(2523)エリック・カントナ(2525)ディエゴ・マラドーナ

2019年09月13日

(2524)ディエゴ・マラドーナ

Fue la mano de Dios.
あれは神の手だった

20190913 (1)

1986年メキシコW杯 準々決勝 イングランド戦後のインタビューにて



マラドーナは試合後のインタビューでこのプレーについて聞かれると、「ただ神の手が触れた」と表現した。以後、サッカー界ではこれに類するプレーが神の手(Hand of God)と呼ばれることになった。

20190913 (3)


のちに、マラドーナは自伝においてハンドだったことを認め、母国のテレビ番組では「早く来て自分を抱き締めないと、審判が得点を認めないぞ」とチームメイトに呼びかけたという裏話を明かしている。

20190913 (2)


ドキュメンタリー映画『マラドーナ』(2008年)の中では、「マルビナスで殺された若者達の敵討ちだった」「イングランド人の財布を盗み、バカにしてやった気分だ」と語っている。


マラドーナ
ディエゴ・アルマンド・マラドーナ



2008年にはイギリス大衆紙の取材に対し「過去に戻って歴史を変え、謝ることができるならばそうするだろう。でも、ゴールはゴールだ」とコメント。

マラドーナ独白 ー1986年のメキシコW杯ー
ディエゴ アルマンド マラドーナ
東洋館出版社
2018-06-15



2010年の雑誌インタビューでは罪の意識を否定し、「ワールドカップで勝てるなら手だって使うさ。審判が認めれば、それでゴールだ」と答えている。





イングランドの監督だったボビー・ロブソンは「あれは誤審以外の何ものでもない。誤審はあり得ることで仕方がない。だが私が許せないのは、それを神の手などと呼ぶ者の欺瞞だ」と語っている。




 
jeep_55 at 16:55│Comments(0)このエントリーをはてなブックマークに追加 ディエゴ・マラドーナ | サッカーの名言で外国語を学ぶ

コメントする

名前
 
  絵文字
 
 
(2523)エリック・カントナ(2525)ディエゴ・マラドーナ