2012年07月

2012年07月28日

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先日、
フランスの話しを、
ちょこっと、したんですが、
それで、思い出しましたが、
少し前に、フランス革命(かくめい)を題材にした、
ディケンズの「ニ都物語」という小説を、
読みました。

ディケンズは、19世紀の作家なので、
古典の部類に入ると思います。

この小説では、最初、
フランスの貴族たちの圧制(あっせい)に苦しむ、
民衆の姿が、描かれている。
貴族たちに、まるで、
虫ケラのように扱(あつか)われ、
簡単に、殺されていく民衆たち!
しかも、平気で行われている殺人を、
訴(うった)える手段は、民衆たちには、ない!

ただ、動物のように、耐(た)え、
下を向いて、ぼろぼろになるまで、
働かされ、死んでいくしかない!
そして、貴族たちの、
放蕩(ほうとう)の生活は、続く。

そんな中、民衆たちの、
怒りと、復讐心(ふくしゅうしん)は、
水が、沸騰(ふっとう)するように、
沸騰点を越え、
燃え盛(さか)っていく!!
そして、有名なバスティーユ監獄(かんごく)の
襲撃(しゅうげき)へと、つながっていく。

そして、フランス革命は、なされ、
有名なギロチンが、登場する。
ギロチンは、「ラ・ギョティーヌ」と、
女性の名前で、呼ばれ、
貴族たちは、不正の有無を問わず、
殺されていった!

怒りと復讐心に燃えた、民衆たちは、
フランス革命と共に、
彼らを、凶暴(きょうぼう)な殺人者に、変えてしまった!
彼ら民衆たちは、
貴族たちが、裁判に召(め)しだされたなら、
判決の有無にかかわらず、
貴族たちを、平気で、なぶり殺した!
そんな殺人の祭りが、
昼夜、続く。
想像しただけでも、ゾッとする世界だ。
そして、復讐の象徴(しょうちょう)として、
「ラ・ギョティーヌ」(ギロチン)は、
貴族たちの血を、吸(す)いつづけ、
民衆の面前で、喝采(かっさい)とともに、
血の宴会(えんかい)は、続く。

貴族たちの、人間を人間とも思わない、
残酷(ざんこく)としか言えない、
あまりにも愚(おろ)かな圧制は、
民衆たちを、殺人を楽しむような、
狂気の鬼(おに)に、変えてしまった!
しかし、それでも、
民衆たちの怒りは、おさまらなかったに違(ちが)いない。

なぜ、ここまで、
民衆たちは、復讐の鬼神(きじん)と化(か)したのか?
民衆たちに、他の手段は、なかったのだろうか?
民衆たちの心に、ふくれあがった怒り、悲しみ、
憎しみは、おそらく、
こうでもしなかったら、鬱積(うっせき)して、
自分が、おかしくなっていたのかもしれない。
それほど、民衆たちの怒りは、大きかった。

ほかに、彼らにとって、
方法は、なかった!
それ以外、彼らの悲しみと怒りを、
おさえる方法は、無かったのだろう・・・。

なぜなら、そうする以外に、
彼ら民衆の心に、希望と安らぎと幸せを、
もたらす方法は、なかったと思うからです。

けれど、もし、
殺人という最も凶暴な手段に出なくても、
彼ら民衆の心に、希望と安らぎと、
幸せの勝利感を、もたらす方法があったとしたら、
彼らは、迷(まよ)わず、そちらを、
選んだに違いない!

なぜなら、殺人を犯(おか)さなくても、
彼ら民衆の心に、幸せが、もたらされるなら、
わざわざ、残酷(ざんこく)になって、
殺人を、犯す理由が、ないからです。


現代でも、似たようなことはある・・・。
問題は、最も凶暴な手段に出なくても、
民衆の心に、希望と安らぎと、
幸せの勝利感を、本当に!もたらす方法が、
現実に、存在(そんざい)するか?どうかだと思う・・・。

その殺人や戦争という、
もっとも残酷な手段に、訴えなくても、
民衆の一人一人の心(生命)に、
最高の幸せと、最高の希望、
最高の安らぎと勝利を、もたらす方法が、
実は、創価学会が、実践(じっせん)している、
南無妙法蓮華経の仏法(ぶっぽう)です!!!

