2011年08月

2011年08月31日

HN097


先日、創価学会の人が、
自分の悩みや、苦しみ、困難を、ガソリンにして、
南無妙法連華経を、となえる仏法(ぶっぽう)と、
創価学会の活動によって、
人生を、希望へ、幸せへと変革していき、
逆(ぎゃく)に、そういう困難な時に、
ワンランク上の幸せを、つかんでいく!!
という、
「宿命転換(しゅくめいてんかん)」の話しを、
したんだけれど、
それで、前に幹部の人が話してくれたことを、
思い出しました。

創価学会は、世界中に広がる、
平和・文化活動を、しているんだけれど、
それで、世界中の創価学会以外の、
ボランティアなので、平和活動をしている人達と、
かかわっています。

その中で、世界のボランティアの世界では、
有名な、平和活動をしている女性がいて、
みんなから、尊敬されている、素晴らしい人なんだけれど、
その女性が、創価学会の話しを聞いて、
ものすごく、落ち込(こ)んでしまったそうです。

その女性は、創価学会の平和活動の話しを、聞いて、
自分が、間違(まちが)っていたことが、
わかったそうです。

ふつう、ボランティアを、やっている人は、
自分が、裕福で、余裕(よゆう)があるから、
自分に時間がある時に、ボランティアを、やっている。
しかも、どこかに、「やってあげているんだ!」という、
「ほどこし」のような気持ちが、ある。

ところが、創価学会の人は、違(ちが)う!
自分が、病気だったり、貧乏(びんぼう)だったり、
会社が倒産したり、もっとも困難な時に、
人のため、世界の平和のために、活動する。
普通だったら、自分が、病気だったり、
貧乏だったり、自分が大変な時は、
自分のことで、いっぱいで、
とても、人のことなんか、考えていられないはずなのに、
そういう中で、人の幸せのため、
地域の幸せのため、世界の平和のために、
一生懸命、活動する!

その話しを聞いて、
そのボランティアの世界では有名な、その女性は、
ほんとうに驚(おどろ)き、自分を恥(は)ずかしく思い、
創価学会の素晴らしさに、
驚嘆(きょうたん)してしまったそうです。

「なんというパワーだろう!」
「なんという、生命のエネルギーだろう!」
「なんという、平和と正義の行進だろう!」
と・・・!

・・・・・・・・・・・・・こころの向こうに、あるもの・・・・・・・・・・・・・

仏法は、生命の法則(ほうそく)であるがゆえに、
仏法を、根本にした平和活動、
一人の人を、幸せにしよう!という活動は、
人を、世界を、幸せにしていくと共に、
自分自身も、幸せにしていく。
自分自身を、蘇生(そせい)させていく!

それが、創価学会が、行っている平和活動です。

創価学会の人は、そのことを、知っている。
だから、自分が、病気や、貧乏などの、困難なときに、
逆に、創価学会の活動を、
一生懸命(いっしょうけんめい)、やっていく!
そのことによって、自分の悩みが、解決することを、
知っているからです!

仏法(ぶっぽう)の法則ほど、スゴイものはない。
やったことが、一点の無駄(むだ)もなく、
必ず、自分に帰ってくるのが、
仏法だからです。
ゆえに、
仏法の法則どおりの創価学会の活動は、
やったら、やっただけ、
必ず、幸せという結果が、返ってくる!!
ということてす。

それが、創価学会が実践(じっせん)している、
必ず宿命転換を可能にする、
南無妙法連華経の仏法(ぶっぽう)であり、
創価学会の平和活動です・・・。

・・・・・・・・・・・・・こころの向こうに、あるもの・・・・・・・・・・・・・


jewelju1jewelju1 at 07:26│平和 │

2011年08月25日

HN006


創価学会の会合には、
大きな会合から、小さな会合まで、
いろいろ、あります。
会合の内容によりますが、
だいたいは、いろんな人が、
人それぞれの体験や、自分の活動のことなどを、
話してくれることが、多いです。

その中で、特筆(とくひつ)すべきは、
みなさんの、『明るさ!』です。

みなさん、いろいろと、大変だとは思うんだけど、
ともかく、明るい!
ほんとに、元気で、
こっちまで元気になってきます。

前に、ある会合で、
2人の婦人がコンビで、
話しをしてくれたことがあって、
その2人の話しが、とても印象に残りました。

ひとりは、親が、脳梗塞(のうこうそく)かなんかで、
倒れたんだけど、
その婦人が、真剣に、
題目(南無妙法蓮華経)を、となえることと、
創価学会の活動を、やりきることによって、
親の脳梗塞は、完治(かんち)したそうです。

もう一人は、親が、癌(がん)で入院してしまって、
重度の癌らしいんですが、
先に話した、親の脳梗塞を、
題目(南無妙法蓮華経)と、
創価学会の活動によって完治させた婦人に、
みならって、
自分も、題目(南無妙法蓮華経)と、
創価学会の活動によって、絶対、治(なお)すんだ!と、
がんばってるという話しだった。

それで、一日、三時間は、題目(南無妙法蓮華経)を、
あげてる(となえてる)という話しで、
最初に話した、親の脳梗塞を、
題目(南無妙法蓮華経)と、学会活動で治した婦人も、
ひとごとではなくて、
もうひとりの婦人の親の癌が治るように、
一日、三時間の題目を、あげてるということでした。

その2人の明るいこと!明るいこと!
普通、親とか家族が、癌になんかなったら、
落ち込(こ)んで、暗〜〜く、なっていそうなんだけど、
まったく、逆(ぎゃく)!
ものすごい!エネルギーを出して、
病気の完治めざして、がんばっている!

