2006年07月03日

HEレポート17:レコードプレス工場見学記(2)  マスタリング・カッティング編

レコードプレス工場の見学記、本編の第1弾をお届けしよう。
まず、レコード製造過程は、大きく以下の4つに分けられる。

1. マスタリング・カッティング
2. メッキ
3. プレス作業
4. 検品・梱包


ATM_big_pictureマスタリングは磁気テープ等のメディアに収められた音源に、レベル調整やイコライジングなどの最終的な微調整を加える過程。カッティングは、音を物理的なモノに変換する過程で、「ラッカー盤」と呼ばれる柔らかい素材にグルーヴ(溝)を刻み込んでいく。その後、いくつかのメッキ工程を経て作られた「スタンパー」を使って、最終製品であるレコードがプレスされる。

先日も書いたこのサイトで、大ざっぱな工程のイメージがつかめると思う。また、MICROGROOVE.JPというサイトを運営しておられるShaolinさんが、その製造過程を見ることのできる貴重な映像の数々を紹介しておられるので、そちらもぜひ参考にしていただきたい。(Shaolinさん、遅ればせながら相互リンク先に加えさせていただきました。)

さて、本編の第1弾は、上記の1. マスタリングとカッティングである。実は、レコードのプレス工場とマスタリング・カッティング施設が同じ場所にある必然性はない。実際には、別の施設となっているところが多いはずだ。

ATM_wall_of_fameしかし、RTIはAcoustic Soundsとの共同出資で、敷地内にAcousTech Masteringというマスタリング/カッティング・スタジオを作ってしまった。この過程の最終製品であるラッカー盤はかなり脆いものなので、輸送の手間を省き、「できたてホヤホヤ」の状態ですぐに次の工程にかかることができるのがメリットなのだという。この段階から品質管理を徹底することで、オーディオファイルの厳しい要求に応えるという狙いもあるだろう。(左の写真はスタジオの入り口近くにある"Wall of Fame"。これまでにマスタリング/カッティングを行ったアルバムのジャケットが誇らしげに展示されている。)

ATM_KevinそのAcousTech Masteringを仕切っているのは、70年代から活躍しているベテラン・エンジニア、Kevin Grayだ(写真左)。このスタジオは2001年に全面改装されたそうで、入り口から出口まですべて純粋アナログのマスタリング・システムと、逆にオール・デジタルのシステムが併存し、5.1chにも対応できるようになっている。

ATM_speakersこのマスタリング・ルームに入って驚いたのが、音が全く反響しない、超デッドな環境であること。四方の壁が吸音材でできていて、話し声まで吸い取られてしまう感じだ。機器の大半は、ケヴィン・グレイ氏が自ら設計したもの。モニター・スピーカーは壁に直接埋め込まれているのだが、これもケヴィンの自作で、サブウーファーとウーファーはJBL、ツィータはDynaudioのユニットを使用。アナログ系の機器は、テープ・プレーヤーがStuder A-80、肝心要のカッティング・マシンは1960年代に作られたNeumann VMS-66である。使用機器のリストはこちら

ATM_cutting_machineラッカー盤というのは、中身がアルミの円盤で、その表面にラッカー(マニキュア染料のようなもの)が塗布されている。そこにサファイアのカッティング・ヘッドで溝を切っていくわけだが、ヘッドは電気で熱されているため、バターを切るように抵抗がほとんどない状態だそうだ。溝を切っていく際には、溝と溝の間隔をリアルタイムで調整しなければいけないが、それはコンピュータで精密に制御されているとのこと。

今回の見学では、カッティングのことだけでなく、ケヴィンがマスタリング・エンジニアの視点から面白いデモをいくつか聴かせてくれたので紹介したい。

まず最初は、特にポピュラー音楽のCD制作現場では「かけたときに音が大きい」ことが至上命題となっていて、そのためにダイナミック・レンジが犠牲になっているという実例である。この「音量競争」のおかげで、マスタリング段階でデジタル・コンプレッションをかけてダイナミック・レンジを圧縮した上で、全体的な音量を引き上げるという「操作」が行われるようになった。最初はそのコンプレッションも2dBと控えめだったのが、4dB、6dBとだんだん量が増えてきて、最近は8dBもの圧縮が珍しくないという。

また、CDの最大録音音量レベルである0dBFを超えると、音の波形は上が押しつぶされて、方形波、つまりディストーションをかけたエレキギターのような歪んだ音になる。マスタリング・エンジニアは本来であれば、0dBFを超えるようなレベルを採用してはならないのだが、これも「音量競争」のせいで、最近は0dBFを超えまくるようなCDが増えているという。

