2005年05月06日

オーディオと二重盲検法

友人がおもしろい情報を教えてくれた。雑誌ステレオファイルの親会社が開催しているオーディオショウHome Entertainment 2005がつい最近ニューヨークで開催されたが、そこでステレオファイル編集長のJohn Atkinsonと、主観的なオーディオ機器のレビューは無意味として厳格な二重盲検法の導入を提唱しているArnie Kruegerの公開討論があったというのである。

その概要はここで読める(英語)。

もっとおもしろかったのが、この討論会を受けてオンラインフォーラムであるAudio Asylumで展開された議論だ。リンクはここ。このフォーラムでは二重盲検法(DBT)派は少数派で分が悪いのだが、徹底的にその立場を擁護する人がいる。そのうちに当人のJohn Atkinsonやら、昔のマーク・レビンソンの設計者として有名なJohn Curl(現在はParasoundというブランドでアンプを設計している)も参加して、なかなかおもしろい議論が展開された。

科学の世界で明らかにされているように、人間の感覚は付帯情報によって左右される。コカコーラとペプシコーラを飲んだときの脳の反応を調べたら、「これはコカコーラ」といわれたときの方が、実際にどちらを飲んでいるかにかかわらず、被験者は「おいしい」と感じたそうだ。しかもこの反応は、脳細胞のレベルで確認されたのである。つまり単なる「思いこみ」や「錯覚」ではなく、ブランドイメージというものが脳細胞レベルで影響し、実際に本当に「おいしい」と感じるのである。

とすると、オーディオ機器の評価で「これは300万円のマーク・レビンソン」「これは2万円の普及品」という情報を知った上で、それぞれのフェースプレートを見ながら比較試聴すればどうなるかは自明だろう。したがって、被験者には自分がどちらを聴いているかがまったくわからないようにするDBTでなければ意味がない、というのがDBT派の主張である。そしてそうしたテストを繰り返した結果、彼らはまともな品質の半導体アンプには値段にかかわらず統計的に優位な差はなく(つまり被験者がどちらか判別できない)、大半の人は真空管アンプと半導体アンプの差すら判別できないという。CDプレイヤーにも違いはない。ましてやケーブルやインシュレーターやラックに金をかけるなど愚の骨頂である。DBTで優位な差が出るのはスピーカーの違いと音楽ソースの録音の優劣くらいなものだそうだ。(だからそこに金をかけるのは筋が通っている)。

もっとも、DBT派も(少なくとも穏健派は)すべてのアンプが同じ音だといっているわけではない。二重盲検法は微妙な違いを判定するのに向いていない(それを隠してしまう傾向がある)ということは統計学者も認めている。オーディオの場合は比較対象以外の条件をコントロールする(まったく同じにする)ことが難しく、多数のサンプルを得る(多数の被験者を得て同じ条件下で何度も同じ実験を繰り返す)ことが難しいので、微妙な違いが実際にあっても、統計的にはゼロとされてしまうのである。いわゆるfalse negative(偽陰性)である。なので現在の主流派は、DBTは最初からオーディオに向いていないのだから気にする必要はないとして、無視しているようである。

しかしDBT派も簡単には引き下がらない。DBTが完璧でなく、偽陰性の可能性があることは認めよう。しかし対象機器を見ながらの評価では、ほぼ間違いなくブランドイメージに左右されるため、実際には差がないのに差があるように感じてしまうfalse positive(偽陽性)が避けられない。どちらをとるか、という選択ではやはりDBTをとったほうが害は少ないのではないか、という。

ちなみにAtkinsonはステレオファイル誌上で正式レビューする機器の諸特性を、自分でかなり厳密に「計測」して、批評家の主観的レビューと並べて発表している、かなり科学的な人である。しかし彼はDBTに何度も参加した結果、主観的レビューにも十分意味はあるとの結論に達したという。彼は強硬なDBT信者の主張はscientism(科学万能主義)というイデオロギーであってscienceではないという。John Curlはじめ、メーカー側で実際に設計している人もDBTに重きを置いていない人が多いようだ。

皆さんはどう思われるだろうか。

僕ですか? うーん、僕はまだ初心者なので偉そうなことは言えないが、Atkinsonの立場に近いかな。一部のオーディオファイルが熱烈に主張するように「何をしても音が変わる」(例えばスピーカーケーブルの被覆の色)というのは、半分くらいは思いこみではないかと思うし、科学的な根拠が怪しい高価なアクセサリーは「がまの油」(英語ではsnake oil、つまりヘビの油という)と考えて近づかない。その一方で、科学的説明が完璧につかなくても、実際に変化がある(と感じる)ことは体験しているし、人間が音楽を聴く感覚は計測機器よりもはるかに敏感なので、計測値がすべてでないことも承知している。基本的にはオープンマインドで、ただし自分の脳さえもときにはあてにならないという懐疑心を忘れないようにしたい。

