生活

2015年09月01日

A90700



人は花に学ばなければ・・・。


花はいつも

一生懸命(いっしょうけんめい)だからだ。

投げやりに咲いている花はない。

いやいや生きている花はない。

途中(とちゅう)で、へこたれる花はない。

笑うことを忘れた花はない。

過去にとらわれたり、

人のあらを探(さが)したりしている

花はない。



これは、
創価学会インターナショナル会長の、
池田先生が書かれた
詩の中にある一節(いっせつ)ですが、
確かに、そうだと思う。

花は、だから、
きれいなのかもしれない。

なにものでもない、
自分自身を咲(さ)かせることに、
なんの躊躇(ちゅうちょ)もなく
全力で立ち向かっていく。

その健気(けなげ)な姿に人は、
打たれるのかもしれない。

創価学会(そうかがっかい)二代会長の
戸田城聖先生が、
仏法(ぶっぽう)の真髄(しんずい)は、

『自分自身に生ききることだ!』

と言っていた。


あの人がこう、
この人がどうではない。

自分が自分自身に
生ききるかどうか・・・。

簡単なことのようで、
これがなかなかできないのも、
現実だと思う。

そして、ああだ、こうだと
文句(もんく)を言う。
愚痴(ぐち)を言う。
そして、世の中を恨(うら)んでしまう・・。


何かかが間違(まちが)っているんだと思う。
幸せというものの本質(ほんしつ)が
見えなくなっているのかもしれない。

何かが狂(くる)っている。
人間の生命に
なにかの間違った
思想や考えがこびりつき、
花のように、
健気(けなげ)に生きられなくしている。

仏法(ぶっぽう)では、
これを、
『宿業(しゅくごう)』
という。

『宿業(しゅくごう)』とは、
自分の生命に、
深く宿(やど)ってしまっている、
その人を苦しめている
根本原因(こんぽんげんいん)のようなもので、
避(さ)けたくても避けることのできない
苦しみや悲しみ、
自分はどうして、
こういう自分に生まれてしまったのか?
というような、
辛(つら)い境遇(きょうぐう)や環境、
なんで自分がと思うような
過酷(かこく)な病気や事故など、
その人がもって生まれた、
どうしようもないような運命などを
いいます。

その『宿業(しゅくごう)』が、
人を苦しめ、狂わせ、
花のように真っ直(まっす)ぐに生きることを、
妨(さまた)げている。

そして、
その人を不幸にしている。


不幸の根源(こんげん)には、
『宿業』がある!
と言えるかもしれない。


そして、その『宿業(しゅくごう)』が
どこから起こってくるかと言えば、
それは、
間違った思想(しそう)、
間違った宗教から起こってくる。

人は、自分の悩みや不幸について、
その原因(げんいん)に
たどり着くことはないけれど、
人間の不幸は、
間違った宗教によって、起こる!!
と言えます。

自分は、宗教なんかには、
かかわっていないと、
言うかもしれない。

けれど、
自分の先祖(せんぞ)をたどっていけば、
なにかしらの宗教をやっているし、
世の中は、
間違ったデタラメの宗教だらけなので、
日々、その、
間違った宗教に触(ふ)れている
と、言えます。


正月といえば、
初詣(はつもうで)だといって、
さまざまな神社やお寺に行くし、
観光(かんこう)でも
さまざまな神社、仏閣(ぶっかく)に
祈りをささげる。

また、葬式(そうしき)となれば、
ほとんど、それらの
葬式仏教などに
祈りをささげる。

そして、それらの
葬式仏教にしても、
神社信仰にしても、
観光宗教にしても、
デタラメな間違った、
人を不幸にしてしまう宗教です。

それらに、良いことだと思って、
祈りをささげる。


それらの、葬式仏教や神社信仰、
観光宗教に祈りをささげるということは、
デタラメなもの、間違ったものに、
祈りをささげることになり、
自分の生命に、
間違ったもの、デタラメなものが
投影(とうえい)され、
間違ったもの、デタラメなものが、
自分の生命に
植(う)え付けられることになっていく。

間違った宗教、デタラメな宗教が、
自分の生命に植え付けられたならば、
当然(とうぜん)、
自分の生命には、
間違ったもの、デタラメなものが、
宿(やど)っていく・・。

自分の生命に、
間違ったもの、デタラメなものが、
宿ったならば、
それが、悪(あ)しき、
不幸なる宿業(しゅくごう)となり、
その宿業が、
時とともに噴出(ふんしゅつ)して、
その人を苦しめることになる。


