2014年09月

2014年09月30日

A32100


先日、
ブログのコメントで、
創価学会の南無妙法蓮華経と、
身延(みのぶ)の日蓮宗や
立正佼成会(りっしょうこうせいかい)の
南無妙法蓮華経との違(ちが)いについて
質問された話しをしましたが、
同じ方から、
創価学会と日蓮正宗との違いについて、
質問されたこともあります。

日蓮正宗(にちれんしょうしゅう)というのは、
創価学会が昔、守り、
外護(げご)していた宗派で、
日蓮大聖人(にちれんだいしょうにん)の
南無妙法蓮華経の仏法(ぶっぽう)を、
純粋(じゅんすい)に受け継(つ)ぎ広めるために、
創価学会が、
大変に発展させてあげたところですが、
今は、創価学会とは
完全に別(わか)れ、
創価学会では、
日顕宗(にっけんしゅう)と呼んでいます。

はっきり言えば、
創価学会(そうかがっかい)が
日顕宗と呼んでいる日蓮正宗は、
創価学会が呼び名を変えたように、
とても、
日蓮正宗と言えるようなしろものでは、
ありません。

正宗とか言うと聞こえはいいですが、
魔性(ましょう)に食い破(やぶ)られ、
とらわれた、
毒蛇(どくへび)のような存在です。


悪そのものと言ってもいいでしょう。


昔、創価学会が、
どれだけ正宗を守り外護(げご)し、
発展させてあげたか。

その恩(おん)は、
計(はか)り知れないはずですが、
その恩を仇(あだ)で返すような、
畜生(ちくしょう)以下のやからです。


彼らは、創価学会員を、
金になる奴隷(どれい)のようにしか
考えられなかった。

そして、自分たちの
私腹(しふく)が肥(こ)えると、
もういいと、かってに、
創価学会を破門(はもん)してきた。

当時の日蓮正宗のトップだった
日顕(にっけん)という男は、
創価学会のインターナショナル会長である
池田先生への、
人々の尊敬と賞賛が、
憎(にく)くて憎くてしょうがなかった。

そしていつか、
あいつらの首を切ってやろうと
機(き)をうかがい、
池田先生と創価学会を
破門(はもん)してきた。

そうすれば、
創価学会の半分の人は、
日蓮正宗側につき、
それだけの信徒がいれば、
遊蕩三昧(ゆうとうざんまい)、
遊んでくらせると考えたからです。

けれど、
創価学会員は、ばかではないので、
日蓮正宗側につくものは、
ほとんどいなかった。

そして、正宗は、
没落(ぼつらく)の一途(いっと)をたどり、
逆に創価学会は、
毒蛇(どくへび)のような、
梅毒(ばいどく)のような、
正宗との縁(えん)が切れたおかげで、
世界宗教として
自由自在に活動できるようになり、
世界が賞賛(しょうさん)し期待し、
世界192カ国に広がる
創価学会へと飛翔(ひしょう)していった。


なるべくしてなったと言うか、
日蓮正宗と切れて、
本当に良かった。

もし正宗が引っ付いていたら、
創価学会は、これほど発展できなかったでしょう。


だいたいにおいて、
その当時の日蓮正宗のトップ、
日顕という男は、
売春問題で、
最高裁で三度も断罪(だんざい)された男で、
裁判所で日顕の言うことを信じる人は、
ひとりもいません。

ようするに、
裁判所おすみつきの
「大うそつき」です。

正宗は、
そういう男が権力(けんりょく)を
にぎっているようなところですから、
だいたい、
どんなものか、
察(さっ)しがつくと思います。


この日顕という男は、
創価学会を破門(はもん)すると、
創価学会の真心の供養(くよう)で
つくられた正本堂という、
文化遺産(ぶんかいさん)的にも、
建築物としても、
非常に価値(かち)のある、
何百年?以上もつであろう素晴らしい建物を、
わざわざ金をかけて、
いきなりすべて破壊(はかい)し、
取り壊(こわ)し、
そのあと、くだらない、
宗教くさい建物を立てている。

また、正宗の敷地(しきち)にある
美しい桜並木を、
切り倒(たお)してしまっている。


普通の人間のやることではありません。


だから、創価学会では、
日蓮正宗とは呼ばす、
日顕宗と呼んでいますが、
それが日蓮正宗というものです。
いくら口で立派(りっぱ)そうなことを
言っているとしても、
そんなものは、
糞(くそ)にもなりません。


日蓮正宗(日顕宗)というのは、
僧侶が上、
信徒は下、
僧侶の言う事は絶対。
信徒は金を出せ!

