ジャパンハート看護研修生ブログーminmin便り

私たちは、ジャパンハートの国際看護長期研修を通して、ミャンマー、カンボジア、ラオス、また国内僻地離島で奮闘している看護師です。 物資も人もインフラも限られた環境の中で国際医療とは?地域医療とは?を 日々学んでいます。 このブログでは私たちの苦悩、感動、喜び、葛藤などの思いを綴っています。ぜひご覧下さい!

ジャパンハート http://www.japanheart.org/

『 Deep dive 』


タイトルは、英語研修と事前研修を終えて心に残っている言葉。

自分の中に眠る心、潜在意識と呼ばれるもの。

自分自身の中に眠る何かを探す旅、それが私にとってのDeep-diveだ。


3番目





他者にとっては、それが闇と捉える事もあるが、私にとってそれは宝物である。

それがどの様なものであっても、私が私である為に必要なもの。

過去のどの様な出来事も欠けてしまっては、今の私が私であることはできない。

今の私が私であることに価値がある。


1番目




「自立した看護師」とは何か...。




自立した看護師にとって必要な事は、数え切れない程あるが、

もっとも必要不可欠な要素とは、私が何者であるか、

どの様な尺度や色眼鏡で他者と関わっているのか、

普段、どの様なことを感じているのかを自分自身が気付いている事ではなかろうか。




自ら自分と向き合い、私が何者であるかを理解し、関わる全ての人に対して何を抱き、

どんな思いで関わっているのかを知る事。

それを終えて、初めて本当の関わりができるのではなかろうか。




常識という名の価値観の尺度の中で生きるのを辞め、

私は自分自身の直感や感情を信じた価値観で生きる。




本音で生きること、自分らしく生きること。それが私の信条である。


43期 KAORU


2番目

<Dream train の TANABATA Dream>

minmin 便りをご覧の皆さんこんにちは。

ミャンマーの地より 40 期のあかねぇさんこと西海茜です。
私たち 40 期は先日、初の Dream train に行ってきました。

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※Dream train とはミャンマーのヤンゴンにあるジャパンハートが運営する
 子供たちのための施設の事です。

そこで“TANABATA Dream”と名付けた七夕のイベントを行ってきました。

到着初日はヤンゴンの事務所で企画について40 期での話し合い。

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数日前からイベントを“七夕”にする事は決めており大まかな企画書は提出していましたが、
具体的内容を話すのはなんと初めて。

七夕なんて文化のないミャンマーの子供たちにストーリをどう伝えるか。

短冊を吊るす竹はどのような感じにするか。
竹がすぐに手に入るとは限らないし、
そもそも、ほぼ毎日バケツをひっくり返したかのようなスコールが降る今の季節。
外に飾るのは難しい。中でやるならどうするか。飾り付けはどんな感じでするか。
みんなで色々な意見を出し、少しずつ具体的内容がつまっていきました。

二日目は Dream train での準備。
私たちだけで準備をしていると、興味深々に集まってくる子供たち。
結局一緒に創作活動をしました。

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そしていよいよイベント当日。
小学生を対象に約 30 人ほどの子供たちが集まってくれました。

日本には七夕という行事がある事。
そのストーリーをミャンマー語で訳してもらいながらパワーポイントで説明し、
初めての短冊にお願い事を一人一人書き、
みんなが揃ったところでどんなお願い事をしたのかみんなで共有。

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「お医者さんになりたい」
「サッカー選手になりたい」
「学校の先生になりたい」

などみんなの夢をきく事ができました。

照れながらもニコニコ発表する子供たちの笑顔を見てなんとも嬉しい気持ちになりました。

その後は、短冊や飾りを貼っていく作業をみんなで行い、七夕のイベントを終了しました。
もちろん私たちも短冊にお願い事をしました。

このようなイベントを企画したりするのも研修のうちですが、
お蔭様で楽しい時間を過ごす事が出来ました。

ミャンマー研修も残り1カ月、その後、同期はそれぞれまた新たな地へ行く事になっています。
みんなの願いが叶いますように。

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40 期@あかねぇさん

「新しい場所」


初めてブログを書きます。42期生のai.nです。


国内研修が始まり、離島に来てから2ヵ月が経とうとしています。

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時間の流れってこんなに早いっけ?と思うほど、毎日があっという間に過ぎていきます。

私の研修先は、長崎県対馬病院の外科・内科・産婦人科の混合病棟。
赤ちゃんからお年寄りまで、同じフロアにいるという不思議な光景です。

ジェネラリストな看護師に憧れていた私は、ワクワクしながら対馬病院に来ました。

でも実際に働いてみたら、
小児看護の経験しかなくてお年寄りの方との関わりに戸惑ってしまう、
ルート確保もできない、
外科から内科から色々な疾患の患者さんがいて何がなんだか解らない・・

