(1990)ジョゼ・モウリーニョ(1992)デットマール・クラマーと川淵三郎

2015年09月19日

(1991)デットマール・クラマーと大仁邦彌

サッカーの基本を日本にたたき込んでくれた。またJリーグの前身となる全国リーグの立ち上げに動いた方で、今の日本サッカーがあるのは、クラマーさんのおかげで、感謝している。

本当に厳しい方だったが、基本のインサイドキックを徹底して教え込まれた。年齢を重ねてもサッカーの話が尽きず、熱意は変わらなかった。



サッカー日本代表の強化の礎を築き、「日本サッカーの父」と呼ばれたドイツ人のデットマール・クラマーさんが17日、亡くなりました。90歳でした。これはドイツサッカー連盟が18日、発表しました。(NHKニュース 日本サッカー協会 大仁邦彌会長の話より)



-クラマー語録

ガールハントし 酒を飲み 煙草を吸いながら

一流のプレイヤーになろうとしてもそれは不可能だ

サッカーは心の教育の場である
20150919(11)


ボールをもっとかわいがれ

ボールを嫌えば

ボールも君を嫌う

ボールになじみ

ボールから自由になれ
20150919(12)


”残心”というのが日本の剣の道にあるではないか
 
倒れた相手が最後の力を振り絞って抵抗してくるかもしれない
 
相手の息の根が止まるまでじっと緊張を解かない
 
それが”残心”だ
20150919(14)


-メキシコオリンピック3位決定戦を振り返って
20150919(13)

チーム全員が一度に倒れる光景を見たのは初めてでした

全員が全ての力を使い果たしエネルギー切れになってしまったのです

絞っても1滴のエネルギーも残っていなかったでしょう

今でもあの時の選手の様子を思い出すと胸に熱いものがこみ上げてきます

自分のベスト以上を尽くせる人はいません

しかし、あの時は全員がベスト以上を尽くしたのです

メキシコオリンピックの銅メダルこそ

私が関わった勝利の中で最高の勝利です
 


 
jeep_55 at 14:21│Comments(0)TrackBack(0)このエントリーをはてなブックマークに追加 日本サッカー協会 | デットマール・クラマー

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(1990)ジョゼ・モウリーニョ(1992)デットマール・クラマーと川淵三郎