2012年10月

2012年10月30日

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●テーマ●
『創価学会(そうかがっかい)の魅力について』

ある学者が、
創価学会は、校舎(こうしゃ)なき人間大学だ!
と話していたので、
創価学会の魅力(みりょく)を、
そんな一回のブログくらいで、
言い表(あらわ)すことが、
できないのは、わかっています。

けれど、
なにごとも、話さないと伝(つた)わらないので、
思いつくままに、
話していきたいと、思います。

創価学会の魅力、
それは、人生においても、
人間としても、
最高の価値(かち)を
共有(きょうゆう)できる仲間たちと、
ともに、前進して、
生きていける喜びでは、
ないだろうか!

しかも、その最高の価値は、
人を選ばない。
子供であろうと、おばあちゃんであろうと、
大工であろうと、
科学者であろうと、
芸能人であろうと、
漁師であろうと、
とび職人であろうと、
大学の教授であろうと、
飲み屋の女性であろうと、
美容師だろうと、
看護士だろうと、
芸術家であろうと、
スポーツ選手であろうと、
すべての人間が、
その生きる価値を、共有している!

それを、感じて生きる喜びは、
おそらく、計(はか)り知れない!!
すべての人から、学び、
すべての人から、励(はげ)ましのエネルギーを受けて、
喜び勇(いさ)んで、歓喜して、生きる!

これが、
現実の中で、できるのが、
創価学会だと思う。

ほかでは、
絶対に無い世界が、
創価学会には、存在(そんざい)している。

たとえば、普通、一般的に、
子供は、同じ学年の人としか、
あまり、つながりや、会話がない。

ところが、創価学会では、
老若男女、入り乱(みだ)れているから、
その中で、子供たちは、
いろんな年齢の人たちと、
話しをしたり、触(ふ)れ合っていける!

これは、
子供の教育にとって、
大変に良い結果を、もたらす。
子供は、大きな視野(しや)を、もてるようになり、
心が、おおらかになり、
柔軟性(じゅうなんせい)のある、心やさしい人間へと、
成長していける。

その、なんの、かきねのない、
人間教育の場が、
創価学会だと思う。

ほんとうは、創価学会は、
幸せと希望と、勇気と勝利の、
あらゆるものを、もたらす、
生命のオアシスのようなところだけれど、
人間教育という観点(かんてん)からも、
人々に大きな効果(こうか)と成長をもたらす。


大げさに聞こえるかもしれませんが、
こんな素晴(すば)らしい世界は、
創価学会でしか、ない!
あんまり、素晴らしいので、
世間の人たちは、嫉妬(しっと)して、
悪口や、批判(ひはん)、デマを、並び立てる。

そのデマの根源は、嫉妬(しっと)です。
嫉妬する人間の話しを、信じては、
損(そん)を、します。

けれど、世間が、
どんなに、嫉妬し、
創価学会を、非難(ひなん)したとしても、
創価学会は、びくともせず、
どんどん、広がっている!

だって、
創価学会は、素晴らしいからだ!(笑・・)


池田先生(創価学会インターナショナル会長)が、

「創価学会は、
 幸せの安全地帯だよ!」

と、言っていましたが、
それは、まさしく、
その通りなんだと思う。


だから、創価学会は、
世界に、広がり続ける。


・・・・・・・・・・・・・こころの向こうに、あるもの・・・・・・・・・・・・・

ある創価学会の地区の幹部の人が、
「私は、中学しか出ていなくて、
文字を書くのが、苦手だったが、
地区部長を、やっていく中で、
文字を書くことも、だいぶ、
できるようになってきた!
創価学会の中で、
大きく、境涯(きょうがい)革命が、できた。」
と、言っていた。

創価学会には、
いろんな人がいる。
その一人一人が、
無限の価値を持って、
誇(ほこ)り高く、
存在していける場所が
創価学会には、ある。

一人一人が、
自分らしく、
自分の使命を自覚して、
輝(かがや)き、
境涯(きょうがい)を、開き、
幸せになっていける場所が、
必ず、ある!
その、幸せの安全地帯が、
創価学会です。

だから、
その創価学会の安全地帯を、
壊(こわ)そうとする人は、
絶対に、許さない!
どんな幹部であろうと、
ひとたび、創価学会を利用したり、
自分の私腹(しふく)を、こやすために、
学会を、使おうとしたら、
絶対に許(ゆる)さない!
そういう人は、
創価学会から、脱会させ、
永久に許さない!

それが、創価学会の、
幸せの安全地帯を、
守る方法だからです。


創価学会は、
生命においても、
人生においても、
太陽の当たる場所だと、思っていい!

創価学会の中で、
真面目に活動し、活躍(かつやく)する人には、
必ず、サンサンと輝く太陽が、
その人を、照(て)らしている。
すなわち、その人の生命は、
太陽の光を浴(あ)びて、輝き、
その人の生命は、幸せに、つつまれる。

すなわち、
その人は、
人間としても、
人生においても、
必ず、勝利し、
幸せになっていける!


『幸せになる・・・!』

これほどの魅力があるだろうか・・!

どんな人でも、
どんな悩みがあろうとも、
どんな夢や希望も持っている人でも、
どんな境遇(きょうぐう)にあろうとも、
必ず幸せになっていける。
必ず、悩みや困難を乗り越(こ)えて、
人生を勝利していける・・!


それが、
創価学会という場所であり、
創価学会の魅力だと、思う・・・・!


