March 10, 2009

牛下開飯,茶餐廳六兄弟

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ただいま、牛頭角で
「牛下開飯」開催中!




先週末は、アジアで暗躍する友人が来港し
楽しい時間を過ごしたのですが、その話は後回しです。
ミンスクさん、話題の発酵をお待ちください。



さて、本題に戻ってこの「牛下開飯」(アウハーホイファン)、

「人が住んでる公営団地を展示会場にする」という

大胆なイベント。



どこかで聞いたことあるぞ、と思ったあなた。

いつもご愛読、ありがとうございます。


samsuipo人が住んでいる「板間房」
(貧しい長屋)を
社会問題を考えるための
展示会場にした活在西九と
同じ「文化葫蘆(HULU)」が
イベントを主催。

このBlogでは去年
【深水[土歩]、「活在西九」】
でも紹介しました。




今回の場所は「牛頭角下邨」(アウタウコッハーチュン)。

ただ、展示会場といっても公開は団地の「共有部分の外側」のみ。


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廊下を含めた住居内部は
撮影はもちろん、
住居エリアは見学者の立ち入り
も禁止です。







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撮影禁止、立ち入り禁止の
通知も貼られています。











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「牛頭角下邨」は
老朽化と再開発のために
立ち退きが決まり、
まもなく閉鎖となる
公営団地。





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展示会に協力しているのは
団地内の茶餐廳や麺屋さんなど
飲食店が中心。





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この展示会は、
「最後にみんなで
食べに来てね!」

という市民参加型の
「お別れ会」なのです。





だから、展示会の名称は「牛下開飯」。
「牛頭角下村でご飯を食べよう!」


高級なレストランはひとつもありません。
極めて庶民的な軽食が中心です。



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多くの人たちが
まもなく消えてしまう
懐かしい光景を残したいと
カメラを持って訪れています。




団地外側からの撮影はOKですが
小売店は、店頭に「撮影しないで」と書いている
ところもありました。

不愉快な顔をして見物客を見ている住民の方もいれば、
「綺麗に撮って行ってね!」と笑顔で声をかけてくれた
おじいさんもいます。

見学に訪れる人は、そこで日常生活を送っている
住民の方々の気持ちも少し察してあげていただけると
ありがたいです。
自分が「突然カメラを持った見物客が押し寄せるように
なった下町の公団の住民」(決して豊かではない高齢者が中心)
だったら、と思えばきっとどこはカメラを向けるべきではないか
などはわかると思います。


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人がいる場所を撮影するときは
礼儀として一言、
写真を撮っていいですか?
と聞いてください。



心配しなくても、基本的にはみなさん、人懐っこくて好意的です。


近年、集體回憶と称され、懐古的な催しや出版が多い香港。
「香港人は別に新しいものにしか興味がなかったわけじゃない。
ずっと前から古いものも好きだし、香港独自の文化があることも
知っているし、大事にしてる。
ただ、それを今までは特別意識してきてなかっただけだと思う」
と香港人の友人に言われました。
なくなってしまうと思ってなかったこともあるかと思います。


屋村文化(オクチュンマンファ)、香港の団地文化。

それは香港の発展に欠かせない歴史です。
巨大な団地。共同のお風呂、トイレ、そして炊事場。
団地の1階に当たる部分に食料品屋さん、雑貨屋さん、
食堂、床屋さん、お葬式グッズのお店(!)など生活に
必要な小売店が並び、近くに学校があり、巨大な団地の中で
生活の全てがまかなえる、それがかつての公団でした。


あの有名な造花、プラスチックの「香港フラワー」も
(香港では塑膠花(プラスチックフラワー)と言われる)
団地で発展し、1970年代、香港の成長期を支えました。
公営団地の中で奥さんや子供、家族みんなで作ることが
出来る簡単なものという家庭内工業のシステムが受け、
みんなが香港フラワーを作っている状況だったといいます。

