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南北・朝米の対話局面の中に提起された、いわゆる「ジャパンパッシング」(日本の疎外)に対してうなずく日本の政府関係者や専門家は、ほとんどなかった。

情報収集と分析に非常に忙しいためにはだろうが、自国が国際安全保障秩序の巨大な流れから排除される懸念などはあまり見られなかった。

むしろ、日本がそのようにいじめに会うことを願っているのは、韓国と中国位だと片付ける傾向が日本国内では強かった。

そんな背景に多くの方法があるが、キム・ジョンウン、北朝鮮国務委員長とドナルド・トランプ米大統領が、最終的に会談で直接対面する可能性自体を低く見る考えがあまりにも強かったことが大きな理由になるだろう。

「まさか北朝鮮が」と結果を不信する状況でジャパンパッシングのようなことが果たして何の意味があるのか​​ということだ。

朝米対話の推進過程で、日本ができることが極めて限定的である現実論も大きく作用した。

北朝鮮に影響を与えることができる力が必要が必要だが、日本は核保有国や停戦協定当事国でもなく、2002年に金正日国防委員長と小泉純一郎前首相の「平壌宣言」が事実上白紙化された後、冷たい関係が持続されてきたはずだった。

日本政府は、米国との協調枠組みの中で可能な限り実利を追求しようという戦略を選んだ。

北・米首脳会談がうまくいけば、それを譲り受け日朝首脳会談で集めていくという計算だった。

その過程で「最大限の圧迫」、「完全かつ検証可能で不可逆的な非核化」(CVID)、「日本人拉致被害者問題の解決」の3つの問題で対北強硬モードをそのまま継続するということだった。

しかし、以後の状況は当初の予想とは比較できないほど急速に変わっていった。

南北が二度の首脳会談をした米国務長官が二度平壌を訪れた。

金委員長も中国を二度も訪問し、ロシア外相は9年ぶりに平壌に行って金委員長に会った。

トランプ大統領が「会談決裂」を宣言して、北朝鮮が消えていく会話の火種を生かす劇的反転まで演出された。

それでも安倍首相は、彼がよく使う表現のとおり、既存の立場から「1㎜」も動かなかった。

北・米首脳が戦略的な決断で会談に臨むことが明らかだが、米国に依存するしかない強硬原則に固定されていた。

これらの硬直性は、先月24日、トランプ大統領が米朝会談キャンセル宣言をしたとき、「会談をしても成果がない場合は意味がない」(河野太郎外相)と発言した。

主要関係国すべてが懸念を表明している中で唯一、日本が、当時トランプ大統領をかばった。

安倍首相は、今後、北朝鮮との対話において最も大きな障害になる拉致問題で国民の期待値を過度に置く間違って犯した。

日本や北朝鮮の両方がどの線までを「解決した」と表現することができるか知ることができないほど難解な拉致問題で柔軟性のある解決を作るどころか、前例のない、その部分を強調することではなく、身動きの幅を狭める結果をもたらしてしまった。

状況の変化に見合った出口戦略の重要性は、いくら強調してもしすぎることはない。

変化の中心に金委員長やトランプ大統領のようなタイプの人物があるときはなおさらだ。

明日朝米首脳会談が終わった後、安倍首相の選択に関心が集まる理由だ。

現在のような状態が続けばジャパンパッシングは、日本の主張のように、今まではなかったかもしれないが、新しい国際秩序の構築の過程で本当に現実になるかもしれない。


引用元 http://news.naver.com/main/read.nhn?mode=LSD&mid=sec&sid1=110&oid=081&aid=0002921516


これは政治手法というか、日本人と韓国人の性質の違いでしょうね。

日本人の多くは事の本質を理解するまでは動かず、良く言えば慎重、悪く言えば時流を逃す。

韓国人は、結果を想定する前にまず動き、良く言えば機を見るに敏、悪く言えば軽薄。

韓国では、ダッフルコートが流行れば全員がダッフルコートを着て、ダウンジャケットが流行るとなれば一斉にダウンジャケットを買いに行く。

カフェが流行ると聞けば、市場調査も適当に済ませ、カフェが3件並ぶような立地に出店して『失敗した』と頭を抱える。

一概にはどちらがいいとも言えない。

ただ日本人は、1を聞いただけで理解も浅い時点で走り出す韓国人のようにはなれないし、韓国人もこれでもか計画を重ね、推敲を重ねる日本人に我慢できない。

これは大国を横に置いた半島国家と、海に守られた島国の環境による差でしょうね。

1日掘って金が出なければ諦める韓国人と、金が出ると信じて出るまでひたすら掘り続ける日本人。

その違いがどう転ぶか、結果が出るのは明日・・・かな?