また、
過去世(かこせ/過去に生きていた時代)に、
間違った、人を不幸にする宗教に
かかわってしまったために、
さまざまな不幸なる
宿命(しゅくめい)を持って、
生まれてきたとも
言えます。


・・・・・・・・・・・・・こころの向こうに、あるもの・・・・・・・・・・・・・


人間は、
花のように、生きるべきだと、
思います。

けれど、それをできなくしているのが、
『宿業』だと言えます。

そして、その宿業を打ち破(やぶ)る、
決定的で唯一(ゆいいつ)の方法と言えるのが、
創価学会が実践(じっせん)している、
南無妙法蓮華経をとなえる、
仏法(ぶっぽう)の信仰です。

南無妙法蓮華経(なんみょうほうれんげきょう)を、
となえることは、
自分の中から、
花のように生きる力を
復活(ふっかつ)させる。

花のように生きようとする
生命力が復活し、
その人を、
真っ直(まっす)ぐに生きさせる。

太陽が昇(のぼ)れば、
草木についた、
つゆや水滴(すいてき)は、
あっという間に消えてしまうように、
南無妙法蓮華経をとなえることによって、
花のように真っ直ぐに生きることを
妨(さまた)げる宿業が、
打ち破られ、
幸せに向かって、
希望にむかって、
生きていけるようになっていく。


南無妙法蓮華経には、
宿業を打ち破る
大きな大きな力(ちから)がある!
ということです。


南無妙法蓮華経を真剣にとなえ、
仏法(ぶっぽう)の実践活動である、
創価学会の活動をやっていくことによって、
自身の宿命が転換(てんかん)され、
悩みや困難(こんなん)を乗り越(こ)え、
夢や希望をかなえて、
幸せを勝ち取っていくことが、
できるようになっていく。


それは、美しい花のように・・・。



『南無妙法蓮華経は
蘇生(そせい)の義(ぎ)なり』

というけれど、
南無妙法蓮華経をとなえると、
自分の生命が
蘇生(そせい)していく。

真剣に南無妙法蓮華経を
となえることによって、
自分の中から
生命力が湧(わ)き上がり、
勇気が出てきて、
元気と希望がでできて、
その人の生命は、
文字通り、
蘇生(そせい)していく。

その生命の力は、
自分の人生と未来を、
花のように
真っ直ぐに生きていくエネルギーとなって、
その人を動かす。


やがて、
種(たね)から花が咲くように、
その人の人生に、
勝利と幸せの花が
咲いていく。



人は、花のように、生きるべきだ・・!



そして、それを可能にする、
希望と勇気と
どんな困難(こんなん)も打ち破る
無限(むげん)の力が、
創価学会が実践している、
南無妙法蓮華経をとなえる、
仏法(ぶっぽう)の信仰だと、
いうことです。


・・・・・・・・・・・・・こころの向こうに、あるもの・・・・・・・・・・・・・


jewelju1jewelju1 at 09:02│

2015年07月17日

A31700


創価学会員は
世界中にいますから、
どこでも、皆、
喜々(きき)として
がんばっています。

以前、聖教(せいきょう)新聞で、
ハリウッドで
がんばっている、
創価学会員の紹介をしていました。
(ハリウッドでがんばっているとは、
映画俳優ということではなく、
ハリウッドの地域に住んでいる
ということです。)


ウエスト・ハリウッド支部で
副支部長を務める、
グレゴリー・リンゴさんが語っています。

「支部の多くのメンバーが、
エンターテイメント産業で働いてます。
7割(わり)以上は
そうじゃないでしょうか。

生活リズムがバラバラで、
皆、苦労しています。
でも、みんな、
忙(いそが)しい中で、
学会活動(創価学会の活動)にも
頑張っていますよ。」

リンゴさんは、
レコーディングアーティストであり、
ジャズピアニスト。

彼が入会したのは
結婚する前。
妻の紹介だった。

「ある日、一緒に出かけようと
彼女の家に迎(むか)えに行ったら、

『夜の勤行(ごんぎょう)をしていない』

って言うんです。

※ちなみに、勤行とは、
釈尊(しゃくそん/しゃか/ブッダ)の
法華経(ほけきょう)の一部分を
音読(おんどく)します。
だいたい、3分から5分くらいかかりますが、
そのあと、好きなだけ、
南無妙法蓮華経(なんみょうほうれんげきょう)を、
繰り返(くりかえ)し繰り返し、
となえます。
それを、まとめて、
『勤行(ごんぎょう)』といいます。

