さて、今回は「あづま下り」の中に出てくる「から衣…」という歌の修辞についてです。
この歌は、主要な和歌の修辞が満遍なく使われているので、単になかなか凝った歌というだけでなく、古典の特に和歌の学習にはもってこいの教材です。

前回、〈散文中の和歌を理解するとはどういうことか〉についてお話しました。
今回も、前回お話しした内容が重要になってくるので、まずはこちらをしっかりと読んでおいてください。
まずは前回のおさらいから。
「から衣…」の歌が読まれる経緯をもう一度確認しておきましょう。

①昔男がいたが、自分が都には必要のない人間だと思い、東に自分の住むべき国を見つけるために友人を一人二人連れて旅に出る。
②三河の国(現在の愛知県)の八橋というところまで来て、川のほとりで乾飯を食べていると、沢のほとりにかきつばたが美しく咲いている。
③それを見た一行のうちの一人が、「『かきつばた』という五文字をそれぞれの句の頭に置いて、旅の心情を詠め。」と言ったので、男が「から衣…」の歌を詠む。

ごく簡単に経緯を説明すればこんなところでしょう。

さて、いきなり本題ですが、この「から衣…」の歌に使われている修辞は以下の5つです。 

①枕詞(まくらことば)
②序詞(じょことば)
③掛詞(かけことば)
④縁語(えんご)
⑤折句 (おりく)


⑤の修辞は、かなり特殊かつ高度な表現技法ですが、「あづま下り」のこの場面を理解するためには非常に重要な表現技法です。
それ以外の①~④の修辞は、様々な和歌の中で使われ、また、センター試験や二次試験でも出題される頻度が高いものなのでしっかりと押さえておきたいところです。 

では、一つ一つ説明を加えていきます。

①枕詞
枕詞とは、通常5音(5文字ではありません。以下注を参照)の特定の単語を導き出し、修飾していく表現です。
たとえば、「あおによし」は「奈良」にかかる枕詞、「たらちねの」は「母」にかかる枕詞といったように、枕詞と修飾される語との間には一対一の対応関係が見られます。
つまり、「あおによし」が「母」を修飾したり、「たらちねの」が「奈良」を修飾するということは決して起こらないということです。
枕詞は、長い和歌の歴史の中で伝統として根付いてきた表現で、枕詞それ自体には意味はありません。(本来はあったのですが、時代とともに意味そのものは失われていきました。)
したがって、枕詞は、和歌を口語訳する際にはその言葉の意味を反映させません。
要するに、一種の決まり文句みたいなものなのです。
簡単にまとめると以下のようになります。

《枕詞》
・ 通常5音の単語
・ 枕詞と枕詞が修飾する単語は一対一の対応がある
・ 枕詞は訳さない


(注)5音というのは、たとえば、「たらちねの」と発音した際の音節数のことを指す。
したがって、同じ言葉でも表記の仕方によって文字数が変わる。
「たらちねの」:5音、5文字
「垂乳根の」:5音、4文字

では、「から衣…」の歌では、どの言葉が枕詞に当たるかというと、それは、冒頭の「から衣」が枕詞になります。
「から衣」は「着る」にかかる枕詞です。
したがって、「から衣」は「きつつなれにし」の「き(着)」を修飾していきます。

②序詞
序詞は、枕詞とよく性質が似ているので、混同しないように注意が必要です。
序詞とは、通常7音で、枕詞と同様に特定の単語を導き出し、修飾していきます。
枕詞との大きな違いは、枕詞が和歌の伝統の中で受け継がれてきた決まり文句であるのに対し、序詞は作者が即興的に作り出し、その場限りのもの(一回性のもの)ということになります。
また、枕詞が訳さないのに対し、序詞は通常、口語訳に反映させることも枕詞との違いです。

「から衣…」の歌の中では、「から衣 きつつ」の部分が序詞となっており、その直後の「なれ」にかかっていきます。

③掛詞
掛詞は、非常に重要な和歌の修辞です。
様々な和歌にふんだんに使われています。
掛詞とは、同音異義語を使って、1つの言葉に2つの意味を持たせる表現技法です。
掛詞を理解するには、その和歌が詠まれる背景をきちんと押さえておくことが必要になります。

「から衣…」の歌では、4つの掛詞が使われています。
・ なれ:「馴れ(慣れる)」と「委れ(着物が着古されることによって、皺がより、くたびれること)」
・ つま:「妻(奥さん)」と「褄(着物の袖)」
・ はるばる:「遥遥(距離が遠いこと)」と「張張(着物が糊付けされてぴんと張っていること)」
・ き:「来(来る)」と「着(着る)」


掛詞のポイントとしては、表面上の意味と隠された意味の両方をなるべく口語訳に反映させること。
かなり高度ですが、慣れてしまえばそれほど難しいものでもありません。

④縁語
縁語とは、ある言葉を起点として、その言葉と関係の深い言葉を配置していく表現技法です。
要するに、連想ゲームのようなものです。

「から衣…」の歌では、「衣」を起点にして、「衣」と縁の深い「き(着)」/「なれ(馴れ・委れ)」/「つま(妻・褄)」/「はるばる(張張)」が配置されています。

⑤折句
折句は少し特殊な表現技法です。
これを理解するためには、「かきつばた、といふ五文字を句の上にすゑて、旅の心を詠め。」(「かきつばた」という五文字をそれぞれの句の上に置いて、旅の心を詠め。)という言葉の意味を理解しなければなりません。

ご存知の通り、和歌は、五七五七七の三十一文字で構成されています。
そして、前半の五七五の部分を「上(かみ)の句」、後半の七七の部分を「下(しも)の句」というのもご存知のことと思います。
ただし、ここでいう「句の上」というのは、「上の句」、「下の句」ではありません。
初句から結句までの5つの句のことを指しています。

和歌をよく眺めて見ましょう。

から衣 きつつなれにし つましあれば はるばるきぬる 旅をしぞ思ふ

もう少しわかりやすく、初句から結句までのそれぞれの句をすべてひらがなに直して並べてみます。

らころも
つつなれにし
ましあれば
るばるきぬる
びをしぞおもふ

もうお分かりかと思います。
この「から衣…」の歌は、初句から結句までの頭文字を取ると、「かきつは(ば)た」という言葉が完成するのです。(※平安時代は、表記の際に濁点をつけずに表記していましたから、「かきつばた」は「かきつはた」と表記されていました。)

これが折句です。
歌の頭文字および一番最後の文字を繋げたときにある言葉が浮かび上がるという非常に高度な言葉遊びです。

以上が「から衣…」の歌に使用されている和歌の修辞になります。

最後に、まとめとしてこの歌に使われている修辞をおさらいした上で、訳例を示しておきます。

から つつなれにし つましあれば はるばる》《ぬる 旅をしぞ思ふ

緑文字:枕詞
黄網掛け:序詞
《 》:掛詞
桃網掛け:縁語

訳例:「いつも着ていて体に馴染んだ唐衣の褄のように、慣れ親しんだ妻が都にいるので、はるばると遠くへやってきた旅を悲しく思うことだ。」
※「きつつ」の「つつ」は反復を表す助詞。

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