日本サッカー協会

2018年07月05日

(2208)田嶋幸三

日本代表なんか嫌いだ、応援なんかしないと言ってくださった方々にも関心を持ってもらったという意味で感謝します。

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サッカーW杯ロシア大会を16強で終えた日本代表が5日、成田空港着の日航チャーター機で帰国し、田嶋幸三会長(60)、西野朗監督(63)、長谷部誠主将(34)の3人が成田市内のホテルで会見を行った。(Yahoo!ニュースより)続きを読む

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2017年10月28日

(2156)川淵三郎

時期尚早と言う人間は、100年経っても時期尚早と言う。
前例がないと言う人間は、200年経っても前例がないと言う。

そもそも時期尚早と言う人間は、やる気がないということなんだ。でも、私にはやる気がありませんとは情けなくて言えないから、時期尚早という言葉でごまかそうとする。

前例がないと言う人間は、私にはアイデアがないということなんだ。でも、私にはアイデアがありませんとは恥ずかしくて言えないから、前例がないという言葉で逃げようとする。

大体仕事のできない者を見てみろ。自らの仕事に誇りと責任を持てない人間を見てみろ。次から次へと、できない理由ばかり探し出してくるだろう。

仕事というものは、できないことにチャレンジをして、できるようにしてみせることを言うんだ。



20171028-

-1990年代に入ってのある会議でのこと続きを読む

jeep_55 at 20:20|PermalinkComments(0)このエントリーをはてなブックマークに追加

(2155)デットマール・クラマーと川淵三郎

君たちは本当に努力をしたし、そのことは僕が一番よく知っている。人生はサッカーがすべてではないんだ。今日はサッカーのことは忘れよう。でも、こんな時に君たちのところに来てくれるのが、本当の友達なんだよ。

-僕には人生哲学を教えてもらった恩師が二人いる。一人はさっき話をした、吉岡たすく先生。もう一人が、日本初の外国人コーチとなった、デッドマール・クラマー。彼との出会いも大きかったね。
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jeep_55 at 20:15|PermalinkComments(0)このエントリーをはてなブックマークに追加

(2154)川淵三郎

僕は、リーダーは絶対逃げちゃいけないと思っている。

こんな経験があります。1976年から2年半、代表監督を務めた二宮寛氏に退任を勧告する役目を僕が任された。いきがっていたこともあって引き受けましたが、二宮監督に「辞めたほうがいい」と伝えてから2週間、胃が痛くて痛くてしかたなかった。神経性胃炎になったんですね。こんなの初めてのこと。言うんじゃなかったって後悔もした。

でも、これも経験。引導を渡される側も、渡す側も同じくらい大変でつらい。でもリーダーとしてとても大切な仕事だってことが この時、自分はわかったんです。それから、嫌なことでも伝えなきゃならないことは、必ず本人を前にして言うことを心がけています。

-リーダーとして心掛けていること
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jeep_55 at 20:10|PermalinkComments(0)このエントリーをはてなブックマークに追加

(2153)川淵三郎

どんな仕事も同じだと思うんだけど、始めたばかりは知らないことばかり。やり始めたら勉強する機会が生まれるから、何でも試しにやってみること。その中で いろんな知識をどんどん吸収していくと、自分なりの意見ができてくる。それが見識となる。見識を実現に移すのが胆識(たんしき=自分が信じた道を何事にも 動じずやり遂げる実行力のこと)。そうやって様々な物事を自分の中で高めていくことが、いろんな可能性につながっていくんです。リーダーシップも、そう やって苦労しながら育まれるのだと思っています。

-見識と胆識

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jeep_55 at 20:05|PermalinkComments(0)このエントリーをはてなブックマークに追加

(2152)川淵三郎

僕は、今も三日坊主を奨励しているん です。普通、飽きっぽい、長続きしないって、悪い意味で使われるんだけど、いい方に考えると好奇心が旺盛で、何かに取り組み始めたということでしょ。その取り組む姿勢こそが大事なのであって、何でもやってみないと自分に適しているかどうかなんてわからない。好き嫌いもわかるし、ほかとの比較もできる。昔はつまんないと思ってたことでも、今ならうまくできると思えるかもしれないしね。

だから、何事も経験してみることが一番大事。やってみて続かないことがあっても悲観なんてしなくていい。たとえば何十回も転職を繰り返して、大成している一流の作家もいるでしょう。僕だっていろいろなことに首を つっこんだからこそ、サッカーと出合えたと思ってるしね。動機はちょっと不純だったかもしれないけど(笑)。

-なんでもやってみる精神
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jeep_55 at 20:00|PermalinkComments(0)このエントリーをはてなブックマークに追加

2017年02月03日

(2070)岡野俊一郎

This is Football !

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番組内で素晴らしいプレーがあると「This is Football !」と語っていました。

サッカー元日本代表監督で、日本サッカー協会会長として2002年日韓ワールドカップ(W杯)を成功させた岡野俊一郎(おかの・しゅんいちろう)氏が2日午後10時56分、肺がんのため東京都内の病院で死去した。85歳。東京都出身。自宅は東京都文京区小石川5の24の21の401。通夜、葬儀・告別式は近親者で執り行う。日本サッカー協会が3日、発表した。(サンスポより)続きを読む

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2015年09月19日

(1992)デットマール・クラマーと川淵三郎

サッカーだけでなく、人生そのものを教えてくださった恩師で、今の僕があるのもクラマーさんのおかげです。当時、日本のサッカーは弱かったですが、選手を一人前の紳士として扱ってくれ、すべてをかけてサッカーと人生哲学を伝えようとした指導者を僕はクラマーさん以外に知りません。これまでも何か気付くと、アドバイスの電話をくださり、そのたびに勇気付けられました。クラマーさん、心から感謝しています。安らかにお眠りください。
 
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サッカー日本代表の強化の礎を築き、「日本サッカーの父」と呼ばれたドイツ人のデットマール・クラマーさんが17日、亡くなりました。90歳でした。これはドイツサッカー連盟が18日、発表しました。(NHKニュース 日本サッカー協会 川淵三郎最高顧問の話より)


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jeep_55 at 14:22|PermalinkComments(0)このエントリーをはてなブックマークに追加

(1991)デットマール・クラマーと大仁邦彌

サッカーの基本を日本にたたき込んでくれた。またJリーグの前身となる全国リーグの立ち上げに動いた方で、今の日本サッカーがあるのは、クラマーさんのおかげで、感謝している。

本当に厳しい方だったが、基本のインサイドキックを徹底して教え込まれた。年齢を重ねてもサッカーの話が尽きず、熱意は変わらなかった。



サッカー日本代表の強化の礎を築き、「日本サッカーの父」と呼ばれたドイツ人のデットマール・クラマーさんが17日、亡くなりました。90歳でした。これはドイツサッカー連盟が18日、発表しました。(NHKニュース 日本サッカー協会 大仁邦彌会長の話より)

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2010年02月18日

(1125)犬飼基昭

「200件しかないの? そういう思いは分かるけど。(解任要求が)1億2000万件というならあれだけど…」(日本サッカー協会会長)

日本協会の犬飼会長はこの夜、2018、22年W杯日本招致委員会の第1回に委員長として出席。委員会後、岡田采配を危ぶむ約200件の抗議電話(その9割が退任要求)が協会に届いたことを聞くと(サンスポ続きを読む

jeep_55 at 01:09|PermalinkComments(0)TrackBack(0)このエントリーをはてなブックマークに追加