2011年04月

04/16(土)下田ビーチクラブを再開しました

下田ビーチクラブの定例活動で、津波避難訓練を行いました。

白浜観光協会駐車場を起点として、

避難場所とそこへ到着できる時間を確認しました。

まず下田市のハザードマップを確認しました。

しかし海岸からの避難は想定されていないので、

海岸からの避難訓練は本邦初となるものです。

 

 

1ハザードマップ

白浜観光協会の駐車場から南へ橋を渡ると小高い丘があります。

そこへ避難する計画をたてましたが、

河口部は津波が急激に駆け上がってくる可能性があります。
下条川を渡るのは危険と判断し、
川を渡らないルートを選びました。


 

2

白浜観光協会の駐車場を起点に考えると、

道路を渡り今は無き白浜荘のY字路をマリーナの事務所の方へ登り、
途中で右に曲がって、道路を駆け上がってくる津波をかわします。

本当にそんなに上手くいくでしょうか。

 

3

細い道を上って、避難場所候補の浜ゆうの駐車場に
徒歩で約5分で避難できました。


 

4浜ゆう駐車場
 

 

浜ゆうの駐車場から海を眺めたところです。

海岸の道路の3階建てのビルの屋上の高さまで避難できました。


 

5避難

この様な高さからの津波を撮影した映像を沢山観ているので、
リアルな想像をしてしまいます。
 

続いて白浜海岸北側にある白浜神社の本殿に避難するルートを

白浜観光協会の駐車場から県道を歩いて検証してみました。


 

6白浜神社へ
 

 

しかし、ここにも小河川があって、もしこのルートを歩いていると、

河川を急激に上ってくる津波に襲われる可能性があります。


このルートも危険です。


この小河川の北側の砂浜にいたのなら、

迷わず白浜神社の本殿まで避難下さい。

 川の近くや河川を横切るのは危険です。

 

 

7

一番上の本殿まで避難するのに、約7分から8分かかりました。

 

 8
 

 

白浜神社の境内です。

 



 9

 

 

 

 

避難訓練が終わるとホッとする気持ちと、

津波がきた時のことを想定して、複雑な思いになります。

備えあれば憂い無し。

一先ずはお疲れ様でした。


 

 

 

4/10鴨川ビーチクラブ活動再開しました。


鴨川駅のジャスコの一階にあるパン屋さん

 

「海風通信」の若月さんが

 

美味しいパンを子ども達とスタッフに提供してくださいます。

 


 


1若月さん

若月さんからのコメント

 

「みなさん!自粛なんて言っていないで、どんどん活動してください。

 

鴨川は観光地です。人が来てくれないと、この街は成り立ちません。

 

すでに様々な臨時職員は解雇され、鴨川のハローワークには人があふれています。

 

みんなで動きを止めないで前に進みましょう」


海元気プロジェクト(海の伝承と避難訓練)」も

 

まずは子ども達が元気に遊べる環境を大人が創ることから活動は始まります。

 


2カイト4

 

北風が強かったので、スポーツカイト体験から始めました。

 

風も波も自然の力を上手く利用するノウハウつまりフィジカル・センスが必要なのです。

 

 

北風が強かったので、スポーツカイト体験から始めました。

 

風も波も自然の力を上手く利用するノウハウつまりフィジカル・センスが必要なのです。

 


 子ども達は2ヶ月ぶりのサーフィン体験です。


3キューブ体験

 

 

11時過ぎから、津波避難訓練を行いました。

 

 

 

今も1万数千人もしかしたらもっと多くの方が、津波の引き波で海の中にいらっしゃるのです。

 

親潮によって銚子沖あたりまで津波の瓦礫といっしょに流されて来ているという情報もあります。

 

どうか安らかに、深い思いを込めてみんなで黙祷しました。 
 
 

4黙祷

 



鴨川BCの事務局長 野村寛さんが、3月11日(金)の東日本大震災の津波が

 

鴨川に到達した時のことを話してくれました。

 

 

5ひろし

 

これまで経験のない大地震の揺れに、驚いて鴨川グランドホテルから家に戻る途中、

 