・・・・・・・・・・・・・こころの向こうに、あるもの・・・・・・・・・・・・・


jewelju1jewelju1 at 08:43│幸せ │

2012年10月25日

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●テーマ●
『南無妙法蓮華経の魅力について』

創価学会の人は、
仏法(ぶっぽう)の実践として、
日々、南無妙法蓮華経(なんみょうほうれんげきょう)を、
となえます。
自宅にいるときは、
ご本尊(ほんぞん)に、南無妙法蓮華経を、となえるし、
どこにいたとしても、
心の中や、さしつかえなければ、
小さな声で、南無妙法蓮華経を、
となえる場合も、あります。

創価学会の人が、
なぜ、南無妙法蓮華経を、となえるかというと、
南無妙法蓮華経に、
それだけの魅力(みりょく)が、あるからです!
ほんとうは、
魅力以上のスゴイ価値と力(ちから)が、
あるんだけれど、
それも、魅力として、考えていきたいと思います。

南無妙法蓮華経の魅力・・・!

南無妙法蓮華経は、
あまりにも、すごすぎて、
その魅力を、語るのは、
あまりにも、困難(こんなん)であることは、わかっています。

けれど、
語ってみる価値(かち)は、大いにあると思う。

南無妙法蓮華経の魅力は、
まず、『変わることが、できる!』
ということだろうか。
自分は、変わることができる!
いつ、どんな状況(じょうきょう)においても、
南無妙法蓮華経を、となえることによって、
必ず、変わることが、できる。

それは、どんな困難も、
乗り越(こ)えていくことが、できる!
ということであり、
また、努力しだいで、
どんな夢も、かなえていくことが、できる!
ということでもある。

一言で、いうと、
それが、南無妙法蓮華経だと、思う。
南無妙法蓮華経は、
宇宙を、動かしている大元(おおもと)のエネルギー、
生命を変化させる根本にあるもの、
宇宙の慈悲(じひ)そのものとも、言えようか・・。

難(むずか)しいことは、さておき、
南無妙法蓮華経は、
どんな時に、となえても、
どんな状況で、となえても、
どんな人が、となえても、
どんな環境(かんきょう)に住む人が、となえても、
すべての人に、大きな価値を、もたらす!

病気で苦しんでいる人には、
強い強い生命力となって、
病気を克服(こくふく)し、
蘇生(そせい)させるエネルギーとなる。
絶望に、覆(おお)い尽(つ)くされた心には、
希望と勇気を、もたらす。
人間関係で、悩んでいる人には、
人間を思いやる心、
人間性の開花を、その人に、もたらす。
貧乏(びんぽう)で、苦しんでいる人には、
南無妙法蓮華経は、
貧乏を克服(こくふく)する、強い生活エネルギーとなって、
現(あらわ)れてくる。
芸術家などが、アイデアに苦しんでいる時は、
南無妙法蓮華経は、
知恵となって、その人を、救っていく!

南無妙法蓮華経は、
生命を、変革するエネルギー!
生命を、幸せの方向に、根底から、
動かしていくエネルギーであり、法則(ほうそく)!
それが、
『南無妙法蓮華経』

だから、あらゆる人を、
幸せに変革(へんかく)してゆく結果となる。


科学にしろ、
哲学(てつがく)にしろ、
幸せに関して、難(むずか)しいことを、言う。
それが、実際、正しいとしても、
その理論を、認識(にんしき)できる人は、少ない。
また、科学や哲学が、正しくても、
それを、自分が幸せになるように、
実際(じっさい)に行える人は、少ない。
哲学などに関しては、
それを正しく行える人など、
ほとんど、いないかもしれない・・。

それに、科学にしろ、哲学にしろ、
政治にしろ、
優秀なエリートであるはずの人たちが、
ハレンチ事件を、起こしたり、
犯罪に走ったり、
国民や民衆を、見下(みくだ)し、だまし、
民衆に、大変な損害(そんがい)を、およぼすことも、
多すぎるくらい、ある。

すなわち、それらは、
人間を、本当には、幸せにしていない!
ということが、わかると思う。
もっと言うと、どんなに、優秀であったり、
権力や富(とみ)が、あったとしても、
彼らは、自分自身さえ、
コントロールし、変えることが、
できなかった!ということだと思う。

どんなに、
優秀であろうと、富が、あろうと、
自分が、なにかしらの困難に直面した時に、
それを、打開(だかい)する方法を、しらない。
自分自身、自分の生命の、悪(あく)や弱さに、
打ち勝つことが、できない!
ということてす。

だから、不幸は、起こる!

どんな人であっても、
不幸は、
『自分自身を、変えることが、できない!』
ことから、起こる!

だから、優秀な人であろうと、
富裕(ふゆう)な人であろうと、
権力が、どんなに、あろうと、
必ず、不幸は、つきまとう。

なぜなら、
自分を、自分の生命を、
変える方法を、しらないからだ!
ここに、人間が持つ、
真っ黒な暗黒(あんこく)が、存在する!

その暗黒に、光を、ともし、
太陽のように、サンサンと輝(かがや)かせるのが、
『南無妙法蓮華経』です!

南無妙法蓮華経は、
すべての人の中の暗黒を消す!
南無妙法蓮華経は、
すべての人の中の不幸という絶望を、
消し去る!

だから、創価学会は、
国籍(こくせき)も、環境も、学歴も、
まったく、関係なく、
小さな子供でも、
おばあちゃんや、おじいちゃんでも、
すべての人に幸せを、もたらす。
それは、すべての人の生命を、
どんな人であっても、
根底(こんてい)から、変えることが、できる!
と言うことです!

それを、ただ『南無妙法蓮華経を、となえる』
ということによって、
子供であっても、なんの学歴もない、
おばあちゃんであっても、
自分の生命で、感じ、
納得(なっとく)し、理解することが、
できるからです!

