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阪神・淡路大震災の被災地は17日、発生から23年を迎えた。

6434人の犠牲者を悼む行事が各地で開かれ、遺族らとともに、震災を直接経験していない世代の若者も祈りを捧げ、記憶や教訓の継承を誓った。

大粒の雨が降る中、神戸市中央区の東遊園地では午前5時から、「1・17のつどい」があった。


「1995 伝 1・17」の形に並べられた約7千本の竹灯籠(どうろう)に火がともされ、市民らは発生時刻の午前5時46分に黙禱(もくとう)した。


震災で次男秀光(スグァン)さん(当時20)を失った崔敏夫さん(76)=神戸市須磨区=が遺族を代表し、「息子の分まで頑張ることが私に与えられた使命」と述べた。


久元喜造市長は「震災を知らない市民が増えていく中で、震災から得た経験や教訓をいかに次世代に継承していくかという課題に取り組む」と誓った。


阪神・淡路大震災 1995年1月17日午前5時46分に発生したマグニチュード7・3の直下型地震で、震源地は兵庫県・淡路島北部。淡路島や神戸市、同県西宮市、芦屋市などで気象庁観測史上初の震度7を記録した。


死者6434人、行方不明者3人、負傷者4万3792人に上り、全半壊した住宅は約25万棟。兵庫県内では震災直後、最大約32万人が避難した。被害総額は約10兆円とされる。


引用元 http://www.huffingtonpost.jp/2018/01/16/great-hanshin-awaji-earthquake-23_a_23335223/



あの年はいろんなことが重なりました。


今でも朝起きてテレビをつけた時の高速道路倒壊の映像は目に焼き付いています。


3月には私も使っていた地下鉄で、オウムのサリン事件。


秋にはアメリカで連邦ビル爆破テロ。


阪神淡路震災は、東北の震災、911、オウムと並ぶ一生忘れられない光景でしょう。


当時の首相・社会党の村山富市が自衛隊の出動を遅らせなかったら、助かる命がいくつあった事か。


知人も神戸で被災したのですが、地元でも周囲の若者もそろそろ震災を知らない人が増えて来たようです。


東日本大震災も今年で7年。熊本地震からは2年。


次の震災がどこになるにしろ、これらの体験が語り継がれる事で一人でも多く助かればいいと思います。


今夜は、みんなで亡くなられた皆様のご冥福を改めてお祈りしましょう。





※編集後記


今夜、ディスカバリーチャンネルを見ていたら、世界の火山や地震などの災害地とそのメカニズムを探る番組をやってました。


前回はクラカタウ火山で、今夜は日本でした。


神戸の震災も東北の震災も取り上げ、司会者が実際に津波の模擬実験や車に乗ったまま津波に会う実験をしていました。


富士山ふもとの神社を訪ねたり、日本の建築に伝わる地震対策も紹介してたんですね。


被災した人の体験談を聞いたり、声を潜めるところでは声を潜め、敬意を払った番組と思いました。


ところで『日本人が死んで嬉しい』だの『日本沈没しろ』だの『富士山噴火しろ』と毎日言ってる国がどこかにありましたね。


覚えておきましょう。