・・・・・・・・・・・・・こころの向こうに、あるもの・・・・・・・・・・・・・

『無血革命!』

「ラ・ギョティーヌ」(ギロチン)という、
冷酷(れいこく)な女神を、引っ張り出さなくても、
民衆の一人一人の心に、
最強の幸せと希望、
一国の王のような勝利感を、
太陽のように、カクカクと、
燃え上がらせていけるのが、
南無妙法蓮華経の仏法(ぶっぽう)です。

南無妙法蓮華経を、となえていくと、
ひとりひとりが、
太陽のように、自立していく!

南無妙法蓮華経を、となえていくと、
その人の生命は、
人間の王者と、輝(かがや)いていく!

南無妙法蓮華経を、となえていくと、
自分の中に、
大いなる希望と大いなる力(ちから)が、
あることに目覚め(めざめ)、
自分自身で、自己と人生を、変革していける、
確信と歓喜(かんき)を、感じていける!!

そして、自己の宿命(しゅくめい)を変革し、
幸せを勝ち取っていける。

この生命の革命を、
創価学会では、『人間革命』と、いう!


この人間革命は、
世界中に、広がり、
世界192ヶ国の創価学会員が、
実践し、体験している!
そして、世界の創価学会員の心に、
ふくれあがった、希望の太陽は、
今も、輝きを増し続け、
世界を、大きく、照(て)らし出している!

それが、創価学会が、
世界中に広げている、幸せの革命、
無血革命なんだと思う。

そして、この人間革命の光が、
全世界を、覆(おお)い尽(つ)くす時、
冷酷の女神「ラ・ギョティーヌ」は、
「私の出番は、なくなった!!」
と、にっこり、微笑んで、
去(さ)っていくことでしょう・・・。

・・・・・・・・・・・・・こころの向こうに、あるもの・・・・・・・・・・・・・


jewelju1jewelju1 at 14:20│ │

2012年07月21日

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まえに、
フランスで、
性急(せいきゅう)に死を選ぶ10代の若者が増(ふ)え、
社会問題化しているという記事を
読んだことがありました。
日本でも、いじめによる子供たちの自殺が、
問題になっているけれど、
それとは少し違(ちが)う内容の記事でした。


英紙ガーディアンによると、
パリの南東イブリー・シュール・セーヌで、
二人の14歳の少女が放課後、
男友達の部屋がある17階の窓から、
手首を紐(ひも)で結んで
飛び降(お)り自殺した。

二人は別々の学校に通っていたが、
この日は、学校が終わった後、
男友達の家族が住む
アパートを訪(おとず)れていた。

二人は、アパートに着くと、
寝室の中に入り、
男友達と、もう1人の男性に、
呼ぶまで待つよう指示(しじ)した。
その際、少女たちから
「思いがけない事」を期待するようにと
告(つ)げられたという。

呼ばれた男性二人が寝室に入ると、
二人の少女は、寝室の窓に立っており、
すぐさま飛び降(お)りた。
「止める暇(ひま)がなかった」と
男友達の1人は言う。

1人の少女の遺体から
遺書(いしょ)と見られる紙切れが見つかった。
それには、ただ単に
「人生は、生きる価値(かち)がない」
との走り書きがあった。

不自由なく育った少女が
なぜ死を選んだのか。

他にも、フランスでは、
ドーバー海峡(かいきょう)に近い
港町カレイ近郊で
この事件と同様に、
14歳と15歳の少女が、
がけから飛び降りて、
自殺してしまったと、
書かれていました。


・・・・・・・・・
死ぬことに、
それほど、魅力(みりょく)があるのだろうか?
死ということが、
何か、素晴らしい門出(かどで)だとでも、
思っているのだろうか?