ひとことで、言うと、
どんな人でも、
『南無妙法蓮華経って、すごいんだよーーー!』
と、ただ、自分で、
『南無妙法蓮華経を、となえる』ことによって、
わかってしまう!

ここに、南無妙法蓮華経のスゴサが、ある!
これは、どんな優秀なエリートであろうと、
科学者であろうと、哲学者であろうと、
政治家であろうと、
決して、成(な)しとげることのできない偉業(いぎょう)です!

なぜなら、
すべての人間の生命を、変革し、
実際に、幸せにしてしまうのだから!

だから、子供であろうと、
おばあちゃんであろうと、
『南無妙法蓮華経って、スゴイんだよーー!』
と、言うことが、できる。
現実に、すべての人の生命に、
歓喜(かんき)と幸せを、もたらしてしまう!


ここに、南無妙法蓮華経のスゴサもあり、
創価学会のスゴサもある。


・・・・・・・・・・・・・こころの向こうに、あるもの・・・・・・・・・・・・・

南無妙法蓮華経は、すべての人の生命に、
歓喜と、幸せを、もたらす!

これは、科学者も、哲学者も、政治家も、
絶対に、できません!!!
生命の根底から、
これが、できるのは、
『南無妙法蓮華経を、となえる!』
ただ、これだけです!!

必ず、変われる!という希望、
必ず、変われる!という確信、
必ず、変われる!という幸せ、

だから、
『南無妙法蓮華経を、となえる』ということは、
他では、絶対に、手に入らない、
人生においても、自分の生命においても、
かけがいのない宝物と、なります。

だから、創価学会は、かけねなしに、
世界192ヶ国に、広がっている。
それは、どんな国の、どんな人であっても、
南無妙法蓮華経を、となえることによって、
生命が、変革してくるのが、
自分で、わかるからです。
南無妙法蓮華経を、となえれば、
南無妙法蓮華経の価値が、どんな人でも、
わかってしまうからです。

だから、日本と違(ちが)って、
宗教にうるさい、世界の人々にも、
創価学会は、受け入れられ、
南無妙法蓮華経は、
広がっている!


南無妙法蓮華経の魅力、

それは、南無妙法蓮華経が、
人間の生命を、変革できる、
生命の根底から、その人を、幸せにできる、
あるいは、人間を、
勝利に、幸せへと導(みちび)くことができる、
生命における、
唯一(ゆいいつ)の法則であることに、
ほかならないと思う・・・・!!


・・・・・・・・・・・・・こころの向こうに、あるもの・・・・・・・・・・・・・


jewelju1jewelju1 at 09:30│幸せ │

2012年10月20日

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●テーマ●
『ご本尊(ほんぞん)の魅力について』

ご本尊(ほんぞん)とは、
創価学会が、
南無妙法蓮華経を、となえる対象として、
祈り、信じている、
文字で、描かれた曼荼羅(まんだら)の
本尊(ほんぞん)です。

具体的に、ご本尊が、
何を、あらわしているかというと、
ご本尊は、仏(ほとけ)の生命そのものを、
あらわしたものであり、
また、自分の生命そのものを、
あらわしたものでもあります。

また、ご本尊は、全宇宙の生命を、
あらわしたものでもあり、
宇宙を変革しゆく
生命の力(ちから)、
宇宙の力(ちから)そのものを、
あらわしたものでもあります。


ともかく、
創価学会に入会している人は、
基本的に、
自分の家(部屋)に、
仏壇(ぶつだん)を置いて、その仏壇の中に、
『ご本尊』を、ご安置(あんち)してあります。

知らない人は、
仏壇が、ご本尊だと思っている人もいるみたいですが、
仏壇は、関係ありません。
仏壇が、大きかろうが、小さかろうが、
関係なくて、
大切なのは、その中に、納(おさ)められている、
紙に描かれている、『ご本尊』です。

また、若い人などで、
部屋に仏壇を、置くのは、ちょっと・・・と、
抵抗(ていこう)がある人のためには、
手の中に入っちゃうような、小さな、
『お守りご本尊』というのもあります。
これだと、ご本尊に、祈るときだけ、
ご本尊を、とりだして、
南無妙法蓮華経を、となえることが、
できるからです。

どちらにしろ、大切なのは、
祈る姿勢(しせい)であり、
自分が、ご本尊に、
南無妙法蓮華経を、となえようという、
気持ちです。


ご本尊が、あって、良いことは、
いつでも、ご本尊という話し相手が、
いるということかも、しれない・・・。
たとえ、一人で住んでいたとしても、
家に帰ると、
ご本尊を、擬人化(ぎじんか)して、
「ご本尊様、ただいま、帰りました!」 
とか、
家を出るときは、
「ご本尊様、行ってまいります!」
とか、
「ご本尊様、戦ってきます!」とか、
「ご本尊様、必ず、勝ってきます!」とか、
いつも、いつでも、
ご本尊と、対話が、できます!

くだらないことのようですが、
これは、本当は、素晴らしいことです。

まえに聞いた話しで、
社長の秘書(ひしょ)を、やっている女性がいた。
けれど、社長は、ほとんど、
出かけてしまって、
会社にいることは、あまりなかった。

そうすると、秘書の女性は、
いろいろな面で、大変、困(こま)ったりした。
社長に、いろいろ、聞きたいけれど、
社長が、いない!
そこで、その秘書の女性は、
良いアイデアを、考えた。

なんと彼女は、秘書室に、
社長の等身大の写真を、貼(は)り付けた。
そして、なにか困ったことや、
問題ごとがあると、
いつも、その社長の写真に、
「社長、どうしたら、いいですか?」
と、質問し、
あたかも、社長がいるように、思考して、
対策(たいさく)を考え、自分にできる手を、
打っていくようにした!

