アスレティックトレーニング留学に興味があって勉強している現役の学生さん、もしくは留学中の学生さんなど、"ATC" (認定プログラムを卒業することで得られるアメリカの国家資格、Certified Athletic Trainerの略)になることに憧れて、そしていつかそれになることを夢見て勉強に励んでいると思います。私もその一人でした。

今日は、5年前にATCとなり働いてきた私が、キャリアを積む中で感じ始めている葛藤をシェアさせて頂きたいと思います。

***尚、この記事はアメリカから帰国する前に書いたものであり、「アメリカでキャリアを積んだ後、いずれは日本で働きたい」と考えを巡らせながら向き合ってきた思いであり、私が帰国してからの仕事や経験とは一切関係ないのでご了承ください。また最初の投稿から、少し内容を変更しましたので、多少の編集はあるということもご了承ください***

ATCへの強い憧れ

日本にいた頃、私自身の学生時代を振り返ると、"ATC"という存在は遥か遠くのもので、「凄腕の"トレーナー"と言えばATCだ!」という印象を持っていました。事実、自身が留学を果たす前に、日本に帰国されて活躍されている数の多くのATCの方々に会い非常に強い憧れを抱いたのを今でも覚えています。

この強い憧れの元は、

「アメリカという異国の地で勉強し、資格を取っていること」

「日本に帰国し、バリバリ活躍している凄腕"トレーナー"達」

というこの2点であったと思います。自分自身も、留学してこの人たちのように素晴らしいアスレティックトレーナー になりたい、そう強く思っていたと思います。

今もきっと沢山の学生さんが"ATC"に憧れて、留学を目指していることと思います。

このブログはそういう学生さんたちの少しでも役に立ちたいと思って続けてきたブログであり、私は「なんとしてもアメリカでアスレティックトレーナー になりたい!」という熱い学生さんを全力で応援しています。

アメリカにおけるアスレティックトレーニング教育

実際に自分自身が留学をして、その教育レベルの高さに感動しましたし、英語に苦労しながらも毎日ワクワクしながら授業を受けていました。心の底からこれが勉強したい!と言える学問に出会ったと確信しましたし、今でもアスレティックトレーナー になったことを本当に良かったと思っています。

一方で、留学を終えてアメリカで働いていく中で、「いずれは日本で働いて、アスレティックトレーニングを広めたいけど、どういう風に仕事をしていったら良いだろうか」という悩みが生まれてきました。

この悩みの種は、アメリカにおけるアスレティックトレーニング教育と日本におけるアスレティックトレーナーの需要や求められるもののギャップです。

これについては、日本で働いている友人や先に帰国されて日本でのキャリアを積まれている先輩"ATC"の方々からも聞いていました。

個人的な印象ですが、アメリカのアスレティックトレーニング教育では救急法や安全管理の教育が徹底されていて、とにかく選手の命を守るための知識や技術を、座学と実戦を通して叩き込まれます。それに加えて、「傷害評価」や「リハビリ」、「徒手療法」まで非常に細かく勉強します。

実際に、アメリカにおいてアスレティックトレーナー として働く際に、これらの教育は大いに役立ちます。しかしながら、これはアスレティックトレーナー が「準医療従事者」としての地位を確立し、需要も確立されているからであって、もし日本で働く時に果たして同じことが求められているのかという疑問にぶつかりました。

日本でのアスレティックトレーナー の需要

アメリカでアスレティックトレーナーが働く現場の定番といえば、アメリカンフットボールです。もともと、アスレティックトレーナー がアメリカで発達したのも、アメリカンフットボールという、常に外傷と隣合わせで、ともすれば死者が出てしまう非常に危険なスポーツだからという経緯があります。

これに伴って、アメリカンフットボールで起きる怪我に対して沢山の訴訟も起きてきました。

選手の命を守ることと、訴訟から身を守るために、プロスポーツチームはもちろん、スポーツを提供する大学や高校、さらには中学校までアスレティックトレーナー の需要が広がってきて、今ではその職域が「健康産業」全体に広がり、病院やクリニック、一般企業まで広がってきています。

これを踏まえた上で、日本の現状を考えてみるとどうでしょうか。そもそも怪我が頻繁に起こるアメリカンフットボールは全くと言っていいほど日本では普及していません。さらに、スポーツ事故による訴訟の数自体も圧倒的に少ないことはデータを見なくても明らかではないでしょうか。

