がん闘病を公表していた元レスリング選手の山本KID徳郁さん(41)が、18日に死去した。

この日、山本さんが主宰する「KRAZY BEE」の公式ツイッターで報告された。

「山本KID徳郁を応援して下さった皆様」とし、「山本KID徳郁(享年41歳6ヶ月)が、本日9月18日に逝去致しました。生前に応援、ご支援をして頂きました関係各位、ファンの皆様に本人に変わり御礼申しげます」と発表。

「尚、山本家、家族、友人への取材等はご遠慮頂き、ご配慮頂けますようお願い申し上げます」とした。

山本さんは8月26日、自身のインスタグラムで「私事で急なご報告となりますが、私山本KID徳郁はガン治療のために頑張っています」とがん闘病中であることを公表。

がんの種類など詳細は明かさなかったが「絶対元気になって、帰ってきたいと強く思っていますので温かいサポートをよろしくお願いします!」と誓っていた。

1972年ミュンヘン五輪代表の山本郁栄氏を父に持ち、姉・美憂と妹・聖子は世界女王のレスリング一家に育った。桐蔭学園高を中退して米国にレスリング修業。

アリゾナ州王者に輝くなど実績を残して帰国すると、山梨学院大時代には全日本学生選手権大会を制した。2000年シドニー五輪出場を目指していたが、果たせず01年に修斗でプロデビュー。

立ち技格闘技のK―1、総合のHERO’S、DREAMで活躍した。妹・聖子は大リーグのダルビッシュ有と結婚した。

ミュンヘン五輪に出場した父を「神」と見立て、自身を「神の子」と称していた。

私生活では04年8月にモデルのMALIAと結婚し、翌年1月には男児、06年11月には女児をもうけたが、09年8月に離婚。

14年11月に一般女性との間に女児をもうけたことを発表していた。

格闘技では15年大みそかに現役復帰した魔裟斗と対戦し、判定負けして以来試合を行っていなかった。


引用元 https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20180918-00000071-sph-fight



本日、山本KID選手がグローブを壁に掛けました。非常に残念です。絶句しました。

個人的に好きなファイトスタイルの選手ではなかったのですが、2000年代の10年間、日本の格闘技を支え、非常に大きい貢献をした選手。

修斗時代もリアルタイムで見ていましたが、本当に驚いたのはK-1で村濱選手と対戦した時にインファイトした時ですね。

村濱選手はピークを過ぎたとはいえ、K-1フェザー級トーナメントで、前田憲作や佐藤堅一に勝って優勝した立ち技の専門家でしたからね。

勝てないと思っていたら圧倒し、腰を利かせた右のショットアッパーで倒した。

その後のK-1やヒーローでの活躍は言うに及ばす。当てるのが上手かった。

レスリング対決になった宮田選手との一戦での開始直後の飛び膝KOも常人を超えていた。

勝った事より、あの場であれが出来るという精神力と自信が並みじゃない。

北京オリンピックのレスリング代表に挑まなかったら、MMAでもっと活躍していた選手。

ただ冷静に見れば、国内では間違いなくトップクラスではあったけれど、世界で見ればトップテンには入れない選手だったし、戦績を見てもずば抜けた選手ではなかった。

それでもなお、これほどの印象を残し、彼に続こうとする選手が多いのは、記憶に残る選手であったという証明。

9/30にRIZINで那須川天心と対戦する堀口恭二を育て、子供の頃にKrazy Beeジムに通い始めた矢地祐介をメインイベンターに育て上げた。

Krazy Beeは相当投資した恵まれたジムなので、資金繰りや運営でも相当の負担があったはず。

9/30に試合をする堀口恭二は、先日空手の師匠を亡くし、MMAの師匠も亡くし、30日の試合は不利なキックルール。

堀口恭二には、出来る事ならKOで勝ってもらい、2人の師匠を送り出して欲しい。

惜しい。本当に惜しい。惜しい選手を無くした。アンディが亡くなった時のような感じがする。

9/30は、これまでにない重い試合になると思うが、堀口選手、勝って師匠を送り出してください。

現役のまま、太く短いラウンドを終えた神の子の旅の平安をお祈りする。