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先日、筆者は「ムン・ジェイン大統領は、チョ・グクと仕事をしたくて、チョ・グク自体は問題がない場合は、単に任命すればいい」と提言している。

一介の国民の提言をムン・ジェイン大統領が受け入れチョ・グクの候補者を、最終的に大韓民国法務部長官に任命強行したことに非常に嬉しい。


「3集=頑固・防御力・自己本位」。

頑固(固執、自己の意見を変えたり、直さずに固く当たり、またはその支える気性)

防御力(枚を耐える力や程度)

我執(自己中心の狭い思いに執着して、他の人の意見や立場を考慮せず、自分だけ打ち出すこと)

この3つの単語を、人生を生きていく姿勢とモットーにしなければならないということを再認識されたのも、このまた、喜びとすることができる。

今回のことにより、犬豚として扱われる国民は「違法ではない場合、法は守らなくても、法を利用すればよい」ということも心の中深く悟っただろう。

チョ・グク長官任命状授与の場所で、ムン・ジェイン大統領は「本人が責任を負うべき明白な違法行為が確認されていないのに疑惑だけで任命しなければ悪い先例になる」とした。

婦人・子供・親戚などが起訴になるほどで​​あっても、本人の違法のみ明らかにされなかった場合の高位公職を務めてもいいということだ。

罪を犯しても「本人は法を守った、他の人がした」ということだけを主張すれば、許される時代になるのか?

ここでムン大統領は特有の「国会」のせい「制度」のせいにした。文字通りムン大統領は、チョ・グクは政争の犠牲になったと見ているのだ。

監督ムン・ジェイン、主演チョ・グク、主助演は民主党、助演自由韓国党の特別企画どん詰まりドラマは、チョ・グク候補者が法務部長官になり、長官夫人は処罰を受け、大臣の娘は高卒で幕下すのか?

どんな結末か本当に気になる。 今後の公職検証では、「疑惑が溢れている」という指摘を受けても無条件に通過しそうだ。

無用になった聴聞会制度は、この機会に捨ててしまおう。

三権分立体制ではなく、「絶対君主制」に完全に変えることが正しい。

ムン大統領は、国民の半分以上怒りと虚脱に対抗しようとしている。

経済・安保・外交で乱脈と失敗論はともかくとしても、もう政権の「道徳性」まで失った。

墓穴を掘るかもしれない危険な状況を終え作り出すその「決意」はどこ出てくるのだろうか?

「ムン・ジェイン大統領は自由民主主義の信奉者ではないようだ」は、視覚は世間にかなり広まっている。

チョ・グク長官は、自分の思想を「社会主義+民主主義=社会民主主義」と述べている。

しかし、民主主義と独裁的社会主義は混合することができないという「教科書的」の原則を改めて強調したい。

「民主主義=国民主権主義」、「独裁的社会主義=国民主権剥奪注意=圧制政治」だからだ。

ムン・ジェイン大統領とチョ・グク長官二人は、検察改革、司法改革を偽装したまま、半憲法的社会主義改革や社会主義的統一を追求していないか、深い憂慮の声を出したい。


引用元 https://news.naver.com/main/read.nhn?mode=LSD&mid=sec&sid1=110&oid=119&aid=0002351420



まぁチョ・グクに関しては、というか韓国人が必死になって受験し科挙を突破しようとするのは、チョ・グクと同じ力が欲しいからですからね。

与党の民主党も野党の自由韓国党も、全員調査したら韓国人が『もうイヤになっちゃった・・』となると思いますよ。

というか批判してる韓国人の大半は、チョ・グクと『同じ事しない』んじゃなくて『出来ないだけ』で、出来たらやりますからね。やっかみ嫉妬もある。

ムン・ジェインにしたら、感情的であちこちブレる中間層と頑健な支持層なら、当然な支持層取る訳。

中間層も頭いい訳じゃなく、移り気だから『反日というボール』投げてやれば、しっぽ振って猛ダッシュしてボールの所についたら、『俺、昨日怒ってたけど何を怒ってたんだっけ?まぁいいやw あははははは』程度。

韓国人と政治家に関しては説明してますけど、根拠のない『私利私欲の無い天才がいずれ出る』と無邪気に期待し過ぎ。

瓜を植えた畑には瓜しかならないのであって、ある日突然マスクメロンが生えたりしない。

まずは甘くておいしい瓜を育てる事を目指すべきで、『次こそメロン!』と期待しても無駄。

毎日水やって雑草抜いて世話して、おいしい瓜が出来たら掛け合わせる。そうやっておいしくなっていく。

それもわからず畑仕事もせず、プラカード持ってワーワー言えばメロンが出来ると信じてる。

韓国人はムン・ジェインに失望するのではなく、まず『ここは瓜の畑です。瓜しか出来ないのが現実です』と認識すべき。

次のステージはそれを理解してからの話さ。