すごいと思う・・・・。

南無妙法蓮華経は、人間を元気にする、
生命力の源泉(げんせん)みたいなものなんだけれど、
普通は、なかなか、たくさんは、
となえられない。
けれど、なにか悩み事や、大変な事があると、
必死になるから、
南無妙法蓮華経が、たくさん、たくさん、
となえられる!
だから、大変な時なんだけれど、
逆に、ものすごく、元気で、明るくなっていく!
逆に、輝(かがや)いていく!

この原理(げんり)は、すごいし、素晴らしいと思う!
普通の生活の中では、なかなか、
ありえないことだと思う!
だって、悩みごとや、病気などの苦しみが、
襲(おそ)いかかってきたら、
それだけで、イヤになっちゃうし、
暗くなると思う!

ところが、
創価学会が実践している仏法(ぶっぽう)は、
自分の悩みや、苦しみ、困難を、ガソリンにして、
人生を、希望へ、幸せへと、
生命力のエンジンを、
フル回転して、
逆に、そういう時に、
ワンランク上の幸せを、つかんでいく!!

こういうのを、
「宿命転換(しゅくめいてんかん)」と、言います。

自分に襲(おそ)いかかってきた宿命を、
南無妙法蓮華経を、真剣に、となえることと、
仏法の実践(じっせん)である、創価学会の活動によって、
転換(てんかん)して、
今まで以上に、幸せになっていく!
ということです。

少し変な言い方だけど、
創価学会員は、ある意味、
苦しい時ほど、元気になる!
悩みが多い時ほど、輝いて生きていく!
そして、苦しみや、悩みが、
おそいかかってくる前よりも、
幸せになってしまう!!

それが、できる、
南無妙法蓮華経の仏法(ぶっぽう)と、
創価学会の活動は、ほんとに素晴らしいと思う!

・・・・・・・・・・・・・こころの向こうに、あるもの・・・・・・・・・・・・・

創価学会員が、強いのは、
病気や悩み、困難が、自分に、
おそいかかってきた時に、
それを、解決する、乗り越(こ)える方法を、
ちゃんと、知っている!ということだと思う。

だから、迷(まよ)わない!
どんなことがあっても、
途方(とほう)にくれなくて、すむ!
だって、解決する方法を、知っているから、
途方にくれる必要はない!

どんな時でも、生命の根本からの解決方法を、
知っている。

それが、ご本尊(ほんぞん)に、
南無妙法蓮華経を、となえることであり、
創価学会の活動なんだ!と、深く思う・・・・・。

・・・・・・・・・・・・・こころの向こうに、あるもの・・・・・・・・・・・・・


jewelju1jewelju1 at 06:32│病気 │

2011年08月21日

HN106


世界は、一流の人物を求めている。
平和を願う有能な識者や学者たちは、
本質を求め、本物の行動をする人間を、
鋭(するど)く!見抜(みぬ)いている。

その結果が、
池田先生(創価学会インターナショナル会長)へ贈られた、
『名誉学術称号(めいよがくじゅつしょうごう)』なのだと思う。

名誉学術称号とかいうと、分かりづらいけれど、
世界のさまざまな大学から贈られた、
名誉博士、名誉教授、名誉学長などの称号(しょうごう)です。
このブログを読んでいる人の中に、
名誉博士号を、いただいた人はいないと思うけれど、
もし、いたとしたら、これらの称号を、
たった一つでも、いただくことが、
『どれだけ大変か!』、『どれだけスゴイことか!』
受賞したことのある人だったら、
よく、わかると思います。

そんな名誉学術称号を、
池田先生は、すでに『300』を、
優(ゆう)に超(こ)えて、いただいている。

すごすぎて、いったいどれくらいスゴイのか、
想像がつきませんが、
ある創価学会員が、
中国に出張で出かけたおり、
仕事関係の中国のある人物に、
その話しを、したそうです。
その中国の方は、優秀な大学を出ているエリートなので、
博士号などが、どれだけ大変かを、
よく理解している人だったらしいけれど、
池田先生が、名誉学術称号を、300以上も、
いただいている話しをしたら、
「それは、ありえない!」 「不可能だ!」
と、びっくりしたそうです。
そして、
「きみの師匠(ししょう)は、それほど偉大な人なのか!」
と、言ったそうです。

池田先生は、それほど!
偉大(いだい)な人間だと、思います。
それは、ただ盲目的に、
師匠を、あがめたてるというのではなくて、
現実に、世界が認(みと)める事実だからです。

世界は、正しいものは正しい!
偉大なものは、偉大だ!と、
まっすぐに、ものごとを見てくれる!
ということです。
日本のように、島国根性で、
なかなか、素直に物事を評価できない
こころの貧しい風潮(ふうちょう)とは、違います。

やはり、日本では、悪質なデマや、
三流マスコミの、ひねくれた記事などの影響か、
未熟(みじゅく)な精神風土のせいなのか、
池田先生に対する評価、理解は、まだまだ、
されていないように思われます。

そう言っている、ぼくも、
日本に住んでいますので、
はっきりいって、池田先生が、すごすぎて、
偉大すぎて、どれくらいスゴイか?
本当は、まだまだ、
認識が足りないのかもしれませんが・・・・。


池田先生は、それだけでなく、
全世界の都市や市、町から
贈られた「名誉市民」の称号も、
650を超えています。

こちらも、すごすぎて、
偉大すぎますが、
日本の三流のマスコミたちは、
嫉妬(しっと)して、
金を、ばらまいて、もらったんだとか、
あまりにもバカなことを、
言ったりしています。

けれど、冷静(れいせい)に、
よく考えてみてほしいです・・・。

そうだとしたら、あまりにも、
世界の大学や都市を、バカにしています。
だいたい、池田先生が、
「名誉博士」の称号を、いただいた大学は、
世界の一流の大学だけれど、
そういう大学が、金で、名誉博士号を、
与(あた)えたりしたら、
それこそ、大学の権威(けんい)が、がた落ちで、
大学の権威も、価値(かち)も、まっさかさまに、
落ちていってしまいます。

だから、そういうことは、絶対にしません!

