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ご訪問ありがとうございます。ブログのみの更新です。雑記。

人類が組織的に文明を構築して来て、どの位?まぁエジプト以来5000年としますか。

ひとつ世代が活躍する充実期間が20-40歳として20年。短命期間が殆どととしても250世代。

いつも思うんですけどね、最新世代としては、過去の膨大な旧世代は『遅れてる・ものを知らない』と考えがちなところありますよね。

今の40-50代も子供の頃はそろばん習ったりしたものですが、今ではパソコン・スマホありますし。



ハッブル望遠鏡が上がるまではディープスペースを知らなかったし、ハッブルが他の銀河見つけるまでは天の川銀河が宇宙の全てと考えてた。

まぁそういう風に知らないものを見つけ、世界は広がってきたのはその通りなんですけど。

じゃあ、5000年間の250世代は、本当に物のを知らない今から見ると未開な存在かというと、本当にそうなのかとも思う。

王制があり、寡頭制があり、共和制があり、帝政があり、選挙システムに基づく民主主義に至った訳ですが、じゃあ今の民主主義が、例えばローマの寡頭制より、あらゆる点で優れてるのか・・と思ったりします。

その250世代も常に問題があり、それに対処してきて、今から見ると野蛮で粗野に見える慣習に見えますけど、それが100年1000年単位で見た時に本当に組織の為に合理的なのは現代だと言い切れるのかどうか。



そう思う時とかありませんか?例えば日本のお見合い。まぁ家を絶やさない為の婚姻システムで、結婚当日まで会った事がないという事もあった。

当人たちに選択権は無く理不尽に見えるが、離婚率は今より低く、出生率は今より高かった。

じゃあ自由恋愛に基づく今の婚姻システムは、1000年単位で見た時に、過去のどの方法より優れたものなのかとか・・。

高齢者に関して過去に姥捨て山があったとして野蛮と言われる。廃止して医療も発達、寿命は延びた。

反面、生産力の著しく低下した高齢世代が社会保障費を圧迫して、税制含めて破綻しかけてるとも言われる。



そういう個別一つ一つを検証というのではなく、250世代のうちには、そういう問題は同じくあって、それに対処してきたうえで現代と違う処理法を取ってきたにもかかわらず、それが未開であるという見方が正しいと言っていいものかと思います。

ローマが王制から共和制になり、都市国家から地域国家となった時、投票できる権利はローマ市民だけ。

覇権国家していく過程でローマでの軍務期間10-20年が終われば、属州出身でも市民権を得て、直接民主主義から間接民主義に進んだ。

軍務は土地を持つ市民階級のみで、土地を持たないプロレタリアは免除。結婚して子供が無ければ相続権は無いし、同じ能力なら子供がいる人物が優先される。

奴隷制度はあったし、女性の投票権はないが、信教の自由はあり、信教による従軍拒否もあった。



少子化もあったし、戦争による疲弊もあり、他民族の大量移入もあった。まぁ今と同じ問題を長い期間に何度も経験して、そういうシステムに補正されていった。

例えば寡頭制。知識層による人材プールがあり、その中での政権運営。かたや現代の民主制、成人全員に被選挙権と選挙権があり、誰でも行使できるが、その質自体は問われない。

寡頭制は民主的でないとして、全員に選挙権が与えられ、女性も持つようになった。

ただし世間の半分は平均以上だが、残り半分は平均以下。細かな政策周知が必要になり、平均以下に迎合するポピュリズムが台頭する。

権利を持つ者が増え、対処は難しくなった。権利を与える時はそれが最適解と思っても、それが後々の崩壊の原因になった事は、後世の人間ならわかる。



ローマ属州の全員に市民権を与えた事で、求心力が弱まり、社会インフラを圧迫したし、多神教からキリスト教にシフトした事で軍は脆弱化した。

ただ与えた権利を取り上げる事は出来ず、引き返せず、500-1000年続いたシステムが内部から自壊していった。

そりゃ平等化という点においては今が頂点かもしれないが、ではその平等化を制約していたシステムに何らかの合理性は無かったのか、本当に無知ゆえの制約だったのか。

女性の投票権、もう取り消せない。姥捨て山や家同士の婚姻も成立しない。LGBTの錦の御旗を立てられたら男性の体をした人物が女性の浴室に入って来ても排除できない。

1000年後、『19-21世紀は平等化に固執したせいで、システム維持を怠り内部崩壊し荒廃した』と言われる事も充分にある。



長々とどうでもいい話を・・と思われるかもしれないですけど、5000年の中で250世代が構築してきたシステムは、この100年でとても急速に変革され、直近5世代がその結果に対処する事になった。

過去に制約を取り払う事も出来たのに、それをせずに5000年間、制約として存在したのは必要がゆえの結果という事もあり得る訳ですよね。

民主化・平等を最優先して社会システムを変えたがいいが、以前対処できたトラブルに、最善の対応が出来ない可能性もあるんじゃないの?って話です。

5000年の歴史の中で4900年は女性に選挙権がなかったのは何故か。過去の245世代は本当に愚かだったのか・・という話です。

今の移民やら戦争やら権利やらLGBTやら少子化やら高齢化の話を聞くたびに、つくづくそう思います。


※編集後記

別に女性の投票権が悪いと言ってるという話では全然ないです。

じゃなくて4900年間、女性が権利者として政治に参加しずらい状況は、未開さ故で、その他の理由は無かったのか・・という話です。

この女性の部分は、非常に多くのものに置き換えられます。

権利を権利を・・と言われて、はい権利上げる、はいあなたにもあげると平等化するのは良いとしても、何故5000年間それが出来なかったか、しなかったのかという話です。

もし出来るのにしなかったというのであれば、その結果、どんな事が待ってるのかね?という話です。

わけわからん乱文だとしたら、申し訳です。