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韓国人質問者

韓国は、どうしてこんなに民族主義が強い国になりましたか。

民族主義という思想は、ヨーロッパから伝来した思想と学びました。

韓国または朝鮮の土着思想ではなく、これも外来から伝来した思想だということです。

しかし、世界大戦が終息し、ナショナリズムからナチズムに進化したドイツも、民族主義からファシズムに進化したイタリアも、全て誤った思想として受け止め、民族主義を捨てる方に向かっています。

現在ドイツでは民族主義的(ゲルマン族が優越している等)の話が出れば、ドイツ人から非難されたりします。

けれど、弱小国だった韓国がこんな思想を掲げて、強化させるのはちょっと可笑しい気がします。

韓国はなぜ民族主義が強い国になったのでしょうか?政治家の扇動?それとも学校教育の洗脳?

儒教と民族主義と全体主義の相関関係が知りたいです。



韓国人回答者1

第一次世界大戦以後、ウィルソンの"民族自決主義"の影響を受けて三·一運動が起こり、それを契機に臨時政府が樹立されました。

当時の独立運動のために"民族主義"は独立運動のための有効な手段だったはずです。

もし、私たちが民族主義を強化せずに中国や日本と同化する選択をしていたなら、独立運動に正当性を与えることは難しかったでしょう。

もちろん、日本の非民主的な統治や差別も十分な理由ですが、民族主義ほど確実な名分はないと思います。このような時代的背景によって民族主義が強化されたのです。

そして独裁政権が発足し、国民を労働者にしなければならない状況で、"わが民族を復興させなければならない"という思想をつくり、対内的な団結を導いたのだと思います。

​私は儒教と民族主義がほとんど関連性や相関関係がないと思います。 孔子の孔の字も知らない西洋で、民族主義が大流行しているからです。

民族主義と全体主義は一脈相通ずる部分が多いです。 "ヒトラーもアーリア(ドイツ)民族が最も優秀で、次は東洋人で、次は黒人で最後に最も卑しいのがユダヤ人だ"と主張し、全体主義的思想の基盤を築きました。

民族主義を洗脳させ、全体主義的な行動ができるようにしたのです。 ガス室でユダヤ人を大量に虐殺することが可能だったのは、その過程を分業化したからでもあるが、ユダヤ人が最も卑しいという民族主義が作用したことでもあります。

​実は、遺伝的には韓国人も中国人も日本人も大差ありません。 文化や教育水準が違うだけです。

そのため、ヨーロッパで民族主義が幅を利かせた時、民族を分ける基準になったのは遺伝的な要素ではなく、文化的同質性だったようです。

韓国も同じですが、韓半島で民族主義の意識が登場できた背景には、朝鮮時代や高麗時代から続いてきた政治的、文化的同質性が背景にあると思います。

韓半島全体が長い間一つの国によって統治されていたため、一つの民族という同質性が確保されたようです。



韓国人回答者2

おっしゃったように民族主義は西洋から伝来しました。しかし、民族という概念がなかった訳でもありませんでした。

高麗の後三国統一以降、朝鮮時代に至るまで、約1000年の間、大きな分裂なく過ごしてきた分、生活方式、言語など文化的な部分で韓半島に居住する人々は共通し、少なくとも日本や中国とは違う集団だという認識は持っていたはずです。

​では、本論に入ります。

​西洋から民族主義が伝来したのは、概ね日本による植民地時代と見られます。

​当時、我々は日本に植民地状態に置かれました。このような状況で、"朝鮮民族"とは一種の求心点であり、難しい状況を克服してくれる役割をするようになりました。

​乱世を乗り越える力を提供したと思われます。過去の高麗時代、モンゴルが侵入した時も高句麗の末裔という意識が再び強調された時期がありました。

​ある意味ではこれと似ていると言えるでしょう。

​したがって、民族的優秀性と誇り・偉大さを強調する方式で、日本の支配を克服するための原動力としました。

​その後、韓半島が光復を迎えることになったが、南北に分断し、弱り目に祟り目で戦争まで起こり、日本が残したインフラもほとんど崩れる最悪の状況になりました。

​このような状況でも、やはり民族の誇りを前面に出すことで、困難な状況を克服しようとする意志を燃やします。

​北朝鮮も同じでした。現在も、当時形成された認識が多くの影響を及ぼしたと見られるでしょう。

もちろん、世代が過ぎて薄くなっているけど、当時を生きた世代が依然として存在するだけで、次あるいは次の世代になると、現在とは違う姿を見せることもあるでしょう。

​儒教と民族主義全体主義の相関関係だから...大きな相関関係があるのかと思います。

​全体主義は個人より国家が優先であり、個人の自由が統制される部分である。

​これが民族主義と結びつく場合、ナチスやムッソリーニのような極端主義者が登場する部分がありますが、3つの価値観が一定の相関関係を持つとは思えません。


引用元 https://kin.naver.com/qna/detail.nhn?d1id=11&dirId=111004&docId=354713575&qb=7ZWc6rWtIOuvvOyhseyjvOydmA==&enc=utf8&section=kin&rank=2&search_sort=0&spq=0