それで、リンゴさんは、
ソファに座(すわ)って
待つことにしたそうです。

彼女の南無妙法蓮華経をとなえる
声を聞いていたら、
なぜだかすごく感動して、

『僕も一緒(いっしょ)に、となえていい?』

と尋(たず)ねたそうです。

「今、思えば、
彼女は勇気を奮(ふる)い起こして、
私に信心(創価学会の信心)のことを
教えようとしてくれたんですね。
人生で一番忘れられない
『デート』の日に
なりました。」

と、リンゴさん・・。

リンゴさんは、その後、
大病(たいびょう)を患(わずら)い、
仕事を失(うしな)った時期もありましたが、
創価学会の信心のおかげで、
「どうして、こんなことに」
と受(う)け身に考えていた自分から、
『今こそ宿命(しゅくめい)を変える時だ!』
と思える自分に
変わることができたそうです。

「それが一番の功徳(くどく)です。」

と語っています。

※ちなみに、功徳(くどく)とは、
悩みが解決したり
希望がかなったりする
現実に現れる幸運のことを、
いいます。

そして、リンゴさんは、
創価学会の同志(どうし)の支(ささ)えの中、
病気を乗り越(こ)え、
新たな仕事も
勝ち取ることができた。


また、ウエスト・ハリウッド本部で、
創価学会(そうかがっかい)の
男子部本部長を務(つと)める
ベン・ジャコブさんは、
言っています。

「芸術家の世界では、
『こうすればうまくいく』といった
方程式(ほうていしき)はありません。

だからこそ、
信心(創価学会の信心)という
人生の指針(ししん)、
福運(ふくうん)の土台が
必要だと思うんです。

皆、最初の入会動機(どうき)は、
仕事での実証(じっしょう/実際に現れる証拠[しょうこ])
ですが、
創価学会の活動を通して、
人のために尽(つ)くす喜びを感じ、
仕事に対する
使命感そのものが変わるんです。」

ジャコブさんは、
ダンスのレッスンに通(かよ)いながら、
ダンスショーなどに出演し、
夜はバーテンダーとして
働いていた。

6年前に
創価学会に入会してから、
学校のダンス講師(こうし)など、
仕事が大幅(おおはば)に
増えたそうです。

彼は、語っています。

「この信心(創価学会の信心)を
勧(すす)めることが
大切な友人に対する、
最高のプレゼント!だと
思っています。

信心を勧める仏法(ぶっぽう)対話は、
『今生人界(こんじょうにんかい)の思い出』
です。

最も偉大(いだい)な、
歓喜(かんき)の中の大歓喜です。
仏法対話をしている時は、
『アイ・アム・アライブ(私は生きている!)』
っていう感じなんですよ!」


4年前に入会した、
ジョニン・バリスさんは、
言っています。

「ニューヨークのブロードウェーで
出演していましたが、
映画に挑戦するために
ハリウッドに来ました。

仕事が見つからずにいた時、
友人から
創価学会の信心の話を
聞いたのです。

入会後、仕事も増え、
経済的に安定するようになりました。

最近では「ラブ・アゲイン」という
映画にも出演しましたよ。

今は、プロデュースの仕事もしています。
私の大叔父(おおおじ)が
マリリン・モンローを撮影(さつえい)していた
写真家なので、
彼についてのドキュメンタリーを
制作しています。

女優の仲間に、
仏法対話(ぶっぽうたいわ)をすると、
すごく共感(きょうかん)してくれるんです。

一番大きな功徳(くどく)だと感じるのは、
女性として生きるための、
『生命の根(ね)っこ』を
得(え)られたことです。

自分の内面に、
何ものにも壊(こわ)されない
価値(かち)がある、
幸福になる力があると
学べたことです。

特に、ハリウッドの女性は
周囲(しゅうい)の評価(ひょうか)に
左右される世界にいるので、
どうしても、
精神的に不安定になりやすい。

表面的なことに
幸福を求めてしまうのです。


私は、創価学会の信心を通して、
『人のため』
『社会のため』という
芸術家としての
真の使命を
知ることができたと思っています。」


・・・・・・・・・・・・・こころの向こうに、あるもの・・・・・・・・・・・・・

確かに、人は、
表面的なことを気にする。

表面的なことや、
世間の評判(ひょうばん)、
それらも確かに大切だけれど、
それに振(ふ)り回されてしまうと、
自分が見えなくなっていく。
本当の幸せが見えなくなっていく。

世間の評判や評価、
それは人間にとって
モチベーションにはなる。


けれど、本当の幸せは違(ちが)う!