社長が、その等身大の写真を見たとき、
秘書に、聞いた。
「この私の写真は、大きすぎると思うんだが、
 どうだい?」
すると、秘書は、答えた。
「私には、いつも、問いかけに答えるくれる、
 等身大の社長が、必要なんです!」
と。

実際には、社長は、いないのに、
等身大の社長の写真が、貼(は)ってあるおかげて、
いつでも、社長がいるように、
秘書の女性は、振舞(ふるま)うことが、できた!

自分の行動を、吟味(ぎんみ)し、
選択し、最善の行動、最善の策(さく)を、
行うためには、
最高の対策を、うながしてくれる、
ナビゲーター的な存在が、必要となる!

それを、社長の等身大の写真が、
果(は)たしてくれたと、いうことです。

これは、すべての人に言えることです。
人生、悩みは、尽(つ)きない。
問題も、尽きない。
悲しい時も、苦しい時もある。
さまざまな困難が、降(ふ)りかかってきた時、
自分で、判断し、
自分で、対処(たいしょ)していかなくては、
ならない場合が多い。

この対応(たいおう)を、間違うと、
人生は、失敗してしまう。
しかも、あまりにも、悲しい時は、
あるいは、とてつもない困難(こんなん)が、
降りかかってきてしまうと、
自分を、支(ささ)えきれなくなって、
最善の対策、最善の行動が、できず、
最善の心構(こころがま)えで、いることが
困難なことは、多々ある!
また、それが、
人間なのかも、しれない。

そんな時・・・、
決して、間違(まちが)わない、
最善の対策と、最善の心構(こころがま)えと、
最高のアドバイスを、してくれる人が、
いつも、自分のそばに、いてくれたら、
どんなに、いいだろう!!
そんな素晴らしい人が、いつも、
自分のそばに、ついていてくれたら、
その人は、
決して、間違わないし、
勝利者になるだろう!

その、決して、間違わない、
最善の対策と、最善の心構えと、
最高のアドバイスを、
どんな時でも、与(あた)えてくれる、
自分自身の最高最大のパートナーが、
実は、『ご本尊(ほんぞん)』なんです!

『ご本尊』は、自分自身の鏡(かがみ)だと、いう。
しかも、ただの鏡では、なく、
最高の自分、最高に魅力(みりょく)のある自分、
最高の知恵と、最高の勇気と、
最高の愛情と、最高のやさしさと、
最大の強さを、有(ゆう)した、
最高最大の自分、
その分身(ぶんしん)が、実は、『ご本尊』です!

だから、『ご本尊』が、あると、
どんな時でも、
最高の知恵と勇気と愛情と強さをもった、
絶対に間違わない、
最強のパートナーを、
持ったことに、等(ひと)しくなる!

しかも、どんな時でも、
どんな状況(じょうきょう)でも、
その最強のパートナーと、
いつでも、心の中で、
対話できる!
だから、決して、間違わないし、
自暴自棄(じぼうじき)になったり、
我(われ)を忘れて、気持ちが動転(どうてん)してしまって、
とんでもない行動をしたり、
目の前が、真っ暗になり、
意気消沈(いきしょうちん)するようなことも、
なくなってくる。

だから、それだけでも、
『ご本尊』の価値(かち)は、
あまりにも、大きい!!


・・・・・・・・・・・・・こころの向こうに、あるもの・・・・・・・・・・・・・

『ご本尊』があると、
いつでも、
最高に素晴らしい自分の分身(ぶんしん)である、
『ご本尊』に、問いかけることによって、
本来の自分を、思い出し、
本当の自分だったら、どうするか?、
今、何をやったらいいのか?
冷静に見極(みきわ)め、
最善の行動、最善の対策を、
打っていくことが、できるようになっていく!

これは、スゴイと思う!!

それは、なぜか?

最高の自分、最高に魅力のある自分、
最高の知恵と、最高の勇気と、
最高の愛情と、最高のやさしさと、
最大の強さを、有(ゆう)した、
最高に素晴らしい自分を、
『ご本尊』という自分の分身の鏡を、通して、
いつでも、見ることができ、
最高に素晴らしい本当の自分を、
『ご本尊』を通して、たえず確認し、
自覚(じかく)し、絶えず、引き出し、
奮(ふる)い立たせることが、できるからです!

だから、間違わない!
だから、必ず、勝利できる!
だから、たとえ、
どんな悲しみ、どんな困難が、
降(ふ)りかかってきたとしても、
乗り越え、幸せになっていける!


一般的な現実の生活の中では、
この最高に素晴らしい自分と、
対話することは、不可能です。
それが、現実の生活のなかでは、
存在(そんざい)しないからです!

けれど、『ご本尊』があると、
自分自身の分身として、
最高に素晴らしい自分は、いつも、
存在している!

だから、いつでも、対話できる!
いつでも、相談できる!
いつでも、最高の自分から、
励(はげ)ましを、受けることが、できる!!

これは、確かに、スゴイことです!!
この人は、必ず、勝利できる!!
さきほどの、等身大の社長の写真を貼った、
秘書の話しからしても、
それは、うなずける!!

だから、『ご本尊が、ある!』ということは、
人生において、
最高最大の武器(ぶき)と、なりうる!!