永遠の生命観(せいめいかん)から、言えば、
確かに、死は、新たな人生への、
出発と考えることも、可能です。

しかし、それは、
その人が、人間として、
生きて生きて、生き抜(ぬ)いた後で、
言える話しで、
一個の生命として、
生き抜くことを、拒否(きょひ)した人間の、
言えることではない!

自殺した少女は、言う。
「人生は、生きる価値がない」と。

そうではない。
生きる価値を、見つけることが、
できなかっただけだ。
ここに、大きな問題があると思う。

日本でも、そうだと思うけれど、
高校や大学、
あるいは、一流の会社に入るために、
さまざまな知識は、
教えてくれるけれど、
生きる価値について、
自分の生命が、かけがいのないものである!
ということは、
教えこまれていない・・・。

その人が、その人である!というだけで、
生きている、かけがいのない、
最高最大の価値が、ある!

そのことを、なかなか教えらない・・。
だから、子供たちの自殺が、
増(ふ)え続けるのかもしれない。

もうひとつ、問題がある!
かりに、生きる価値について、
教えたとしても、
それを、現実に感じることが、
できなかったら、
子供たちは、信じられず、
自殺するかも、しれない・・・。

ところが、この二つの問題を、
みごとに、解決した、
生命哲学(せいめいてつがく)が、
存在する!

生きる価値を、
自分の生命で、感じることのできる、
自らの、心と体で、
爆発(ばくはつ)させていける、
生命哲学が、存在する!!

それが、
創価学会が、実践(じっせん)している、
南無妙法蓮華経の仏法(ぶっぽう)です。

・・・・・・・・・・・・・こころの向こうに、あるもの・・・・・・・・・・・・・

『南無妙法蓮華経は、歓喜(かんき)の中の大歓喜なり!』
と、言う。

それは、南無妙法蓮華経が、
自分とは、いったい、何なのか?
なぜ、自分は、生まれてきたのか?
その生命の価値を、存在を、
一瞬のうちに、認識し、感じることのできる、
生命の究極(きゅうきょく)の法則(ほうそく)だからです。

南無妙法蓮華経は、
人間の生命の最高最大の価値を、
表現している。
だから、南無妙法蓮華経を、となえると、
自分の中にある、
生命の最高最大の価値が、
呼び起こされる!

呼び起こされた、自分の生命の中にある、
偉大(いだい)なる価値は、
みずからの生命で、その価値を、感じ、
認識(にんしき)し、
最大の歓喜を、味(あじ)わうことになる!

それが、創価学会が実践している、
南無妙法蓮華経の仏法(ぶっぽう)であり、
『南無妙法蓮華経』という、
秘法(ひほう)だと思う!!

だから、南無妙法蓮華経を、
となえると、
『歓喜の中の大歓喜!』という、
生きていく最大の価値を、
自らの生命で、
強烈(きょうれつ)に感じることが、できる!

南無妙法蓮華経を、
一ぺん(一回)でも、となえたら、
その人は、救(すく)われるとも、言う。
南無妙法蓮華経は、
それほど、スゴイということです。

だから、
フランスの自殺した少女たちが、
もし、創価学会を、知っていたら・・・
もし、南無妙法蓮華経を、知っていたら・・・
そして、一ぺん(一回)でも、
南無妙法蓮華経を、となえたならば、
99.9%!!
彼女たちは、
自殺を、踏(ふ)みとどまり、
生きる!ことを、選んだに違いない・・・・!