幸せは、どこにあるのでもなく、
自分の中にある!

そして、自分の中にある幸せを
確立(かくりつ)していった時、
はじめて本当の幸せが見えてくる。

その自分の中にある
幸せを確立し、
本当の意味での
幸せをつかんでいけるのが、
「創価学会」であり、
創価学会の、
「南無妙法蓮華経をとなえる
仏法(ぶっぽう)の信仰」だと、
いえます。

また、自分の中の
確固(かっこ)たる幸せが
確立していったとき、
おのずから、
表面的な幸運や幸せ、ラッキーが、
磁石(じしゃく)のように、
ついてくる!とも言えます。


ジョニン・バリスさんが言うように、
自分の内面に、
何ものにも壊(こわ)されない
価値(かち)がある!

その『生命の根っこ』にある
幸せをつかみ、
どこまでも開花していけるのが、
創価学会の、
南無妙法蓮華経をとなえる、
仏法(ぶっぽう)の信仰だということです・・・!!


・・・・・・・・・・・・・こころの向こうに、あるもの・・・・・・・・・・・・・


jewelju1jewelju1 at 08:57│

2015年06月25日

A01500


聖教(せいきょう)新聞には、
さまざまな困難(こんなん)を乗り越え、
勝利していった体験や、
病気を克服(こくふく)し、
蘇生(そせい)していった
体験の話しがのっていますが、
以前、
多発性骨髄腫(たはつせいこつずいしゅ)を
克服した創価学会の
婦人の体験が、
のっていました。


多発性骨髄腫というのは、
血液が作れなくなる、
骨が溶(と)けてもろくなる、
内蔵(ないぞう)に転移(てんい)する、
などの症状があり、
長い間、効果的な治療が見当たらず、
死に直結(ちょっけつ)するような病気だった。

数年前、
診療(しんりょう)ガイドラインが発表され、
「死のふち」から生還(せいかん)させる
パーセンテージが上昇(じょうしょう)し始めた。

その大変な病気を、克服し、
勝利を手にすることができた
要因(よういん)の一つは、
その創価学会の婦人の、

『強気の姿勢(しせい)』

だったそうです。


その婦人が言っているんですが、

「主治医の先生から
多発性骨髄腫(たはつせいこつずいしゅ)の
説明を聞いている、
その最中から、
もう沸々(ふつふつ)と、
いえ、がんがんと闘志(とうし)が、
こう、このあたりに・・・」

「胸のこのあたりに、
負けじ魂(たましい)が
メラメラと燃え上がって、
心の中で叫(さけ)んでいたんです。」

「病魔(びょうま)め、
私をだれだと思っているんだ、
創価学会(そうかがっかい)の婦人部だぞ!
今に見ていなさい。
お前を私の体から、
たたきだしてみせる!(笑い)」


この気迫(きはく)!
微動(びどう)だにしない確信が、
その後の治療(ちりょう)の成功と
大勢(たいせい)を
決していくことになったそうです。



治療はつらい。
モルヒネの投与(とうよ)、
3種類の抗(こう)がん剤の点滴(てんてき)、
80錠(じょう)の経口(けいこう)タイプの
抗がん剤の服用(ふくよう)、
造血幹細胞の自家移植・・・

通常は痛(いた)みにもだえる
患者が多いなか、
その婦人の場合は
違(ちが)ったそうです。

通常、1ヶ月は続く激痛(げきつう)も、
わずか9日間で
ピタリと消えたそうです。
移植(いしょく)の時間も、
医療スタッフが驚(おどろ)くほど
短くて済(す)んだ。


担当した主治医の方が言っています。

「彼女は強い信念を持って
治療を受けておられました。
治療開始から終了まで、
そして現在も強い信念を持って
戦いつづけておられます。

病気という
最も困難な状況に対峙(たいじ)したとき、
人それぞれ考えはあるでしょうが、
戦い、そして乗り越えた、
彼女を拝見(はいけん)する機会が
与えられたことは、
医師として大変な喜びです。」


