カンボジアにきて早2か月が経とうとしています。

こっちに来てからは、日々できない自分、
そしてそれを認めたくない自分、
そうした自分を周囲にさらせられない自分といった自分がどんどん出てきて、
誰かに共感してほしいけど、こうした自分を晒せない自分、
そしてどんどん殻に閉じこもっていってしまうようなことがありました。

カンボジアライフ🇰🇭_200109_0068

頭では、こうした状態ではだめだと思い、何とかしなきゃと思いながらも心がブレーキになってしまっているようそんな自分に否が応でも向き合わなければならない日々が続いていました。


そうした中で、自分が本当にやりたいこととは何なのか、
それは本当にすべてを投げ出してでもやりたいことなのか、

患者さんを受け持つということは何なのかといったことをひたすらぐるぐると頭の中を駆け巡り、


同じところを何度もぐるぐるグルグルと回って何にも進まないような感じがしていました。


こうしたことは日本にいるときはあまり考えなかった。

むしろこうした自分に深く向き向き合うことがしんどいから、
向き合わないようにしていた。
または、表面的に向き合って、自分の中で解決したことにしていたのかもしれません。



 「自分の看護感や何のために海外に行くのか、どうなりたいのかといったことを海外研修の前に考えて行かないといけない」

そういったアドバイスをこっちに来るまで何度か受けたことがあります。

正直なところ当時は、こうしたアドバイスにはいまいちピンと来ておらず、
知識や技術、語学といったスキルが追い付いてない自分にばっかりに目がいってしまい、
それを何とかしなければといったところに重点を置いていたような気がします。

そしてカンボジアに来て、自分と向き合う日々で気づかされた、
自分の弱さとできない自分にしか目がいかなくなってしまう自分。

本当は患者さんを見ないといけないのに、
患者さんではなく自分に目が行ってしまっている自分。
結局は自分が中心になってしまっています。


カンボジアライフ🇰🇭_200109_0069



この文章を書きながら、もしかしたらそれでいいのかもしれないと思っています。


以前、「自分は自己評価が低くて、自分を大切にできないから、患者も大切にできない。自身との向き合い方が患者さんへの向き合い方にも現れている」

とアドバイスを受けたことがあります。

そのときは、正直いまいちよくわかっていなかったと思います。


しかし、初めの方で書いたように、いろいろ考えていく中で、
自分が患者さんに与えたいものは、笑顔だったり、安心感だったりするのかなぁといったことに行きつきました。

そして、相手にそうしたことを与えるには、まず自分が安心して人と向き合えたり、笑顔で接することが必要なのではないかなぁといったことを最近思っています。
結局は、自身の内面が、接する人の内面に影響を与えてしまうのかもしれません。


 こうして、これまで以上に自分と向き合う2か月間を過ごしてきて、
自分と深く向き合うことのしんどさや辛さといったことを感じつつ、
少しこうしたらいいのではないかなぁといったことが見えてきた気がします。


これからも、自分と向き合うことでしんどく感じたり、迷ったり、グルグルと同じところを回ったりするかもしれません。

その中にいるときはめちゃくちゃしんどいですが、そうした時間も必要なのかなぁと感じています。

斎藤