・・・・・・・・・・・・・こころの向こうに、あるもの・・・・・・・・・・・・・


jewelju1jewelju1 at 13:14│生命 │

2012年07月15日

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以前、インターネットを、
見ていたら、
「日本人の自負心(じふしん)は、世界最下位」
という記事が、のっていました。

これは、アメリカのイリノイ州の、
ブラッドリー大学のデイビッド・シュミット教授が
世界の53ヶ国を対象に、
個人の持つ自負心を調査(ちょうさ)した結果、
下(くだ)した結論だそうです。

これは、
シュミット教授チームが、調査対象者に
「ほかの人が、しているから自分も仕事をしている」、
「自分自らに対し肯定的(こうていてき)に考える」
などの質問に対し、
どれ位、同意または否定しているのかを
質問した後、
これを数値化した結果だそうです。

ちなみに、
自負心の強い国民は、
セルビア、チリ、イスラエル、ペルー、エストニア人の順で、
アメリカは、6位だそうです。

これは、確かに、そうかもしれない!
と、思わせるところが、ある。
たしかに、日本人は、
そういう傾向性(けいこうせい)が強い人種だと、思う。

では、自負心とは、なんだろう?
辞書で、ひくと、
『自負(じふ)』とは、
「自信をもち、自分を誇(ほこ)りとすること」だから、
自負心とは、
「自信を持ち、自分を誇る心」という意味となる。
ということは、
日本人は、世界で、いちばん、
自分に自信がなく、誇りがない、
ということに、なる。

どんなに経済が発展していても、
どんなに、裕福(ゆうふく)であろうと、
日本人の心は、逆に、乞食(こじき)のようだ?
と、いうことだろうか?

逆に、自負心が強い国民は、
セルビア、チリ、イスラエル、ペルー、エストニア人と、
経済的には、さほど、
裕福とは、言えないかもしれない。
けれど、心は、満(み)たされ、
日本人よりも、
はるかに、幸せなのかもしれない。

なにが、違(ちが)うのだろうか?
シュミット教授は、
自負心の高い人々の一般的な共通点は、
◆外交的で、
◆神経過敏指数(しんけいかびんしすう)が低く、
◆ロマンチックな性向を持ち、
◆ほとんどは天性的に、のんびりした性格、
と整理している。

ということは、
日本人は、
●内向的で、
●過大に、神経過敏(しんけいかびん)で、
●ロマンが無く、
●せかせかして、余裕(よゆう)がない性格
と、いうことだろうか?

そして、この記事では、
調査の結果を、
こう、結論づけている。

「心に余裕(よゆう)がなければ、
 自分自身に対し
 肯定的(こうていてき)な評価はできない。」

確かに、日本人は、忙(いそが)しい。
心に余裕がないように、見えるかもしれない。
けれど、
日本人には、日本人の良い所がある!!

それは、そうとして、
では、日本人に、なぜ?
余裕がないんだろうか?

それは、日本人は、
宗教性、哲学性(てつがくせい)が、
極度に、欠(か)けているからだと、思う。
宗教や哲学は、
人間の心、生命を、支(ささ)える、
大黒柱(だいこくばしら)だ!
けれど、日本人には、それがない!

だから、お金や財力、
物質に、頼(たよ)らないと、
自分の生命を、心を、
支えていくことが、できないからなのだろう。
だから、どうしても、
せわしなくなってくる!
どうしても、忙(いそが)しくなってくる!
そうしないと、生きている自分に、
価値(かち)を、見いだし、
満足を、見いだし、
自分を支(ささ)えて、生きることが、
できないからです。

ここに、日本人の心の狭(せま)さ、
心の浅(あさ)はかさ、
『お金はあっても、心は貧乏(びんぼう)!』
という、精神性が、
顕著(けんちょ)に、現(あらわ)れてくると思う。

宗教を、バカにする日本は、
逆に、世界に、
バカにされている!
ということだろうか?

