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徳川幕府の5代将軍綱吉(綱吉・1646〜1709)は、日本人の愛憎が交錯する人物である。

彼は儒教的素養が高い学問愛好家であった。

儒学者と聖典を講読し、漢学機関の湯島聖堂を建設する一方、若手学者を周りに置いて文治を標榜した。

彼は、日本社会の生活軽視と血の武断風潮に幻滅を感じて儒教理念をもとに、平和と命の尊重を目指す徳治と仁政を夢見た。

しかし、逆説的に、彼は日本の歴史の中で最も愚かな指導者として記憶されてしまう。

彼が主導した生類憐れみ令のせいである。

生類憐れみ令とは、綱吉治世に発令された135件に及ぶ「動物福祉法」の総称である。

最も基本となる内容は、殺生禁止だ。 本・小・言葉・新しい・魚はもちろん、貝・昆虫に至るまで、いろいろ動物の殺生を禁止した。

人々は、どんなにお腹がかいているにも目の前にいる獣を捕獲することができなかった。

法を破る者は厳罰に治めた。 犬殺しを死刑に処するとんでもない規定もあった。

法令の中に幼児を捨てる世相に警鐘を鳴らすために棄児を禁止したり、病人救済を義務化する人名重視の進歩内容もあった。

しかし、雑多な法令が引き続き追加され、生命軽視の風潮に警戒心を呼び覚まし、趣旨は無色になって、人々の痛みや不快感だけ加重された。

綱吉は、この法律が100年を行くを願うと遺言したが、後代将軍は、空を突く市世の不満を補うために、彼が死んですぐほとんどの法令を廃止した。

「地獄への道は善意に包装されている」という言葉が示すように、現実を度外視した権力者の信念は、時には人々の生活を疲弊にすることができる。

中国文革など、現代にもそのような事例を見つけることは困難ではない。

為政者たちは、自分の信念が独善にならないよう警戒するのが当然だ。


引用元 http://news.naver.com/main/read.nhn?mode=LSD&mid=sec&sid1=110&oid=023&aid=0003377069


どーでもいいんですけど、イラストの中の日本人が着物を左前に着てるのが超気になる・・。

そういうところが適当。

まぁ綱吉は実際には名君と思います。悪く言われる事の方が多いですけど。

元禄以降の発展は、ゴリゴリの武家社会から文治社会への変化を促した綱吉の功績が大きいと思います。

歴史好きの間でも『元禄以前の日本は危険な事が多すぎる』とか言われてますからね。武家の辻斬りとか。

綱吉が損してるのは、忠臣蔵のせいもあると思いますよ。内匠頭と赤穂浪士を処断したという悪役イメージね。

それ以外テレビに出てこないし、これ意外とでかい。

生類憐みについては、今の東京三鷹市にあったという犬の保護施設で何万頭に米食べさせるとかして、財政圧迫したのは悪いとは思いますけど、この人のおかげで町人文化が花開いた功績はあるでしょ。

彼のおかげかは別として、日本人は動物可愛がりますしね。

どこかの国のように生きたまま焼き殺したりしませんし。