2014年08月

2014年08月27日

A70900


以前、
聖教(せいきょう)新聞に、
ブラジル文学アカデミーの
『アタイデ総裁(そうさい)』の話しが、
のっていました。

アタイデ総裁といっても、
知らないと思いますが、
アタイデ総裁は、ブラジルで、
1930、40年代、独裁(どくさい)を
真っ向(まっこう)から批判(ひはん)し、
3度の投獄(とうごく)、
3年間の国外追放(ついほう)に
耐(た)えた人物です。

70年間以上、ペンを振(ふ)るい、
発表したコラムは5万本。
テレビに20年、
ラジオには30年にわたって
毎週出演し、
人権擁護(じんけんようご)の
『声の弾丸(だんがん)』を
放(はな)ち続けた人です。


その名前は
『強靭(きょうじん)なリベラリスト(自由主義者)』
として、
ブラジルにおいては
伝統的な響(ひび)きを
持っているそうです。


そのアタイデ総裁が、
1959年から30年以上にわたって
率(ひき)いてきたのが、
南米最高の知性の殿堂(でんどう)、
『ブラジル文学アカデミー』です。

在外会員は、
トルストイ、
エミール・ゾラ、
アンドレ・マルロー
らの名が連(つら)なる。

そして、アタイデ総裁が
34年間で初めて
推薦(すいせん)したのが、
創価学会(そうかがっかい)インタナショナル会長である、
池田大作先生です。


アタイデ総裁は、言っている。


「私には池田会長の偉大(いだい)さがわかる。」

「民衆のために戦い、
苦しみ抜(ぬ)いた者にしか、
彼と、彼を支(ささ)える
香峯子婦人(池田会長婦人)
の心は分からない。」


「迫害(はくがい)を受けた者だけが、
池田会長の価値(かち)を知るのだ。」


さらに、アタイデ総裁は言う。

「一人の指導者が道を開けば、
皆がその後を
従(したが)うものです。」

「未来はひとりでに、
やってくるものではありません。
人間自身が切り開くものです。


その人間の一人が、池田大作氏です。」



そのアタイデ総裁が、
池田SGI(創価学会インタナショナル)会長と、
会見したのは、
1993年。

アタイデ総裁が94歳の時です。

その時の模様(もよう)が、
聖教新聞には、
記されていました。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

『言論(げんろん)の獅子(しし)』が、
そこにいた。

顔に刻(きざ)まれた深いしわ。
白く伸びた髪(かみ)。
何より、小さい体から
発散(はっさん)される威厳(いげん)は、
地走る者の王・ライオンを思わせた。

1993年の2月9日。
時間は午後9時。
ブラジル文学アカデミーのアタイデ総裁は、
貴賓室(きひんしつ)で
2時間も前から待っている。

リオデジャネイロのガレオン国際空港。
池田SGI(創価学会インタナショナル)会長が、
27年ぶりに、
このブラジルの古都(こと)に
降(お)り立とうとしていた。

総裁(そうさい)は94歳。
頭脳(ずのう)は明晰(めいせき)だが、
さすがに足腰(あしこし)は、
衰(おとろ)え、
ふだんは歩くのに、
2人に両脇(りょうわき)を
抱(かか)えてもらうことも、
たびたびであった。

ソファに座(すわ)る総裁に、
体調を心配(しんぱい)した
周囲(しゅうい)は、
別室で休んではどうかと勧(すす)めた。

だが、総裁は言った。

「私は、94年間も
池田会長を待っていたのです。
1時間や2時間は何ともありません。」


SGI会長を乗せた
旅客機(りょかっき)が着いた。

総裁はソファから身を起(お)こし、
ドアのほうへ、
一人で足を運(はこ)んだ。

扉(とびら)が開いた。

池田SGI会長が
両手を大きく広げて歩(あゆ)み寄(よ)り、
総裁の両腕(うで)を
下から支(ささ)えた。

「『世界の宝(たから)の人』です。
私が総裁のことを、
世界に、
永遠(えいえん)に残します!」


総裁は応(こた)えた。


「会いたい人にやっと会えました。
池田会長は、
この世紀(せいき)を
決定づけた人です。

戦いましょう。
2人で力を合わせ、
人類の歴史を変えましょう!」


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


ぼくが思うに、
映画やドラマ、
小説の世界ではなく、
現実の生身(なまみ)の人間が、
こういう会話を、
かわしていること自体(じたい)、
スゴイことだ!と
思いました・・。