宗教といっても、
カネだけを、せびる、
人を奴隷扱(どれいあつか)いする、
不幸になると、
わかりきった宗教では、ない。

確固(かっこ)とした、生命哲学を持った、
人間を、より人間らしくする、
人間の自尊心(じそんしん)と、誇りを、
大きく高めていく、
現実性と、精神性を、
完全に両立でき、
しかも、たえず、
生命を、高揚(こうよう)させゆく、
宗教のことです。

その、人間を、より人間らしくする、
己(おのれ)を、自分を、
一個の独立した人間として、
より大きく、より誇り高く、
より愛すべき人間として、
開花させている宗教が、
創価学会が、実践(じっせん)している、
『南無妙法蓮華経の仏法(ぶっぽう)』です。

だから、創価学会は、
デイビッド・シュミット教授の
自負心の調査結果を、逆転している!

だから、世界の心ある、
有識者たちは、言う。
『日本には、創価学会が、ある!』
『世界は、創価学会に学び、
 創価学会のリーダーシップに、
 着いて行くべきだ!』
『現在、現実的に世界を、救っていけるのは、
 創価学会の哲学(てつがく)によるしかない!』

と・・・・。

・・・・・・・・・・・・・こころの向こうに、あるもの・・・・・・・・・・・・・

仏法(ぶっぽう)では、
『あなた自身が、仏(ほとけ)だ!』という。

「あなたは、人間として、最高の尊厳(そんげん)と、
最大の誇りをもった、偉大な人間の王者だ!!」
という意味です。

だから、
創価学会の人たちが、
南無妙法蓮華経を、となえていく時、
自分の中から、最高の誇りと、
自負心が、わきあがってくる!
本来、自分は、
仏(ほとけ)(人間の王者)なのだから、
その本来、持っている自負心が、
南無妙法蓮華経を、となえることによって、
解(と)き放(はな)たれ、開花していく。
そして、
自分に対する最大の尊厳(そんげん)と希望を、
とりもどすことが、できる。

そして、その自分自身の中から
湧(わ)き上がってきた自負心は、
あらゆる面で好影響(こうえいきょう)をもたらし、
家族や職場、環境(かんきょう)を変え、
自分に、運や幸せをもたらす、
大きな力(ちから)となっていきます。

これは、理屈(りくつ)ではなく、
現実に、そうなっていく!


池田SGI(創価学会インターナショナル)会長に会った、
世界の超一流の識者や学者、政治家たちは、
言う。
『池田先生は、日本人らしからぬ人物だ!』
『本物の日本人に、会った!』
『なんという、偉大(いだい)なる個性だろう!』
と・・・。

それは、池田先生に、
愛すべき、かけがいのない、
人間としての、
最高最大の自負心を、
見いだしているんだと思う。

それが、現実に、できるのが、
創価学会であり、
現実に、ひとりひとりが、そうなっていけるのが、
創価学会が、実践している、
南無妙法蓮華経の仏法だと、思う・・・!

・・・・・・・・・・・・・こころの向こうに、あるもの・・・・・・・・・・・・・


jewelju1jewelju1 at 12:45│世界 │

2012年07月09日

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このまえ、ビデオで、
映画「スターウォーズ・エピソード3」を、
見ました。
友達に、スターウォーズが好きな人がいて、
その人の影響(えいきょう)か?、
なんだか見たくなりました。

内容は、なかなか、
おもしろかったと思いました。
ぼくは、スターウォーズには、
詳(くわ)しくないのですが、
スターウォーズ作品の中でも、
なかなか良いできではないのか?と思いました。

知っているかもしれませんが、
エピソード3では、
悪のヒーロー(?)ダース・ベイダーの、
誕生の秘密(ひみつ)が、明かされていきます。

ダース・ベイダーは、
元は、正義と平和を守る、
アナキンという、ジェダイの騎士(きし)でした。
しかも、超優秀で、数々の功績がある、
将来有望(ゆうぼう)な、素晴らしい騎士でした。

