2007年01月20日

みんなガンバレ!(3話)

038813df.jpgゆとり教育が返って学力低下を招き、国は「見直し」ということで元に戻すことに決まったらしい。右往左往する教育制度の云々はまた後日書くとして、もう一つ「教育改革」の柱、「いじめ問題」

昭和23年、当時の文部省は、「罰として廊下に児童生徒を立たせることは”体罰”である」と定義していた、なんてみんな知ってた?

例の鬼教師は宿題をしてこなかった理由で、積雪20cmのベランダに1時間立たされた私と、かのT君の場合は一体どうなんだろう、と思う。

凍死寸前の私らに「宿題を忘れたお前らが悪いのだ。」かの教師は「教育」という名の元に違法ともいうべき体罰を下した。
しかし仮に、当時の私が「体罰」の定義を知っていて、鬼教師に「あんた、やってることが分かってのかい?」なんて反撃したら・・・
多分、ベランダから宙吊りにされていたに違いない。


・・・そんな、忌まわしい過去の記憶も、何かに導かれるように始まった音楽生活の中で少しずつ癒されていった。
恐怖と不安の小学生時代は夢と希望に満ちた次の世界のいしずえだったのだ。

形に囚われない、自分という枠を離れ、私の精神は空を飛び回る。
嘘の無い、平等で自由で無限のひろがりのある世界があるのだ。
後々の人生を大きく変えた、ジョン・コルトレーン。彼は私にとって「神」だった。

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2007年01月19日

みんなガンバレ!(2話)

6906662c.jpg転向した高校にいたのは5年ぶりに再会したTだった。
「部活なにやってる?」「ブラスバンド」

ほう!と思った。「音楽じゃん」

もっとも彼との小学生時代は、まるで兄弟のような毎日だった。
散々な担任に当たった我が身、という共通点もあったのだろうか、「お前が楽しそうだから、俺も楽しいに違いない」「俺も同じことをしたい」

ほどなくブラスバンドの門を叩く。
華やかな音の洪水の中に踏み込んだ。

キラキラ光る楽器を手渡された。
初めて出会った「テナーサックス」という楽器だった。

バンドのメンバー中学校時代にもブラバンを経験している。
私の場合、悪友とのやくざなフォーク、ロックにうつつを抜かしていただけだ。

経験といい、教育といい彼らに勝るものは何も無かった。
ただ、音楽に対する情熱は絶対負けなかった。
授業を風邪で休んでも練習は休まなかった。

ある日、ステージに上がった私は、スポットライトを浴びる。
全身に訳の分からない快感が私を包んだ。

私は益々音楽にのめりこむことになった。(つづく)

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2007年01月16日

みんなガンバレ!

de7a003f.jpgこのブログも少し調子が出てきたので、やっと本筋のテーマに入ろうと思います。

私の音楽との出会いは中学2年の時、新聞配達をして買ったギターが始まり。
3ヶ月間夢中で弾きまくっていて、ふと気が付いたのが調弦(弦の調子)もしないで弾いていたこと。

もっとも、私の小学生時代は、今思い出しもヘドが出るようなひどい教師に教わったせいもあって(今の私の性格はこのとき形成された恐れがある)、音楽の授業などはこの世から無くなればいいと常々考えていたのだ。

笛やハーモニカが上手くできないと、校庭を走らされる。ゼイゼイ言って戻ってくると、ではもう一度・・・はい、もう一周!
授業が終わる頃には汗びっしょりかいて、音楽とはかくもハードなのだ、と思ったかどうか・・・

てなわけで、音楽など嫌いだー!と思っていた少年が、ある日音楽に目覚めてしまう。最初にマスターしたのが「バラが咲いた」
F(エフ)が押えられなかった。でも、何て音楽はすばらしいものだと思った。

そのうち、難しいコードもカポタストを付けると、あらら、簡単。
発見の連続だった。寝食を忘れて弾きまくった。夜中に家を抜け出してダチの家でライブをした。いやなことを全て忘れられるこの世の天国だった。