香港フラワーは李嘉誠が世界的大富豪になる基盤も作りました。
(基盤であって、本当に大富豪になったのはその資金を基にした
不動産業や投資からだと思う。その過程もまさに香港。)


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香港で初めての
公営住宅であり、
団地文化の発祥地は
石身。




すでに老朽化による再開発のため、立ち退き、閉鎖済みです。

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閉鎖直前(2007年)にも
「小作業大智慧」という
「団地文化が作った香港生活
の知恵や手工業の職人たち」を
テーマとしたイベントが開催。

わたしも見に行きました。






〜石身(セッギッメイ)について〜

「香港公営団地の歴史は深水歩から始まった。
1953年クリスマスイブ、約5万人が家を失った大火災発生。

翌年、焼け跡のこの石身で政府によって集合住宅の建設が
はじまり、香港の公団住宅の歴史が幕を開けた。


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初期モデルとなった
石身のH型建築は7階建て、
1部屋あたりの広さは約7畳半。





2棟が渡り廊下でつながり、連結部分には共同のトイレ、
浴室、洗濯スペースが設置されていた。



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この小さなスペースに
多くの家族が住み、
団地文化発祥の地となった。






50年の歳月が経ち、団地はその役目を終え、閉鎖。
2007年3月には1棟を残し、全て取り壊されることが決定した。
時代の移り変わりとともに、消え行くもの、変化していくものがある。
でも、歴史、そして人々が生み出した技術や知恵は消える事はない。
2007年2月、石身公営住宅では、この土地から生まれた
香港の永遠の宝物、「民間文化」を次世代に残していく為の展覧会が開催された」


この石身の解説は何かっていうと
わたしが2007年2月にテレビ用に書いたものでございます。
前回の【打小人】に続き、過去自作資料を掘り起こして活用中。



小さな港町が工業都市となり、
そして国際金融都市へと発展していった香港の歴史の中で
置き去りにされ、忘れられていたものも多くあります。

団地文化もそのひとつです。


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「牛頭角下村」11座は
1969年に建てられました。




石身が第一期モデル、牛頭角は第六期モデルの公団。
70年代、高度成長期の香港を支えた団地文化の中心地でした。


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思い出そう、というのも
イベントの主旨のひとつ
だと思います。





これは取り壊しへの批判ではなく歴史を刻むための展示会です。
ただひとつ、主催団体が批判したいのは、
西九龍を次々と開発する一方、こういった歴史は消し去るだけ
の香港政府。
なぜ展示を民間がやらなくてはいけないのか。
なぜ香港が築いてきた歴史、有形無形の香港の精神を保存しない
のかということ。


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「文化葫蘆」
代表の
霍天雯さん









「活在西九」以来、イベントがあるときは教えてくれます。

だから、わたしは、足を運ぶことができ、
それをまたこうして読んでくれているみなさんに
ご紹介できます。


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イベントでは
こういったシールが
売られています。
2枚セットで20ドル。



この売り上げは、今後の文化葫蘆の活動資金となります。
霍天雯さんが「あげるよ〜」って言ってくれたけど
遠慮させてもらい、5セット買いました。
些細だけど応援の気持ち。



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かわいい。






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住居の二重扉。
日本にはありえない
この色彩が香港なんだよね。







この団地はMTR牛頭角駅前、歩道橋のすぐ脇にあります。


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台車が入れないように
するための
こういう棒が何本もあり、
入っていいのか躊躇しますが、
入りましょう。






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何度か棒が妨げになります。
一箇所あればもういいじゃないか
と思いながら、通り抜けましょう。




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13座の棟に出ます。
会場となっているのは11座
なので通り抜けて歩きます。






しかし、会場地図を見たら、牛頭角ではなく、九龍湾駅で降りて
A出口から出れば、目の前が11座でした。
何もこんな裏道すりぬけをしなくてもたどり着くことが出来ます。



