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ご訪問ありがとうございます。ブログのみの更新です。雑記。

自分が小学生の頃の話なのですが、正直『これを口にする父はどうなんだろう』と思うところがあった話。

自分は多分6年生。中学受験で父から追い込みを掛けられていた頃。

うちは小学3年生になった日に、父が段ボールを持って私の部屋に来て、『ここにおもちゃとか遊ぶ物全部入れろ』と指示されて、捨てはしなかったけど倉庫に封印された。

理由は『小学3年になったから、遊びはもう終わり。一切禁止。今後は学業に専念して受験に挑め』と言うもの。



まぁ昭和後期の父親の権威がまだ絶対的な時ですし、いい生活もさせてもらっていたので反抗のしようもない。まだ9歳ですからね。校内暴力が荒れていた時代でもあった。

学校が終わると駅前の塾に直行。9時まで塾で授業受けて、家に帰ると家庭教師が11時位までマンツーマン。それが終わると『今日習った事を理解しているか』の点検を夜中の12時とか、時には1-2時まで父親に報告。小学校6年の頃には、二次関数を解いてた感じ。

うちの父は東京理科大卒で、その後地元の九州で新日鉄の研究所に入った人なので、『俺は理科大卒だ』と言う事に異様なほどの自負があった。多分、祖父が早くに死んで母子家庭になった裏返しもあったはず。

それは恐らく新日鉄を特許トラブルで止めて、工事現場などを経て、不動産という尊敬される訳でもなく、彼の中で下に見ていた仕事を収入の為に選ばざるを得なかった自分の中の負い目。

子供の成績はオール5で当然。一つでも落とせば『2番はビリと同じ。お前のようなバカに食わせる飯はない。絶対に学年トップになると約束しろ。トップを取りさえすれば認められるんだから、確約できるはずだ』と強引に迫る。『トップになれなかったら腹を切れ』とまで言いましたからね。



当時はベストテンなどの歌番組もありましたが、一切許されず、初めて見たのは中学に受かってから。ヒット曲とかほぼ知らなかった。

で、当時中央線に乗って受験する中学を見に行った。その行きか帰りの時だったんですね。

目の前の電車の7人掛けに、子供の目にも完全に単純労働者と分かる中年の男性と、この人は成功してるんだなと感じるビシッとスーツを来た同じ位の年齢の男性が並んで座ってた。

それを見て『お前はどっちになりたいんだ』と口に出した。『作業服で電車に乗るのか、スーツを着ていい暮らしをするのか、どっちだ。それには今の勉強が分かれ道だ』みたいな事を、その場で声に出して言い出した。大きな声でないとしても。

父は九州人ですからね。男らしいと言う事と成功した事に、異様なほどに自負があり、常に『九州では九州では』と言い、あるべきと考える男らしい演技をしていたと思います。振り返ると。



それはコンプレックスですよ。母子家庭だったとか、進学に苦労したとか、東京者の中での九州男児の意地もあったんでしょう。ただそんなものは田舎者の見栄と意地。カッペですよ。周囲はそんなもの気にしていなかったはず。

当時、子供ながらに『男らしくしろ』と強制するのは、言ってる本人含め男は元来男らしくないから、それを覆い隠すために、怖さ半分でムキになって強制してるんだなと子供心に気づいた。

中等部に入り、成績優秀者や学年トップは表彰され、表彰状も持って帰った。父は理数系ですから、理数系で表彰されると大喜び、表彰を取れないと今度は罵倒。『よかれ家にこんな馬鹿がいるはずがない。母親の血だ』と深夜2-3時まで罵倒され続けた。

当時、8歳上の姉はミス●●になってた事もあり、『姉に比べてお前はダメ』と責め続けられた。

高等部で今度は学年トップをたまに取れるようになり、今度は姉が就職や仕事で今一つになると、『姉はダメだ。母親の血だ。よかれは学年トップだ。俺の血だ』と言い出す。馬鹿馬鹿しいにも程がある。



良ければ俺の子、悪ければ母親の血。常に叩く相手が必要で独善的。まぁ成功したけど男としては狭量ですよ。

もう高校になると内心『父の人格レベル』も理解してたので、『褒美に何か買ってやる』と言われても、『別にないです』と一切何も言わなかった。正直、あれだけ罵っておいてどの口でというのもあった。

で、小3の時に封印した遊び道具の封印が解かれたのは高等部に入ってから、もう10年近く前の子供の物ですから、遊ぶはずもなく捨てるしかない。

父の言ってる『学業が成否を分ける』は嘘じゃない。それはわかる。但しそれだけでもない。

父には『お前はどっちになりたいんだ』と電車の中で言って、それを聞いたかもしれない肉体労働者への気配り・配慮がなく、成功者として見下す目線しかない。優しさという男らしさもない。