名誉博士号を、与える場合は、
その人のことを、徹底的に調べ上げ、
本当に、価値のある、世界に貢献(こうけん)している、
素晴らしい人物にしか、与えません!
しかも、一人でも、反対する人がいたら、
与えることはなく、満場一致(まんじょういっち)でないと、
名誉博士号は、いただくことはできません!

名誉市民の称号も同じです。
本当に尊敬し、偉大な功績のある人物にしか、
あたえることはないでしょう。
なぜならば、それは、その都市の名誉(めいよ)に、
かかわってくるからです。

あまり、最近の資料を残してないんですが、
昔の資料で、池田先生の名誉市民の称号が、
400を超えた時、
ボリビア・アキーノ大学総長の、
ホセ・アントニオ・デチャサール氏が、
400の名誉市民の称号をたたえて、
メッセージを送られています。

その時のメッセージが、
とても、わかりやすく、
池田先生のことを表現していますので、
それを、
そのまま、紹介したいと、思います。

世界の一流の人物が、池田先生を、
どう見ているか、どう考えているのか、
とても良く!わかるので、
すこし、かたくなりますが、
読んでくださったら、幸いです・・!!!

////////////////////////////

「名誉市民の称号は、ラテンアメリカでは、
特別な意味を持ちます。
決して、普通のことではありません。
社会的に特別な地位にある人で、
その市の歴史に、つづるべき事業・・・
すなわち、我々のコミュニティーに
特別な恩恵(おんけい)を与える事業を、
行った人に対して贈られるものです。
だからこそ、東洋の偉大なる哲学者(てつがくしゃ)であり、
私の親愛なる池田大作博士に
ボリビア・サンタクスル州のラ・グアルディア市政府が、
「最高賓客(ひんきゃく)賞」を贈ったのです。

これで、池田博士への名誉市民称号は、世界で、
「400」になったと、うかがいました。
現代史において、このような世界的に高い評価を得、
世界平和のために戦っておられる卓越(たくえつ)した人物は、
池田博士をおいて他に例を見ないでしょう。

「400」の名誉市民という一例が意味するのは、
人類にとって最も重要な問題解決に向かって
行動されている人物への最高の賞賛の証(あかし)であり、
他人への非常に、こまやかな配慮(はいりょ)、
気遣(きづか)いをし、
より高い人間性へ導くという非凡な人格を、
想起(そうき)させるものです。

池田博士が、同志であるSGI
(創価学会インターナショナル)メンバーと世界中で、
進めている社会貢献の行動は、世界平和実現に向けて、
地道な行動です。皆様は、人権の尊重や憲法の保障など、
この地球上のすべての差異(さい)を有するコミュニティーを、
構成する人が平和的に共生(きょうせい)できるように
努力しておられます。
私は、このSGIの行動に地球上の全文明が感謝する
義務(ぎむ)を有すると確信しています。
そして、各市が名誉市民という形で表す「感謝」は、
多数の市民の思いが集まった「ひとつの証書」という形には、
とどまりません。あらゆる社会の生活状況の改革を、
模索(もさく)する池田博士とSGIの皆さまの
他者への献身的(けんしんてき)な行動こそ、
市民の模範(もはん)であり、目指すべき方向は同じであるとの、
共感のメッセージを全世界に発信しているのです。

技術開発によって急速に変化する先進的な現代世界にあって、
池田博士は、一人の弟子として、
師匠である牧口先生、戸田先生の唱(とな)えた、
「人間の総合的な開発」「価値の創造」「市民性」「教育」
「保健」「平和」「正義による民衆の解放」などの教えに従(したが)い、
一途(いちず)に行動し、世界中から賞賛を受けられています。
この一事に、私は、最大限の賛辞と共感を贈りたいのです。
東洋の大哲学者である池田博士の友人であるという、
栄誉について、感動を隠(かく)し切れません。

池田博士とは、数年前に東京で、お会いすることができました。
私の人生の中で最も、すばらしい瞬間でした。
その卓越(たくえつ)したリーダーシップ、
その例を見ない人間性を、
彩(いろど)る聡明(そうめい)さ、
池田博士その人すべてに、深く感動しました。
創価大学での荘厳(そうごん)なセレモニーを終え、
池田博士との、会見に向かった私たちを迎(むか)えたのは、
池田博士の、あたたかく広げられた両腕でした。
大感動を禁じえない、出来事であり、
いまだに自分自身の精神の記念碑(きねんひ)として、
その時の場面は消え去ることは、ありません。

日本訪問は、私自身の人生の中で最も大きな体験でした。
池田博士が指揮を、とられ、この世界が、
正義と自由によって、
より人間的であるよう尽力(じんりょく)されている、
SGIの、すばらしさにも感動しました。
師匠である池田博士との出会いによって、私は、
本当に幸福な時に池田博士の支えを感じ、
また困難な時には博士の激励(げきれい)を感じ取り、
その生命の言葉に希望の地平が開くのです。
池田博士と地理的な距離はありますが、ボリビアSGIの
メンバーと接することで、人間対人間の交流、
また、心と心の触(ふ)れ合いを感じ、
より良い人生の展望(てんぽう)を
描けていることに感謝しています。

