九州人の父と、東北人の母を持つ身としては、『こういう事、言いそうだな』と言うのはわからなくもない。

上下関係に厳しく、時間や作法に細かく、過度の男らしさというものを意識するタイプはいるにはいるし、『自分が一番、九州が一番』と思って周囲を小馬鹿にしてるのが透けてる人もいる。

うちの親父にもそういう所があって、わかる。

ただそれが身内の中の話なら良くも悪くも『昔気質の九州男』で通じなくも無いし、それはそれで愚直な美点とも言えるのだが、この人の立場と功績では非常にまずかった。

少なくとも宮城や東北の30歳以上の有権者は、この件忘れないと思いますよ。

例え、同じ言葉を吐いたとしても被災地で、不眠不休で機関車のように活躍していれば、多少の暴言も高圧的態度も『あそこまでやってるなら・・』と許されただろうが、この人の場合、自身のいる内閣を批判し、実務は仙谷に投げて有能というイメージが一切なかった。

有能でないとしても、それなら愚直に泥だらけになって倒れ込むほどに支援活動をやっていれば、あそこまでの批判にはならなかったでしょ。

この人もハマコーも暴力団との濃厚な繋がりを言われますけど、なんか隠しても人の好さが出るハマコーとは違いましたね。

『書いたらもうその社は終わり』については、部落解放同盟の地金が出たとしか言えない。育ちでしょう。

コメントやTwitterでの批判の書き方は何度も書いてますけど、余程、本当に余程気を付けないと人間普段の言葉遣いが出るんですよ。

荒い言葉を言い続けると荒い人間になってしまう。自己演出は難しいですよ。

この人にも『荒い言葉での自己演出が必要な立場や環境』があったんだろうと思いますが、全国区での立ち居振る舞いは身に付けられなかったという事。

『佇まい』と言うのは、本当に自分が出ますからね。恐ろしいものです。