2009年07月07日
転職体験記 1
数年ぶりにひっそりと復活したブログを一体誰が読んでいるか分からないが、転職という人生の転換期に体験する様々な気持ちを何か残さなければと思ってしまい、なんとも言えない使命感からブログ再開を決意。
まぁ誰も読まなかったらいつか自分で振り返り、当時を懐かしむことだろう。
第一弾の今回はまず転職を決めた経緯でも書こう。
現在、某眼鏡チェーンで店長の俺。今年で入社3年目。
人間関係・・・・良好。
接客販売という仕事の適性・・・・多分ある。性格はおしゃべり、世話焼き、几帳面。利益最優先のダーティな販売をしない所はビビりかもしれないし、会社からしたら売り子として不適格かもしれない。とはいえチェーン店だ、一人くらいはそんな店員がいてもよかろう。
収入 ・・・・ 昇給なし。ボーナスなし。残業手当なし。結果ギリギリアウト。
転職を考えた理由は簡単。収入が少なく生活設計が出来ないからだ。
嫌な上司や同僚がいて胃が痛い。とか
会社で苛められた。とか
昼ドラのような泥沼社内恋愛で窮地に立たされている。とか
過酷な労働で生死の境を彷徨った。とか
会社が今にも潰れそう。とか
夢に向かってフリーターになります。とか
自分探しで海外にボランティアに行きます。とかそんなことではない。
経験を積んで、出世するなり、収入アップするなり、何か見込みがあれば我慢も出来よう。しかし、肝心の評価基準が不明確だから生活設計が出来ないのも無理はない。キャリアアップの道のりは不明だ。どう経験を積んで、いつどんな役職につくか、分からない。オールマイティに仕事の出来るベテランなのにずっと昇進しない人もいれば、販売も加工も周囲とのコミュニケーションも下手なのに何故か店長の人もいる。
謎だ。俺には解明できない。
マイケルジャクソンの死因くらい謎だ。
鳥居みゆきの芸風くらい謎だ。
ミッシェルのウエノコウジがエルレガーデンのボーカルと組んだくらい謎だ。
ミッシェルのアベフトシが今なにをしているかくらい謎だ。
少し話が脱線したが、とにかく謎だということだ。
俺は運良く周囲からの推薦と上司の期待があり店長になれた。
ちなみにボーナスも営業成績の良い人で5〜6万だとか。
仮にもし、今より昇格してエリアマネージャーになったとしても大した収入アップは見込めないと社歴の長い人達(数名)から聞いている。
今は年収が250万以下はワーキングプアという分類らしいが新卒正社員で店長の俺もそいつに片足突っ込んでる。
誰だって人の年収は気になるだろう。前フリでここまで書いたんだ、別に隠す気はない。潔く大公開。
月収21万+交通費。(税金引いて手取りで18万弱)昇給、賞与、残業代なしだから単純に12倍して252万。
不況の嵐の中だ。派遣切り、内定切りが横行する世の中だ。仕事があるだけ感謝かもしれなし、税金と年金納めてりゃ立派かもしれん。
確かに実家暮らしなら252万で大丈夫だろう。だが一人暮らしで毎月奨学金の返済をしていると実際なかなか厳しい。
俺も入社一年目〜二年目は「まだまだ修業中の身。食って呑めるだけでありがたや。まじめに腕を上げてけば、明るい未来も来るだろう。」と思いながら節約生活をして中古レコードを買って、三輪明宏や瀬戸内寂聴の本を買って、悟りを開きかけていた。
しかし、そうは問屋が卸さない。生きてりゃ思わぬ出費もある。
花粉症で病院通い。(アレルギー破産と命名)
テレビが壊れる。(地デジ破産と命名。)
パソコンが壊れる。(IT破産と命名)
友達の結婚式。
身内の不幸。
異動先の新業態店で指定されたワイシャツとズボンを自費で買う。(ユニフォーム破産と命名)
上司との付き合い。飲み代割り勘の後、終電がないためタクシー帰宅 OR 漫画喫茶。(ジャパニーズ縦社会破産と命名)
などなど挙げれば切りがないが、今の時代は便利なもので、男のカード分割払いでこれらの出費を乗り越えることが出来た。クレジットカード万歳。あなたのおかげで俺は助かった。ご利用は計画的に。
そんなこんなで店長になった今も生活は変わらず。
将来を考えジメジメと悩むのも嫌になり一念発起して転職を決意。
そういえば、数年前にこのブログを書いていたころは就職活動真っ最中だった。
記事を削除してしまった今となっては読めないが、当時の俺は確固たる決意でメガネ業界に挑んでいた。そして入社後もメガネに限らず様々な店に行き、良い店員とは何かを模索し自身の販売スタイル確立に努めてきた。
当時、熱くなっていた俺は「収入と生活設計」という要素を完全に見落としていたのではないかと今にして思う。
そして現在、「この仕事が大好きです!飯さえ食えれば十分です!」と言えない俺は転職という荒波に一人で船を漕ぎ出したのであった。
次回へ続く