・・・・・・・・・・・・・こころの向こうに、あるもの・・・・・・・・・・・・・

アタイデ総裁と
池田SGI会長の2人は、
対談集の発刊(はっかん)を目指して、
口述筆記(こうじゅつひっき)などを通して、
対話を続けることで
合意(ごうい)した。

だが、
総裁の体調(たいちょう)は
思わしくなかった。

総裁の秘書は、
率直(そっちょく)に

「口述筆記も、
タイプライターで原稿(げんこう)を打つことも
無理(むり)でしょう。

最近は笑(え)みを見せることも
ないのです。」

と話した。


93年6月、SGIのスタッフから、

「回復するまで、
いつまでかかってもお待ちします。」

との池田SGI会長の伝言が、
総裁に伝えられた。

じっと聞いていた総裁が、
ほほ笑(え)んだ。

「ありがとうございます。
私にはもう時間がありません。
すぐに始めましょう。

しゃべって、しゃべって、
しゃべり抜きます。

人類の未来のため、
21世紀のために
語り継(つ)ぎましょう!!」


口述はそれから、
毎週土曜日、
リオの総裁の自宅で行われた。

SGI会長の書簡(しょかん)での質問に、
総裁は毎回2時間、
思索(しさく)を重ねながら、
身じろぎもせず、
語り続けた。

SGI会長からは
毎回、
花束(はなたば)が届けられ、
総裁はいつもそれを、
応接間(おうせつま)の
純銀(じゅんぎん)の花瓶(かびん)に
飾(かざ)って、
眺めるのだった。


最後の「対談」は
8月21日。

テーマは
「人権の闘士・マンデラに学ぶ」
であった。

その6日後に、総裁は入院した。

「私には、
やらなければならない
大事な仕事がある。

早くここを出してください。
私は、池田会長との対談を
続けなければならないのだ。」


医師や看護士に
そう何度も訴(うった)えた。


総裁が逝去(せいきょ)したのは
93年9月13日。

SGI会長は悲報(ひほう)を聞き、
すぐさま弔電(ちょうでん)を送った。

10月には
文学アカデミーの強い要請(ようせい)により、
2人の出会いを描いた
油彩画(ゆさいが)
『アタイデ総裁』が、
同アカデミーに贈られている。

さらに息女(そくじょ)の、
ラウラさんと夫のシィッセロ・サンドローニさん、
子息(しそく)のロベルト・アタイデさんを、
池田SGI会長は翌年8月、
長野研修道場で
歓迎(かんげい)した。


「父が毎日、
使っていたペンです。
父の名前が刻(きざ)まれています。」


席上、ラウルさんから、
総裁の「武器」であった
金色のボールペンが、
池田SGI会長に渡された。

友情は、家族と、
アカデミーの後継者(こうけいしゃ)たちに
受け継(つ)がれたのである。


対談集「21世紀の人権を語る」は
95年に日本語版、
2000年にポルトガル語版が
発刊(はっかん)。

未来を見通(みとお)した総裁の
『遺言(ゆいごん』で、
語らいは結(むす)ばれた。


『池田会長の存在(そんざい)は、
人類の歴史に残り、
その運動は、
時代とともに、
広がりゆくことでしょう。

そして21世紀は、
新たなヒューマニズムが実現された時代として、
人類の歴史に、
深く刻(きざ)まれることになるでしょう。』


・・・・・・・・・・・・・こころの向こうに、あるもの・・・・・・・・・・・・・


jewelju1jewelju1 at 09:19│世界 │

2014年08月19日

A60300


時々、芸能界で、
覚醒剤(かくせいざい)の話題を聞く。

芸能界も、なにかと大変だと
思ってしまう。

悪いとわかっているのに、
何がいいんだろうと思ってしまう。

テンションを上げるためなのか、
生活の中で、
覚醒剤に頼(たよ)らなければならない状態に
なってしまうんだから、
やはり、
覚醒剤は恐(こわ)いと思う。

覚醒剤を使用していけば、
自分の身体(からだ)もボロボロになるし、
不幸になっていくのは、
わかりきったことなのに、
それでもなお、
マイナスの力(ちから)によって、
心のやすらぎや、
よりどころを、
求めようとするのだろうか?

ようするに、
そうしないといられないような
日々のプレッシャーやイライラ、
心の痛みや辛(つら)さがあるのだろうか?

覚醒剤に頼らざるえないほど、
人生に希望と幸せを、
見いだせないのだろうか?


人生からの逃避(とうひ)、
快楽(かいらく)、


やはり、覚醒剤に、
よりどころと、やすらぎを
求めてしまうのだろうか?