初日からずっと感じていたのは、ワクワク感ではなく無力感でした。

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看護技術の経験不足,
色々な疾患への知識がないから観察もアセスメントも不十分、
いつも先輩看護師や医師を頼っていたから判断力に欠けている、
患者さんではなく自分を主体に考えているというコミュニケーションの癖、
看護に対する向き合い方・・

3年間働いてきて、そろそろ1人前になったかなと思っていたけど、
働く場所が変わったら何も出来ませんでした。こんなはずじゃないのに・・
と悔しくなったのを覚えています。

そんな中で、
研修生の同期や病棟のスタッフの方と話をしたり、
毎日振り返りをして自分を知っていくうちに、自分と向き合うようになり、
”今の自分の本当の実力”に気づく事が出来ました。

それからは未熟な自分を認められるようになり、
今学べることを出来るだけ吸収しようと思えるようになりました。


新しい環境に身を置いたとき、その場所での自分は“ゼロ”になります。

過去の経験に捉われないこと。
積み上げてきた物を全て手放して、ゼロからスタートすること。

それが、私に必要な事でした。


初めの1ヵ月は、病棟になれることで精一杯。

2ヵ月が経ってようやく慣れてきたと思ったら、今度は新しい課題が見えてきています。


病棟のスタッフの方はとても優しくて、
「ジャパンハートの人は研修で来てるから、色々吸収していって欲しい。何でも聞いて!」
と言ってくれます。

患者さん達も、「頑張ってね、応援してるから。」と、優しく温かく接してくれます。

うまく出来ない事もあって嫌になる事もあるけど、
最近は、対馬病院に来て良かったなぁと思えるようになりました。


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離島で学べる期間は、たった6ヵ月間。
1日1日を大切しながら、目の前のことに全力で取り組むこと。

それが1年後の自分を変えてくれるはず!と信じて、頑張っていこうと思います。


42期生 ai.n

『 ワチェ☆まゆみ 』

minminブログ3回目

つし☆まゆみ→ミャン☆まゆみ→ワチェ☆まゆみ(完成系)です。

39期生の岸川です。ミャンマーに来て本当に色んなドラマが月単位、
いや、日単位でミラクルに起きています。
本当に一時は帰国希望したいと懇願したくらい正直毎日が課題に追われていました。

ワチェ、、、というとミャンマーのジャパンハートが、お坊さんの病院を間借している
ワチェ病院です。
そうです。とうとう岸川、ワチェ病院での活動も1か月を切ろうとしています。

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そして、今ここには日本人は私だけです。

日本語を話せるミャンマー人もいて、ミャンマー料理を食べれるか心配してくれるマツザや、
いつも沢山話してくれるマジマ、をはじめ本当に助けてもらっています。

しかして、

here is myanmer 。ミャンマー語になるとみんな何を話しているのか、、さっぱり。

とぎれとぎれ単語を聞いて、話の内容を聞いたりニュアンスで会話に入ろうとしますが、、、
知ったかぶりはすぐにばれる。難しー。

今は入院患者さんは少なく、外来患者さんの処置をしたりガーゼを折ったりしています。

日本人一人になって気付いたこがあります。それは、今までいかに日本人のペースで
ここで活動していたのか、ということでした。病院でも宿舎での生活においてもです。

私が長期研修を決めたきっかけとなったスタディツアーは2年前、
ミャンマー人と同じくらいの人数の日本人が居ました。

医師、看護師含めとても潤っているようにその時の私には見えていました。
ミャンマー人と日本人が和気あいあいと活動している風景でした。

日本人が減ってミャンマー人がメインになった今、
日本人にとっては良くても、ミャンマー人にとってどうなのか?
ということに視点を置いたとき、
実はミャンマー人にとっては不必要なこともあったのです。

ミャンマー人は実は思っていることを言い出せない傾向にあるのです。
日本人は何でも物事をきっちり管理したい、
または管理するように今まで過ごしてきていると思います。

決してキレイ好きではない岸川でさえも、ここでは物の位置や、決め事に対しては
何の疑問も持つことなく行ってきました。これはこんなもんなのだと思ってました。
それを代々研修生が引き継いできて習慣化されたこともありました

病院での活動も、これはミャンマー人、これは日本人とミッション中は決まってきつつありました。
例えば、OPE前日の読み合わせという患者さんと、
カルテを見合わせてどんな状態なのかを皆で確認する作業も日本人だけで行っていました。
朝の病棟申し送りも日本語を使用して病棟ナース同士で行っていたことが、
ミャンマー人にとっては何で日本人たちだけでやるのかという疑問があったのです。

今までの方法が、駄目なわけではなかったけども、
私たち研修生も目の前のことで必死なのと、
遠慮というよかれと思った行動が彼女達の成長につながっていなかったのです。