聴かせてくれた実例は、Red Hot Chili Peppersというロック(?)バンドの製品版CD。波形を画面で見ながら聴いたのだが、実際に0dBFを超えまくり、歪みまくりのとんでもない音質である。幸いこの「操作」はマスタリング段階で行われていたので、ケヴィンが同じアルバムのアナログ用リマスターを依頼された際、もとのマスターテープにはちゃんとした音源が残されていた。ケヴィンが「まともに」マスタリングした音は、当たり前だけれど、圧倒的によかった。

何も知らずに劣悪な音を聴かされているポップス/ロックファンは気の毒だと思うと同時に、このような慣行がジャズの世界に浸透してこないように願いたい。(実はもうすでに、一部浸透してきているのだが、この話はまた別に詳しく書くことにする。)

もうひとつケヴィンがかけてくれたのは、1957年に録音されたペギー・リーの有名曲「フィーバー」の3トラック・マスターテープ(の忠実なデジタル・コピー)である。もちろんテープ・ヒスなどの瑕疵はあるのだけれど、音の質感、実在感と自然なダイナミクス・レンジが素晴らしく、陶然と聴き惚れてしまった。ケヴィンが「この50年間、録音技術はある意味それほど進歩していない」と言っていたのが印象的だった。

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jazzaudiofan at 17:43│Comments(14)TrackBack(0)オーディオ | >HE2006

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この記事へのコメント

1. Posted by (=゚ω゚)ノ!!   2006年07月03日 21:54
この音圧競争はゆゆしき問題だと思います。以前、当塾でも取り上げましたが、最近の邦楽は特にひどいです。出来るだけ沢山の人にこの問題を知ってもらいたいと思っています。
2. Posted by voice and breath   2006年07月03日 22:22
>「音量競争」のせいで、最近は0dBFを超えまくるようなCDが増えているという

やっぱり、そうなんですか!(=゚ω゚)ノ!! さんのおしゃる通り、酷い話ですね。

>実はもうすでに、一部浸透してきているのだが、この話はまた別に詳しく書くことにする

先日の DIANA KRALL / LOVE SCENES のギターのお話も、やはりそうなんですかね?
3. Posted by Shaolin   2006年07月03日 22:38
>「音量競争」

これについては、必ずしも批判的には思っていません。
音楽ジャンルによっては、その音楽の性質によっては、リミッター/コンプレッサーがかかりまくることによって、独特の魅力を引き出す類の演奏もまた存在するからです。
1960年代のシングル盤の音の魅力というのは、まさにコンプレッサーの魅力でもあります。
同様に、音が歪んでいないパンクの録音はすでにパンクではありません (笑)

もちろん、最近のポピュラー新譜の CD の音があまりにもやりすぎでひどいものだ、という点については私も同感です。
なんでもかんでも音圧至上という勘違いはいったいどこから生まれたのでしょうね?
4. Posted by jazzaudiofan   2006年07月04日 05:51
皆さん、コメントありがとうございます♪
>(=゚ω゚)ノ!!さん、
アーティスト自身が意図的にやっている場合を除き、こういうCDはやめて欲しいですよね。音にこだわる消費者が声を上げていく必要があると思います。

>voice and breathさん、
はい。解析したわけではありませんが、ダイアナの例のディスクも含め、ジャズにもいくつか事例があります。
5. Posted by jazzaudiofan   2006年07月04日 06:07
>Shaolinさん、
音楽のジャンルによって、コンプレッションをかけ、あるいは意図的に歪ませた方がいいものもあるかもしれませんね。でも<<録音やミックス段階ではなくてマスタリング段階での>>コンプレッションは、一般的に好ましくないと思います。

なお「音圧競争」の元になっているのは、ケヴィンによれば、パーティで使われるCDチェンジャーやラジオでかけたときに他のCDより大きくきこえるようにすれば、売上が増えるという考えのようです。(実際、ラジオ局では放送の特性に合わせてコンプレッションをかけるのが通常ですが、最近はその必要がなくなったそうです^^;)

こういう習慣がアコースティックな音楽に持ち込まれることは阻止したいと思っています。
6. Posted by Roberto   2006年07月04日 17:32
「0dBFを超えまくるようなCD」結構ありますね!ジャズでもちらほら...

日本のポップスはもっと悲惨....徹底的に圧縮され、ダイナミクスのかけらもありません。


最近ではジャクソン・ブラウンの新譜が素晴らしかった!
ビョークもいいですね。

ロックだって、やればできるんだなあと思います。

僕も50年代のレコードにはびっくりさせられます。鮮度が高く、生っぽい、ダイナミックレンジが大きいレコードがたくさんありますね。

技術の進歩とはなんぞや....
7. Posted by Shaolin   2006年07月04日 18:32
jazzaudiofan さん、遅ればせながら、リンクありがとうございます。


> 日本のポップスはもっと悲惨....