今は知らないけれど、
以前は、ジャズの音楽家たちの間でも、
覚醒剤が、多々、
使用されていたようだ。

詳(くわ)しいわけではないけれど、
ジャズという音楽は、
アドリブの部分が多く、
インスピレーションや高揚感(こうようかん)が、
求められるようだ。

そのインスピレーションや高揚感を得るために、
覚醒剤を多用した人も、
多いようだ。


けれど、そのジャスの世界で、
現代では、
『創価学会(そうかがっかい)』に入っている人が、
多い・・!!

それは、創価学会が、
麻薬(まやく)や覚醒剤のようだということでは、
まったく、ない!!

逆(ぎゃく)です。

覚醒剤が、精神におよぼす、
『マイナスの力』だとすると、
その数百倍、数千倍、数万倍の、
『プラスの力』が、
創価学会が実践(じっせん)している、
南無妙法蓮華経を、となえる、
仏法(ぶっぽう)の信仰だということです。


南無妙法蓮華経(なんみょうほうれんげきょう)は、
『歓喜(かんき)の中の大歓喜』
だという。

それは、
南無妙法蓮華経を、となえることによって、
自分の生命を歓喜させる!
ということです。

人間が持っている、
本源的(ほんげんてき)な生命の力、
その『プラスの力』を、
無限に呼び覚(さ)まし、
創造力(そうぞうりょく)を湧(わ)き上がらせ、
生命を高揚(こうよう)させていく・・!!

そして、その、
生命のプラスの力は、
自分だけでなく、
まわりの人々、
世界にも、伝わっていく。


それは、多くの音楽家が、
欲(ほ)しくて欲しくて、しょうがないものであり、
まさに、望んでいるものだと、思います。

南無妙法蓮華経をとなえることによって、
自分の生命を歓喜させ、
無限の創造力を駆(か)り立てていく。
そして、人々を幸せにしていける。

そういう力が湧(わ)き上がってくるのが、
『南無妙法蓮華経を、となえる』
ことだとも、言えます。


だから、ジャズの世界でも、
創価学会の人は多い。


世界的に有名なジャズ・ピアニストの
ハービー・ハンコック氏が、
創価学会に入会するきっかけになった話しは、
よく、知られていますので、
紹介したいと思います。

ハービー・ハンコック氏は、語っています。

『私に信心を教え、
SGI(創価学会インターナショナル)に
縁(えん)させてくれていたのは、
私のバンドでベースを弾(ひ)いていた、
バスター・ ウィリアムスさんでした。

ある公演で、
彼は驚(おどろ)くべき
ソロ演奏を披露(ひろう)し、
私たちを高揚(こうよう)させたのです。

演奏が終わると
大勢(おおぜい)の聴衆(ちょうしゅう)が
ステージに走り寄(よ)ってきました。

感動のあまり
泣(な)いている人もいました。

その衝撃(しょうげき)の公演が終わった後、
私は思わず
彼を楽屋(がくや)に連(つ)れていき、
尋(たず)ねたのです。


「君が、何か新しい哲学(てつがく)か
宗教を実践していると聞いている。

もし、それが、
こんな演奏を可能にするのなら、
それが何かを知りたいんだ。」

と。

バスターは、それについて
私に話す機会(きかい)が訪(おとず)れることを
祈っていたと言って、
『南無妙法蓮華経』の題目(だいもく)について
話し始めました。

彼は、それが『法(ほう)』であり、
宇宙の法則(ほうそく)であると
話してくれました。

私は彼の話しに
多くの希望が含(ふく)まれていることに
好感(こうかん)をもちました。

『南無妙法蓮華経』が何かは
分かりませんでしたが、
バスターは、
私が信じようが信じまいが、
南無妙法蓮華経には力(ちから)があり、
効果(こうか)があると
力説しました。

それで私は

「まだ信じてはいないが、
試(ため)すだけなら、
失(うしな)うものは何もない!」

と始めてみたのです。』

・・・
そして、現在にいたり、
何度もグラミー賞を受賞するなど、
大活躍(だいかつやく)しているわけです。


また、
同じく有名なジャズ・奏者である
ウェイン・ショーターさんも、
語っています。

ショーターさんは、
亡(な)き奥様のアナ・マリアさんから
創価学会の信心を教わったそうです。

ショーターさんは、語っています。

『彼女(ショーターの奥さん)は、
ハービー(ハービー・ハンコック)から、
この信心を紹介されました。

私は、彼女がどう行動するのかを
見ていました。

創価学会の
南無妙法蓮華経をとなえる信心を
実践して、しばらくすると、
彼女は別人のように変わりました。

私は非常に驚(おどろ)きました。
その時の気持ちは、
言葉では表(あらわ)せません。

そこで、私にも教えてほしいと
頼(たの)んだのです。』


ひとことで言うと、
これが創価学会の
南無妙法蓮華経をとなえる仏法(ぶっぽう)の
『プラスの力』だと思います。

だれもが、口にはしないけれど、
望んでいるもの。
生命の幸せへの変革(へんかく)、
人間性の開花、
幸せへと向かう生命の喜び、
心に感じる高揚感(こうようかん)と感動・・。

