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ちょっと旭日旗の話が続いたので、別の話にします。

『3年住めば日本人は猿になる』、この言葉を聞いて何の事かわかる日本人は少ないと思います。

『緑の地獄』、これでもわからない人が多いでしょう。

これは明治から大正・昭和、戦後直後の南米移民の事です。



日本人がまだ貧しかった頃、アメリカ・カナダ・オーストラリアに移民をし始めます。

大恐慌の頃になると、それらの地で日本人排斥が始まり、他の候補地を探し始める。

そしてブラジルへの移民が始まるのですが、最初は現地に根付くつもりと言うより10-20年の出稼ぎを想定していたようです。

夫婦と子供の複数の労働力を持つ家庭を中心に、沖縄・九州・東北から1か月の船旅でブラジルへ。

『ブラジルの豊かな農園へ』と言われて、アマゾンを遡り・・。



到着したのは勧誘の言葉と全く違うジャングル、緑の地獄。

鋤や鍬さえなく、斧だけで、獣のいるジャングルに住み始めるが、酸性の土地と激しい雨季のせいで作物は根付かず。

想像と全く違う食べ物さえ手に入らないサバイバル生活に第一回の移民の約800人の移民のうち、1年後に残ったのは190人のみ。

他の日本人は、パスポートを取り上げられていたが、脱走し、南米に散り、最下層の日払い労働などに従事して生き延びるしかなかったという。

日本に戻れば・・という想像もするが、反対を押し切って借金をして船代を工面した移民の立場を考えれば、出来なかったと思う。



アマゾン上流の痩せた土地に捨てられるように入植し、戦争に向かう時代の為に、日本語新聞も禁止となり、日本からの駐在員もいなくなり、日本人は孤立する。

食べる物をあさるように、その日の生活だけを考え、着る物も無い生活。

そして『3年住めば日本人は猿になる』と言われ、取り残された日本人は『捨てられた』と感じ『棄民』という意識を持つようになる。

家庭での入植が前提の為、日本人女性には夫がいたはずだが、開拓から脱走した家族の中には妻が小銭の為に身を売り、家族がそれで飢えをしのぐという事もあったようである。地獄を見たはず。

それがシンガポールから来た日本人が持ち込んだコショウ2株から本格的農業に成功し始め、今のブラジルの日本人社会は180万人。中南米なら200万は超えると思う。



戦後に渡った1世はまだ存命の方もいるし、3-4世も多い。

日本では移民についての是非の議論があるが、個人的には中南米への移民や、アメリカへの花嫁移民(移民した日本人男性に顔も見ずに嫁いだ女性の移民)など子孫の日系人に関しては、受け入れてもいいと思う。

もちろん今は日本人ではなく、現地国籍で根付いた生活があり、日本への再移民を望まない可能性の方が高いが、希望する方がいれば受け入れていいと思う。

日本人は彼らを森の中に見捨てた借りがある。それを返すチャンスを受け入れて頂けるなら返してもいいはず。

少なくとも反日政策を行い、日本を罵りながら日本に押し掛けるいくつかの国より日本を愛しているのは間違いないだろう。


※編集後記

ヤクルトスワローズの岡林さんも南米移民よね。

『日本に帰りますか』と言っても、南米移民の方が『いまさら言いやがって。捨てた癖にどの面下げて』と言われるかもしれないが、自分はコスタリカに赴任していた時、中米に行って日本を思う日本移民見てるんですよね。

ここは保守系サイトで移民反対も多いと思うし、北東アジアからの人たちを見ればそれもわかるんだけど、あの姿を思い出すとね。

自分は『何があっても、どんな人でも家族が最優先』という価値観が嫌いと言うか、受け入れられないのね。理由は過去に書いてるけど。

血族だから何より大切というより、同じ価値観を持つ仲間の方が大切と思う。

家族最優先は、同族優先の民族思想になりかねない。遠くの親族より近くの他人。

もうこれは本当に味わった。親族に突き落とされても救ってくれたのは他人とかね。

南米移民についての意見と矛盾してるように見えると思いますけど、日本に住んで『日本死ね』と叫ぶ日本国籍の人と、南米の森の中で拙い日本語の歌を歌う人達、どちらが日本を愛してますかね?って話です。