2011年11月16日

ロイ・デュナン・トリビュート

04-DuNannLos Angeles Jazz Institute(LAJI)は特にウェストコースト・ジャズを中心とするジャズ・レコードや関連グッズを収集・研究し、年に1回、LAで主にビッグバンドをフィーチャーしたミニ・ジャズフェスを開催している。僕は数回このイベントに参加したことがあるが、ここ数年はご無沙汰していた。LAJIのケン・ポストンから突然メールがあったのは10月のことだ。

「ウェストコースト・ジャズをテーマにした今年のイベントで、ロイ・デュナンをゲストに迎えたトリビュート・セミナーをやるので、良かったら来ないか」というのである!

01-panelistsContemporary Recordsで50年代後半から60年代にかけてアート・ペッパーのMeets The Rhythm Sectionやソニー・ロリンズのWay Out Westをはじめとする傑作ジャズアルバムを録音した名エンジニア、ナチュラルなサウンドと空間表現においてルディ・ヴァンゲルダーを上回り、僕が個人的にジャズ史上最高のエンジニアとして崇拝しているロイ・デュナンに会うことができる!彼がまだ存命であることすら知らなかった僕は、10月22日、このセミナーに出席するためだけに、意気揚々とLAまで出かけていった。

07-ArtPepperパネリストは司会のケン・ポストン(KP)の他、伝説的なマスタリング・エンジニアのバーニー・グランドマン(BG)、Contemporaryのオーナー兼プロデューサーだったレスター・ケーニッヒの息子でクラシックのチェロ奏者でもあるジョン・ケーニッヒ(JK)だ。

08-Rollins90歳代ときいていたロイ・デュナン(その後調査したところ、現在おそらく90もしくは91歳だと思われる)は小柄で、どちらかといえば寡黙だが、目の輝きに頭の良さとユーモアのセンスを感じさせる。両耳に補聴器をつけていたが、それでも参加者からの質問などは聞き取りにくいようで、隣にいたケン・ポストンが直接彼の耳に向かって繰り返していた。

ロイ・デュナンの紹介

KP:50〜60年代に販売されていた当時のジャズレコードの中で、ロイ・デュナンが録音したContemporaryの作品は群を抜いて音が良かった。ジャケット裏にエンジニアの名前や使用したマイクの種類が書かれていたことも、当時としては珍しかった。Contemporaryのファンになり、ロイ・デュナンが録音した作品を集めていった。

BG:ロイはこれ以上シンプルにできないというシンプルなシステムで、クリーンかつナチュラルなサウンドを実現したユニークなエンジニア。当時のシステムを今再現することは難しい。

ロイ・デュナンの略歴

RD:中学生の頃からハム無線をやっていた。大学を中退して海軍に入った直後に真珠湾攻撃があり、イギリスに派遣されてレーダーの技術を学んだ。戦後、海軍の友人の紹介でCapitol Recordsに入社。最初の仕事は、当時Capitolがレコード販売店にデモ用に販売していたSPレコードプレーヤーの品質管理だった。1日中、ペギー・リーの曲の1コーラスとテストトーンを聴き続けるという単調な仕事だった。

1947年にCapitolが初めて自前のスタジオを作ることになり、その設計から関与した。ハリウッドのメルローズ・ブールヴァードにできたスタジオのマネージャーになり、ミュージシャンの出迎えから機器のセットアップ、録音、ミキシング、テープ編集からマスタリング・カッティングまであらゆる仕事をこなした。

BG:当時は録音エンジニアの名前がクレジットされなかったが、ロイはCapitolでナット・キング・コール、フランク・シナトラ、ディーン・マーチン、ペギー・リー、ケイ・スター、スタン・ケントンなどあらゆる人を録音した。

RD:個人的に好きな音楽はカントリーで、ジャズはそれほど好きじゃない。ジャズのレコードもほとんど持っていない。

レスター・ケーニッヒとの出会い

RD:レスター・ケーニッヒはCapitolのスタジオを使う外部のプロデューサーだったが、彼はドイツ製の高性能マイクを持ち込むユニークな存在だった。1956年にCapitolを辞めてレスターの所に行くことになった。その大きな理由は、Capitolの上司とそりが合わなかったこと。

Contemporaryでは、独立性を確保し経費を削減するために自前のスタジオを安く作ってくれと言われ、商品やカタログの発送に使っていた倉庫をスタジオとして兼用することになった。比較的大きな部屋で、天井が高く、天井と床はコンクリートだった。結果的に音のいいスタジオができたのは僥倖。隣にコントロール・ルームを作ったが、倉庫として使い続けたので、ミュージシャンはその隅で、レコードの箱やカタログの棚に囲まれて演奏した。

スタジオの機器

RD:レスターが入手したドイツ製のコンデンサー・マイクは真空管によるマイク・プリが内蔵されていて出力が高かった。これを通常のミキシング・コンソールにつなぐとオーバーロードになるので、入力部でいったん音量を絞り、出力部で再度増幅する必要があったのだが、私はこれは無駄だと考えた。そこで、マイクの出力を直接取り込み、アッテニュエーターだけを備えたパッシブなミキシング・コンソールを作り、その出力をテープレコーダーに入力するようにした。優秀なマイクが拾った音を、できるだけ変えずにそのままテープに録音することが目的だった。