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先述の通り、団地の1階
(グランドフロア)部分は
商店になっていますが、
すでに閉めているお店も
少なくはありません。



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あっ、泰林が
つぶれている。

たぶん【この泰林】とは
関係ないです。



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展示会場の11座の外では
「話したことをイラスト入りで
文章にしてくれる」
サービス(無料)をしています。




ngautaukok45これは、かつてまだ教育が
行き届いていなかった時代、
文字を書くことが出来ない人が
いたため、代筆で手紙を書いたり
するという実在したサービスを
再現したものです。



このあたりで、先ほど紹介したシールも売っています。


ngautaukok46その隣にある「鳳凰茶廳」
(外の看板は「鳳凰冰室」)は
主催側による下午茶をしながらの
講演会会場になったりしています。
(下午茶料として30ドルなど)



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おそらく講演会がある日
などは通常営業していません。
ただ、経営者の方も来ていて
訪れる人たちと話を
したりしていました。



外から見ていたら、
中に入って写真撮っていいんだよ
と声をかけてくれたので


遠慮なく




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厨房に入れてもらう。







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服装を見ればお分かりのように
日曜日は気温が14度まで下がり
とても寒い日でした。










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レジ台に飾られていたのは
イギリス領時代の
香港のコイン、




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そして紙幣。










団地とともに歩んできた商店たち。


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修理屋さん。





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漢方屋さん。






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麺屋さん。




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厨房は通路。









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こちらも麺屋さん。






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餐廳の厨房。
やはり通路。




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食料品屋さん。






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薬屋さん。





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洗濯屋さん。
(クリーニング)




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床屋さん。




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撮らせていただきました。
床屋さんはどの店も盛況。



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レトロな価格表。








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こちらも床屋さん。









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誰かが撮って
プレゼントしたらしい
素敵な写真が店頭に。



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「40年前、店主は店主ではなく、客は客ではなく、
そこには微妙な人間関係が成立していた。

それは現代に失われてしまったことである。」





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「興記茶餐廳」




牛頭角下村を紹介するRTHKのテレビ番組で
この「興記茶餐廳」がクローズアップされていました。

ngautaukok34ここでは親の跡を継いだ
6人の兄弟が
時間で交代して、
茶餐廳を切り盛りしている
のです。



兄弟と言っても、お父さん方の従兄弟で、
「全員苗字が同じ親戚」なのですが
その番組で「茶餐廳六兄弟」として登場。

そのネーミング、かなりツボにはまりました。


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メディアへの露出の影響や
イベントパンフレットにも
登場しているためもあり
団地内で一番混んでいたのは
この興記茶餐廳。




ngautaukok36通常はシフト制で
切り回しているようですが
わたしが行ったのは日曜日で
大混雑だったこともあってか
六兄弟全員が登場し、
フル回転していました。




もっと前からこの状態だったら

六兄弟、今頃ミッドレベルとか住んじゃってたかもね

っていうくらいの大繁盛っぷりです。


他のお店行こうかなあ・・・とも思ったのですが
並んでいても回転もかなり速いし、六兄弟が気になって


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まずは、
と興記茶餐廳に
入りました。









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座れたのは
菠蘿油柄の椅子。
(展示会仕様)





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香港人がこよなく愛する菠蘿油
(バター入り香港式メロンパン)
は売り切れ。










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ならば、
茶餐廳ならやっぱり
公仔麺の餐蛋麺。




先日友人に教えられました。
「古い茶餐廳では、「出前一丁」は指定しないほうがいいんだよ。
出前一丁だと味は同じになっちゃうけど、
公仔麺(インスタントラーメン)ならその店によって味が色々
違うんだから。」と。

ここの公仔麺はベビースターみたいな濃い味がしました。


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そして、主催スタッフに
「猪[キ八]包がおいしいよ」と
教えてもらったので注文。





飲み物は鴛鴦(インヨン。コーヒーとミルクティのミックス)



ngautaukok41テーブルに置きっぱなしで
ちょっと油っぽくなっている
スプーンやフォークを、
こうしてお茶で洗ってしまうのも
公仔麺をスプーンとフォークで
食べるのも、茶餐廳WAY。







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茶餐廳六兄弟の強仔。






「亞視の主持人だよね(ATVに出てる人だよね)、見てるよ!」
と声かけてくれたので、遠慮なく記念撮影していただきました。
わたしも強仔のこと、テレビで見たよ(笑)!