あらためて池田博士に「400」の名誉市民の受章への、
祝福の言葉を申し上げます。この一大慶事(けいじ)は、
池田博士だからこそ、値(あたい)するするものです。
数多くの市が、その行動を高く評価し、名誉市民、
最高賓客(ひんきゃく)賞という顕彰(けんしょう)を行っていますが、
これらの市は、池田博士を、
その一名誉市民として迎えることに栄誉(えいよ)を、
感じていることでしょう。

池田博士は私たち人類すべての模範(もはん)であり、
世界的な指導者です。
人類は歴史という本に、「池田博士の章」を、
あけて待っていることを確信します。

////////////////////////////

・・・・・・・・・・・・・こころの向こうに、あるもの・・・・・・・・・・・・・

池田先生は、
この池田先生が、いただいた、
「名誉博士称号」や「名誉教授称号」の、
300を超える名誉学術称号も、
650を超える「名誉市民」の称号も、
すべて、創価学会の会員の皆さまの代表として、
いただいたんだ!と、
必ず言う!
創価学会の会員のひとりひとり、みんなが、
「名誉博士」も「名誉市民」も、
いただいたんだと!
『だから、誇(ほこ)りを持て!!』と。

これは、お世辞(せじ)でもなんでもなく、
池田先生の、本当の、こころだと思う。
そして、弟子である創価学会の一人一人を思う、
決意と真心の言葉なんだと思う・・・・!

・・・・・・・・・・・・・こころの向こうに、あるもの・・・・・・・・・・・・・


jewelju1jewelju1 at 12:17│世界 │

2011年08月17日

HN068


先日、ビデオで、
映画、「ロング・エンゲージメント」を
見た話しをしました。
先日、話したようなラブ・ストーリーであると同時に、
この映画は、戦争の悲惨(ひさん)さを、
ありありと、表現している映画でもあると、
思った。

戦争から逃れようと、わざと怪我(けが)をした
5人の兵士は、処刑(しょけい)を宣告される。
よく考えてみると、
どちらが、正気か、わからないけれど、
その5人の中のひとりが、
映画の主人公・マチルダの恋人、マネクです。

そのマネクを中心に、
処刑を宣告された5人が、
なぜ?わざと怪我をし、
戦争から逃れようとしたのか?
5人それぞれの、
さまざまな人生の悲哀(ひあい)と苦悩が、
描かれていきます。

その5人の物語から、
マチルダは、マネクの消息(しょうそく)を、
からまった糸を、解(と)きほぐすように、
探していきます。

見ていて、映画とはいえ、
やはり、想像を絶する戦争の悲惨さを、
感じました・・・・!


現代でも、戦争は、無くなってはいない。
なんて、愚(おろ)かで、なんて悲惨なんだろうと、
思うけれど、
そう思っている自分も人間であるが、
戦争を起こしているのも人間です。

宗教が、戦争に利用されていることも、ある。
戦争を起こす宗教も、良いとは思わないが、
宗教を、戦争に利用している権力者は、
最も、悪いと思う。

池田先生(創価学会インターナショナル会長)が、
「戦争を起こすことは、宗教の自殺行為だ!」
と言っていた!
ほんとうに、そうだと思う!

「憎しみ」、「怒り」、「復讐(ふくしゅう)」
この悲惨なる悲しみの心に、
打ち勝つ力が、人間には、あるのだろうか?

答えは、『ある!』だ!

人間には、憎しみや怒りを超(こ)えた、
強くて、あったかくて、やさしくて、
自分も幸せにし、人も世界も、幸せにできる、
満(み)たされた最高に幸せな生命がある!

その強くて、あったかくて、
自分も世界も、幸せにできる、
最高に充実(じゅうじつ)した生命のことを、
仏法(ぶっぽう)では、『仏界(ぶっかい)』の生命という。
仏(ほとけ)のように、現代的に言えば、
人間の王者のように、堂々とした、
すべてを、包み込むような強靭(きょうじん)な、
しかも、あったかい生命!
それが、仏(仏界)の生命だと思う!

その仏(ほとけ)の生命は、
だれでも、なんの違(ちが)いもなく、
すべての人間の中に、そなわっている!
それが、人間の生命であり、
人間である以上、必然的(ひつぜんてき)に、
仏(ほとけ)の生命が、
そなわっている!ということです。

池田先生が、
「世界のすべての人たちが、
自分の中に、この仏の生命(仏界の生命)が、
あることが、わかったら、
戦争は、無くなる!!」
と、言っていた!

たしかに、そうだと思う!
自分に、自分も、まわりの人たちも、世界も、
幸せにする力があるとこを、
知っていたら、
戦争を起こす必要が、ないからです!
なぜならば、
その仏の生命を、自分の中から、
引き出すことによって、
自分も、世界も、変えていくことが、
できるからです。

その充実感と、満たされた心からは、
戦争を起こそうとする心は、
起こってはこない!

なにもできない絶望感から、
戦争は、起こってくるのだと思う。

・・・・・・・・・・・・・こころの向こうに、あるもの・・・・・・・・・・・・・

南無妙法蓮華経を、となえているということは、
世界を、変えていることに、等しい。

なぜならば、
南無妙法蓮華経を、となえるという行為は、
自分の中から、仏の生命(仏界の生命)を、
引き出す、唯一(ゆいいつ)の方法だからです。

これ以外に、自分の中から、
仏の生命(仏界の生命)を、引き出す方法も、
また、仏の生命を実感し、
認め、「自分の中にも、素晴らしい仏の生命が、
あるんだ!!」と、
確信する方法も、ない!