最初期のステレオ

RD:レスターがWestrexの最初期のステレオ・カッティング・ヘッドを持ち込んできた。Western Electricのアンプを使って試験的にカッティングしてみたが、実に酷い音だったので、自分でアンプを作った。テープの音をそのままディスクに刻み込むことを目指した。

JK:ロイが実現したステレオ・カッティング・システムは、間違いなく米国西部で最初のシステム。ひょっとしたら全米でも最初だったかもしれない。

バーニー・グランドマンとロイ・デュナンの関係

ロイ・デュナンは60年代半ばにContemporaryをやめてアリゾナ州フェニックスに移住し自らスタジオを開いた。グランドマンは彼を慕い、陸軍除隊後最初の仕事としてこのスタジオに勤めた。グランドマンはその後LAに移り、Contemporaryで2年間働いた。主に既存カタログの管理とリマスタリングの仕事だった。Contemporaryのスタジオが閉鎖された時、そこにあった貴重なマイクなどを受け継いだのもグランドマンだ。

BG:完璧主義者のレスター・ケーニッヒの下でマスタリングの修行をしたことが大きな財産になった。完璧なバランスを得るために1枚のアルバムのマスタリングに2日もかけることがあった。

その後グランドマンはA&Mのマスタリング・スタジオの責任者になり、ロイ・デュナンをLAに呼び戻した。デュナンはそこでマスタリング機器の製作・維持管理を担当した。

BG:ロイはいわゆる天才的なエンジニアで、経験に裏打ちされた驚くべき直感の持ち主。回路図や実際の回路基盤を眺めるだけで、本能的に何をどうすればいいか指摘することができた。「シンプル・イズ・ベスト」という理念に基づき、あらゆる回路をこれ以上シンプルにできないほどシンプルにした。常に機械をいじり、改造し、どこまでも改良を続ける人だった。

ロイ・デュナン・サウンドの秘密

JK:リアルなサウンドは、ドイツ製の超高性能マイクを使い、その信号をできるだけ変えずに録音することで実現された。ちなみに、ロイが録音したアルバムの中で音が最高なのは、Contemporaryの傍系レーベル(Contemporary以前に存在した)Good Times Recordsのディキシー・ジャズのアルバムBanjo Kings

マスターテープはシンプルかつドライに録音され、リヴァーブはマスタリングすなわちカッティング時に加えられた。ロイはカッティングの際にゲイン等を微妙に調整し、詳細なマスタリング・メモを残した。このメモがなければ、オリジナルのテープを入手しても、ロイの作ったアルバムの音を再現することはできない。(実際、テープに手を加えずにリイシューされた何枚かのCDは酷い音だったらしいが、この事実を知れば当然のことだ。)

録音時の写真・質疑応答

セミナーの会場では、アート・ペッパーのMeets The Rhythm Sectionやソニー・ロリンズの録音風景の写真がスライドで表示された。ミュージシャンは倉庫の隅、互いに手を伸ばせば届くのではないかと思うほどの近距離に固まっていて、数本のマイクがあるだけ。ブースはもちろん、バッフルもない。

質問者:近接マイクセッティングとはいえ、これではそれぞれのマイクが他の楽器の音を拾ってしまうのでは?

JK:もちろんそうだが、ロイの場合はそれをかえって有効に使い、リアルな空間の中でミュージシャンが演奏している雰囲気を捉えた。経験に裏打ちされた直感でマイクや演奏者を動かし、「これだ」というポジションを実現するまで試行錯誤をした結果だ。また、当時のドラマーは音のいいドラムを使っていたし、控えめな音量で素晴らしい演奏をすることができた。

BG:現在のスタジオ録音では、マイク間の「リーケージ」を完全に排除しているが、そのためにかえって不自然な音になっている側面も否めない。

質問者:現在の技術をもってすれば、当時の製品を上回る高性能マイクが作れるのでは?

JK:当時のドイツ製のコンデンサー・マイクを上回るマイクは今も存在しない。第2次大戦期〜戦後にドイツで開発されたマイク・カプセルを作る技術は冷戦期に失われたときいている。

BG:レスターが入手し、ロイが使っていたドイツ/オーストリア製の高性能コンデンサー・マイク(ノイマン/テレフンケンU-47、AKG C-12等)は、今でも1本1〜2万ドルで取引される。現在のマイクがそれらに及ばないのは、耳ではなく計測に基づいて作っているからかもしれない。

ここで、質問者としてヴァイブラフォン奏者のテリー・ギブス(TG)が登場。

TG:昔はヴァイブラフォンをフィーチャーしたビッグバンドでも、皆同じ部屋で録音したし、それでもちゃんとヴァイブラフォンの音が分離されていた。今ではスタジオに行くと、ヴァイブラフォンの音を鮮明に録るために別のブースに入ってくれと言われる。昔できていたことが、なぜ今はできないのか。

BG:エンジニアにとっては、全てをコントロールできる方が楽。昔のように、全員が同じ部屋で演奏し、リアルタイムで録音とミキシングをやることは、今のエンジニアにとっては非常にリスキー。逆に、全ての楽器を別々にデジタル録音しておけば、後でどのようにでも加工できるので、エンジニアにとっては安心。

セミナー終了後に、僕はロイ・デュナンが録音した傑作LP(残念ながらオリジナルは持っていないので、Analogue Productionsによるリイシュー)にサインをしてもらった。Wow!!