それらの
人間が本質的(ほんしつてき)に求めている
幸せへの欲求(よっきゅう)、
幸せでありたいとする人間性の開花が、
創価学会の
南無妙法蓮華経の仏法には、
ある!ということです。


そして、もうひとつ、
言いたいことは、
この創価学会の
南無妙法蓮華経をとなえる仏法の信仰が、
ただ単(たん)に、
生命を歓喜させ、高揚(こうよう)されると
いうことではなくて、
現実の人間を取り巻(ま)く、
さまざまな悩みや問題を解決でき、
人それぞれの夢や希望をかなえていく
大きな力(ちから)となっていく!
ということです。

そして、人生における、
どなん試練(しれん)や困難も
乗り越(こ)えていける、
大きな大きな力であり、
エネルギーでありパワーとなっていくと、
いうことです。

ゆえに、世界192ヶ国の、
創価学会の人たちが、
この南無妙法蓮華経をとなえる仏法の信仰によって、
現実に悩みを解決し、
夢や希望をかなえて、
大いなる喜びと感動をもって、
人生に挑戦している。

ウェイン・ショーターさんが、
妻が別人のように変わっていく姿に、
言葉では表せないほど驚いたように、
ハービー・ハンコックが、
強烈(きょうれつ)な衝撃(しょうげき)をおぼえたように、
人々をより良く変革し、
歓喜させ、
幸せにしていく。


それが、
人生も、人間性も、
未来も、生命も、
幸せに変革していける、
創価学会の南無妙法蓮華経をとなえる、
仏法の信仰だということです。


・・・・・・・・・・・・・こころの向こうに、あるもの・・・・・・・・・・・・・

不幸になるとわかりきっている、
麻薬や覚醒剤・・・。

そんなマイナスの力に頼らなくても、
心を、やすらがせ、
心を高揚(こうよう)させ、
すがすがしく歓喜させ、
世の中のどんな荒波(あらなみ)にも
負けない生命力を、わき上がらせて、
生き生きと生きていく方法がある!

どんな苦難も、悩みも、
障壁(しょうへき)もストレスも、
乗り越え、
勝っていける方法がある!!


それが、南無妙法蓮華経をとなえる、
仏法(ぷっぽう)の信仰です。


生命を蘇生(そせい)させる力!
生命を歓喜させる力!
傷(きず)ついた精神や生命を復活させる力!
日々の生活を、清々(すがすが)しく、
前向きに挑戦していける力!!

覚醒剤(かくせいざい)が、マイナスの力ならば、
南無妙法蓮華経の仏法は、
究極のプラスの力です。

その無限のプラスの力によって 、
生命を元気にし、
歓喜させ、
幸せになっていくんです!!

当然、それは、違法(いほう)でもなんでもない。
『南無妙法蓮華経を、となえる』という
日々の行動によって、
自分の中から最高の生命力を、わき上がらせ、
生命と心を蘇生(そせい)させ、歓喜させ、
輝(かがや)かせる。


その、
究極の、
無限の、
『プラスの力』が、
創価学会が実践している、
南無妙法蓮華経をとなえる、
仏法(ぶっぽう)の信仰だと、
いうことです・・・。


・・・・・・・・・・・・・こころの向こうに、あるもの・・・・・・・・・・・・・


jewelju1jewelju1 at 09:24│悩み │

2014年08月06日

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ある婦人がいました。

彼女は優秀な女性で、
「私ほど、親孝行してきた人は、いない!」
と自負(じふ)していた。

そんな彼女の母親が倒(たお)れ、
介護(かいご)が必要になった。

親孝行な彼女は、
献身(けんしん)的に介護に、
取り組んでいった。

けれど、日々の介護の中で、
精神的にも肉体的にも、
疲(つか)れてきて、
今まで、
「これほど親孝行をしてきた人は、いない!」
と自負してきた自分に、
親に対して、
醜(みにく)い心、
「死んでくれればいいのに・・」とか、
すさんだ心が、
出てくるのを感じた。