だから、それは、そのまま、
自分の周(まわ)りの人たち、環境、世界から、
仏界(ぶっかい)の心、すなわち、
平和の心、幸せの心を、引き出すことに、つながり、
世界を、幸せの方向に、
変えていくことに、つながっていく。

だから、ご本尊(ほんぞん)に、
南無妙法蓮華経を、となえるという
信仰を根本とした、
創価学会の活動は、
世界最高の平和活動なんだと、思う!

それを、客観的に見た、
世界の有識者たちは、
創価学会の活動を、絶賛し、
最高の尊敬と期待と希望をもって、
最大級の賞賛を、
創価学会に、あたえている・・・・!

・・・・・・・・・・・・・こころの向こうに、あるもの・・・・・・・・・・・・・


jewelju1jewelju1 at 06:35│映画 │

2011年08月13日

HN009


このまえ、ビデオで、
「ロング・エンゲージメント」という映画を、
見ました。
とても、いい映画でした。
戦争のシーンは、
あまりにも残酷(ざんこく)で悲惨(ひさん)でしたが、
戦争後のシーンに戻ると、
ウイットやユーモアも、のぞかせ、
それでいて、ひたむきな純な魅力(みりょく)が、
良く出ていました。

戦争で、マチルダの恋人、マネクは、
死んだと報告されるが、
マチルダは、それを、信じない!
ただただ、「マネクは、生きている!」という、
自分の直感(ちょっかん)だけを信じ、
からまった糸のような小さな手がかりを頼(たよ)りに、
愛するマネクの消息(しょうそく)を、追っていく!

そして、
マチルダの直感は、現実となり、
感動的なラストへと、向かっていく。
その姿を、へんにドラマチックにはせず、
等身大の人間として、
表現しているところが、すごく、良いと思った。

直感というものは、信念に似ている!
へたな願望のような、浅(あさ)はかな勘(かん)は、
あまり、当たることはないし、
また、そういう勘(かん)が、
人を幸せに導(みちび)くことは、少ない。

けれど、信念を、ともなった直感は、
時として、人を幸せに、みちびく。

人は、だいたいは、常識や理屈(りくつ)で、動くものだ。
けれど、時として、
常識や理屈では、違(ちが)っていても、
どうしても、こうするべきだ!という、
直感に、従(したが)うべき時もある。
また、常識や理屈では、そうすべきではないのに、
感情が、どうしてもこうしたい!という
強い信念を、ともなうこともある。
そういう時は、その直感に、従ったほうが、
成功する場合もある。

なぜ?そうしたか?と聞かれて、
「どうしても、そうしたかったからだ!」
と、答えるしかない時もある。

理屈を、とるべきか?
直感を、とるべきか?
その見極(みきわ)めが、たいへん難(むずか)しいと思う。

仏法(ぶっぽう)では、
その信念を、ともなった直感のことを、
「仏智(ぶっち)」という。
「仏(ほとけ)の知恵」という意味だ。
この仏智は、ヒラメキに似ていて、
理屈は、ともあれ、仏智(ぶっち)として、
ひらめいたとおりに行動すると、成功する。
成功するから、仏智なんだけれども・・。

ぼくが知っている創価学会の婦人に、
理屈は、すごく苦手だけれど、
直感が、すごく!鋭(するど)い人がいる。
その人は、こころに、ご本尊(ほんぞん)を、
いつも、抱(だ)きしめているような人だ。
(ご本尊とは、創価学会で、
 南無妙法蓮華経を、となえる対象として、
 信じている、祈りの対象です)
彼女は、理屈は、わからなくても、
「だって、私は、そうしたいんだもの!」
「だって、私は、そうしたほうが、
 いいと思うんだもの!」と、よく言う!
それで、常識から考えて、
とうてい無理(むり)だと思われるようなことを、
いつも、成功させている!
だから、ぼくは、
「そうして、良かったですね!」
としか、言えない。

すごい人だと、思う。

問題は、この仏智が、
どうやったら出てくるかだと思う。
はっきり言うと、
仏智は、南無妙法蓮華経を、となえないと、
出てこない!
南無妙法蓮華経は、自分の生命の中にある、
最高に素晴らしい、仏(ほとけ)の生命を
ひきだす、鍵(かぎ)に、似ている!
だから、南無妙法蓮華経を、となえることによって、
仏(ほとけ)の知恵を開くドアが開(あ)き、
ヒラメキが、出てくる!

創価学会員で、創造的(そうぞうてき)な仕事をしている人が、
創造上の壁(かべ)にぶつかった時に、
南無妙法蓮華経を、何時間も、となえて、
仏智であるヒラメキを、ひきだして、
何度も、何度も、壁を、乗り越えてきたという話しは、
よく、聞く。
ぼくも、どうしたらいいか、悩むときなどは、
南無妙法蓮華経を、たくさん、たくさん、
となえると、理屈ではなく、
絶対に、こうするべきだ!という、
直感と確信が、わいてきて、
はっきりと、進む道を、選ぶことができたことが、
たくさん、あった!
また、これからも、
そうしていくだろうと思う。

南無妙法蓮華経を、となえると、
未来の見えない道を、ある意味、
仏智として、自分に見えるようにしてくれる!
幸せになる道を、わからせてくれる!
それが、仏智(ぶっち)だと、思う。
すごいことだと思う。

・・・・・・・・・・・・・こころの向こうに、あるもの・・・・・・・・・・・・・

南無妙法蓮華経を、理屈で、
理解できる人は、いないと思う。

今日、話した仏智にしても、
南無妙法蓮華経の力の、
ほんのわずかな力(ちから)に、すぎないと思う。
南無妙法蓮華経の力は、
ほんとうに、すごすぎて、
とうてい、わからないと思う。