それ故に、多くの現場で、アスレティックトレーナー の必要性を感じることは少ないですし、スポーツ現場に必ず専門家を置くような論争は巻き起こりにくいのが現状ではないでしょうか。

それに加えて、日本のスポーツ界において、そう言った専門家に回ってくるお金がないのも大きな原因であることは言うまでもありません。

アスレティックトレーニング留学におけるジレンマ

以上の現状を踏まえると、根本的にバックグラウンドの違うアメリカにおけるアスレティックトレーニング教育を経て、ATCとして帰国することがどこまで理にかなっているのか、という事を一旦立ち止まって考える必要があると思います。

日本では、トップリーグはまだしも、スポーツ現場につきっきりで帯同する専門家の需要はまだまだ少ないです。一方で、スポーツの怪我に関する「治療家」に対する需要は山ほどあります。

これを考えると、より治療に特化した理学療法士(PT)になる方が、収入も含め「日本で働く上では」現実的、とも言えるかもしれません。なぜならすでに職業としてある程度社会的地位を確立していて、働く場所にもまず困らないからです。

反対に、アメリカの教育を受けてそのまま帰国して、アメリカと同じ感覚で仕事を探したり、しようとしたりするとズレが生じると思います。これには、日本におけるアスレティックトレーナーはアメリカにおけるATCとは異なり、国家資格ではないことも大きく影響していると思います。

もちろんこれはATCの強みやアスレティックトレーニング教育、そしてアスレティックトレーニング留学を否定するものではないことは強調しておきます。

むしろ私は「ATCになりたい!」という人を全力で応援しています。アスレティックトレーナーや"ATC としてしか発揮できない専門性があることに疑いの余地はないからです。

私自身はアメリカのアスレティックトレーナー やその教育システム 、ひいてはスポーツ産業に感銘を受けて渡米をしましたし、日本を出たからこそできた経験や得られた専門性があると信じています。

思い切って日本を飛び出し、迷いながらも道を探しもがき進んできたからこそ今があると思っていますし、諦めていく人が多い中でこの業界で仕事をできていることに感謝しています。

話を戻しますが、もしキャリアの目標が「日本で」治療家になるとかパーソナルトレーナーやコンディショニングコーチとして活動する、というものであれば留学先で勉強するものが「アスレティックトレーニング」である必要はないと、個人的には考えます。

むしろ治療について集中して勉強できるPTやトレーニングについて学ぶExercise Scienceのような学問の方が、より将来やりたいことに直結しているように思えます。

更にいうと、「トレーナーになりたい」と考えた時に、「治療がしたい?スポーツ選手のリハビリがしたい?それともトレーニング指導がしたい?ビジネスマンの健康をサポートしたい?」など、自分が本当にやりたいことを深掘りすることが大切です。

更に更ににいうと(笑)、「スポーツの中で仕事をしたいから、なんとなく"トレーナー"って聞くし、やってみようかな」といって"飛びつく前に、スポーツに関わる仕事はどんなものがあるのだろう、と立ち止まって考えることも大切だと思います。

理由は単純でスポーツに関われる仕事は山ほどあるし、"トレーナー"と言っても、たくさんの職業があるからです。日本ではまだまだ少ないですが、最近では「スポーツサイエンティスト」なんていう仕事まであります。

個人的には留学前にこの職業を知っていたら、その分野の先進国であるオーストラリアやイギリスに留学していたかも、なんて思います。

再度強調しますが、私がここでお伝えしたいことは、ATCとなりその後日本に帰国されてパーソナルトレーニングを始めたり、SCコーチに転身するキャリア選択され、第一線で活躍をされる大先輩方を否定するものではないということです。

ただ現状として、アメリカにおけるアスレティックトレーナー のように働ける現場が、日本に非常に限られていることは間違い無いと思います。その現場は大半がプロチームで、「アスレティックトレーナー 」として働くのであれば椅子取りゲームに参加しなければなりません。

このような日本の現状の中で、日本スポーツ協会がアスレティックトレーナー の養成を増やしている現状は、理にかなっているとは思えないのです。

日本スポーツ協会のアスレティックトレーナー 養成プログラムは教育内容はアメリカのアスレティックトレーニング教育に基づいたもので、その教育の質を否定する気もありません。