ご本尊は、『幸せ製造器(せいぞうき)』とも、
『祈りとして叶(かな)わざるなし』
とも言う。

その、ご本尊の力(ちから)と可能性は、
あまりにも大きく、無限だから、
とても、計(はか)りしれたものでは、ありません。

だから、ご本尊の魅力を語りつくすことは、
不可能だけれど、
この、いつでも、最高の自分である、
『ご本尊』と対話できるということは、
人生に上で、
また、人間としても、
強力な支(ささ)えであり、
強力な武器であり、
幸せを、つかむ、
最高最大のパートナーを、得(え)たことになり、
こんなに、心強いことは、ない。

だから、
どんな時でも、
どんな状況でも、
『ご本尊』と、対話できる!!ということは、
『ご本尊』の素晴らしい魅力の一つであると、
言うことができる。

また、それが、
創価学会の人が、幸せになり、
勝利していける要因(よういん)の一つであることは、
間違いない・・・・・・!


・・・・・・・・・・・・・こころの向こうに、あるもの・・・・・・・・・・・・・


jewelju1jewelju1 at 12:06│日常 │

2012年10月16日

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この前、
ナポレオンの伝記を、読んでいたら、
こういう話しが、でていた。

ナポレオンが、ワーテルローの会戦に敗れ、
とうとう、イギリス軍に、とらわれ、
捕虜(ほりょ)として、船で、イギリスに向かう。

イギリスのプリマスの港(みなと)に、着いた時、
港には、20年間、世界を震撼(しんかん)させ、
イギリスに悪夢の苦しみを、味あわせた、
対敵『ナポレオン』を、見ようと、
群集で、あふれかえっていた。

ナポレオンは、見せ物になることを、
好まなかった。
船室の中で、じっとしていたが、
新鮮(しんせん)な空気を吸うために、
とうとう、船室を出て、
船尾の最高甲板(かんぱん)に、上る。

何千人の群集は、目を凝(こ)らした。
その有名な黒萌黄(くろもえぎ)の上着、
三角帽、短身、蒼白(そうはく)な顔、
全世界を、20年にわたって、
震撼(しんかん)させた巨人が、
翼(つばさ)を、もがれ、
爪(つめ)を、抜(ぬ)かれ、
単身、一個の武装なき人間として、
眼前に、立っている。

その姿の、リンとして、
敗戦失意の人に、
なんと、似ていないことか!!!

その瞬間に、説明しがたい事件が、起こった。
見渡すかぎりのイギリス人が、
船の上、陸の上、
一人も残らず、脱帽(だつぼう)したのだ。
だれの指図(さしず)ともなく、
いっせいに、脱帽したのだ。

それは、イギリスの民衆が、
この世界的天才児に、はらった、
本能的な敬意(けいい)で、あった!

人間は、人間を、知る。

イギリスの民衆は、
国籍を、超越(ちょうえつ)して、
闘争(とうそう)を、脱却(だっきゃく)して、
ただ、粛然(しゅくぜん)と、
稀世(きせい)の英雄児の、
魂(たましい)に向かって、
敬礼(けいれい)した。


スゴイと思う。
人間とは、ここまで、
偉大(いだい)になれるものかと、思う。
ナポレオンは、戦争で、敗れても、
『負けていなかった!』
そして、勝った。
武器もない。兵隊もいない。
ただ一つの誇(ほこ)り、
それは、『自分が、人間であること!』
そのことによって、
ナポレオンは、勝った。
運命に敗れたとしても、
ナポレオンは、
人間であることに、勝利していた。

『われ、人間なり!』
その生命の、ほとばしりが、
イギリスの民衆を、
敬礼(けいれい)させたんだと思う。


創価学会では、
「仏法(ぶっぽう)は、勝負」と、よく言う。
それは、人間としての勝負だ。
人生には、時として、
形勢(けいせい)が不利(ふり)なときも、ある。
風向きが、自分に向いていない時もある。
けれど、
それは、負けではない。
なぜなら、
本当の勝負は、『人間』だからだ!

だから、
創価学会では、
勝つということも、大切だけれど、
『負けない!』ことを、重視(じゅうし)する。
どんなことが、あっても負けない!
それは、人間としての、
不屈(ふくつ)の魂(たましい)だからです。


・・・・・・・・・・・・・こころの向こうに、あるもの・・・・・・・・・・・・・

イギリスの民衆を、敬礼(けいれい)させた、
ナポレオンの魂(たましい)・・。

それは・・・、
ぼくたちの中にも、あると思う。
人間として、もっとも、気高(けだか)く、
おおらかで、堂々とした、
最高の魂(たましい)。

それは、ナポレオンだけでなく、
すべての人間の中にある!

その人間の中で、
最も気高(けだか)く、偉大で、
素晴らしい、最高の生命。
人間として、最も強く、おおらかで、
なにものにも負けない、
どんな困難(こんなん)も打ち破(やぶ)っていける、
最強の生命・・・!

その生命のことを、
仏法(ぶっぽう)では、
『仏界(ぶっかい)』の生命という。
あるいは、仏(ほとけ)の生命という。

この仏界(ぶっかい)の生命は、
あなたの中にも、
ぼくの中にも、
すべての人の中にある!

実は、その『仏界の生命』を引き出すために、
どうしても、必要となってくるのが、
創価学会が実践(じっせん)している、
南無妙法蓮華経をとなえる、
仏法の信仰なんです。

この仏界の生命を引き出す、
唯一(ゆいいつ)の方法が、
創価学会の、
南無妙法蓮華経をとなえる仏法の信仰なんです。

残念ながら、
これだけは、
他の何をやってもダメです。
創価学会の南無妙法蓮華経をとなえる、
仏法(ぶっぽう)の信仰しかありません。

それが、
創価学会の南無妙法蓮華経の仏法です。

どういうことかというと、
その最も気高く、最も偉大で、
もっとも強く、素晴らしい、最高の生命。
その生命を、
『仏界の生命』と呼ぶのならば、
その仏界(ぶっかい)の生命の名前が、
実は、
創価学会の人たちが、日々、となえている、
『南無妙法蓮華経』なんです・・!