だから、結論として言えることは、
『南無妙法蓮華経は、信じるしかない!』
ということだ・・・・。

・・・・・・・・・・・・・こころの向こうに、あるもの・・・・・・・・・・・・・


jewelju1jewelju1 at 15:27│映画 │

2011年08月09日

HN188


映画館に、映画を見に行くと、
本編の前に、かなり長い、予告編を、
見ることになる。
その中で、前に、
ミニ映画みたいなのも、上映してくれた。
とても、かわいい短編映画だったので、
印象に、残っている。
題名は、たしか、
「シロウサとクロウサ」だった・・・・・・。

ある女の子が、ピアノが好きで、
毎日、練習するんですが、
なかなか、うまくならない。
それを見ていた、ぬいぐるみの、
「シロウサ」と「クロウサ」は、
なんとかしてあげたいと、
夜中に、魔法(まほう)を使って、
ピアノの格好をしたケーキを、作ります!

朝、女の子が起きてみると、
ピアノの格好(かっこう)をした、おいしそうなケーキが、
おいてあって、
そのケーキを食べた女の子は、元気になって、
上手にピアノが、弾(ひ)けるようになった!
という話しの映画です。

この話しの良いところは、
最後にシロウサとクロウサは、
魔法で、ピアノが弾けるようになったとは、
言わない!
女の子が、
「毎日、一生懸命(いっしょうけんめい)、
 ピアノの練習をしたから、
 上手に弾けるようになったんだね!」
と、ほめている。

そして、最後に字幕(じまく)で、
「この物語は、シロウサとクロウサが
作ったケーキを、食べると、
人間は、勇気が出るという物語でした!」
「あなたのもとにも、
シロウサとクロウサが、現(あらわ)れるかもしれませんね!」
と、いって、終わりになります。


シロウサとクロウサが、
ケーキを作ってくれて、
勇気が出たら、ほんとうに、いいですよね!
でも、実際には、
シロウサとクロウサが、ケーキを作ってくれて、
人間が勇気がでることは、ない・・・・。

よく、「勇気がある」とか「勇気がない」とか、
言うけど、
これは、ほんとうは、ウソだと思う。
ほんとうは、勇気がない人なんて、いない!
勇気を出す人と、出さない人がいるだけだ。
実際のところは、
勇気がないんじゃなくて、
勇気をだす『パワー』がない!というのが、
本当だと思う。

勇気を出すためには、パワーがいる!
じゃあ?その勇気を出すパワーを、
いったい、どうしたら、
つけることが、できるんだ?というのが、
一番の問題です!

人間が勇気を出すためのエネルギー、
その、ふくれ上がっていくような、
プラスのエネルギーのことを、
『生命力』って、いいます。

だから、この『生命力』が、
身体(からだ)と心の中に、たくさん、たくさん、あると、
勇気を出すことが、できます!

自分の身体に、自分の心に、
その『生命力』を、つけることが、できたら、
勇気が出るわけです。

身体に元気がない時は、
ご飯を食べれば、
身体の元気は、回復(かいふく)します。
こころに元気がないときは、
好きな音楽を聴(き)いたり、好きな映画をみたり、
本を読んだり、好きな人と、
遊んだりすると、こころは、元気になります!

でも、普通の生活の中で、
勇気などを出すための根本(こんぽん)のもの、
生命力を元気にするための、
具体的な方法は、ないんです!

そして、生命力を元気にするための、
唯一(ゆいいつ)の方法が、
『南無妙法蓮華経を、となえる!』
って、ことなんです。
そして、それと同時に、
仏法(ぶっぽう)の実践(じっせん)である、
創価学会の活動をすると、
生命力は、どんどん、元気になっていきます。

南無妙法蓮華経は、
車にガソリンを入れるようなものです。
南無妙法蓮華経を、たくさん、たくさん、
となえると、
生命力のガソリンが、たくさん、
蓄(たくわ)えられて、勇気が出てきます!
南無妙法蓮華経は、『勇気のもと!』みたいな、
ものなんです!
そして、南無妙法蓮華経のガソリンを、
生命にいっぱい、蓄(たくわ)えて、
仏法(ぶっぽう)の実践である創価学会の活動をすると、
生命力は、もっと、もっと、強くなって、
元気になっていくわけです。

残念(ざんねん)ですけれど、
これ以外には、生命力をつけ、
生命力を元気にする方法は、ありません!

・・・・・・・・・・・・・こころの向こうに、あるもの・・・・・・・・・・・・・

勇気のない人は、いない!
勇気の出し方を、知らないだけだ。

ぼくも、勇気のいるときは、
ご本尊(ほんぞん)に、南無妙法蓮華経を、
いっぱい、いっぱい、となえる!
南無妙法蓮華経を、たくさん、となえると、
勇気が出ることを、知っているからだ!

そして、ふくれ上がった生命力で、
勇気を、だしていく!
それが、南無妙法蓮華経を、となえると
いうことだと、思う!
勇気が、必要なときに、南無妙法蓮華経を、
となえる!
このことを知っているだけでも、
本当に幸せだと思う。

創価学会員は、そのことを知っている!
そのことを、実践している!
だから、負けない!! 強い!!
だから、創価学会の人たちは、
どんな苦難(くなん)があっても、幸せになっていける!

けれど、このことを知らない人は、
勇気を、ほんとうは、出さなければいけない時に、
途方(とほう)にくれてしまう場合も
あるかもしれない。

「勇気を出す」と「勇気を出さない」とでは、
人生に、天国と地獄くらい、
差(さ)が、出てきてしまうにも、かかわらず!!