(参考)
Contemporary Recordsの略史
1951年 レスター・ケーニッヒによって創立。
1956年 Capitol Recordsからロイ・デュナンを引き抜く。
1977年 レスター・ケーニッヒ死去。息子のジョンが引き継ぎ7年間運営。
1984年 Fantasy Recordsに売却。現在はConcord Records傘下。

(参考ウェブサイト)
WikipediaのContemporary Recordsの記事(英語)
音楽評論家Thomas ConradによるRoy DuNannのインタビュー記事"The Search for Roy DuNann"(2002年4月、Stereophile)

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この記事へのコメント

1. Posted by Shaolin   2011年11月16日 19:24
5 大変ご無沙汰しております。

今回のような、当事者による貴重なコメントは、まさに待ち望んでいたものです。特に、歴史的観点やエンジニアリング的観点から(単なる骨董品的コレクター的観点だけではなく、という意味で)こういう話を聞けることは、私にとっては最高の幸せです。

Roy Dunan さんのみならず Terry Gibbs さんまで。。。特に後者は私もインタビューしたいことが山ほどあります(笑)

Roy Dunan さんが Contemporary レーベルで行った芸術的職人芸は、C.R. Fine さんと Wilma Cozart Fine さんが Mercury レーベルで行ったことに匹敵するかそれに近いものがあるんだなぁ、と、今回の記事を読ませて頂いて改めて思いました。

それはともあれ、今回のスペシャルイベント、その場に居て是非ご本人のお話を聴きたかったです。。。

また貴重なレポートを大いに期待させて頂きます。
2. Posted by nabe-o   2011年11月16日 22:02
素晴らしい記事でした。
素晴らしいミュージシャンの
傍らに素晴らしいエンジニアが
居ないわけないんですが、納得です。サインいいなぁ〜
3. Posted by NIKI   2011年11月17日 05:31
凄い・・・。改めてきちっと読みます。
これ・・・本にして欲しいです(笑)。
4. Posted by jazzaudiofan   2011年11月18日 21:22
皆さん、コメントありがとうございます♪
このイベントは僕にとってとても貴重な体験でした。
情報量が多くまとめるのも苦労しましたが、皆さんのコメントを読んで、書いてよかったと思います。
参考文献に挙げたステレオファイルの記事を読んでもらえると分かりますが、デュナンさんがコンテンポラリーで働いたのは10年足らず。その後フェニックスに移住してスタジオを開くもぱっとせず、A&Mでしばらく働いた後、子供たちが住むシアトル近郊に移住して引退。つまり、録音エンジニアとしての彼のキャリアは60年代半ばにコンテンポラリーを去った時点でほぼ終わってしまったのです。
彼の人生全体を考えればそれは短い期間にすぎず、今や遠い過去の話。ジャズが特に好きではなくジャズのアルバムもほとんどもっていない彼は、自分が昔やった仕事が多くのファンに評価されていることすら知らず、自分が伝説的な存在になっているとは夢にも思っていなかったそうです。
5. Posted by まるせいご   2011年12月03日 19:16
ご無沙汰しております。
いつも楽しい記事をありがとうございます。

この度の記事に大いに反応いたしました。
素晴らしい記事をありがとうございます。
RD師はご存命だったのですね!。
嬉しく思います。

貴殿は良い機会に恵まれて幸せに思います。
6. Posted by jazzaudiofan   2011年12月04日 06:19
まるせいごさん、コメントありがとうございます。
ロイ・デュナンに会うことができたのは、自分でも本当にラッキーだったと思います♪
7. Posted by しらかし   2012年01月02日 01:42
5 Pepperのアルバムを改めて聴きました。これまで音のよいLPとして時たま聴いておりましたが、エンジニアを気にすることはありませんでした。すばらしい録音だと思います。ジャケット裏面に演奏時の写真がありますが,あのような配置で録音がされたと思うと,改めて感動ものです。ロイ デュナン万歳!
8. Posted by jazzaudiofan   2012年01月03日 06:28
しらかしさん、コメントありがとうございます♪
ペッパーのMeets The Rhythm Sectionは、ペッパーを一方のチャンネル、リズムセクションを他方のチャンネルに極端に振り分け、真ん中がぽっかり空いている独特のミックスですよね。ステレオ初期にありがちな、極端なステレオ効果を狙ったミックスとして批判するオーディオファイルもいますが、僕は東海岸からやってきたマイルス・デイヴィス・バンドのリズムセクションと、西海岸のペッパーの「対決」を演出するというエンジニアの意図だと理解しています。

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