だから、ぼくたちが、
南無妙法蓮華経を、となえる時、
『南無妙法蓮華経』は、
最も気高く、最も偉大で、
もっとも強く素晴らしい、最高の生命の名前なので、
その生命の名前を呼ぶことによって、
本来、自分がもっている、
気高くて、偉大で、
もっとも素晴らしい最高の生命が、
目を覚(さ)まし、引き出される!

南無妙法蓮華経を、となえることによって、
自分の中から、
気高くて、偉大で、最高に素晴らしい生命が、
引き出されたならば、
当然(とうぜん)、その人は、負けない!!
ナポレオンのように!

その自分の中にある、
生命の力(ちから)によって、
どんな悩みも解決していけるし、
どんな困難も、乗り越(こ)えて、
夢や希望を、かなえていける・・!

そして、人生の中で、
必ず、勝利していける!!



創価学会の、南無妙法蓮華経を、
となえる仏法の信仰は、
ひとりひとりの心と生命に、
ナポレオンのような、『王者の心』を、
呼び覚(さ)まし、確立していくんです。

だから、負けない・・・!
だから、勝っていける・・・!

そして、その『王者の心』は、
やがて、あらゆる幸せを
引き寄(よ)せる結果となり、
その人に、勝利と幸せを、もたらし、
人間の王者として、輝(かがや)かせていく。


それは、あたかも・・、
イギリスの民衆が、
ナポレオンを見たときに、
人間として心から、彼に、
最敬礼を、したように・・・・!


・・・・・・・・・・・・・こころの向こうに、あるもの・・・・・・・・・・・・・


jewelju1jewelju1 at 00:10│ │

2012年10月09日

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調査によると、
週刊誌の報道(ほうどう)を信じている人は、
日本人の中でも、1%にも、満(み)たないそうです。

創価学会に対するデマ記事も、ひどかったですが、
その他、個人や団体に対するデマ記事も、ひどく、
ある週刊誌などは、デマ記事によって、
裁判に訴(うった)えられて敗訴した、賠償金(ばいしょうきん)は、
すでに、1億円を、超えているそうです。

それでも、デマを、やめようとしないのが、
そのような週刊誌の実情(じつじょう)なのかもしれない・・。


だいぶ前の話しだけれど、週刊誌に、
創価学会の池田先生(創価学会インターナショナル会長)が、
世界中の大学から、
博士号や名誉学位(めいよがくい)を、いただいているものだから、
(現在、世界で300以上の名誉学位を、いただいている)
韓国のテレビ番組で、
チュンチョン大学の学長が、
創価学会から、多額の寄付(きふ)を、もらったから、
名誉学位を、授与(じゅよ)したという証言をしたとする、
記事を、のせていたことがあった。

ところが、その韓国のテレビ番組というのが、
チュンチョン大学の学長が話している映像を、
都合(つごう)の良いように、ばらばらに切って、つなげた、
とんでもない報道だったそうです。
学長も、そんなことは、言っていないと、
激怒して、テレビ局に抗議(こうぎ)したそうです。

そんなテレビ番組をもとにして、つくられた、
日本の週刊誌の報道に、真実(しんじつ)があるわけがなく、
とんでもない、デマ報道だったと言える。
チュンチョン大学の学長は、
日本の週刊誌側にも、抗議の手紙を、
送っているそうです。

けれど、売れれば、
そんなことは、どうでいいと思っているのが、
そのような週刊誌の現状(げんじょう)なのでしょう。

すべては、金!
そうとしか、考えられない週刊誌の記事は、
もじどうり、週刊誌を書いている本人たちが、
金のことしか、考えられない、
あさましい人間であることの、
証明(しょうめい)となっている。

日本の、こういう週刊誌の売上げも、
徐々(じょじょ)に、減(へ)ってきていて、
衰退(すいたい)の道を、たどっているようです。


世間一般では、
悪を見て、見ぬふりをするのは、
善ではないけれど、悪ではないと、
考えられているようです。

けれど、仏法(ぶっぽう)の考え方は、違う!
悪を見て、「まあ、いいや」と
傍観(ぼうかん)するのは、
まぎれもなく『悪』であり、
『悪』の仲間である!と、説く。

『悪』を見て、見ぬふりをするのは、
一見、利口(りこう)そうに見えますが、
それは、あきらかに、
悪を、のさばらせ、
悪を増長(ぞうちょう)させる行為であり、
あきらかに、「悪を行う行為(こうい)」と、
言えます。

これが、日本の悪い部分の文化であり、
この悪(あ)しき文化が、
平気でデマを書くデマ雑誌を、
のさばらせてきたんだと思う。
また、それが、当然(とうぜん)のことだと、
平気で考えている人間も、いるようです。

悪を悪だと、叫(さけ)びきる!
たとえ、周(まわ)りから見たら、
かりに、みっともないように見えたとしても、
悪を悪だと、訴えることを、やめない!
徹底(てってい)して、悪を責(せ)めきる!
これを、やってきたのが、
創価学会です。

この創価学会の思想は、
目に見えないようだけれども、
日本の文化を、少しづつ、良くしている!
正義を正義だと、堂々と言っていける世界!
善(ぜん)が、栄(さか)える世界!
それを、実践してるのが、
創価学会だと、言えます。


・・・・・・・・・・・・・こころの向こうに、あるもの・・・・・・・・・・・・・

悪を責(せ)めきることは、
それ自体、最高の善(ぜん)に、つながる。
悪を責めることは、自分の悪を断(た)ち切り、
自分自身の善を、正義を、
より強く、輝(かがや)かせる!
それは、そのまま、
自分の幸せを、輝かせる!
自分の人生を、幸せにする!