そう考えると、南無妙法蓮華経を、となえるのと、
となえないとでは、
自分の人生と未来に、
天国と地獄くらい、差があるんだと、
深く深く、思う・・・・・・。

・・・・・・・・・・・・・こころの向こうに、あるもの・・・・・・・・・・・・・


jewelju1jewelju1 at 07:08│勇気 │

2011年08月05日

HN171


この前、創価学会の友達と、
喫茶店(きっさてん)で話しをしていたんだけど、
その友達は、喫茶店にいくのが、好きで、
よく、喫茶店にいくそうなんですが、
なじみの喫茶店に行っても、暇(ひま)で、
お客が、入っていないときも、
あります。

けれど、彼が、喫茶店に入ってくると、
そのあと、不思議(ふしぎ)と、
お客が、どんどん入ってくるそうなんです。
そういうことは、
経営者や店長が、いちばん良く、わかっていて、
「あなたが、お店に入ってくると、
不思議と、お客が、どんどん来るので、
もっと、ちょくちょく、店に来てくれ!」
と、言われるそうなんです!

それは、ぼくも、良く、わかって、
ぼくが知り合いのお店に、行っても、
そこの経営者から、
『あなたが来ると、そのあと、お客が来るんだ!
 だから、もっと、ちょくちょく、
 顔を出してくれ!』と、言われます。

まるで、福の神(ふくのかみ)みたいだけれど、
こういうのを、仏法(ぶっぽう)では、
その人に、そなわった
『福運(ふくうん)』と、言います。
人は、幸せの方に、寄(よ)って来るものです。
不幸な人のところに、わざわざ、
よってくることは、あんまり、ないと思います。

無意識のうちにも、
生命(こころ)で、幸せの香(かお)りを、
かぎつけて、なぜかしら、
その香りに、ひき付けられて、
人が集まってくる!
それが、生命に刻(きざ)まれた『福運』です。

問題は、
この福運を、どうやったら、
つけることが、できるかです。
この福運は、
どんなに、香水(こうすい)を付けても、
着飾(きかざ)っても、付いてきません!
この福運だけは、
残念ながら、
創価学会が実践(じっせん)している、
南無妙法蓮華経を、となえる仏法の信仰と、
仏法の実践に直結(ちょっけつ)した、
創価学会の活動でしか、ついてきません!

ご飯を、食べれば、身体は元気になります。
また、本を読んだり、映画を見たり、
テレビを見たりすれば、
知識は付くかもしれませんが、
生命自体を幸せにする『栄養』、
『福運(ふくうん)』は、決して、付いてきません!

みずからの生命に刻まれる福運は、
『南無妙法蓮華経を、となえる』ことと、
その仏法に直結した活動でしか、
つけることば、できません!

福運がないと、
どんなに努力しても、報(むく)われません!
また、福運がないと、
チャンスや、運を、つかむことができません!
『福運は、幸せを、つかむ根本なんです!』

その福運を付ける、
唯一(ゆいいつ)の方法が、
南無妙法蓮華経を、となえるという行動であり、
その仏法(ぶっぽう)に直結した、
創価学会の活動です!

・・・・・・・・・・・・・こころの向こうに、あるもの・・・・・・・・・・・・・

どんなに、才能があっても、
どんなに、地位や名誉(めいよ)や権力があっても、
福運が、なくなったら、
その人は、滅(ほろ)んでいきます。

福運がなくなることほど、
みじめなことは、ありません!
福運がなくなると、どんなに努力しても、
報(むく)われることは、決してないからです!


人は、幸せに向かって努力することは、
知っているけれど、
大切なことを、忘れている!
それは、自分の幸せを左右するのは、
『福運』だ!ということです。
その「福運」を付けることも、
福運を、つける方法も、知らない・・・!

幸せとは、福運と直結している!
福運を、つける唯一の方法である、
南無妙法蓮華経の仏法と、
その仏法と直結した、創価学会の活動でのみ、
人は、みずからの生命に、
福運を刻(きざ)むことが、できる。

これだけは、どうしようもない・・・。

そんなこと、あるものか!と言ってみたところで、
本当だから、しょうがない。

創価学会の南無妙法蓮華経をとなえる
仏法の信仰でしか、『福運』はつかないでしょう・・。

だから、
南無妙法蓮華経を、となえるという、
仏法(ぶっぽう)の信仰と、その仏法の活動に直結した、
創価学会の活動は、
福運をつける唯一(ゆいいつ)の方法であるがゆえに、
世界最高の平和活動となり、文化活動となり、
ひとりひとりを幸せにする、
最高最大の、幸福活動になるんだと思う・・・・・!

・・・・・・・・・・・・・こころの向こうに、あるもの・・・・・・・・・・・・・


jewelju1jewelju1 at 06:39│幸せ │

2011年08月01日

HN190


創価学会が、実践(じっせん)している、
南無妙法蓮華経を、となえる仏法(ぶっぽう)が、
スゴイことは、わかっています。
確固(かっこ)とした幸せを、つかみたかったら、
この南無妙法蓮華経の仏法しかない!ことも、
わかります!
けれど、なかなか、
この南無妙法蓮華経の仏法(ぶっぽう)を、
真剣に、真面目に、やってみようとは、
思えないのも、事実かもしれません。

人によって、この創価学会の信仰を、
真面目にやりはじめるきっかけは、
まちまちのようです。

だだ、どんな人でも、
真剣にやりだしたら、必ず結果がでる。
悩みが解決したり、
夢や希望をかなえていけたり、
必ず、幸せになっていけるのが、
創価学会の南無妙法蓮華経をとなえる
仏法(ぶっぽう)の信仰です。


