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1943年冬、ベルリン通りで大々的ユダヤ人検挙作戦が繰り広げられた。

非ユダヤ人の母親から生まれた混血のユダヤ人男性が検挙対象だった。 これらはゲシュタポ本部付近の留置場に閉じ込められた。

消えた息子と夫を取り戻す行動に出たのは、妻や母などの女性だった。

6000人以上に増えた女性のデモ隊が留置場に集まって、これらの釈放を要求した。

デモしたことのない女性の叫びにナチスも慌てた。 彼らとしては初めて経験する女性の抗議だった。

これらの呼出しに捕まった人々も勇気を得て留置場での抵抗を始めた。 多くの人が死の直前に脱した。

その実話を素材にした映画が「ローゼンシュトラーセ」だ。 留置場のあった通りの名前を取った。

社会弱者の自発的結束と静か怒りが時には野蛮と暴力を寝かす強力な武器になることもある。

しかし、一昨日慶北城主で開かれたサード反対デモを見て、このような考えをした人はいないだろう。

デモ隊最前列には、高齢者や女性が配置されていた。

150人のデモ隊は、ビニールひも、ロープで体を結ぶ「連帯表示」して、アルミ棒を溶接して柵のようなものを作った。

高齢者や女性は、その中に入って首だけ出したまま座っていた。

そっくり人身を拘束する型枠ように見える柵は不可解極まりない。

デモ隊の中で住民は多くても20〜30人とする。 残りは、外部デモ隊だ。

これらの集会があるとき、バスに乗って集まる。

警察によると、一昨年城主で黄教安首相が車の中に閉じ込められたとき「火をつけろ、熱くて出てくる」と扇動したのも、これらだという。

炎天下の昨年7月にも、冷たい風吹いた昨年11月にもデモ隊の最前列でおばあさんがプラカードを持って座り込みをした。

戦争の時の力のない人を前面に出して銃弾に書くこと、「人間の盾」という。


数年前、イスラム過激派団体ISが数百人を人間の盾に立て、国際社会の非難を買った。

1995年ボスニア内戦の時も、捕虜と難民を弾丸の前に立たせた。

人間が人間に与えることができる最も狡猾で卑怯な暴力である。

城主のサード反対デモで強者はデモ隊、弱者は警察だ。 一昨日デモの時も、警察は「野蛮」「暴力」との距離が遠かった。

ところが、デモ隊は、女性や高齢者を柵に入れて頭に打ち出した。

このような人々が叫ぶ反戦・平和が何の響きがあるのか​​と思う。



引用元 http://news.naver.com/main/read.nhn?mode=LSD&mid=sec&sid1=110&oid=023&aid=0003365496


サードデモというのは、韓国のロッテのゴルフ場に設置された弾道ミサイル迎撃システムに反対するデモの事。

日本の沖縄で、左翼が無職のじーさんばーさん雇って、アメリカ兵を罵らせているのと似てる。

ただ韓国はより酷くて、昨年設置されたサードはまた仮設置で、電源工事も出来ず、敷地内に米軍が燃料をわざわざ空輸して発電して動かしてる状況。

理由は、韓国の従北左派が取り囲み工事をさせず、左翼のデモ隊が工事の車を止めて、資格もないのに車両検問をして追い返してる。

警察も出ているが、衝突は避け、左翼による車両検問も止めず、むしろ『おばあさんを止めろと言うのか、民意に逆らうのか』と左翼を擁護気味。

既に在韓米軍から『ここは本当に同盟国なのか』と批判が出ている。

このコラムの著者はそこまで触れてないが、左翼が望んでいるのは警察や軍隊との衝突。

先頭に立てた老人や女性が、警察との衝突で怪我などの被害が出る事を期待してる。これも日本の左翼と同じ。

少しでも被害が出たら『警察が老人女性を襲った。圧政だ。ナチスと同じだ』と効果を最大化させる。これを左翼は待ってる。左派マスコミもそれを期待している。

しかし左翼の本陣である中国や北朝鮮では、戦車で国民をひき殺し、ためらうことなく実弾を撃ち、反体制を高射砲で殺し、施政者の親族を暗殺する。

ルールを悪用し自分の行動は制限しない左翼と、ルールを守らざるを得ない保守、どう考えても不利なのは保守であり、これが民主主義の弱点でもある。

目的の為には方法を問わない卑怯者が左翼の本質であり、自分以外の考えをすべて否定するのもまた左翼の本質である。