それが正宗の本音(ほんね)であり、
彼らの心には、
それ以外のものはありません。


また、その、
日蓮正宗についた人間ほど、
かわいそうな人もいません。

日蓮正宗は、
真実に最も近いところで、
悪逆(あくぎゃく)をしているわけですから、
その罪(つみ)と害毒(がいどく)は、
はかりしれず、
その正宗につくということは、
悪に命をささげるようなものなので、
当然(とうぜん)、
その人は、
底知れぬ不幸に
陥(おちい)っていきます。


宗教というのは、
正邪(せいじゃ)と結果を、
明確にともなうものです。

間違った宗教、
悪(あ)しき宗教につくということは、
その人がかりに、
どんなに善意でやっているにしても、
その対象が悪であり
害(がい)になるものなので、
自分の生命は、
どうしても悪害(あくがい)に染(そ)まり、
その結果、
必ず不幸になっていきます。


だから日蓮正宗につくと、
本当に不幸になります。
口でどんな理屈(りくつ)を言っても、
幸せや功徳(くどく)、
効力(こうりょく)がもたらされることはなく、
さまざまな形で、
あらゆる形で、
不幸がもたらされます。


・・・・・・・・・・・・・こころの向こうに、あるもの・・・・・・・・・・・・・

それとは反対に、
創価学会は、
世界192カ国に広がり、
世界中の人々を幸せにしている。

それは現実に、
ひとりひとりのさまざまな悩みを解決し、
また、夢や希望をかなえる
大きな力となって、
さまざまな形で、
現実に、
幸せの結果を、
もたらしているということです。

結果がでるということは、
それがなによりも、
正しい証拠(しょうこ)となります。

また、創価学会が、
ひとりひとりを蘇生(そせい)させ、
幸せにしていった結果として、
世界にどれだけの平和をもたらしたかは、
計り知れず、
だから世界中の有識者は、
創価学会を絶賛(ぜっさん)し、
賞賛して、
大きな期待と希望をたくしています。


それは、
創価学会と日蓮正宗(日顕宗)との違いを、
歴然(れきぜん)と、
あらわしています。


勝負と結果は、
明確についているとも、
言えます。


だから、
南無妙法蓮華経(なんみょうほうれんげきょう)を
となえていれば、
なんでもいいということではなく、
それが悪に向かい、
結果として悪を助けるものならば、
いくら南無妙法蓮華経をとなえても、
不幸になり、
どんなに善意でやっても、
真剣にやればやるほど、
不幸がもたらされます。


それが真実であり、
それゆえに、
決して日蓮正宗(日顕宗)につくべきではなく、
たんなる形式でものごとを考えて、
日蓮正宗で
南無妙法蓮華経をとなえていったならば、
大きなしっぺ返(がえ)しと、
大きな不幸を、
被(こうむ)ることになります・・・。


・・・・・・・・・・・・・こころの向こうに、あるもの・・・・・・・・・・・・・


jewelju1jewelju1 at 09:17│エッセイ │

2014年09月09日

A60300


以前、
ブログのコメントで、
創価学会の南無妙法蓮華経と、
身延(みのぶ)の日蓮宗や
立正佼成会(りっしょうこうせいかい)の
南無妙法蓮華経と、
違(ちが)いがあるのですか?

