2007年10月16日

フィリピン・ヒストリー ・・・ ルイス・タルク帰順

フク団の大将、ルイス・タルク帰順

 大統領に就任した、ラモン・マグサイサイ しかし新大統領国民に支持される活躍が出来ません

 そこで、登場するのがニノイ・アキノ・ジュニア

 
 ラモン・マグサイサイ大統領当選の翌年、1954年2月25日 ニノイはタルクと会見

 インタビュー記事を新聞に掲載・・・フィリピン全土は大騒ぎです


 実はこの時、タルクは「帰順」の意思をコッソリ ニノイに伝えていたのです


 タルク「帰順」 成功したら大統領の評価は急上昇間違いなし

大統領も大喜びで、ニノイさんに タルク帰順計画促進を依頼


 ****軍隊や警察が逮捕するのと帰順では大きく意味が異なるのですから***


 ニノイは陰で動きます

 タルクの事情

 *共産党内の革命路線の対立
 *タルクの安全の問題

 実は、タルクさん 反対派の陰謀により、1954年の始めにフク団司令官の地位を解任されていたのです

 
ニノイさんの、タルク感
 タルクさんは、私が若い時に会った数少ない私に感銘を与えてくれた人物

 彼は、富の誘惑を受けたがそれを拒否した、多数の人がやろうとして実行しなかった行動を彼は実行した

 彼は私の目を開いてくれた・・・・・・


 彼は私の会った最初のクリスチャンだと・・・・・・







タルクさん、帰順の条件は2つ

 1,「投降」と言う言葉は使わない
 2,大統領に直接合わせる

・・・・たった、それだけ

 大統領は条件を受け入れ話し合いは円満に終了



1954年5月17日・・・・タルク帰順
 この裏では、国軍とニノイのチームでの壮絶なタルク争奪戦が展開していたのです
国軍は面子に掛けても タルクさんを逮捕しようとしてたのですよ

 ニノイさんチーム国軍のすきを突いてタルクさんを脱出させて タルクさんの帰順成功かと思っていたら・・・・・・




 何と、大統領最後に裏切り・・・・フィリピン・スタイル炸裂

 


マグサイサイ大統領、国軍に遠慮したのか タルクさんに会わずに、直接国軍の留置場に投獄・・・・タルクさん・・・出獄までには14年を必要としました


 当然、この時点でフク団はガックリ意気消沈

ハイ、フク団・・・・自然消滅

 
  
 

此処で怒り爆発なのは、ニノイさん





ランキングサイトに登録しました、良い所まで来ました本人少し喜んでいます・・単純ですから・・


にほんブログ村 海外生活ブログ フィリピン情報へ
↑ココをクリックして応援下さい


Hanggang sa muli



フィリピン・ヒストリー - livedoor Blog 共通テーマ

トラックバックURL

この記事にコメントする

名前:
URL:
  情報を記憶: 評価: 顔