2014年06月

2014年06月17日

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以前、聖教(せいきょう)新聞に、
『池田先生とフィリピン』という記事が、
のっていました。

池田先生(創価学会インターナショナル会長)という人間が、
とても良くわかる内容になっていたので、
その『池田先生とフィリピン』の
記事の抜粋(ばっすい)を、
そのまま、のせたいと思います。


・・・・・・・・・・

ヤシの木が茂(しげ)る
マニラのホテルの入り口。

「ようこそ!フィリピンへ」

玄関前で日本人客を迎(むか)えた
ジョイ・アルベスは、
流(りゅう)ちょうな日本語で頭を下げた。

従業員の彼女は、
名古屋大学に留学した経験が
買われている。

しかし、高級車から出てくる日本人は、
たいていアルベスには目もくれず、
さっさとロビーへと向かってしまう。

「これだから、日本人は・・・・・・・・」

最後の言葉は、ぐっと飲みこんだ。

ホテルは空港から15分。
客室から有名な
『マニラ湾の夕日』が一望(いちぼう)できる。

どうやら近々、
日本の宗教団体のトップが来るらしい。
アルベスは
「また失望(しつぼう)させられるのか」
と思ったが、
迎(むか)える側の地元メンバーの熱意に打たれ、
ともに準備に奔走(ほんそう)してきた。

1991年4月19日の午後11時過ぎ。
池田大作SGI(創価学会インターナショナル)会長を
乗せた車がホテルの入り口に止まった。
車から降(お)りた会長は、
アルベスに折(お)り目を正し、
深々(ふかぶか)とおじぎをした。

「うちの人が無理難題(むりなんだい)を言って、
困らせたんでしょ。
本当に、ありがとうございます。」

アルベスの小さな手を
両手で握(にぎ)りしめた。

隣(となり)に立っていた
ホテルのマネージャーに語りかける。

「彼女は本当に
陰(かげ)で良くやってくれたと
伺(うかが)っています。
日本から贈(おく)り物を持ってきたので、
渡(わた)してもいいですか」

マネージャーは驚(おどろ)いた様子を見せた後で、
にっこり微笑(ほほえ)んだ。


その深夜、アルベスは、
SGI(創価学会インターナショナル)のメンバーと
遅(おそ)い夕食を共(とも)にした。

「実は私、今まで、
日本人は傲慢(ごうまん)な人ばかりだと
思っていました。」

池田SGI会長から贈(おく)られた写真集に
視線(しせん)を落とすと、
大粒(おおつぶ)の涙をためた。


「でも、池田会長にお会いして、
日本人が好きになりました!」


・・・・・・・・・・・・・こころの向こうに、あるもの・・・・・・・・・・・・・

国立フィリピン大学。
フィリピンの最高学府(がくふ)で、
日本で言えば東京大学にあたろうか。
池田SGI会長に
「名誉法学博士号」を授与(じゅよ)している。

マニラ郊外(こうがい)のケソン市に、
メーンキャンパスが広がる同大学。
国花・サンパギータの
白い花が
咲(さ)き誇(ほこ)っていた。

1991年(平成3年)4月21日、
卒業式典(しきてん)の席上での
授与式(じゅよしき)だった。

壇上(だんじょう)のSGI会長は、
卒業生が前を通るたびに、
椅子(いす)から身を乗り出す。
拍手(はくしゅ)を送り呼びかける。

「よくやった!」
「勝ったね!」

日本語を解(かい)さない学生にも、
心は確実に伝わる。

前を通りすぎる時、
うれしそうな笑(え)みを浮(う)かべる。

ホセ・V・アブエバ総長(そうちょう)も、
穏(おだ)やかに見守った。

学生の列は、途切(とぎ)れなく続いた。
1時間が経過(けいか)すると
随行(ずいこう)メンバーは、
だんだん不安な顔になった。

常夏(とこなつ)の島。
気温は30度を超(こ)え、
じっとしても汗(あせ)が吹(ふ)き出る。
会場にクーラーはない。
扇風機(せんぷうき)だけである。

それでも、スーツの上に
ガウンをまとった池田SGI会長が、
身体(からだ)全体で
歓呼(かんこ)を送っている。

この直前に
経営学部で記念講演(こうえん)を
行ったばかり。

疲労(ひろう)はピークのはずだ。
体調は大丈夫(だいじょうぶ)なのか。
役員が香峰子夫人(かねこふじん/池田会長夫人)に
尋(たず)ねた。

「学生が、かわいくて、しかたがないんですよ。」

静かに微笑(ほほえ)んだ。

ようやくSGI会長の謝辞(しゃじ)になった。

用意した原稿(げんこう)を伏(ふ)せ、
話しはじめた。

「マニラを訪(おとず)れ、
私は思いました。

世界一、荘厳(そうごん)なる
旭日(きょくじつ)を仰(あお)ぎ、
世界一、尊厳(そんげん)なる夕日を望(のぞ)む
皆様の心もまた、
美しき宝の心であると!」

拍手(はくしゅ)が
一斉(いっせい)に沸(わ)き上がった。
鳴(な)りやまない。
この日、一番の大歓声である。
スタンディング・オペーションが
起こった。


2年後。
アブエバは授与式(じゅよしき)を振(ふ)り返り、
誇(ほこ)らしく語った。

「あの後、学生たちが

『池田会長のスピーチ原稿(げんこう)をください。
もう一度、心に刻(きざ)んでおきたい!』

とやって来ましたよ。
学生たちの伝説になっています。」


・・・・・・・・・・・・・
池田先生は、
今回、話したフィリピンの話しにかぎらず、
世界中いたるところで、
池田先生が出会った、
あらゆる人々に、
あたたかい感動と印象(いんしょう)を、
与(あたえ)え続けてきたんだと思う。