悪を責めるとは、
実は、自分の人生を、幸せに変え、
自分の未来を、幸せに変える行為(こうい)です。
悪を責めれば、責めるほど、
自分の未来が、開けてくる。
なぜだか、悪を責めれば責めるほど、
自分の悩みは、解決し、
夢や希望が、かなっていく!

それは、悪を責めることが、
自分の中にある、悪(あ)しき生命、
自分の幸せになることを阻(はば)んでいる
元凶(げんきょう)となっているものを、
取り除(のぞ)く結果となり、
その結果、自分の生命は、輝き、
生命と人生が向上(こうじょう)していくと、いうことです。

その結果として、不思議(ふしぎ)だけれど、
悩みや問題が解決し、
夢や希望を、かなえていけるようになっていく。

実は、その、
究極(きゅうきょく)の法則(ほうそく)が、
創価学会の人たちが、日々、となえている、
『南無妙法蓮華経』なんです。

その幸せをもたらす、
不思議なる法則が、
南無妙法蓮華経の仏法(ぶっぽう)なんです。

南無妙法蓮華経とは、
宇宙の法則であり、生命の法則です。
だから、悪を責めることは、
宇宙の法則にも、生命の法則にも、
かなっている!ということです。

だから、悪を責めると、
宇宙の法則(生命の法則)からいっても、
その幸せになる法則にかなっているから、
急激(きゅうげき)に自分の人生が、
幸せに変わっていく。

仏法では、
『声、仏事(ぶつじ)をなす!』と、言います。
叫(さけ)ぶことを、やめない。
声を出すことを、やめない!
正しいことは、正しい!
間違(まちが)っていることは、間違っていると、叫びきる。

これが、仏事(ぶつじ)に、かなっている。
すなわち、人間として、
最高に幸せになる道に、つながっている。
人間として、最高の勝利者になり、
人間として、最高の幸せを、つかむ、
結果となっていく。

そのための鉄則(てっそく)が、
『声を出す』
真実を、話して話して、話しぬく!
そのことに、つながってくるんだと思う。


さきほども、話しましたが、
これは、たんなる理屈(りくつ)ではなく、
宇宙の法則であり、生命の法則だということです。

創価学会が、
どんなに迫害(はくがい)されても、
この大変な時代の中でも、
隆々(りゅうりゅう)たる発展を続け、
世界192ヶ国に、広がっているのは、
なぜか?


それは、創価学会が、
いつでも、
真実を、語ってきたからなのだろう・・・!


・・・・・・・・・・・・・こころの向こうに、あるもの・・・・・・・・・・・・・


jewelju1jewelju1 at 09:32│エッセイ │

2012年10月03日

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はっきり、おぼえていないけど、
横浜かどっかで、
大学の教授をやっている人がいて、
その教授が、
世界中で、木を植(う)える運動を、
しているそうです。

世界中を、まわって、
17万本以上の木を植えたそうなんですが、
インターネットで、
ボランティアで、一緒(いっしょ)に木を植えるツアーに、
参加する人を、募集したそうです。
そしたら、なんと、
3500人の人が、集まったそうです。
その中には、80才の老人の人もいたそうです。

木を植えるために、
わざわざ、お金を使って、
遠くの国まで、行くわけだから、
その80才の老人に、どうして?
そこまでして、このツアーに参加したのか、
聞いてみたそうです。

そしたら、その老人は、

「私は、人生で、人のために役(やく)に立つことを、
 やったことがなかったからです!」

と、答えたそうです。


以前、
国境(こっきょう)なき医師団・日本の会長だった、
臼井(うすい)律郎さんは、
アフガニスタン難民のための
ボランティア活動に初(はじ)めて参加し、
パキスタンのクエッタに行き、
そこで、医療(いりょう)活動をした時、
大きなショックを、受けたそうです。

日本のちゃんとした医療が、ととのった病院にいれは、
たとえば、ガンの手術だったら、
一週間に何回かの手術を、こなせば、
それで、十分である。
ところが、戦争や災害で、
危機(きき)状態にある地域に行って、
医療活動を、する場合は、
一日に、10件や20件の手術を、しなければならない。
もう、最初から、限界(げんかい)を超(こ)えている!
それでも、手術を、やっていかなければ、
追(お)いつかない。

臼井さんは、そんな中での、医師活動を、
半年、続け、日本に帰ったそうです。

設備(せつび)がととのった中での、
めぐませた病院での、仕事、
けれど、気が付いたら、また志願(しがん)して、
国境なき医師団に入り、
世界中を、過酷(かこく)な条件の中、
医療活動を、していたそうです。
そして、
国境なき医師団・日本の会長も、つとめた。

その臼井さんが、言っていました。
「もし、次の会長が決まり、
 会長職を、しりぞいたとしても、
 私は、すぐに志願して、
 世界の危機状態にある国に行って、
 医師活動を、始めるだろう!」
と。


どうしてだろう?
大変なのは、わかっているのに?
日本の立派な病院にいれば、
地位も名誉も、お金も、保証(ほしょう)されているのに、
どうして、それを選ばず、
もっとも大変な、過酷な条件での仕事を、
しようとするのだろうか?

