錬劇者たちの劇的居酒屋

J・A・シーザー オフィシャルブログ

『演劇実験室◉万有引力』35歳

8月1日は『演劇実験室◉万有引力=Universal Gravitation』の誕生日だ。

初めて知る人もいるだろうから説明すると・・・
1983年、寺山さんの死後、結成された『演劇実験室◉万有引力』は当初『演劇実験室◉天井桟敷』の団名を継ごうとしたが、九條さんの「寺山と一緒に埋めてやりたい」という言葉で断念。
新団名『演劇実験室◉万有引力』を名乗ることになった。
 1983年7月31日『演劇実験室◉天井棧敷』解散、翌8月1日零時、団名引き継ぎが叶わぬならと、時間的引き継ぎにて寺山演劇を継承する形をとった。

わたしの中では、今でも
寺山さんを死亡退団扱いにすることで
寺山演劇を継ぐ意志の強さを自分に言い聞かせたのだと
思っている。



名称未設定 1


この写真は1983年7月28日(演劇実験室◉天井棧敷解散4日前に演劇実験室◉天井棧敷の喫茶店で撮影された)のものだ。
わたし35歳・・・・・・


創立初期は演劇に夢中になっていて8月1日の祝い事はしなかっ・・・いや忘れていたようだ(何年、劇団が続くかも分からない頃だったからね)。
中期に入ると寺山演劇への新たな表現挑戦(敢えて再演とは言わない)が余儀なきこととなり(心の何処かでは「そろそろかな」と思っていたのかも知れないが・・・)、毎年ではないが、思い出したらやっていたような記憶はあるが・・・誰かに聞いてみなければ・・・後期(?暫定的にだよ)に入り、数年前からは毎年行うようになった。
今年も何処かの居酒屋で誕生会が開かれるだろう。
もし、その居酒屋を探し当てることが出来た人は、誰であれ参加することが出来るでしょう。


ちなみに、『演劇実験室◉万有引力』は35歳だが、わたしの演劇活動は半世紀を迎える。
ふと、「『子供の頃からすでにこの演劇への道は出来ていたのだろうか・・・』と問うわたしは本当に子供の頃のわたしだろうか・・・」と午前零時3分前の時計を見ながら思う今のわたしは何歳の頃のわたしだろう・・・
「一般的な人間であるなら、1歳から69歳の間のいずれかであることは間違いない・・・が、ちょっと捻って考えると、それ以前、つまり誕生以前のお前か、それ以降、すなわち今日より先のお前ってこともあるかもね・・・自分では何歳くらいだと思う?」耳掻きの先をハンモック代わりに寝ていたイヤーイヤー(ear year)が言った。
「そうだな、劇団を作った36歳かな・・・いや・・・生まれる以前の何処か・・・かな」・・・ 時打つ鐘のない時計が、午前零時の鐘を鳴らし時を告げた・・・ような気がした。


《時》というのは不思議なもの
ならば
その《時》に支配されてるわたしも不思議者
ふと

緑の《時》の傍を
蒼い風が吹く
寄せては引く真っ赤な海に映る
群青の夕陽が
紫色の記憶に涙のような言葉を吐く
不思議な《時》《時》の不思議
わたしは誰じゃなく
何であって
此処にいる


と書いてみる。

ブログ イン ザ トワイライト

ブログが『日記と記録』の意を持つなら、わたしのブログは「思い出を私設居酒屋へ瞬時に呼び出し、当意即妙な会話ごっこを楽しむ『(夢想仮想も含んだ)空想ライブハウスの気儘な(ある人にとっては無責任な)書き遊び』」というものか・・・


「いつから滞ってる?」「4月11日からだから、三ヶ月ですかね・・・」

・・・三ヶ月か・・・あり過ぎるほどあったな・・・いろんなことが・・・思い過ぎるほど色んなことも思ったな・・・

中でも強く気にしたことは気力、体力のことかな。

年齢的に仕方ないことだと思うが・・・


「盆が過ぎれば秋が来る~」

今年で13回になるのかな・・・そうそう、13年前、「藤沢の盆踊りを再開したい」との話があり、なぜかわたしに白羽の矢が。

盆踊りで育ったとは言いきれずとも、子供の頃、胸躍らせながら見つめていた盆踊りのすべて・・・櫓の上で的確な調子で和太鼓を叩く父の姿、母の踊る妖艶的とも思えた盆踊りの舞いが好きだった(東京に出て来てからは疎遠になってしまったが)。