そんな素晴らしい人間が、
なぜ?
悪の闇(やみ)に、捕(と)らわれてしまい、
悪の権化(ごんげ)と、なってしまうのか?
その微妙なニュアンスが、
ストーリーに、面白(おもしろ)みを、
加えていました。

好青年アナキンは、
正義感の強い、善意あふれる青年だった。
けれど、最愛の母の死や、
さまざまな悲しみを、経(へ)て、
力(ちから)に対する欲求、また、失うことの恐怖を、
強く感じるようになってくる。
そして、最愛の妻が、
死ぬかもしれないという事態になり、
妻を失いたくない強烈(きょうれつ)な愛から、
なにものも及(およ)ばない力に対する欲求が、
増幅(ぞうふく)し、
やがて、悪に命を、売り渡していく!
それは、やがて、
最愛の妻の愛すらも、
失う結果になることも、気づかずに!


善(ぜん)と悪、
アナキンが、ダース・ベイダーになった
このストーリーは、
極端(きょくたん)かもしれないけれど、
これは、だれにでも、ありうる物語だと思う。

だれでも、
子供のころや、若い時代は、
みな、理想(りそう)を抱く好青年である場合が、
多い。
けれど、それは、時と共に、
消えうせ、
悪を甘んじて、許容(きょよう)している場合が、
多々、あるかもしれない。

理想を抱く好青年も、
悪に甘んじていく、悪(あ)しき大人も、
それは、同じ人間である。
もともと、この人は、悪で、
この人は、善だと、決まっているわけではない。

すべての人に、
どちらかになる可能性が、
秘(ひ)められている。
すなわち、善も悪も、
同じ自分の中に、ふくまれている!
と、いうことです。

善も悪も、自分の中にある!
問題は、そのどちらを抑(おさ)え、
どちらを、増幅し開花させていくかだと思う。
それによって、
その人の幸・不幸が、決まっていく。

しかも、それは、
最初は、アナキンのように、
ほんの些細(ささい)な、
小さな心の揺らぎ(ゆらぎ)による。

恐(こわ)いと言えば、恐いのが、人生だ。


よく、選挙になると、
議員たちが、毎日、
テレビを、にぎあわせる。

その議員たちを、見ていると、
自分が、
だれであるかも忘れてしまったような、
あさましい顔をした人間が、
何人も、見受(みう)けられた。

アナキンのように、
権力という魔性(ましょう)に、食い破(やぶ)られ、
悪に命を売り渡した形だろうか・・・。

だが、本人は、
それすら、わかっていないだろう。
ここに人間の愚(おろ)かさも、
浅はかさも、繊細(せんさい)さも、あると思う。

わからないのだ!
自分で。
自分が、どうなっているのか!

だが、
生命の立場から、考えれば、
悪には、幸せはない!
その生命には、一瞬も止(や)むことのない恐怖と、
絶望と、暗黒が、待っているだけだ。
一瞬(いっしゅん)の安らぎも、得られないだろう。


・・・・・・・・・・・・・こころの向こうに、あるもの・・・・・・・・・・・・・

だから、自分の生命を、
悪に食い破られては、いけない!!

そのためには、
自分に、確固たる支柱(しちゅう)が、必要だ。
たえず、自分で、善と悪の基準(きじゅん)を、
わからせてくれる、
完璧(かんぺき)な生命哲学が、必要だ。

その完璧な生命哲学(せいめいてつがく)が、
創価学会が、実践している、
南無妙法蓮華経の仏法(ぶっぽう)です。

南無妙法蓮華経は、
自分の生命の中の最高善を、
開花させる法則(ほうそく)であるがゆえに、
南無妙法蓮華経を、となえていくと、
たえず、自分の中から、
最高の、ベストの善性を、発揮(はっき)することが、
できるようになってくる!
これは、そのまま、人間としての勝利を、生み、
人生に幸せを、導(みちび)く。

創価学会が、
南無妙法蓮華経を、となえる対象としている、
『ご本尊(ほんぞん)』は、
自分の中の最高の善性、最高の自分、
最高に、素晴らしい自分を、
表現しきった、
自分の生命の象徴(しょうちょう)であるがゆえに、
そのご本尊に、南無妙法蓮華経を、となえる時、
ご本尊を、見ることによって、
たえず、自分の最高の善性を見ることになり、
善悪の基準を、
たえず、自分で、
見極(みきわ)めることが、できるようになってくる!

