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ご訪問頂きありがとうございます。ブログのみの更新です。今日の記事は同意してもらえないと思います。

昨日、記事を更新しようと思ったのですが、11時50分まで書いても、それなりにならず更新できませんでした。

先日、ある日本女性のブログを読みました。私のブログを見て頂いた事もあるようです。

保守ブログと言っていいと思いますが、敢えて苦言を言わせて頂きたいと思います。

その女性のブログには、韓国人慰安婦・現在の韓国人売春婦を『淫売』と書いてありました。



女性ですから、慰安婦や売春婦などに生理的な嫌悪感があるのはわかります。納得と言うのではなく、そう言いたくなるのも理解『は』出来ると言う意味で。

ただやはりそういった『淫売』と言うような侮蔑的表現は避けるべきと思う。

批判はいい。皮肉も嫌味もまだいいでしょう。だが、侮蔑侮辱はいい事とは思えない。

韓国人慰安婦を批判するのであれば、慰安婦という職業ではなく、『慰安婦になった経緯を正確に語らない事や日本批判の政治工作に利用している事』に限定すべきです。

また現在の韓国人売春婦に関しても、『観光と詐称して売春している事』を批判すべきで、売春という職業を口汚く罵るのもどうだろうか。



このブログの読者の半数は『何を言っているのか』と同意しないと思います。ある程度分かって頂けるのは、昔からの少数の読者かもしれません。

たとえそうだとしても『慰安婦・売春婦』という行為自体を、罵るのは如何なものかと思う。

まず慰安婦の大半は、『日本人女性』であった事を忘れているのではないかと思う。日本人慰安婦も嬉々として働いていた訳ではないだろう。

慰安婦になった事を『淫売』と罵れば、彼女たち日本人の慰安婦を罵倒するのに等しい。

仮に慰安婦が売春婦と同義であったとしても、戦場に行き精神的に追い詰められていた日本兵を受け入れてくれていた事は、感謝とは違うが・・それに近いものがあってもいいのではないだろうか。



『今日死ぬか、明日死ぬか』と悲壮な男を、一時だけでも慰安してくれたと思えば、罵倒がふさわしいとは思えない。

日本人慰安婦が名乗り出たら『この淫売女』と罵るのかという話だ。

また売春婦にしても、日本では公式に売春婦と容認される事はないが、風俗業で働く女性もいる。

その全員が嬉々として働いているはずも無く、経済的な事情などで舌を噛んで働き、同じく一時だけでも日本人の男性に温かみを与えているのも事実。

同じ日本人の女性が『風俗で働いています』と言ったら、『淫売女』と罵るか、おそらく罵る人は少ないと思う。



では、韓国人売春婦なら罵るが、日本人売春婦は罵らないとなると、国籍によって罵るのかという話らなりかねない。

保守系のブログを書いているならば、『賛同を得たい』『意見を述べたい』と思うはず。私もそうだ。

だが人というのは、暖かいもの美しいもの楽しいものに賛同する。政治とは言え、ある程度のユーモアを入れ、わかりやすく書いても、なかなか伝わらないものだ。

それを罵倒の言葉を突きつける文章では、読者は賛同していたとしてもなかなか『同意する。人に読んで欲しい』とは言えないだろう。

現に私は1ページ読んで読むのをやめた。再訪問はなかなかしないだろうと思う。



もし韓国人慰安婦・売春婦を批判するならば、その政治性・違法性という論点を明確にしなくてはならない。

ただこういう意見に同意する人は少ないものと思う。何度も書き直したが、うまくは伝わらないだろうと思う。

私が男性だからなのかもしれないが、もし私に男児がいて、戦場に行き戦死した後、縁のあった慰安婦に会った時に『最後は笑ってお帰りになりました』と言われたら、少なくとも罵りの言葉は持たないと思う。

批判も皮肉も構わないと思うが、感情的に思える罵倒の言葉が利する事はないだろうと思う。

確かにその塩梅は難しい。ただ何のためにやっているかと考えれば、それなりのラインは引けるはずと思う。