きっと・・、
臼井さんは、はじめて、ボランティアで、
危機状態にある国に行った時、
知ってしまったんだと思う。
『人を救うことの価値(かち)を!』
・・・・・・・・

「人を救う!」
これ以上の生きがいは、ないし、
これ以上の幸せも、喜びも、ない!
自分が、生きている価値を、知ってしまった!

どんなに、お金を集めたところで、
どんなに、地位や名誉(めいよ)、権力があったとしても、
それ自体は、その人間の生命に、
なんの幸せも、もたらさない。
なんの充実感(じゅうじつかん)も、ない!
心の底では、はかなさが、残るだけだ。

だから、80才の老人は、
ボランティアで、木を植えようと思った。
人のために役に立つことを、やってこなかったから、
結局、自分に、何の価値も、
見出(みいだ)せなかったからなのでしょう。

これが、人間の本質(ほんしつ)では、ないだろうか?
幸せか、そうでないかは、
人のために生きたか、生きなかったか?
この部分でしか、はかることは、できない!
人間の幸せとは、
結局、人のために生きること、
人の役(やく)に立つこと、
これが、決定的な条件と言えるかもしれない。


生きる意味、
人の役に立つ!
人のために、生きる!
人々を、世界を、良くし、救っていくために、
生きる!!
この『最先端(さいせんたん)の生き方』を、しているのが、
実は、『創価学会』なんです!!


・・・・・・・・・・・・・こころの向こうに、あるもの・・・・・・・・・・・・・

善(ぜん)といっても、いろいろ、ある。
小さな善、中ぐらいの善、
大きな善、
その中で、最も大きな善、
最高に価値のある善の行動。
その、人の役(やく)に立つ、
人のために、生きる生き方の中で、
もっとも、価値のある、
もっとも、生きがいのある生き方、
「最高善」の生き方を、しているのが、
創価学会なんです。

なぜかというと、
創価学会が、実践(じっせん)している、
南無妙法蓮華経の仏法(ぶっぽう)は、
人の役に立つ、人のために生きれる、
人を、世界を救い、
一人一人を、幸せにできる、
世界最高の哲学(てつがく)だからです。

哲学といっても、
わからないかもしれませんが、
南無妙法蓮華経を、となえることは、
その人の中から、
幸福をもたらす、
最高の生命を、開花させるんです。

その「最高の生命」とは、
最高の幸せをもたらすものであり、
最高の平和をもたらすものであり、
最高の勝利を、もたらすものです。

南無妙法蓮華経を、となえることによって、
自分の中から、
最高の幸せ、最高の平和、
最高の勝利をもたらすエネルギーが、
湧(わ)き上がり、開花していく。

それは、人に伝(つた)わり、
地域、社会に広がり、
やがて、世界を、
平和に、幸せにすることに、
つながっていく。

南無妙法蓮華経をとなえることは、
幸せの力であり平和の力であり、
勝利の力である、
『最高の生命力』を、
その人の中から引(ひ)き出し、
開花させる。

それは結果として、
世の中に、世界に、
最高の幸せをもたらすことになっていき、
結局(けっきょく)のところ、
世界に最高の平和を、もたらすこととなる。

それが、
「南無妙法蓮華経を、となえる」
ということなんです。

もっとも、人を幸せにでき、
もっとも、世界を幸せに変えていける法則(ほうそく)、
世界を、人間を、
根底(こんてい)から救っていける法則であり、
力(ちから)であり、エネルギーが、
南無妙法蓮華経であり、
南無妙法蓮華経の仏法!!

その仏法(ぶっぽう)を実践している、
創価学会員は、おのずと、
世界最高の善、
世界最高の平和活動、
最先端の生き方である、
人の役に立つ、人のために生きる、
最高の生き方が、自然に、
だれでも、できるようになっていくんです。
だから、スゴイ!!


世界に木を植えに行くにしろ、
戦禍(せんか)や被災地で、医療活動をするにしても、
それが、できるのは、
ごく、かぎられた一部の人でしかない。
けれど、創価学会の平和活動は、
だれでも、できる!
今、自分のいる場所で、自分の立場で、
南無妙法蓮華経を、となえることによって、
最高の幸せの生命を、
自分の生命から、発信(はっしん)させて、
そこから、出発すればいい!
そこから、すべてを変えていく!
ここに、創価学会の平和活動が、
世界最高の平和活動である、
所以(ゆえん)が、ある!

だから、日々、
南無妙法蓮華経を、となえ、
人のために生き、
人々を幸せにしていくために生きる、
創価学会の生き方は、
自分の生命に、最高の喜びと、最高の充実(じゅうじつ)、
自分の生きている価値を、
心の底から発散(はっさん)しているような、
最高の幸せと満足を、
自分の生命すべてで、感じることが、できる!

それは、自分にとって、
最高の幸せであり、最高の生きる価値となる。
だから、その結果として、
それだけの価値と幸せを、発散している人間は、
物質的にも、精神的には、
結局は、最高の幸せをつかむことになり、
さまざまな夢や希望を、
かなえることが、できるようになってくる。

これが、
創価学会の生き方です。

こんな素晴らしい生き方は、
他には、絶対にない。


それが、できるのが、
創価学会が、実践している仏法(ぶっぽう)、
『南無妙法蓮華経を、となえる』ことを、
根底とした信仰です・・・!


・・・・・・・・・・・・・こころの向こうに、あるもの・・・・・・・・・・・・・


jewelju1jewelju1 at 19:34│幸せ │