だから、直感的に、
悪を見抜(みぬ)き、
自分の生命を、悪に、食い破られることが、
なくなってくる!!

だから、創価学会の人は、
なんの教養(きょうよう)もない、おばちゃんであっても、
悪を、明確に見抜く目と感性を、
エセ教養人より、
はるかに、鋭(するど)く、持っている!

創価学会の実践(じっせん)する、
南無妙法蓮華経の仏法が、
人間を、より賢明(けんめい)に、より強く、
より、正しくしていく!!
と、いうことです。

それは、すなわち、
一生を通して、
最高の喜びと、最高の幸せと、
最高の勝利と満足を、もたらす結果となる。

ウソではなく、
それが、生命の本質(ほんしつ)です・・・・!


・・・・・・・・・・・・・こころの向こうに、あるもの・・・・・・・・・・・・・


jewelju1jewelju1 at 09:32│映画 │

2012年07月02日

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うちの会社に、
優秀な女性がいて、
立派(りっぱ)な婦人なんですが、
テレビとか、好きで、
情報網(じょうほうもう)が広くて、
芸人やら、アイドルやら、俳優やら、
いつも、だれかしら、
夢中(むちゅう)になっている芸能人がいて、
机やパソコンの回りに、
いっぱい、その人の写真を、
かざってあります。

当然、結婚もしていて、
なんの不満もないみたいですが、
やはり、好きなものは、好きなんでしょう。

お目当ての芸能人がでる番組があると、
録画して見ればいいのに、
夜中の3時でも4時でも、
わざわざ、起きていて、
一生懸命(いっしょうけんめい)、見ています。
しかも、ビデオも、
ちゃんと、撮(と)ってある!

わざわざ、起きてるな〜〜〜〜!!
と、思いますが、
それが、彼女にとって、
生活していく上で、
大きな活力(かつりょく)になっているのも、事実です。

何かしら、夢中になるものが、ないと、
人間は、生きていけない生き物なのかも、
しれません。
また、夢中になるものが、あったほうが、
人は、輝(かがや)いて見えるものです。

人から見たら、
その夢中になっていることは、
価値のないようにも見え、
無駄(むだ)に思えてしまうかもしれないけど、
決して無駄ではなく、
その人の、生きていく上での、
大きな活力になっている。

不思議(ふしぎ)と言えば、不思議です。
他人には、何の価値(かち)もない無駄なものであっても、
ある人にとっては、
かけがいのない大切な宝物になる!
それが、人間なのかもしれない!

極論(きょくろん)から言うと、
人間は、生きているだけで、
価値があるという。
だから、その人が、
そのことに夢中になり、熱中することは、
その人を、「生きさせる」「生きようとさせる」
ことになり、
それは、かけがいのない、
生命の宝物(たからもの)になるんだと思う。

人は、さまざまなものに、夢中になり、
さまざまなことを、好きになる。
それが、人間の個性であり、
その人を、形成する、かけがいのない、
生命の形と、なっていく。

けれど、
時として、自分が、熱中すること、
夢中になることが、人に不幸を、もたらし、
大きな災難(さいなん)を、もたらすことも、
多々ある。
そこが、人間の恐いところだ!
不倫(ふりん)をしたら、なにかしら、
まわりの人たちに、不幸を、もたらす!
さまざまな犯罪も、同じだと思う。
最低限、自分が夢中になること、
好きなことが、人や世界に、危害(きがい)を与えず、
好ましいことである必要がある。