きちんとマスタリングされた UA さんのレコード、聴いてみたいなぁ、と思うのは私だけでしょうかね? (笑)

ヨーロッパのアンビエントなエレクトロニカなんかにも、いいマスタリングの LP/CD がちらほらあります。アコースティックな響きも、打ち込み/サンプリングの音も、どちらも透き通るように美しかったり。私のお薦めは Mara Carlyle の "The Lovely" (Accidental)。CD は持っていませんが、LP はそれはそれは美しい音でした。
8. Posted by Shaolin   2006年07月04日 18:34
あら、すみません、二重投稿になってしまいました。以下続き。

> 僕も50年代のレコードにはびっくりさせられます

60年代前半から、コンプレッサー、イコライザを積極的に使ってマスタリングされた LP が増えてきますね。レーベルによっては、Jazz であっても、1965年頃の LP はもう泣きたくなる程悲惨な音のものがあります。こういうのは再発の方がマシですよねぇ。
9. Posted by jazzaudiofan   2006年07月05日 06:22
>Robertoさん、Shaolinさん、コメントありがとうございます♪ 僕は聴く音楽のジャンルが偏っているので、他のジャンルのお話は参考になります。

>Shaolinさん、重複したコメントは勝手ながらこちらで削除させていただきました。
10. Posted by 845single   2006年07月05日 08:21
CDの大音量化・歪みには薄々気がついていましたが現場の方から聞くとやはりショックですね。ロックにも歪感が無く、オーディオ的快感が得られる素晴らしいアルバムはいっぱいあります。ケヴィンさんの言うように進歩がないから逆にLPのオリジナル盤やリマスター盤がもてはやされるのですね。
11. Posted by 通りすがり   2006年07月17日 04:35
4 通りすがりで拝見しました。
自分はオーディオ初心者でまだまだ勉強中なのですが、なんとなく日本のCDなどは変だとは思っていました。
しかし、実際に録音の良い悪いというのをどうやって聞き分けるor見分けるかがわかりません。
みなさんは、どうやって良し悪しを判断してるのでしょうか?
12. Posted by jazzaudiofan   2006年07月17日 06:09
>通りすがりさん、コメントありがとうございます♪
これはある意味、とても難しい質問なのですが、この記事で議論されているダイナミック・レンジや録音レベルに限った話をしますと、悪いCDの特徴は(1)全体的に他のCDよりも音が大きい、(2)音が割れているようにきこえる箇所がある、(3)音量の小さい箇所と大きい箇所の差が少ない、ということになります。
それ以外にも要素はあるのですが、好録音盤と言われているCDと普通のCDを聴き比べると、少しずつ実感が湧いてくるのではないかと思います。(拙ブログの右側に掲げてあるものも参考にしてください)
13. Posted by kim   2007年12月16日 02:17
この間、僕のバンドがMuscle Shoals Sound Studioで録音しました。

60年代の機材をフルに使ってTapeで録音したんです。

スタジオのSpeakerだとダイナミクスもあり音がRealでよろこんでいたのですが

車内だと、とてもブーミーなんですよね、曲を聴くのにSpeakerのボリュームを他のコンプがかかった音源を聞くのよりもあげないとだめなんです。

Speakerのボリュームを上げると、車のスピーカーじゃ低音がビビってしまうんです。

Musicanとしては、コンプをかけない音源をいいステレオで聞いてほしいのですが、実際聞かれるsituationを考えると、車の中など多いということで、コンプをかける予定です。

Audio Fan向けに、マスタリングのコンプなしの音源も発売するようにしたらいいと思います。


実際TAPEからCDに落とす時に情報量がかなり落ちたのを感じました。それからコンプをかけたらさらに落ちて、、、悩みはつきません。
14. Posted by jazzaudiofan   2007年12月17日 14:30
kimさん、ミュージシャンの立場からの貴重なコメント、ありがとうございます。

車の中で聴く、iPodで聴くなど、想定されるリスナーの聴環境に合わせて調整せざるを得ないという事情はわかります。

でも、せっかく歴史的な名門スタジオでアナログ録音をしたのに、ちょっと残念ですね。

おっしゃるような車の中で聴く場合の問題は、音源ではなくカーステレオの再生能力の問題ですから、リスナーにその改善を促したいところですが、なかなかそうはいかないのでしょうね。

「TAPEからCDに落とす時に情報量がかなり落ちた」とのことですが、やはりこの辺はXRCDのようによっぽど手間暇をかけないと、そうなってしまうのですね。

リスナーによい音を届けるよう、ひきつづき頑張ってください!

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