それにしても、オンライン掲示板でこういう議論が冷静に、個人攻撃や罵倒合戦になることなく展開され、業界の著名人が実名で参加しているというのはすばらしいと思いませんか?
jazzaudiofan at 19:28│Comments(13)TrackBack(0)オーディオ 

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この記事へのコメント

1. Posted by pastel_piano   2005年05月07日 01:18
素晴らしいですね(*^-^*)。

日本の掲示板でこれをやったら・・・結果は目に見えてますw
双方絶対譲らないでしょうし・・・それ以前に相手をどう貶めるかに本質的に終始して、
直ぐに感情的になって破綻するでしょう。こうやって議論で感情的になる時点で
既にサイエンスじゃないんですけれど(汗)

さて、DBTに関しては私は賛成です!(爆)こういった余興も時には必要でしょう。
これは、ワインのテイスティングと一緒で、出来る人には絶対差が判るはずです。
私は環境さえ揃っていれば、瞬時にケーブルの違いを聞き分ける自信があります(爆)
なにを隠そう私、音が色で見えますから♪(注:脳で音を色に変換して認識できる)
これは過去に色々な人に訊いてみましたが、少なからず同様の色で
聞こえている人がいるみたいですので、あながぢ電波とは言えないと思います。
2. Posted by pastel_piano   2005年05月07日 01:20
但し問題は環境。普段使っていないシステム、部屋ではそれだけでかなり難しい。
量販店の劣悪な条件の店頭で二重盲検やれと言われてもまず無理です。
パッと聴いてどのスピーカーが鳴ってるのかさえ判らないことが多々あります。
また、普段使用しているシステムの感度が低ければやはりそもそも難しいわけで、
一般的にはピュアオーディオレベルであっても、かなり曇った音を
良い音だと思って聴かれている人がなかなか多いのではと思います。
私は自宅より遥かに感度の高いシステムを聴いたことがありますし、
そういう感度の良いシステムを普段使われている耳の良い人なら、
些細な違いも明瞭に浮き上がり、容易に違いを聞き分けられて当然でしょう。
3. Posted by pastel_piano   2005年05月07日 01:20
ワインのテイスティングも出来る人と出来ない人がいるように、
音に対しての感受性も同様です。先天的な感受性と経験で身に付いた部分との相乗作用で、
アクセサリやパーツ一つで大きな変化と感じ取れる人もいれば、
アンプを替えても余り差が分からない人もいる。

また、人間の感性は時間で刻々と常に変動していて、
耳自体が直前に聴いていた音の影響をもろに受けます。
直前まで聴いていた音色の跡が耳に残るんですね(笑)
突然明るい部屋が真っ暗に切り替わった時のように、
それまでの光(音)の残像、ゴーストが暫く耳についている。
体調もあるし、気温や湿度気圧の影響で音の伝わり方も違う。
そんな中で一定の基準を求めるのは無理だと思います。
ですから、相対的な比較と異なる環境での試聴、
それらの差を適切に当てはめる経験則、その繰り返しが、
感覚的な違いを言葉にして説明する唯一の方法かなと。
4. Posted by pastel_piano   2005年05月07日 01:20
という事で、DBTで差が分かる人もいる。しかし条件は重要。
また、人間の感覚が一定でない以上、DBTを絶対視するのは無意味。
そうである以上、DBTはパフォーマンスとしては面白いが、
殆どピアニストが目隠しで弾くのと同じくらいの意味合いかなと。
ピアノ弾きであれば誰でも目隠しで弾けて当然ですからね♪
5. Posted by pastel_piano   2005年05月07日 01:46
ちなみに、上記の文は英文の方は読まずに書きました。
色々難しくて読めませんでした(爆)

そういえば、Curl氏のパラサウンドのDACを以前に使ったことがあります。
もの凄いコッテリしたウォームトーンでした。Mark Levinsonとは似てもにつかない音です(笑)

ただ、店頭で安物のCDPのデジタルアウトからパラサウンドのDAC(4万くらい)に繋げて出てきた音は、
隣りにあったTEACのVRDS25なんとかを遥かに凌駕する音質、情報量、音場感、そして表現力でした。
6. Posted by NIKI   2005年05月07日 02:30
う〜ん、難しいですね・・・。
確かに、某メーカー製と言われれば、そのメーカー特有の音がどうであるか・・・先入観を持って聴いてしまう面はあるかと思います。