そんな中、
自分を見失(みうしな)わないために、
毎日の犬の散歩だけは、
続けようと思っていた。

そして、ある時、
犬の散歩をしているとき、
聖教新聞(せいきょうしんぶん)が、
「ご自由に、お取りください!」
と書いて、
カゴに入って
置(お)いてあるのを見つけた。

どんなことが、書いてあるんだろうと、
ふと、思い、
手にして読んでみた。

最初、目に付(つ)いたのは、
一面に出ている、
世界中の創価学会(そうかがっかい)の人たちの
笑顔あふれる写真だった。

「なんて!清々(すがすが)しい笑顔なんだろう・・!」

と思い、
他の記事なども、
読んでみたりした。


そこには、
希望あふれる言葉が、
満(み)ちていた。

そこには、
日々の介護の中で、
自分のすさんでいく心を、
取り戻(もど)してくれるものが、
あった・・!

とくに、
池田先生(創価学会インターナショナル会長)の
メッセージや随筆(ずいひつ)の中には、
自分を勇気づけ、
励(はげ)ましてくれる言葉が、
あふれていた。

そして、
「ご自由に、お読みください!」
と書かれて置いてある聖教新聞を、
読むのが日課(にっか)になっていった。


犬を散歩させるためというより、
聖教新聞を読むために、
外に出るようになった。


そして、自分も創価学会に入りたい!
と思うようになり、
とうとう、その外の壁(かべ)に
聖教新聞が置いてある家のドアをたたき、
自分から、
創価学会に入った!!


・・・・・・・・・・・・・こころの向こうに、あるもの・・・・・・・・・・・・・

聖教新聞には、
創価学会には、
乾(かわ)いた心を、
うるおしてくれるものが、ある!!

さまざまな苦難の中、
すさんでいく心を、
取り戻(もど)してくれるものが、
ある!

それは、
自分の生命を蘇生(そせい)させる!
ということです。

自分の人生に、
希望を呼(よ)び戻(もど)し、
幸せにしていける力(ちから)がある!!!
ということです。


生命を蘇生(そせい)させる・・・。


それが、どれだけ、
スゴイことか!!

それが、どれだけ、
大切なことか!!

それが、どれだけ、
必要とされているか・・。


人は、蘇生を求めている。

こころの蘇生・・、
生命の蘇生・・、
希望の蘇生・・、
人生の蘇生・・、

そして、幸せの蘇生・・!!

それをもたらす場所が、
創価学会だということです。


また、創価学会がもたらすものは、
単なる癒(いや)しというよりも、
人生に挑戦し、
勝っていける、
根底(こんてい)のエネルギーとなるものです。

どんな苦難があったとしても、
負けない、
どんな試練(しれん)も乗り越(こ)え、
勝って、
幸せをつかんでいけるものです。

それは、
最高の歓喜(かんき)となって、
その人の生命と人生を、
飾(かざ)っていく。

そして、これ以上ない、
満足と幸せとなって、
その人を、笑顔でつつんでいく。

だから、今日、紹介した婦人が、
聖教新聞を見たときに、
「なんて!清々(すがすが)しい笑顔なんだろう・・!」
と思うような笑顔になっていく。



だれでも、苦難や悩みが、
ないわけではない。

また、大きな壁(かべ)に、
夢や希望が打ち砕(くだ)かれるような
思いをすることもあるでしょう。

けれど、その、
どうしても解決しなかった悩みや問題を、
解決していける力(ちから)が、
創価学会の仏法(ぶっぽう)の信仰にはあり、
また、壁(かべ)のように思える夢や希望も、
かなえていける、大きな大きな力が、
創価学会の、
南無妙法蓮華経をとなえる、
仏法の信仰には、ある!!
ということです。

だから、明るいんです。
だから、希望があるんです。
だから、清々しい笑顔が、できんるんです。


創価学会は、
希望と幸せのオアシスなんです!!
また、現実に、
人生と生命を、幸せにしていける、
これ以上のオアシスは、ないでしょう!


今日、紹介した婦人は、
その希望と幸せのオアシスに
魅了(みりょう)されて、
創価学会に入ったんだと思う。


そして、それが、
創価学会が実践(じっせん)する、
南無妙法蓮華経をとなえる、
仏法(ぶっぽう)の信仰であり、
創価学会という、
真実の幸せに向かって、
まっすぐに進んでいける場所であり、
また、その紙面が、
聖教新聞には、あるということです・・。


・・・・・・・・・・・・・こころの向こうに、あるもの・・・・・・・・・・・・・


jewelju1jewelju1 at 08:57│こころ │