松崎川橋の上から、おそらく第一波の津波で松崎川が海水であふれたそうです。

 

シーサイドの防潮堤に沿って、ユニバースホテルの方に歩いていた時には、

 

沖のテトラ近くの海底が干上がるほど潮が引き(津波が引いた状態)、

 

そしてまた沖の海面が盛り上がるような感じでシーサイドの防潮堤の近くまで波が来たそうです。 

 

 

 

大震災時ハワイに滞在していた、割鞘ジュリちゃんのパパのコメント。


 

 

6パパの話

 

 ハワイに滞在している世界中の方に日本は大丈夫かと声をかけられたそうです。

しかし、情報源は米国本土からのネットワークとローカルテレビの情報しかなく、

 

とんでもない大きな震災と津波ということは理解できたのですが、

 

情報が少ないことがとても不安で、涙があふれてくるのが止まらなかったそうです。

 

 

そして、福島の北泉で被災し、しばらく避難所生活から、この日割鞘ジュリちゃんのアパートに避難してきた、

 

プロロングボーダーの佐藤広さんと、佐々木享子さんが鴨川ビーチクラブの会場に来て下さって、

 

時折その悲惨な状況を思い出されるのか、涙目になりながら被災した時の様子をみなさんに話して下さいました。


 

 

7佐藤広佐々木享子
 

 

その日、その巨大地震が来る前、何度か震度3程度の地震が切り返し発生していたそうです。

 

昼食を終えてくつろいでいた時、

 

今までとは比べものならない、立っていることができないくらいの大きな揺れを感じ、

 

揺れが収まったところで外へ出たところで、「これは津波が来るかもしれない」と直感し、

家の中に車の鍵を取りに戻り、北泉海岸の護岸堤防から数百メートルの家から、

 

国道沿いの警察署付近まで約2キロ逃げて間一髪、助かったそうです。

 

少し遅れて車で避難された方は、渋滞で車は動かず、そのまま津波に巻き込まれた方もいるらしいのです。

 

 

 

佐々木享子さんも、鴨川ビーチクラブのメンバーと子どもたちに、つらい被災時の記憶を話して下さいました。

 

 

8被災の話

 

 

車で逃げて、翌日戻ってみたら一階のトイレの土台の部分だけが残っていて、

 

あとは跡形もなく消えていたそうです。言葉がなにも出てこなかったといいます。

 

海岸から国道まで2キロ逃げて私たちは運良く助かった。

 

しかし新田川沿いに津波は約4キロ国道を越えJR線の原ノ町駅近くまで到達していたそうです。

 

幸い海の仲間のサーファー達は全員助かったそうです。

 

やはり、日頃の経験から海の怖さも優しさも激しさも知っているサーファーは

 

やはり津波への意識は高かったと思います。

 

海のこと、少しでも次の世代の子ども達に伝承できればと、

 

ご無理を言ってお話していただきました。

 

やはり、伝承はとても大事な人間の古くからある知恵だと思います。

 

伝承がしっかり伝わる環境作りをみなで考えましょう。

 

 

 

津波の避難訓練を行いました。

 

シーサイドのいつもの活動会場から近くの文理開成高校の校舎が一時避難場所です。

 


 

 

9避難訓練

 

海に入っている人や海岸で遊ぶ人に避難を呼びかけましたが、


 

北東の風ということもあり海上でも海岸でも避難を呼びかけても、ほとんど聴き取れなかったのです。

 

避難用の旗とか、海上の皆さんに避難を伝える方法はこれからも検討していかなければなりません。

 

 

波打ち際からビーチクラブの活動会場までが徒歩で約1分半、

 

そこから文理開成高校の3階まで徒歩で4分半、合計6分でした。


 

 

10三階避難場所
 

 

鴨川に津波が到達するのが、早いところで約4分!??