私は「機械」は値段じゃないと思っていますし、「ケーブル」類も比較的安価なもので済ましています。

事前情報を全く貰っていない環境での比較視聴をしたことはあります。
確かに変わります。でも、すべてでよく鳴っているというのはありません
でした。

自分で良いと思ったものを使うのが一番(笑)
所詮趣味ですからね。

7. Posted by ただのSasaki   2005年05月07日 09:18
そういう議論になる所は素晴らしいですね。
比較試聴というのはよくやりますが、
これ条件を整えるのが難しいのです。
恐らく全くの同条件というのは無理でしょう。
簡単な切り替えスイッチでも同じでは有りません。
スピーカ切り替えで一番良いと云われている
単純なプッシュスイッチでもポジションで音が違います。

一方、音って感覚的なものなので先入観の影響は有りますね。
それに視覚的な要素も重要です。

昔、某メーカで有名評論家を集めて、有名ブランドの比較試聴を
ブラインドで行ったそうです。その時、私の敬愛する長岡鉄男さん
成績が良くなかったと聞きました。
その理由を聞いてみたかったけど、大体想像出来ます。
(長岡さん、耳が良すぎるから弊害が有ったのだと)

何をしても変わるっていうのが妖しいけど
私は好きですよ。
こういうオーディオが。
(でも大分、興味が薄れてきていますネ)
チャオ♪
8. Posted by voice and breath   2005年05月07日 13:19
愛情のあるシステムならすぐにわかるのですが・・・

「先入観」により聴こえ方が違うことは否定しませんが、やはり違うものは
違いますよね。

ブックシェルフのSPを使っていた時のことですが、オーディオに全く興味が
ない、というより否定的な友人を自宅に招いた時、ちょっと退席している間
にイタズラでSPを5mmくらい動かさたことがありました。
むろん、すぐわかりましたよ。友人は「音は全く変わっていないのに、なぜ
わかる?」と驚きましたが、私には爛ラッ瓩畔僂錣辰燭茲Δ膨阿海┐泙靴拭

ただこれは、自分が日々手をかけて可愛がっているシステムだから、すぐに
変化に気づいただけの話で、他のシステムだったら・・・おそらく判らなか
ったと思います。
9. Posted by voice and breath   2005年05月07日 13:19
「母親は自分の子供の泣き声なら遠くからでもすぐわかる」とどなたかが
書かれていらっしゃいましたが、正しくそうですね。
・・・人間の能力のポテンシャルはすごいと思っています。
10. Posted by jazzaudiofan   2005年05月07日 15:38
皆さんコメントありがとうございます。

>pastel pianoさん、
音を色として認識するというのは一種の才能ですね。つい最近
ライナーで読んだのですがフランスのピアニストエレーヌ・グ
リモーも同じだそうです。synaesthesia(共感覚)というらし
いですね。

John Curlは最近Parasoundから自分のイニシャルをつけたJC-1
という400Wのモノブロック・アンプを出して、それが高く評価
されています。Audio Asylumの議論の中でDBT派の人がなんと
JC-1を使用していることが明らかになりました。DBTをやった
結果優秀であることが判明したので購入したそうです(笑)。
それでJohn Curlに「JC-1の開発時にDBTをやったのか」と質問
してました。答えは当然???ノーでした(笑)。
11. Posted by jazzaudiofan   2005年05月07日 15:47
>NIKIさん、
おっしゃるとおり、究極的には他の人がどう考えるかというのは関係ない
ですね。自分のお金で自分が気に入ったものを買うわけですから。

>Sasakiさん、
そう、他の条件を同じにすることが難しいんですよね。ソース機器の評価
の場合は、プリアンプの同じ入力端子につないで他の端子はすべて開けて
おかないとダメとか・・・。実際問題として実現は難しいと思います。

>voice and breathさん、
え、5ミリでもわかりますか?? pastel pianoさんといい、皆さん黄金の
耳をお持ちですね! 経験と訓練のなせる技でしょうか・・・。
12. Posted by NIKI   2005年05月07日 23:00
煮詰まったセッティングを出したスピーカーなら5mm動かしたらわかります。ボーカルの口の大きさが変わりますし、楽器の定位も変わりますから・・・。私が使っているフロアーの大型スピーカーでも物凄く機敏に反応していました。
最近は神経質にならずに音楽を楽しもうと思いあまり弄っていません。

機械は全く違うのに同傾向の音になることは経験上よくあります。
機械は全く同じなのに全然別傾向の音になることも経験しています。
13. Posted by jazzaudiofan   2005年05月08日 16:32
>NIKIさん、

そうですか。本当に奥が深いですね。

試聴会では、(例えばCDPの下に配置したインシュレータの
向きを変えるとかして)先輩たちが一瞬で音の変化を指摘
するのはすごいなぁといつも思います。最近はすこしコツが
のみこめてきたのか、半分くらい(?)わかるようになった
ような気がしています。

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