牛頭角には
香港に住む人たちにとって忘れてはいけない、忘れられない
歴史があります。

ひとつは70年代の団地文化。

そして、もうひとつは2003年のSARSです。

SARS騒動での世界のパニックは
渦中の香港から見ても滑稽なほどでもあり、
その時香港に住んでいたわたしたち外国人たちも
母国からも好奇心でいっぱいの質問をされたり
婉曲的にばい菌扱いをされたりしました。
外部から想像されたような地獄では全然なくて
そこには日常生活があり、仕事があり、笑顔があり
毎日が過ぎていましたが、街はとにかく暗かった。
世界から隔離された香港、
観光客も出張者もいない人の流れが止まった死んだような香港、
忘れられません。


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牛頭角下村の隣にあるのは
SARSの集団感染が発生した
淘大花園(アモイガーデン)。





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感染を防ぐための、
外部からの集団隔離。
そしてそれまでの香港では
考えられなかったような
半ば強制的な住民避難。


バスに乗せられて、避難住居がどんな場所かも
わからないままで自宅を後にする住民たちの映像も
そのとき香港で見ていたわたしたちには
決して忘れることは出来ないと思います。


ついでに言えば
当時の行政長官、董建華の奥さんが渦中に訪問。
明確に怯えているのがわかる感染防止のものすごい
重装備に身を包まれた状態で

「もうここは安全ですよー!」

と高らかにテレビカメラの前で宣言して
「そんな格好して何が安全だよ!アホか!」と
市民から一斉に非難された場所でもあります。


SARS制圧宣言の記者会見がされた場所も、
香港最大の被害が出た、ここ淘大花園でした。


牛頭角。香港の近代史がこの土地に詰まっています。


牛頭角下村の「牛下開飯」は、
光栄結業(誇り高き廃業)のその日まで開催しています。
閉鎖日は確定していないけど、もうあまり時間はありません。
良かったら、このお別れ会に参加してみてください。


【牛下開飯】 http://hkhulu.com.hk/NTKopenRice/index.htm


ngautaukok55敷地内の
バスケットコートで遊ぶ
屋村仔たち。
(オクチュンジャイ。
団地の子)






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帰りは団地の前から
ミニバス乗車。





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牛頭角下邨、再見。







香港島側のミニバスと比べると、九龍側のミニバスは
かなり豪快に飛ばしてくれます。それも、香港文化です。




※このイベント補足情報は【光榮結業: 牛下開飯續集】へ。

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1. 下午開飯  [ 香港つめホーダイ ]   March 14, 2009 14:10
 ブログ「きたきつねの穴」で、きたきつねさんが「行きたかった」という...
2. 茶餐廳六兄弟を見に行った…のだけど  [ 徒然なるエッセイ ]   March 21, 2009 12:58
りえさんのblogにあった、『牛下開飯』 を観ようと、牛頭角下邨まで行ってきまし...



りえ

2000年〜香港移住。

香港永久居民。

香港TVタレント(電視節目主持)

日本夜景応援大使

関西観光大使

座右の銘は「芸人魂」「騎牛搵馬」

香港最長寿の訪日観光番組、香港地上波Viu TV「日本大放送 Go!Japan TV」レギュラー出演中。


「日本大放送 Go!Japan TV」

*Viu TV 99ch
毎週日曜日11:30放送!
*2012年からは台湾,シンガポール,中国等でも放送開始!


*番組ホームページ
www.jptime.tv


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