まぁ誰も読まなかったらいつか自分で振り返り、当時を懐かしむことだろう。
第一弾の今回はまず転職を決めた経緯でも書こう。
現在、某眼鏡チェーンで店長の俺。今年で入社3年目。
人間関係・・・・良好。
接客販売という仕事の適性・・・・多分ある。性格はおしゃべり、世話焼き、几帳面。利益最優先のダーティな販売をしない所はビビりかもしれないし、会社からしたら売り子として不適格かもしれない。とはいえチェーン店だ、一人くらいはそんな店員がいてもよかろう。
収入 ・・・・ 昇給なし。ボーナスなし。残業手当なし。結果ギリギリアウト。
転職を考えた理由は簡単。収入が少なく生活設計が出来ないからだ。
嫌な上司や同僚がいて胃が痛い。とか
会社で苛められた。とか
昼ドラのような泥沼社内恋愛で窮地に立たされている。とか
過酷な労働で生死の境を彷徨った。とか
会社が今にも潰れそう。とか
夢に向かってフリーターになります。とか
自分探しで海外にボランティアに行きます。とかそんなことではない。
経験を積んで、出世するなり、収入アップするなり、何か見込みがあれば我慢も出来よう。しかし、肝心の評価基準が不明確だから生活設計が出来ないのも無理はない。キャリアアップの道のりは不明だ。どう経験を積んで、いつどんな役職につくか、分からない。オールマイティに仕事の出来るベテランなのにずっと昇進しない人もいれば、販売も加工も周囲とのコミュニケーションも下手なのに何故か店長の人もいる。
謎だ。俺には解明できない。
マイケルジャクソンの死因くらい謎だ。
鳥居みゆきの芸風くらい謎だ。
ミッシェルのウエノコウジがエルレガーデンのボーカルと組んだくらい謎だ。
ミッシェルのアベフトシが今なにをしているかくらい謎だ。
少し話が脱線したが、とにかく謎だということだ。
俺は運良く周囲からの推薦と上司の期待があり店長になれた。
ちなみにボーナスも営業成績の良い人で5〜6万だとか。
仮にもし、今より昇格してエリアマネージャーになったとしても大した収入アップは見込めないと社歴の長い人達(数名)から聞いている。
今は年収が250万以下はワーキングプアという分類らしいが新卒正社員で店長の俺もそいつに片足突っ込んでる。
誰だって人の年収は気になるだろう。前フリでここまで書いたんだ、別に隠す気はない。潔く大公開。
月収21万+交通費。(税金引いて手取りで18万弱)昇給、賞与、残業代なしだから単純に12倍して252万。
不況の嵐の中だ。派遣切り、内定切りが横行する世の中だ。仕事があるだけ感謝かもしれなし、税金と年金納めてりゃ立派かもしれん。
確かに実家暮らしなら252万で大丈夫だろう。だが一人暮らしで毎月奨学金の返済をしていると実際なかなか厳しい。
俺も入社一年目〜二年目は「まだまだ修業中の身。食って呑めるだけでありがたや。まじめに腕を上げてけば、明るい未来も来るだろう。」と思いながら節約生活をして中古レコードを買って、三輪明宏や瀬戸内寂聴の本を買って、悟りを開きかけていた。
しかし、そうは問屋が卸さない。生きてりゃ思わぬ出費もある。
花粉症で病院通い。(アレルギー破産と命名)
テレビが壊れる。(地デジ破産と命名。)
パソコンが壊れる。(IT破産と命名)
友達の結婚式。
身内の不幸。
異動先の新業態店で指定されたワイシャツとズボンを自費で買う。(ユニフォーム破産と命名)
上司との付き合い。飲み代割り勘の後、終電がないためタクシー帰宅 OR 漫画喫茶。(ジャパニーズ縦社会破産と命名)
などなど挙げれば切りがないが、今の時代は便利なもので、男のカード分割払いでこれらの出費を乗り越えることが出来た。クレジットカード万歳。あなたのおかげで俺は助かった。ご利用は計画的に。
そんなこんなで店長になった今も生活は変わらず。
将来を考えジメジメと悩むのも嫌になり一念発起して転職を決意。
そういえば、数年前にこのブログを書いていたころは就職活動真っ最中だった。
記事を削除してしまった今となっては読めないが、当時の俺は確固たる決意でメガネ業界に挑んでいた。そして入社後もメガネに限らず様々な店に行き、良い店員とは何かを模索し自身の販売スタイル確立に努めてきた。
当時、熱くなっていた俺は「収入と生活設計」という要素を完全に見落としていたのではないかと今にして思う。
そして現在、「この仕事が大好きです!飯さえ食えれば十分です!」と言えない俺は転職という荒波に一人で船を漕ぎ出したのであった。
次回へ続く
2009年07月02日
ブログ再開…?
何となくブログ再開してみようと思いました。
現在、働きながら転職活動中。
転職活動体験談など書こうかと思ってます。
それでは、また。
現在、働きながら転職活動中。
転職活動体験談など書こうかと思ってます。
それでは、また。