2017年03月27日
(2086)マット・バスビー
”Just go out,and play"
いいから思いっきりプレーしてこい
これは具体的にどうプレーしろというわけではなく、己の個を存分に発揮して暴れてこいということ。実際はそう単純な話ではなかったようだが、ユナイテッドはスタープレイヤーの個を前面に押し出した攻撃サッカーを伝統としている。
いいから思いっきりプレーしてこい
これは具体的にどうプレーしろというわけではなく、己の個を存分に発揮して暴れてこいということ。実際はそう単純な話ではなかったようだが、ユナイテッドはスタープレイヤーの個を前面に押し出した攻撃サッカーを伝統としている。
戦後、再開されたリーグ戦。マット・バスビー率いるユナイテッドはリーグ戦を2年連続2位でフィニッシュ。マングノールがいた35年前に優勝して以来の好成績だった。
2年目のシーズン、FAカップ決勝まで進みブラックプールと対戦した。相手には当時世界最高のプレイヤーと目されていたスタンレー・マシューズがいた。
バスビーはマシューズをどう抑えるか考えあぐね、三重のマークを指示するが上手くいかない。そのときハーフタイムで与えた指示は、それまでも、それ以降も、ユナイテッドというチームを象徴する、例の5つの単語からなるフレーズだった。
試合は4-2で逆転勝利を収めた。このときのユナイテッドには”フェイマス・ファイブ”と呼ばれたスタン・ピアソン、ジャック・ローリー、ジミー・デレイニー、チャーリー・ミッテン、ジョニー・モリスがいた。
1940〜50年当時でもサッカーはそこまで牧歌的ではない。相手チームの分析は行われたし、バスビーにも戦術はあった。ただ語り継がれるバスビー像は戦術家ではない。身なりのきちんとした粋な紳士であり、選手の父親であり、チームの良心であり、クラブの憲法だった。
この時期の選手は全員が戦争経験者だ。戦場で死んだ仲間もいる中で運良く生き残りサッカーが出来ている。クラブのカリスマであるバスビーが「いいから思い切りプレーしてこい」と言えば、それで十分伝わった。
マンチェスターの労働者たちは過酷な日々の終わりに、ひと時のカタルシスを求めスタジアムに押し寄せた。バスビーは彼らに報いることは義務だと考えていたが、選手たちにもその思いは共有されていた。
俺は小さくても戦える術が欲しいのか 違う、俺は・・・
俺も全てをねじ伏せるシンプルな強さが欲しい