙伝Strange Autobiography of Frank B. Robinson」を発売した。
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(モスコーのサイキアナ社屋)

◎サイキアナの教義

サイキアナの教義におけるロビンソンの考えは伝統的な形而上学を源とし、ニュー・ソートの一つに分類できる。ロビンソンはサイキアナのレッスンでは肯定 (affirmations) 、肯定的思考 (positive thinking) 、自助 、精神的な治癒などの概念を採用し、信徒の勤勉さには身体的健康と物質的繁栄が見返りとして現れると強調した。(※あの「マーフィーの法則」はこうしたニュー・ソート的考え方のパロディとして登場した)

ロビンソンは「サイキアナ」という名称が夢の中に「降りてきた」と語り、悪びれる事なく自身を預言者と称した。そしていずれは自分が世界的な革命の精神的支柱になると考えていた。その一方で組織をモスコーの本部以上に拡大する事はほとんどせず、自身が全てに厳密に対応することを好んだ。
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(印刷作業中のロビンソン(右端))

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(信者、ではなく従業員のDM封入作業風景)

◎サイキアナの活動をめぐる論争とロビンソンの生い立ち

サイキアナは大恐慌の時代に急激に信徒数を増やしたが、その「ビジネス的」な性質やロビンソンが繰り広げた伝統的なキリスト教に対する厳しい批判が多くの保守層の反感を買うことになった。

アイダホ州の連邦裁判所は、ロビンソンが不法滞在の外国人であるとする反サイキアナ派の提訴を受け、国外追放を審議し始めた。ロビンソンは自分が英国出身であることを認めたうえで、自分は父親のニューヨーク滞在期間中に生まれたので米国市民であると主張した。

ロビンソンは英国バッキンガムシャー州の生まれで、幼い頃から父親と共にカナダのオンタリオ州と合衆国を行き来する生活だった。
独り立ちしてからはカナダ騎馬警察と海軍出入りのメンテナンス業を営んでいたが、やがてアルコールに溺れるようになって廃業した。

1919年にパールという名の女性と結婚し薬剤師の職に就いた事で更正の道を歩み始めた。宗教への傾倒はこの頃に始まったとみられる。

神学院(Bible Training College)に通ったがその内容に満足できなかった。口がうまく、誇大妄想の傾向があったロビンソンは従来のキリスト教の教義に自らを当てはめる事を良しとしなかった。ポートランドに居住していた1925年頃から彼は彼が「現代の神(Now-God)」と呼ぶ内的な力を説いた新しい宗教に関する著述を始めた。

1928年には勤務していたドラッグストアチェーンの経営者に午後6時にシフトが終了するポストへの異動を承諾させた。これによってロビンソンは著述の時間を得ると同時に、後にサイキアナの発祥の地となるアイダホ州モスコーへと転勤したのだった。
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(ドラッグストア勤務時代のロビンソン(右端))

ロビンソンは不法滞在をめぐる裁判に敗訴し国外退去を命じられた。

彼は英国ではなくキューバに向かった。キューバ滞在中にアイダホ州上院議員ウィリアム・ボラがビザ取得を手配してくれた。そのためロビンソンはすぐにアイダホに戻り、1942年に米国に帰化したのだった。

◎サイキアナの評価とその後

ロビンソンは他人の富、特にそれを表すミンクのコートなどを騙し取る傾向があった。そのため信者の財産を奪うと非難された事もある。

作家のミッチ・ホロウィッツは2009年の著作「オカルト・アメリカOccult America」
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でロビンソンに一つの章を割いて記述し、総合的にはロビンソンはサイキアナの運動に対しては誠実であり、有用な教えやアドバイスを提供していると結論付けた。

さらにサイキアナは成功したもののその収入の多くが数千通のメールマガジンの作成費と郵送料に充てられ、ロビンソンの年収は2009年換算で13万ドル程度とした。

この額は全国の平均年収を上回るがホワイトカラーのそれとは比較にならず、その生活は決して豊かではなかったと見られる。

1948年にロビンソンが死去すると妻のパールと息子のアルフレッドがサイキアナの活動を継承しようとした。
しかし5年後、アルフレッドはセントルイスからの買収の提案、さらにアイダホ大学への資料提供を断ると事業を閉鎖した。アルフレッドは長老派を信仰しており父親の神学的信念を受け入れなかったためとも言われている。