ちなみに私は日本の大学で養成プログラムを出てから、渡米しているのでどちらも経験済みです。

ただ、アメリカにおけるニーズから生まれたアスレティックトレーニング教育を日本でそのままやったところで、需要が無いためにアスレティックトレーナー が溢れてしまうのは必然ではないかと思ってしまうのです。

このようなジレンマを解消するために、現役アスレティックトレーナー である自分自身も、Japanese Styleのアスレティックトレーナー の形を築いていくために、何かできることがあるのではないかと思っています。

まとめ

アスレティックトレーニング留学を考えている学生さんにアドバイスしたいのは「留学するのであれば、その後アメリカに残って仕事をするべき」と言うことです。理由は単純で仕事があるからです。

仕事を続けながらアスレティックトレーナー としての知識や技術を継続的に向上させることが出来ますし、ストレングスやコンディショニングなど、その他の分野に対して自分の専門性を高める時間もあります。

自分がまさにそうで、直近のチームではアスレティックトレーナー 兼コンディショニングコーチとして働いていました。この経験は帰国後の仕事でも大いに役立っています。

反対に、留学後すぐに帰ったとしても、スポーツ現場につきっきりで働くアスレティックトレーナー として、その手腕を発揮できる現場は少ないように思えます。

また、本業ではないストレングスやコンディショニングを兼任で任されたり、通訳やトラベルコーディネーターなど、アスレティックトレーナー としての本業以外の仕事を任せられるケースもよく聞きます。

それであれば、最初からストレングス&コンディショニング留学の方がもっと専門性を高められたのでは?と思ってしまうのです。アスレティックトレーナー としての教育を受けながら、帰国した時にSCの仕事を任せられるのは、もし仮に自分自身がそれを望まないとしていたらなんとも悲しいこと無いでしょうか。

しかしながら、これは誰が悪いというわけではなく、そもそもアスレティックトレーナー とSCを一人ずつ雇える資金力を持ったスポーツチーム自体が日本には少ないですし、SCにアスレティックトレーナー の役割を求めるのは不可能(そのSCがアスレティックトレーナー としての教育を受けていない限りは)なので、結果的にATCにそういった仕事が回ってくることが多いのかな、個人的には感じています。

もちろん勉強してSCとしての経験を積んでいけば良いのですが、そもそも長い間SCを畑としてきた専門家の方に勝ち目がないことは目に見えています。この現状に、「日本でアスレティックトレーナー として働くことを前提とした」アスレティックトレーニング留学の矛盾を感じ始めました。

「トレーナー」になりたい学生さんには、どの分野で活躍したいのかを良く考えて欲しいと思います。場合によっては違う職種の方が自分のやりたいことをやれる可能性は非常に高いです。

そして現状として、アメリカでのアスレティックトレーニング教育を最大限に生かせる現場があるかと言われると、難しいと言わざるを得ません。

こういうと「Akiraは、アスレティックトレーナー になるのはやめたほうが良いし、アスレティックトレーニング留学もしないほうが良いと、学生に伝えている」と言われかねないか心配なのですが、そうではないことも最後に強調しておきます。

留学して、アスレティックトレーニング教育を受けた人しか得られないものが沢山あります。私自身もアメリカ留学、そしてアメリカでの社会人としての経験があるからこそ、今の自分があると思っています。

今の自分はアメリカでの経験なしではあり得ないですし、多くの方に支えられながらここまでキャリアを歩んでこれたことに感謝しています。

だからこそ、アスレティックトレーニング留学を考えている方には、「自分が本当にやりたいことは何か」ということを沢山の先人の話を聞きながら考えた上で、その決断をして欲しいと思っています。

考えた上で「やっぱり俺は/私はアスレティックトレーニング留学がしたい!」という人を私は全力で応援します。

何故ならアスレティックトレーニング留学がどれだけものを自分の人生にもたらしてくれるか、その大きさを信じているから。

Akira


Twitterでは自分の専門分野であるアスレティックトレーニングを始め、ストレングス、コンディショニング、傷害予防など様々な情報を随時シェアしています!留学関係のことについても何か質問があれば是非DMください!


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