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今後のミッションは、もっとミャンマー人と協力していく必要があります。
自分が普通に思っていること、普通に行っている行動事体
ミャンマー人にとっては、もしかしたら普通じゃないことかもしれない。

そして、ミャンマー人が普通に思っていること、行動事体が
私にとっては普通じゃないかもしれない。でも、まあ、こんなもんかあ〜!
と感覚の違いと感じつつ、適度に受け止めることが今の私です。

でも、無理な時は無理ー!!って爆笑しながら受け止めません。

「〜じゃなければならない。」ということは、実はそんなにないものだとわかりました。

また、ミャンマーで暮らすには、やはりミャンマー人にとってはどうなのかを
一度聞いてみたり、一緒に作っていくことが必要です。

最近は勉強会もさせてもらっていて、私がミャンマー人に座薬の入れ方を説明するのに、
必死になり、爆笑勉強会になったり、やはり私の場合はコメディになってしまいます。

単語帳を作成しました。ミャンマーでは、看護師になる学校はわずか三か月しかなく、
その間に得られる知識も少ないです。

また、○気が見えるや、月間○ーシングのような
日本に沢山ある教科書も、ミャンマーにはなく医療の知識も人によって個人差があります。
少しでも看護知識や技術が得られるように、勉強会を続けていこうと思います。

ミャンマー料理が少しずつ作れるようになったこの頃。
見たことない虫や、ぶんぶんハエが飛んでても気にならなくなった時、
少しミャンマーになれたような気がしました。あと一か月、、、

楽しみつつ、今自分の課題に向き合っていきたいと思います。

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『myanmar』


こんにちは、41期 numa shoです。今回はミャンマーでの話です。

ミャンマーに着いた時、ついに来てしまった。しみじみした。
短期ボランティアでカンボジア(他の活動地)に行った時とは違う感覚が走った。
このミャンマーの土地からジャパンハートの活動が始まったのだという空気がひしひしと伝わり緊張した。

ここでは僧侶の地位が高く、
例えば不用意に僧侶に触れてはならないとか外来診療でも僧侶が優先されるとか
僧侶だけの部屋があるとか…

実際にそれをみて国が違うと、こうも違うのかと衝撃を受け、緊張が増した。
実際に僧侶と話すとき、目は合わしていいのか?なんて不安になりながら話したけど、
新参者の私をスマホ片手に笑顔で迎えてくれる僧侶ばかりだった。
色んなルールはあるが人は温かった。

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病院での活動は、主には手術、手術後の創傷処置。
手術後は、日本人ドクターは帰国してしまい、ミャンマー人ドクターは外来に忙しく、
創傷処置は看護師の大きな任務になる。

初日からざっと50人ぐらいの創傷処置をみんなで手分けして行い、その処置につかせてもらった。
傷をみて考えながら処置方法を考える。
「コンプレスはどの向きであてる?」「創部は開放していい?」
「いつ退院できる?」「ドレーンは抜いていい?」
どれも難しい質問ではないからこそ考えないとスルーされ、
ルチーン業務になりがちなことを指摘され、とても意識した。

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この人にはどうしたらいいか?ここではどうしたらいいか?
ってことを考え頭はパンクしそうになったが、私の心は楽しくて弾んでいた。

それから、どの患者にもこの人はこの手術をして、いったい生活がどう変わるのだろう?
と想像しながら処置した。

40歳の甲状腺腫の女性。手術して何が変わるか。
7歳の口唇裂の子、手術して何が変わるか。
手術だけではなく、自分が日本人として医療を通じて関わりをもつことは、
この人にとって、私の人生にとってどんな意味があるのだろうと。

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答えはでなかったが、「医療を通じて誰かの人生に関われること」
が自分を幸せな気持ちでいっぱいしてくれることは確かだった。

もう一つ、ミャンマー研修から帰国後
「人と自分の人間関係」「人と自分のコニュニケーション」について考えた。
相手が喜ぶことや相手の欲求に合わせるのが、
いいコニュニケーションや人間関係ではないことに気付いたのだ。

「人を信頼する」これが今の自分に全く足りないことだった。

私は相手のことを理解できなくても理解するように努力はしてきたし、
人がしないことは自分が全部やればいいんだって思ってきた部分もあるので、
今までの人生で何も苦労はないように感じていたのだろう。

でも海外で小さな医療チームで活動するには、その努力では補えない
「心からの信頼」が今の自分には必要なんじゃないかって思った。…

きっと私以外の周りの人はそうそうやっと気づいたかって思っているはず。

そんな不器用な私のことを受け入れてくれている同期に感謝の気持ちでいっぱいになったし、
出逢えてよかったなって思った。
この出逢えた意味を、あと7か月思う存分に味わおうと思う。

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離島に戻った私は、ホッとした。

5か月前は帰りたい帰りたいって言っていた東京も懐かしく感じた。
離島研修は残り一か月。
一日一日大切に悔いのないように過ごしていきたいです。
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