もう完全に九州男の意地とプライドがマイナスに振れた時の暗黒面ですよ。自分が思う栄達が出来ず、金は得ても何か足りなかった。自信過剰とコンプレックスの狭間に墜ちた。

遺伝の研究によると、子供は父親の感情面を受け継ぎ、母親の知性を受け継ぐ可能性が非常に高く、知性などは後天的なものより、先天的なものが大きいのもわかってる。

確かに自分を観察すると気性の激しさは父譲り。不正を断って後先考えず会社を辞めて、肉体労働して再起して、2-3年で元の地位まで這い上がる・・というのもまるで同じ。選択した仕事は違いますけどね。

自分はいつでも肉体労働に戻れる。それが悪いとも思わない。義兄の会社で不正をして、副社長にでもなって金に走る方が恥ずかしい。

自分の価値基準はただ一つ。20年以上前に別れた祖師ヶ谷大蔵さんと、その子供たちが、今の自分を見た時にどちらの選択したら褒めてもらえるかという一点。もちろん会う事なんてないですけどね。



父が大腸がんになった時、母と姉と私で告知や生活について相談した。私だけ未成年・中学ですよ。

その時、姉が『私、どうなるの?』と取り乱した。豊かな生活を失う恐怖でしょう。

それで『あぁ、この女はダメだ』と決定的に気が付いた。開口一番『私の生活は?』と自分を案じたんですからね。結局私が決めた。父は強がる分、心が弱いので告知はしなかった。

高校の時、母もガンになり、姉は親の世話もせず、2年しないうちに、男に逃げて家を捨てた。

そしてその20年後に、義兄の会社の違法指示を止めるべきと進言したら『だったら私の生活のお金出せるの?』発言で、同じく自分の身だけを優先した。その場で家族として姉は切った。以来10年以上ほぼ一切連絡は取らず。



母は母で、父に女で裏切られ続けたのにもかかわらず自立できず、弱いままで死んだ。

父は能力はあったが気遣う優しさと尊重という名の強さは持たなかった。母は誠実さはあったが、自立する意思と強さが無かった。

姉は意思も誠実さも持たず、ひたすら自己保身。自立して厳しさの機会を得なかった結果かな。

私は、能力という程のものはなく、優しさは祖師谷大蔵を去ってから、自分の身にナイフで刻み込んだ感じかな。失敗の代償として。それで無理矢理に大人になった。

自分が家族第一主義を強く否定して、『家族なんだから』と強制される事に嫌悪感を感じるのは、こういう事が原因かな。



もちろん正しいとは言えないでしょうが、押し付ける気もない。ただ自分はそうだよという話。

家族優先主義を否定されて不満な方もいるとは思いますけど、それは別々の道を歩んだ結果。

家族を選べる人はいませんからね。選択できない。選択できるのは妻と夫だけ。これを裏切るというのは、選択した自分さえ裏切ると言う事。後ろで若い時の自分が今の自分を見ているにもかかわらずね。

まぁ持ってる人は気が付きませんよ。呼吸して『あぁ空気はおいしい』と気が付かないのと同じ。

みんな、無くしてから気付く。そんな事は減って欲しいなと思います。


※編集後記

まぁ別に何が言いたくて書いてる記事じゃないですけど。独り言ですよ。

例えば・・ご馳走と平凡な食べ物があったとして。

昭和世代ですから、ステーキとメザシにでもしましょうかw フォアグラと牛丼でもいいですよw

毎日、メザシを食べて他の物はめったに食べられない生活をしてるとして・・。

一生に一度、ステーキ食べられると言われる。凄くおいしいと知ってる。でも食べた事ないとして。

食べます?食べる勇気あります?自分なら食べない。絶対食べない。

ステーキ食べた後、まだメザシの生活に戻るんですからね。ステーキの味を知る事自体が怖くなる。

メザシをああぁおいしいなぁ、ねっおいしいねと笑っていたのに、ステーキを食べたら、同じ気持ちでメザシおいしいと言えるかがわからない。

結婚してる人は、幸運にもステーキを食べ続けているようなもの。ただしステーキが続く保証はない。

ステーキってのは結婚の幸せでもあり、子供を持つ幸福でもありますよ。

父は傲慢でしたけど、老年は家族も無く一人ぼっち。メザシの生活。辛かったと思います。ただそれは自分の選択。ステーキが当然と驕ってた。

自分は結婚しようと努力して金稼げば出来るかもしれませんけど、いつかメザシの生活に戻るのが怖くて、どうしてもステーキに手が出せない。

自分はステーキは口に入れたけど飲み込む前に『吐き出せ』と言われ飲み込む事が許されなかった。次は耐え切る自信が無い。多分崩れてしまう。

だからメザシだけでいい。無くす可能性があるものには手を決して出さない。

自然と手が伸びてしまったら自分の手を刺して止める。そんな感じ。知らず知らず父と同じになる恐怖もある。

でも結婚しない利点。一つだけありますよ。決して愛する者を失わないって事ですね。

最初から手放せば、耐えられないほどの悲しさに襲われる事がないwww 

ステーキ食べてる人は『明日も食べられる』と信じてる。保証も無いのにね。

ずっとメザシなら愚痴も出ないが、ステーキからのメザシは恐らく相当キツイですよ。

だからこそ、私はしつこく持っていながら捨てる人をバカだと言うんでしょう。結果がわかってるから。