 

 6分では間に合わない。どうする。

 

文理開成高校の3階フロアまで避難してきました。

 

避難訓練とはいえ、皆さんホッとした顔をしていらっしゃいます。

 

もし、これが本当に起こったら・・・・・事前に予行演習することはスポーツでも一大事でも同じなんです。

 

 

 

文理開成高校の正面玄関で、今回の活動の集合写真を撮影しました。


 

 

11集合写真

お疲れ様でした。

 

もっともっと海のことを、皆で伝承していきましょう。

 










4/3豊橋BC活動を再開しました

4月だというのにとても寒い日でした。
 

小島海岸の階段護岸のいつものビーチクラブの活動基地から、

崖の上まで徒歩で避難訓練しました。
 

この日、風も強く、

音楽も流さず放送機材を使用していなかったため、

ビーチクラブへ参加していたご家族のパパが

サーフィンしていて
 

地震発生時から2分経っても、海上にいるパパには伝わらず

パパは海上に置き去り状態になってしまいました。

7-避難訓練

海上海岸の方に呼びかけて集合するのに2分、

そこから駐車スペースの広場から崖の登り坂まで2分、

会話が弾みますが、時折みなさん真剣な顔になりました。

8-小島入り口

車が一台通れる細い道路に、

サーファーの車が集中したら、避難も間々なりません。

後ろから車が近づいてきます。

路肩に避けると溝に落ちそうになります。 

9-登り坂

およそ海抜15メートル付近の

農地の避難場所まで4分かかりました。

海から上がって避難場所まで合計8分かかりました。
 

津波の引き波に持っていかれないようにするための

横の崖に登ることも考えられますが

藪なので登るのに時間がかかりすぎてしまいます。
 

いろいろなことを考えさせられました。 

10-避難地点

小島海岸の入り口に津波の警告看板がありました。
 

地震・津波だすぐ逃げろを体験していろいろなことがわかりました。
 

海に入る方は、警報音を覚えておきましょう。
 

大津波警報は 3秒吹鳴、2秒休止
 

津波警報は、 5秒吹鳴、6秒休止
 

津波注意報は 10秒吹鳴、12秒休止
 

警報解除は  10秒吹鳴、3秒休止

 

短い吹鳴ほど危険度が高いのです。
 

子ども達には、この警報音の3秒吹鳴

2秒休止のタイミングをゲームにして伝承してみましょう。

12-警報

11-案内看板

これが夏でこのスペースが車で一杯だったら・・・・
 

看板だけ読んだだけでは、具体的な行動ができないということ。
 

これからもしばらくは避難訓練していきましょう。

こども達に伝承していくために。

 

 

 

 

4/2(土)逗子BC活動再開しました 〜避難訓練〜

再開した定例活動で、津波避難訓練しました。



避難訓練前に・・・・


NTT番号情報株式会社から、


NPO逗子海岸クラブに


ウインドサーフィンとサップ各1艇が贈呈されました。



2-贈呈用具

 

逗子ビーチクラブの真壁会長が、避難訓練の合図をコメントしたところです。



1-

 

「11時30分 地震が発生しました。


海に入っている方は、速やかに砂浜に戻ってください。


砂浜にいる方は直ちに避難の準備をしてください。」




この日ビーチでサッカーを楽しんでいたみなさんも、


放送を聞いて直ちに避難の準備です。



3-サッカー

 

救助用のジェットクラフトも海上に出ている方に、


すぐ岸に戻るように伝えて戻ってきました。



4-



海に出ている人を待って太陽の季節碑の前に集合するまで2分、


渚橋を渡り信号が変わるのを待って2分、


徒歩で蘆花公園の上にある避難場所へ3~4分で


合計7~8分で移動しました。


直下型地震で、逗子海岸に津波が来る予想時間は約7~8分だそうで、



徒歩で避難場所までぎりぎりでした。


路地が狭いので、車が来たらもっと時間がかかるかもしれません。 


歩きながら、想定されることを皆で話し合いながら歩いていると、


いろいろなことが子ども達にも伝承できました。



5-避難場所集合


避難場所からいろいろな避難状況を話しながら逗子海岸に戻った時、


穏やかないつもの海を観るだけで、


なにかほっとして幸せな気持になりました。


6-訓練戻り


自然は偉大です。



これからも自然と共存させていただくために、


海のこと皆様と一緒に、


子ども達に伝承していきましょう。 








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