例えば・・日本人がいつから『我々は日本人である』という共有意識を持ったか。

元寇の時か、なんとか幕府の時か、秀吉の日本統一か、大政奉還・明治政府樹立の時か。

例えば江戸時代に・・例えば鹿児島の人が『我々は日本人』と思っていたか、それとも『我々は薩摩人である』と思っていたか。

アメリカ人なんかは、何人かわからない状態で『どこから来た?』と聞くと、『テキサス』とかいう人結構いますよね。『それは州だろ!アメリカって言うべきだろww』とか思いますけど。

国にしてもその地域を代表した国家が、今の民族構成とは違う事もあるでしょうし。

スキピオ・アフリカヌスの墓なのに、イタリア語で書いてあるなんて笑い話がある位で。

漢人が『我々は元朝・清朝の民である』という意識を持っていたかどうか。

自分は日本人が日本の意識を持ったのは、明治期じゃないかと思います。

もちろんそれ以前にも『日の本・天朝』という意識はあった思いますが、国家としての自覚は明治かな。対外戦争も体験した訳で、痛烈に感じただろうと思います。

王家と皇室も違いますからねぇ。チャールズ皇太子のお父さんはマウントバッテン卿。

ひいお爺さんはギリシャ王 、ひいひいお爺さんはデンマーク王、ひいひいひいお爺さんはロシア皇帝・・。国籍イギリスでも、何人だよ・・全員親戚かよww的に単一民族は思いますね。

ヨーロッパは国と言ってもろ、なんか結局は都道府県みたいなもんで、ロシア皇帝なのにロシアの血1滴も入ってないとか・・『えっ?ロシア皇帝なのに?』みたいな事ザラですからね。

第一次大戦の時だって、戦争しつつ、王家同士は親戚ですし。今のイギリスにしたって、インドやアフリカや英連邦からの移民が増えて、政界にも進出して、最早イギリス人だからと言ってサクソン人とは言えなくなってる。カレーガンガン食べてるし。

もしかして日本も戦争に負けてなかったら、相当ややこしくなって華人・満州人・韓国人・ポリネシア・インドと訳わからなくなってたかもしれませんね。

でもまぁ歴史を見ると、多神教は必須でないとしても、多文化に寛容な方が文明としては恐らく強い気がしますね。

ローマにしてもモンゴル・トルコ・イギリス・アメリカにしても、何百年程度の齟齬や諍いあっても、属州出身の執政官や、アフロアメリカンの大統領も輩出してきた訳ですから。日系の長官や将軍もいますし。

日本も割と外国に対して融合的ではあるんですが、ここ10年は厳しくなってきた印象。

それは民主党の時の子供手当で『外国にいる在日外国人にも適用して支払う』みたいな、日本に全く貢献していない外国人が日本の法の穴を突いて悪用している部分も大きいはず。

荒川区の中国人に出産一時金42万を払い、人口比率では少ないのに支払い率で行ってたら中国人が非常に多いみたいな。

中国・韓国・北朝鮮が嫌われているとして、『それは人種差別だ』と言うなら、ならどうしてアフロアメリカンやコケージャンや3か国以外のアジアンは強い批判を受けていないかというのもある。

韓国の場合、コーケジャン以外には割とナチュラルに見下して、しかも自覚してない所がある。特にアジアンとアフロアメリカン。

『黒人入店禁止』とか『握手拒否』とか、アジアンに対しては完全上から目線。政治家もそういう嫌悪感を隠さない。

自分の国に誇りを持つのはいいんですが、韓国の場合そこに『だから見下していい』が加わる。

日本もある程度、自らの言動に気を付けなくちゃいけない。自分が見てる時は、相手も見てますからね。


※編集後記

まぁ『民族』と言う言葉自体、日本由来の漢字語なんだけどもww  それを韓国は使う事を是とするかwww