逆に、
自分が、好きになったり、夢中になることが、
もし、自分だけでなく、
まわりの人たち、地域の人たち、
世界のために、ためになり、
世界に貢献(こうけん)できることであったなら、
もっと言うと、世界を幸せにすることに、
つながったのなら、
どれだけ幸せだろうと、思う。

もし、それができたなら、
自分の生きる価値は、
もっともっと、大きくなり、
自分の生命は、もっともっと、輝き、
生きる喜びは、もっともっと、
増大するはずだ。


実は、その根本命題を、
みごとに解決したのが、
創価学会が、実践(じっせん)している、
南無妙法蓮華経の仏法(ぶっぽう)です。

この南無妙法蓮華経の仏法は、
すべての人の個性を、否定しない!
すべての人の個性豊かな生き方を、
否定しない!
肯定(こうてい)して肯定して、肯定しぬく!
なぜならば、それが、完璧(かんぺき)に可能な、
生命哲学(せいめいてつがく)に、
立脚(りっきゃく)しているからです。

南無妙法蓮華経は、全宇宙のリズムであり、
法則(ほうそく)であるがゆえに、
南無妙法蓮華経を、となえていくと、
宇宙の法則、宇宙のリズムに、
完全に、合致(がっち)する!
それは、そのまま、
その人の生き方、その人そのものを、
宇宙のリズム、法則に、完全にマッチさせることになり、
その人の人生も、その人の生命も、
幸せのリズムに、のっていく!
一切が、幸せへと、転換(てんかん)されていく!

ゆえに、その人の個性や、趣味などが、
すべて、人々を、世界を、幸せにすることに、
不思議と、いかされてきてしまう!!!

これが、
南無妙法蓮華経を、となえる生き方です。

・・・・・・・・・・・・・こころの向こうに、あるもの・・・・・・・・・・・・・

「活(かつ)の法門(ほうもん)」という言葉が、ある。
どんな人であろうと、
どんな個性の、どんな生き方の人であろうと、
その人が、ご本尊(ほんぞん)に、
南無妙法蓮華経を、となえだした時から、
その人の生き様(いきざま)は、
今まで、自分にとって、
マイナスだと思ってきたことまで、すべて、
今まで、生きてきて、
何にも役(やく)に立っていないと思っていたことまで、
自分の生きてきた、生(お)い立ち、すべてが、
マイナスからプラスへと、
完全に逆転していく!!
自分の生きていること、すべてが、
自分の生命すべてが、完全に、生かされていく!
それが、妙(みょう)なる法(ほう)、
『南無妙法蓮華経』だと思う。

だから、どんな人であろうと、
ご本尊に、南無妙法蓮華経を、となえていくと、
自分の生活すべてが、
自分の趣味も、好きなことも、熱中することも、
すべてが、世界を、人々を、
幸せにするために、役立つようになってくる!
自分が、呼吸することすべてが、
世界を、人々を、幸せにしていく!!

だから、
自分の存在に、
大きな価値を感じるようになり、
強烈(きょうれつ)な生きがいを、感じるようになり、
心が、歓喜してきて、
生きていること自体が、
幸せで、幸せで、しょうがなくなってくる!

それが、創価学会の、
南無妙法蓮華経を、となえていく、生き方です。
こんなスゴイ生き方は、絶対にないし、
こんな幸せなことも、絶対にない!

だから、
南無妙法蓮華経を、となえていく生き方は、
歓喜(かんき)の中の大歓喜であり、
幸せの中の、最高の幸せであり、
生きるということから、言えば、
最高最大に、価値があり、
価値を感じる生きかただと、言える。

その最高の生き方を、実践しているから、
創価学会は、
世界192ヶ国に、広がっている・・・・!

・・・・・・・・・・・・・こころの向こうに、あるもの・・・・・・・・・・・・・


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