そのうち高校受験となる。全てがギターで埋め尽くされている日々は、受験勉強とは全く無縁であった。先生から、「お前はどうにもならん」と烙印を押されてしまったので、一番受かりそうも無い地元の高校を受験する。

神は何といたずらなのだ。合格したではないか。
もちろん入った部活は「ギター部」
ただ、私のようなロックやフォークをやらないクラシックであったので、譜面の読めない私はいつしか辞めてしまうのだ。

2年の春、親の仕事で転校することになった。編入試験を100点で(問題がアホみたいに簡単だったので・・・)通過した私は、やがて次の運命に突き進む。

同じクラスに小学生時代の旧友がいた。音楽の時間、一緒に校庭を走っていたやつだ。
「お前、部活何してんの?」「ブラバン」
これが、私の音楽人生を決定する出来事であった。(つづく)




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2007年01月15日

仕事好きですか?

f3fa7837.jpg休息日であるはずのお正月や日曜日が、時としてストレスになることがあるよ、と、友人に話すと、それはワーカーホリックだという。
んーその通り。でも、家にいても落ち着かないから、仕事をすることで「私は頑張っているのだ」という実感を得ることで精神的なバランスを保っているのだ。

つまり、「病的」であるといえるワーカーホリックではあるが、それが「生活」のためだとするとどうだろう。
休日であろうが、深夜であろうが働かなくては成り立たない生活の糧を得るために働く。それをワーカーホリックとするならば、それを指摘する本人は幸せなのだといえる。
皆が休んでる時ぐらい休むことが、この日本のスタンダード言えなくなってきた。
私の知り合いは一日3時間しか眠らないという。
一日16時間働いても、まだ毎日の様にブログをアップしている。(私はこのブログが彼のアイデンティティーなのだと思う)
・・・でも、「眠い」という言葉がちりばめられる。

それを、働きすぎ、ワーカーホリックと呼ぶ前に、なぜそこまでして働くのかを単純に理解すべきであろう。

私は人に「頑張ってるね」と言われるといつも言う。「仕事好きなんです」

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2007年01月14日

切羽詰まる1

10年の歳月を費やして東海北陸自動車道に、山脈を貫いて「飛騨トンネル」が貫通した。延長10.7kmの日本で2番目に長いトンネル。

今から40年も前になるだろうか、石原裕次郎主演の「黒部の太陽」という極寒の立山をダム建設のための作業用隧道を貫くドキュメント映画を見た。
異常大出水の修羅場を淡々と、延々と写し続ける。
怒号と絶望。歓喜と希望。鬼気迫る臨場感が私を包んだ・・・

昨日貫通した飛騨トンネルも、その山脈の複雑な地層が先進の掘削工法までも寄せ付けない。いままで経験したことのない障害がその行く手を阻む。
TBM
記事を読みながら聴きなれない専門用語が気にかかった。
「切羽軟弱」「切羽崩壊」・・・「切羽」とは何だろうか。

ウィキペディアにも出ていない。探すうちに土木用語なのが分かった。
「切羽:掘削面」
掘り進む目の前の壁、という訳だ。

それで分かった。「切羽詰まる」という意味。
いくらもがいてももう先へ進めない危うい状況。
引き下がるか、突き進むか。「黒部の太陽」は常に「切羽詰まっていた」
今のような先進の掘削機器も無い。しかし彼らは到底不可能と思える作業用隧道を貫徹した。

20年ほど前、当の黒部を訪れた。
宇奈月温泉からトロッコ電車に乗る。断崖絶壁を電車が進む。

かつてここに送り出された何万という人々の怒号と絶望、歓喜と希望が、「切羽」に刻み込まれていた

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2007年01月12日

いただきます

最近、風水・占星術・相性占いなど、高視聴率を稼ぐ芸能人がテレビを賑わしているようです。非科学的かインチキなのかは別にして、現代人の心の不安がいかに多いかという表れとも取れる現象です。

 建築の現場ではよく「縁起を担ぐ」慣わしがあります。
 建前は大安か友引。建前の神様は女だから、婦人は家の中に入れるな。鴨居より高い所にヒノキ(火の木)は使うな・・・とか。

 地鎮祭に一度でも立ち会われた方はよくご存知ですが、建物の下に沈む虫や草や土という「命」に対して、「申し訳ないが、ここに私の家を建てさせてもらうよ」というお詫びと感謝の姿勢を示す作業が地鎮祭なのです。
 それは、食事の前の「(あなたの命を)いただきます」と同様に、他の命を奪うことでしか生きていけない人間としての本質をも表しているのです。


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2007年01月11日

神頼み?

