良い天気だ、良い天気だ、外は雨だけれど
あなたと話す時間が少し増えたんだもん。
天気のうた/ザ・マスミサイル

雨=悪い天気だと思っていませんか。
要は、気持ちの問題、内心の問題、主観の問題だと言うことです。
何を確信するかが問題ですね、現象学ですね。

今日は、所有の意思について考えます。
つまるところ、取得時効のお話です。

自主占有とは、所有の意思をもってする占有と定義されています。
そして、所有の意思があるか否かは占有権原の客観的性質によって決まるとされています。そこで、所有権原に基づく占有が自主占有とされています。

しかし、ここで所有の「意思」が、権原の客観的性質によって決まるのはなぜか。
所有の意思は、規範的要件なのか。

所有の意思が推定されていることから、これを否定する当事者が他主占有権原または他主占有事情を主張立証しなければならないと言われています。
そして、他主占有権原または他主占有事情を主張立証の対象と捉える以上、所有の意思は規範的要件であると考えるのが通常でしょう。
つまり、所有の意思がないことの評価根拠事実(他主占有権原または他主占有事情)を取得時効を否定する当事者が主張立証するのです。

ここで、他主占有権原を他主占有事情の区別は、1つの事実で決まるか否かとされています。例えば、他主占有権原の例としては賃貸借契約がありますが、他主占有事情は、公租公課を支払っていないなど多種多様です。
ここまでが通常の考え方ですし、以上のことを押さえておかなければ取得時効の問題には対処できません。

ところが、実は、所有の意思と言うのは規範的要件ではないと考えています。他主占有事情はあくまで所有の意思がないことを推認させる間接事実で、他主占有権原も所有の意思がないことの間接事実と考えています(正確には、賃貸借契約の締結という事実が間接事実となります。)。
所有の意思は、「意思」であって、どこまで行っても個人の内心の問題であって、この意味において主観の問題です。

つまり、他主占有事情とは、刑法で問題とされる故意(罪を犯す意思(刑法38条))と同様に、周囲の事情から主観である所有の意思を推認する事実なのです。
このように所有の意思をあくまで、主観の問題と考えることでいままで述べてきたことが明確になってきます。

他主占有権原についても主観の問題として解決できます。
以前、記事を書いたように私的自治のもとでは権原を設定されるのは、意思のパワーによってです。そうすると、どのような権原が設定されたということ(どのような契約が締結されたかということ)から、そのような意思を有していたかを確定できます。
この意味において、所有の意思は、権原の客観的性質から決まるということを理解することができます。

以上のように考えることで、色々なことがはっきりしてきます。
他主占有権原を他主占有事情の区別は、1つの事実で決まるか否かだという点に関しては、周囲の客観的事実の積み重ねから所有の意思を推認するため他主占有事情は、周囲の客観的事実の量に応じて多くの事実があり得ます。他方で、他主占有権原は、権原設定と言うまさに意思の問題をストレートに表現していることから、1つの事実(どのような契約が締結されたかという事実)から確定できますね。
この他に、相続による占有取得と言うのは、相続が意思に基づかない権利等の移転であって、意思に基づかない占有取得であるが故に、相続は所有の意思には影響を与えないということになります。相続は、所有の意思に関して沈黙しています。したがって、相続自体は民法185条の「新権原」にはならないという帰結になります。

他にも色々わかってくるのかもしれませんが、疲れてきたので今日はここまでということで。
最近は意思のお話が多いので、この流れで、いずれ権利と意思の問題も書きたいと思います。
あと書きたいと思っているのは、憲法に関することですが、法令違憲、適用意見、合憲限定解釈の関係です。

ではでは。