と質問されたことがあります。

南無妙法蓮華経(なんみょうほうれんげきょう)
というのは、どういうものかと言うと、
宇宙の法則(ほうそく)であり
生命の法則です。

だから、正しい対象(たいしょう)に
正しい方向性をもって、
南無妙法蓮華経をとなえていけば、
幸せをもたらしていけます。

それが宇宙の法則に
かなっているからです。

けれど、間違った対象に、
間違った方向性(ほうこうせい)で
祈っていけば、
それは当然、
間違(まちが)った結果、
すなわち不幸をもたらすことになります。

なぜなら、それが道理(どうり)であり、
宇宙の法則だからです。

だから、
南無妙法蓮華経を、となえれば、
なんでもいいということではありません。


南無妙法蓮華経の仏法(ぶっぽう)を
発見し広めたのは、
日蓮大聖人(にちれんだいしょうにん)ですが、
日蓮大聖人は、
全世界のはるか未来までの
民衆を救(すく)い、
幸せにしていくために、
この南無妙法蓮華経を
世界に伝(つた)えたのですが、
創価学会が出現するまでは、
その生命哲学(てつがく)と思想、
無限の力を、
正しく理解し、把握(はあく)し、
正しく実践(じっせん)することができた団体は、
存在しなかったと言えます。

せいぜい、
「ありがたやーありがたやー」という、
おすかり信仰や、
観光に利用する観光宗教くらいにしか、
考えられなかったんです。

そんな考え方で、
南無妙法蓮華経をとなえたところで、
効力や功徳(くどく)が
あらわれるわけがなく、
かえって、
間違った使い方、
間違った方向性で祈っているので、
逆に害(がい)になり、
間違った結果である
不幸をもたらすことになります。

その部類(ぶるい)にはいるのが、
身延の日蓮宗や立正佼成会です。

日蓮大聖人の南無妙法蓮華経の
仏法(ぶっぽう)の本当の意味を、
まったく理解できず、
適当(てきとう)に変えて、
観光宗教化、おすかり信仰化して、
南無妙法蓮華経を使っているに過(す)ぎませんから、
なんの効力(こうりょく)もなく、
幸せをもたらすこともありません。

かえって南無妙法蓮華経を使って、
真理(しんり)に近いところで、
間違ったことをしていますから、
その悪害は大きく、
さまざまな不幸をもたらします。

それが道理であり、
また宇宙の法則であるとも言えます。


だから、身延の日蓮宗や立正佼成会で
南無妙法蓮華経をとなえたところで、
効力はなく、
不幸になります。

それが本当のところです。


人は、このことをわかろうとしないのですが、
間違った対象(たいしょう)に、
間違った方向性で祈れば、
いくら南無妙法蓮華経をとなえても、
不幸になります。

それが道理であり真実です。


・・・・・・・・・・・・・こころの向こうに、あるもの・・・・・・・・・・・・・

それに対し、
日蓮大聖人の
南無妙法蓮華経の仏法を、
唯一(ゆいいつ)、
正しく理解し、
実践することができたのが、
創価学会(そうかがっかい)です。

いわば、日蓮大聖人の
南無妙法蓮華経の仏法を、
現代によみがえらせたんです。

だから、創価学会の中で
南無妙法蓮華経をとなえていくと、
どんな悩みも解決していけ、
夢や希望をかなえて、
幸せを勝ち取っていけるんです。

また、だから創価学会は、
世界192ヶ国に広がっている。


・・それは、結果がでるからです。
結果がでるということは、
それが正しい証拠(しょうこ)となります。

いわば、創価学会の中に、
日蓮大聖人の、
南無妙法蓮華経の仏法の生命が、
脈打(みゃくう)っている!
と言えます。

だから、創価学会の中で、
南無妙法蓮華経をとなえていくと、
幸せになるんです。


現実問題として、
身延の日蓮宗や立正佼成会、
その他の団体で、
南無妙法蓮華経をとなえたところで、
幸せにはなりません。

逆(ぎゃく)に間違ったことをしていますから、
当然の結果として、
さまざまな形で、
不幸がもたらされます。


だから、他の宗教や団体と区別するために、
あえて、
『創価学会の南無妙法蓮華経』
と言っているわけです。


そう言わなかったら、
誤解(ごかい)を呼び、
南無妙法蓮華経だったら、
なんでもいいと間違えて、
人を不幸にしてしまう、
恐(おそ)れがあるからです・・・。


・・・・・・・・・・・・・こころの向こうに、あるもの・・・・・・・・・・・・・


jewelju1jewelju1 at 09:14│エッセイ │