皆さんは今年も初詣に行かれましたよね。
 慣例とはいえ、華やかなお正月だから雰囲気が余計高まる気がします。
 ただ、私なりに神様はこんなにたくさんの声を本当に聞き届けて下さっているのか、子ども心に不思議に思っていました。
 どっちみちただのおまじないだ、と思うのは早計で、よくよく考えてみる価値があると思いました。

 誰でも自分の欲得を叶えてもらおうとすれば、とりあえずこれまでの不義理や失敗を認めなくてはならない。だからまず神殿に向かって「謙虚に」両手を合わせなければならない。「今まではこうでした、反省します。だから、私の願いを叶えて下さい」と。

 神殿の奥の多くのご本尊はなぜ「鏡」なのでしょうか? 私なりの解釈なのですが、鏡は「我が身を写す」仕掛けなのだということです。
 鏡であるならば、神様にお祈りした、のではなくて、そこに映っている「もう一人の自分」にお祈りした、ということになります。結局、望みが叶う叶わないというのは、個人の心の持ち方ひとつなんだよ、と神様は言っているような気がします。


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2007年01月10日

ボタン鍋

当地では年が明けて雪もなく穏やかな一年のスタートとなりましたが、皆様もご家族で楽しいお正月を迎えられたことと思います。
どうぞ本年もよろしく願い申し上げます。

 さて、「しし年」ということで、目標に向かって一直線に突っ走るイメージが強く、縁起も良いとされている当のイノシシではありますが、実際の生きているイノシシを観察していると、決して真っ直ぐしか進まないということはありません。むしろ、反対にその寸胴な身体に似合わず、走る方向を俊敏にコントロールしているように見えます。

 と、言いますのも、私の近所でもイノシシのけものみちができるほど出没して、時折目撃もしていますので分かるのですが、私たちはその瞬発力や頭の良さの方を見習うべきだと思います。

 彼らとて、ボタン鍋にされまいと生きるのに必死ですから、人間界のテリトリーへそれこそ最大の用心を構えて侵入してきているのに違いありません。むしろ、彼らを下界へ追いやった我々人間が、もとの生活に戻れるように知恵を絞ってやらねばなりません。以前の里山の風景を取り戻すことが、結局は私たちの生活環境も豊かになるということにつながるのです。

 ドンコ(イノシシの子ども)が捕れたよ、と友人からの電話。
自然の恵みがどっさり詰まったボタン鍋をつついている自分を想像しながら、年の初めに「真っ直ぐ走らないイノシシ」を思いました。
ドンコ



■おいしいボタン鍋の作り方

 スーパーなどでスライスして売っているのなら、そのまま具として利用できますが、ブロックで手に入った時などは半解凍状態で包丁を入れると上手くスライスできます。

 非常に脂身が多いので(この脂身にビタミンB1が豊富に含まれている)解けてしまうと扱いは大変です。

 味は濃厚な豚肉といったところですが、豚と違って、煮込めば煮込むほどやわらかく美味しくできあがります。
 味噌味にすればにおいも味もまろやかになりますが、イノブタ(イノシシの品種改良種。スーパーのは大半がこれ)だったら、ポン酢で頂いても美味です。
 野菜は春菊が良く合うようですが、白菜・ネギなど何でも結構だと思います。
 ボタン鍋は寒い冬に本当に身体が温まる絶品料理だと、私は勝手に思っているのですが、え、俺にも食わせろ?


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