その、世界の人々の
評価と賞賛(しょうさん)の結果が、
名誉博士や名誉教授などの
350の名誉学術称号(めいよがくじゅつしょうごう)や、
750の名誉市民称号となって、
あらわれているんだと思う・・・。


・・・・・・・・・・・・・こころの向こうに、あるもの・・・・・・・・・・・・・


jewelju1jewelju1 at 09:08│世界 │

2014年06月09日

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すべての人は、
『仏法(ぶっぽう)』を、求(もと)めている。

けれど、仏法(ぶっぽう)というと、わからない。

人が望むもの・・ 、
人が、求めるもの・・。

それは、幸せであり、
希望であり、
安らぎであり、
調和(ちょうわ)である。

音楽にしても、映画にしても、
文学にしても、
さまざまな文化にしても、
人は、自分が感動し、気持ちよくなり、
心が安(やす)らかになるものを、
求めて、
それらの音楽や映画や、
スポーツや趣味によって、
それらの自分の人生にとって
プラスとなるもの・・。
すなわち、希望や調和、
勇気や挑戦する心を、高めようとする。

すなわち、それらは、
すべて生きる喜び、
幸せに向かうものであり、
それらの生きる喜びを求めて、
さまざまなことを、やっている。


では、音楽にしても、映画にしても、
文学にしても、さまざまな文化にしても、
それらは、いったい、
何を求めているんだろうか・・・?


それは、当然、幸せを求めている。

その表現の結果が、
感動であったり、
勇気であったり、
安らぎであったり
調和であったりする。

実は、それらの人々が求めている、
感動や安らぎ、希望や勇気、
調和とかいうものは、
『仏法のエッセンス』の一分(いちぶん)であり、
生きる喜びのすべてが、
『仏法(ぶっぽう)』の中にあるんです。

仏法とは、
生きる喜び、
幸せそのもののようなものです。

それを、無限に内包(ないほう)したもの、
喜びと幸せの、
大元(おおもと)の無限のエネルギーが、
『仏法(ぶっぽう)』です。

だから、さまざまな音楽にしても、
映画にしても、
文学や、さまざまな文化にしても、
生きる喜びという、
『仏法のエッセンス』の一部分(いちぶぶん)を求めて、
ちまなこになっている!
と言うこともできます。

それら、感動や勇気、
希望や調和、
安らぎなどの、
人間が幸せになるために、
欲(ほ)しくて欲しくて、しょうがないもの・・・。

実は、その、
人間が、本源的(ほんげんてき)に求めているものの、
本当の姿(すがた)であり、
究極(きゅうきょく)の幸せの姿が、
創価学会(そうかがっかい)が実践する
『南無妙法蓮華経の仏法(ぶっぽう)』なんです。

だから、本当は、
音楽にしても映画にしても
文学にしても、
あらゆる文化が、
究極的に求めているのは、
『仏法(ぶっぽう)』なんです。

はっきり言えば、
人間は、
仏法を求め、仏法に向かって、
模索(もさく)し、
それを、つかもうとしているんです。


ところが、『仏法(ぶっぽう)』と聞くと、
そっぽを向く。


まさか・・仏法が、
自分が求めているものだとは、
考えもつかないからです。


だから、人々は、必死で仏法を求め、
仏法を、つかもうとしているのに、
自分がつかもうとして模索(もさく)している幸せが、
まさか、仏法にあるとは、
考えられず、
結局、自分が欲(ほ)しがっている幸せを、
つかめず、
人生を終わってしまう。


それが、多くの人たちの、
人生だと言うことも、できます。


・・・・・・・・・・・・・こころの向こうに、あるもの・・・・・・・・・・・・・

だから、その『仏法』に対する
偏見(へんけん)を打ち破(やぶ)り、
創価学会の南無妙法蓮華経の仏法を求め、
実践(じっせん)していったとき、
自分のあらゆる悩みや問題が、
解決でき、
さまざまや希望や夢も、
かなえていけるようになっていく。

そして最終的に、
これ以上ない!と言える
幸せと勝利の、
最高に満足のいく人生を、
おくることができる!!


それが、すべての人が求めている、
創価学会の
南無妙法蓮華経をとなえる、
『仏法』です。


だから、ほんとうは、
すべての人が、
『仏法』を、求めている。

音楽にしろ、
映画にしろ、
文学にしろ、
さまざまな芸術にしろ文化にしても、
すべては『仏法』を目指(めざ)し、
仏法に近づこうと進んでいる。

人間のいとなみの、
すべては、
仏法に近づこう!仏法に近づこう!として
模索(もさく)している。


人間は、『仏法(ぶっぽう)』が、ほしいんです!!!

『仏法』を求(もと)めて求めて求め抜(ぬ)いているんです。


けれど、自分が求めている幸せが、
『仏法』であるとは、
まさか、気づかない・・・。


だから、自分が望む本当の幸せを、
つかめないまま、
人生を、終わってしまう。



だから、勇気を出してほしいと思う。



仏法は、そこにある・・!


過去の時代から、
あらゆる人が、求めて求めて、
欲(ほ)しがっていた最高の幸せは、
実は、創価学会の
南無妙法蓮華経(なんみょうほうれんげきょう)の
『仏法』の中に、
あるんです!


だから、この創価学会の
南無妙法蓮華経の仏法を、
つかんでほしい!!


なぜなら、
そこに、
すべての人が望む、
あなたが望む、
すべての幸せが、
あるからです・・・!


・・・・・・・・・・・・・こころの向こうに、あるもの・・・・・・・・・・・・・


jewelju1jewelju1 at 08:44│幸せ │