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オウム真理教の被害者や教団脱会者の支援を続け、自身も教団からサリンやVX、ボツリヌス菌で襲撃された滝本太郎弁護士(61)は6日、ブログで「松本智津夫死刑囚の死刑が執行された。立ち会えなかった、残念です。人ひとりの命が失われてしまった、悲しいです」と記した。

また、「本人には、『生まれてくれてウエルカム』と言いたい。現役信者さんには、『麻原彰晃という人はもともと存在しなかったんだよ』と伝えたい」と続けた。「生まれてくれて~」は、中島みゆきの「誕生」の一節。滝本氏は松本死刑囚の公判で「あなたが生まれたことを恨んではいません。あなたのしたことを恨んでいます」とし、この「誕生」を聞いてほしいと求めていた。

滝本氏はこれまで、松本死刑囚以外の12人の死刑囚は死刑執行すべきでないと訴えてきた。

この日のブログでも、この日執行された6人を含む松本死刑囚以外の死刑囚12人について「死刑は執行してはならなかったし、してはならない。頭は麻原のみであり12人は手足だった。12人は自然死するまで事件と麻原を振り返り、時に応じて述べていくことで、オウム集団の根絶、類似事件の防止に役だったはずである」と訴えた。

その上で、この日の松本死刑囚以外の6人の死刑執行について「有害無益であり、ここに強く抗議する」と記した。

引用元 https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20180706-00260254-nksports-soci


うちの母校は、クリスチャン系で毎日讃美歌も歌っていたし、週に1度学内の礼拝堂で説教(説話的な)の時間もあったのですが、個人的に宗教には全くの無関心。

宗教には、人が人として歩むべき規範のようなものを指し示す役割と、精神的に弱い人を否定せずに庇うと言う意味で、意味が全く無いとは言わないが、基本的には意味がないものと感じるタイプです。

韓国人の知人に『彼女が統一教会の人で、入信しろと言われているが、どう思う?』と聞かれて、『神様と言うのは、人の良心の別名みたいなもので、質問してる時点で心の中の迷いがあるはず。良心に従うべき』と答えたんですけどね。

だから宗教とか、どーでもいい派なんですけど、このニュースはちょっと『ん?』と感じました。

滝本弁護士と言えば、かつてオウムの被害者、脱会希望者を支えて戦ってきた人ですよね。

弁護士ですよね。司法試験受かって、司法研修通過して、法曹三種の中から弁護士を選んだ。

当然、日本の司法制度に精通していて、それを理解した上で司法試験受けて、合格した。

その弁護士が、司法で定められた死刑制度を軽視するとはどういう事なんですかね。

まぁもちろん安田みたいな死刑制度目の仇の弁護士もそうですけど。

いや、司法試験の小論文で死刑制度を否定して合格したのならわかりますよ。

ただその時は、司法制度を容認して弁護士と言うか、法曹に携わってきたのに、今になって司法の中の死刑制度を否定するのは不可解です。

『赤信号を渡ってはならない』というのを理解して免許交付されたはずのに、交付後に『赤信号を渡って罰せられるのは疑問』と言われたら、『免許の試験の時点で言えよ』と思う訳です。

システムの内側に入った以上、システムを堅固に守るべきで、むしろ『死刑は確定後半年以内に執行と定められているのに、なぜ順守しないのか』と言うべきと思うですよね。

法務大臣になったのに、『個人の宗教観の為に死刑執行にサインしない』という法務大臣と同じ。

だったら断れと言う話。私、おかしな事言ってますかね?

死刑が確定したら、死刑は執行すべき。それに法曹界の人間が異論を唱えるのはおかしい。

もし死刑反対なら、今すぐ法曹界を離れて、選挙を乗り越えた上で立法府である国会に行って、法改正を進めるのが正しい手順のはず。

それを死刑制度があるのを承知の上で、司法試験を受け合格して、更に研修を重ねて、弁護士になり、今更死刑制度に異論をはさむと言うのは、車の免許取ってから信号順守に異論を言うようなものでしょ。

なんですかね、こういう司法システムを重視しない弁護士って?

還暦近くなり、残り時間に思いを馳せて命に対する執着が出てきた感じ?

人間が考えた以上、現行の司法制度に誤りがあったとしても、正規の手順で改正されない限りは、現行のシステムを維持運営するのが、内側の人間の務めのはず。

異論があるなら、弁護士資格を返納し、システムの内側を出て、選挙によって国民の支持を得たうえで、議員立法や法改正の手続きを経て、外側からエラー修正すべき。

それを内側にいながら、あーだこーだ言うのは不可解を通り越して、苛立つ。

どーなんですかね?私の方が頑迷で話の筋がおかしいですかね?