だから、わたしにとってこの作曲依頼は夢の出来事と同じだった。


数か月後、まずは初回のためにと、子供の頃に体験したあの盆踊りを思い浮かべながら一気に作った。

手直しすることなく最初のイメージのまま現在に至っているということは、やはり子供の頃に体験したあの盆踊りが大きく関わっていることは間違いない。


作詞は遊行舎主催者の白石征さん。

振り付けは花柳輔綾乃さん。

曲の打ち込みは劇団員の飛永聖。


『遊行ばやし』『藤沢盆のこいうた(恋歌)』『ささら交歓歌』、子供たちのためのマザーグースの詩などを盆踊り曲にした『片瀬悪口歌』『わらべ盆詩』、すでに白石さんの劇で作曲していた、一遍上人が広めたと言われている念仏踊りのための曲『和讃念仏踊り』の6曲。

曲が出来ると花柳さんの振り付けが始まった。

深夜にまで及んだ数十人の踊りの人たちとの稽古・・・

様々な稽古場を渡り歩きながら、ついに遊行寺境内の正面に作られた舞台で大入りの観客の前で披露された。

初回より、毎年各地のゲスト盆踊り、たとえば胡弓と男女の妖艶な踊りが魅力的な富山の『おわら風の盆』、秋田の『西馬音内盆踊り』などが深夜バスで参加してくれるという誰もが不思議楽しめる盆踊りとなった。



写真1


さて、一年一年と過ぎてゆくなかで「何年続いてくれるんだろう・・・」と不安を募らせた盆踊りも今年で13回、つまり13年(さっきも言ったな)。

そんな年月の流れの中、いつからだっただろう、わたしが作曲った6曲のうちの1曲《遊行おどり》が子供や高校生などまでもが加わった参加グループが数十組になるほどの《盆踊りコンテストの課題曲》となった。



写真2


今年も今月の28、29日に催される、そんな藤沢『遊行の盆』に少しでも興味を持った方は是非足を運んでもらえればと思う・・・

が・・・仮に今後この『遊行の盆』が数十年、仮に驚きの百年続いたならば、『遊行ばやし』をはじめとしたこれらの曲が、時の移り変わりとともに自然に作者不詳となることを望む。

もう、喋っちゃたから無駄と言えば無駄だろうが、《願わくば》・・・ということで。



写真3


そんな訳で、今回は緊急盆踊り(藤沢『遊行の盆』)の報告ブログとさせてください。

わずか十数分間の《柔きに包まれた時の海》の中で

わたしは稽古場に向かう電車の中で舞台装置やメイクを考える。 時に作曲も・・・ もちろん、部屋で何もしない、考えないわけではないが、目的地に向かう電車の中で「何処へ行こう」と呟くと、目的地もなぜか新鮮に感じる時がある。
電車に乗っているちょっとした時間・・・ なんていうか、部屋に独りでいる時とは違う、柔らかいシャボン玉型タイムマシーンの中で揺られながら《解放された=解き放たれた唯一の自由時間》、《唯一の自分の時間、自分だけの時間》・・・ 《意識していないのに意識してしまう【無二の親友のような生物的時】》をゆらり揺ら揺らとガタンゴトンの音楽で遠く、近く意識させてくれるみたいな・・・ 《ありとあらゆる記憶の旅》はもちろんのこと、《わたしが存在すらしていなかった時代、歴史》までも呼び起こしながら・・・ しかし、柔らかいシャボン玉型タイムマシーンは、よく想像される、時を縦横無尽に駆け巡るタイムマシーンではなく、《柔きに包まれた時の海》に浸かっているような、淀んだ、ふんわりとした綿、雲に横たわっているような時間を体験させてくれるタイムマシーンだ。
そんな時間の中で、稽古場へ向けての仕事が終わると、好きなスケッチをしたり、誰かに短編小説(もどき)をメールしたり、思いつきをメモしたり・・・・

何処へ行こう
見知らぬ遠くて近い町へか
何処へ行こう
あの日あの時のあの瞬間へか
何処へ行こう
まだ書かれていない物語の国へか
何処へ行こう
何処へ行こう

001

002

さて、来たる4月15日、わたし(J・A・シーザーと悪魔の家)のコンサート『莎草奇譚―自奏琴舟を漕ぐその二夜―』が渋谷ラ・ママで開催される。 「何か面白いことはないかと劇場へ出かける・・・(演劇実験室◉天井棧敷の『観客席』の劇中台詞)」じゃないが、時間を遊びたいと思う人は是非足を運んで欲しい。 可能なら、自身の《シャボン玉型タイムマシーン》に乗って。

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  • 己と対なる他界(死ではない)をツアイヒヌングしながら
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