ある壮年(そんねん)の方は、
こういうことが、きっかけで、
真面目に創価学会の信仰を、
やりだしたそうです・・・。

かなり、昔の話しでもあり、
あまり、科学的でないかもしれませんが、
ぼくが、その壮年の方から、
聞いたとおりに、話したいと思います。

その壮年の人は、
奥さんが、創価学会の信仰を熱心に
やっていたので、
結婚するときに、結婚する条件として、
創価学会に、入会したそうです。
だから、彼は、創価学会にも、仏法の信仰にも、
まったく、興味(きょうみ)がなく、
入会したのは、名ばかりで、
創価学会の活動も、信仰も、
まったく、やっていませんでした。

ところが、奥さんが、
胃がんに、かかってしまって
入院したそうです。
奥さんの癌(がん)は、
そうとう、進んでして、
末期に近い癌だったそうです!

奥さんは、絶対、癌(がん)を治(なお)そうと、
毎日、10時間くらい、
題目(南無妙法蓮華経)を、唱(とな)えたそうです。
それで、彼も、奥さんに、
なんとか、生きてほしいので、
真剣に題目(南無妙法蓮華経)を、
となえだしたそうです。

奥さんは、ほんとうは手術をしないで、
題目(南無妙法蓮華経)を、となえて、
癌(ガン)を治したかったらしいんですが、
たまたま、めったに手術を受けられない、
胃がんの権威(けんい)の名医(めいい)に、
手術を受けられるチャンスにめぐまれ、
手術を受けたそうです!

こういう話しは、よく聞くことですが、
南無妙法蓮華経を、真剣にとなえていくと、
普通だったから考えられない巡(めぐ)り合わせ、
ラッキーやチャンス、
出会いに恵(めぐ)まれることが、
多々(たた)、あるようです。

それで、その奥さんは、
ほんとうだったら、胃のほとんどの部分を、
切除(せづじょ)しなければならなかったんですが、
名医のおかげで、
胃を切除するのが、最低限ですんだそうです!

その時、彼は、
妻の切除された胃を、見せてもらったそうです。
それを見て、彼は驚(おどろ)いたそうです。
創価学会では、昔、よく、癌に、かかると、
『題目(南無妙法蓮華経)で、
がん細胞を、焼き切るんだ!』と言っていたそうです。
(ぼくは、聞いたことありませんので、
 本当か、どうかは、わかりません・・・)

彼は、そんなことは、信じていなかったんですが、
妻の切除された胃を見ると、
がん細胞が、マッチ棒(ぼう)の先のような、
黒い焼け焦(こ)げた跡(あと)みたいな点になって、
大半が、焼け死んでいたそうです!
それを、目の当たりに見て、
「南無妙法蓮華経が、がん細胞を、
 焼き切るというのは、ほんとうだったんだ!」
と、心から、認(みと)め、
それ以来、まじめに、
創価学会の活動と信仰をやるようになって、
今は、支部の幹部になっている!

という話しを、してくれました。

・・・・・・・・・・・・・こころの向こうに、あるもの・・・・・・・・・・・・・

ぼくは、医学のことは、わかりませんので、
「そんなのは、きっと、レーザーで
焼いたんじゃないのか!」
とか言われても、何と答えていいか、わかりません。

けれど、レーザーで焼いたというのが、
本当に正しいのかも、わかりません・・。

実際の自分の目で見た、
体験を語ってくれた壮年の方のほうが、
正しいのかもしれません・・。

また、かなり、昔のことでもあり、
胃がんを、レーザーで治療することが、
できたか?どうかも、ぼくには、わかりません。

また、その壮年が、変な、「まやかし」に、
だまされるような人間ではないことは、
わかっています。

だから、ぼくは、
素直(すなお)に、その壮年が言ったことを、
信じたいと、思っています。

ただ、言えることは、
この壮年と奥さんの話しに、かぎらず、
真剣に、創価学会の仏法(ぶっぽう)を、実践し、
必死に南無妙法蓮華経を、となえ続けたところ、
医者の方も、不思議(ふしぎ)がるんですが、
ガンが、消えてしまったという、話しは、
創価学会の中で、多々、聞くことがあります。

それは、事実です。

また、ガンに限らず、
まじめに、創価学会の活動と、
南無妙法蓮華経の仏法を実践している人を、
検査したところ、
普通だったら、治(なお)るはずがない難病なのに、
なんども、自然治癒(しぜんちゆ)した痕(あと)が、
残ってたという話しも、
聞いたことが、あります。

それらのことから考えるとき、
人間には、もともと、すごい生命力が、
あるんだと、思います。
その本来、人間が持っている、
すごい生命力を、引き出す力(ちから)が、
南無妙法蓮華経には、きっと、あるんだと思います!

だから、南無妙法蓮華経を、となえつづけると、
本来、人間の、もっている
素晴らしい力が、引き出される!

その結果として、病気にかかわらず、
南無妙法蓮華経を、となえることによって、
さまざまな悩みや、困難を、克服(こくふく)できたり、
さまざまな夢や希望を実現できたり、
できるんだと思います。

だから、きっと、
アンビリーバブルな話しではなく、
『本来、人間が持っている、
素晴らしい力(ちから)、無限の可能性を、引き出す!』
それが、
『南無妙法蓮華経を、となえる!』
と、いうことなんだと、思います・・・・。

・・・・・・・・・・・・・こころの向こうに、あるもの・・・・・・・・・・・・・


jewelju1jewelju1 at 06:37│病気 │