・・・・・・・・・・・・・こころの向こうに、あるもの・・・・・・・・・・・・・

普通、大病を宣告(せんこく)されたら、
落ち込むのが当然だと思う。

けれどその創価学会の婦人の場合、

「病魔(びょうま)め、
私をだれだと思っているんだ、
創価学会の婦人部だぞ!
今に見ていなさい。
お前を私の体から、
たたきだしてみせる!」

と立ち向かっていった。

大げさに聞こえるかもしれませんが、
創価学会が実践している
南無妙法蓮華経(なんみょうほうれんげきょう)
の仏法は、
それほど偉大(いだい)でスゴイということです。

また、それだけの力が、
創価学会の、
南無妙法蓮華経の仏法(ぶっぽう)にはあり、
その仏法を実践した人たちに、
大きな幸せの体験と、確信(かくしん)を、
もたらしていきます。

また、それだけ素晴らしい、
南無妙法蓮華経の仏法を
実践(じっせん)しているということは、
最高に尊(とうと)い
法(ほう)を持ち、
実践しているということなので、
それだけ、素晴らしく、
尊(とうと)い存在だと、
言うこともできます。


ともかく、
このパワー、
信念、
強い強い生命力が、
病気にかぎらず、
人生に襲(おそ)いかかってくる
宿命(しゅくめい)の嵐(あらし)を
乗り越えていく力(ちから)に
なるんだと思う。


そのどんな困難な宿命の嵐も、
乗り越えていける、
無限のパワー、
信念、
無限の生命力の源泉(げんせん)が、
創価学会が実践している、
南無妙法蓮華経をとなえる、
仏法(ぶっぽう)の信仰であることは
言うまでもない・・!


また、
今日話した体験のように、
現実に、
困難や悩みを、
乗り越えていけ、
夢や希望をかなえていける
力(ちから)があるのが、
創価学会の、
南無妙法蓮華経をとなえる
仏法の信仰です。


・・・・・・・・・・・・・こころの向こうに、あるもの・・・・・・・・・・・・・


jewelju1jewelju1 at 09:06│

2015年06月02日

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昔、
池田先生(創価学会インターナショナル会長)が
結婚してからしばらくの間、
よく奥さんと
話していたそうです。

「団地(だんち)に住みたいな。
コンパクトで便利(べんり)じゃないか。」

「すべて、機能的(きのうてき)に
つくられていますね。」

「少し狭(せま)いかもしれないが、
部屋の数は、そんなになくても、
ご本尊様(ほんぞんさま)さえ、
きちんとご安置(あんち)して、
荘厳(そうごん)できればいいんだから。」

「そうですね。
ご本尊様には、
一切(いっさい)が、
含(ふく)まれていますからね。」


※ちなみに「ご本尊」とは、
創価学会(そうかがっかい)の人たちが
祈る対象としている本尊(ほんぞん)で、
仏(ほとけ)の生命そのものを、あらわしたものであり、
それと同時に、自分の生命そのものを
あらわしたものでもあり、
その必ず幸せになっていける
仏(ほとけ)の生命が、
自分自身の中にあることをあらわしたものが、
「ご本尊(ほんぞん)」です。



奥さんは、言っていた。

『ご本尊様には
一切(いっさい)が
含(ふく)まれていますからね。』


どういうことだろうか・・・?


ご本尊には、一切が含(ふく)まれている。

その一切(いっさい)とは、なんだろうか・・・?


それはおそらく、
人間が幸せになっていくための、
あらゆるもの、
あらゆる宝(たから)、
あらゆる希望と力(ちから)が、
含まれていると、いうことだと思う。

それは、譬(たと)えるなら、
打ち出の小槌(こづち)のようなものだと思う。

打ち出(うちで)の小槌を振(ふ)ると、
宝が、どんどん出てくる。
無限に出てくる。

どんなに辛(つら)い時でも、
どんなに苦しい時でも、
どんなに悲しい時でも、
打ち出の小槌(こづち)を振れば、
幸せの宝が、どんどん出てくる。

当然です。

それが、打ち出の小槌だからです。

それと同じように、
生命における、打ち出の小槌が、
『ご本尊』なんだと思う。

だから、その、
打ち出の小槌(こづち)を、
振ればいい・・!

そして、その、
『打ち出の小槌を振る』ということが、
ご本尊に、
『南無妙法蓮華経(なんみょうほうれんげきょう)を、
となえる!』
ということに、
あたるんだと思う。



打ち出の小槌を振れば、
無限に宝がででくる。

だから、
「生命の打ち出の小槌」である、『ご本尊』に、
南無妙法蓮華経をとなえて祈る時、
幸せも、希望も、
勇気も、知恵も、
自分の中から、
生命の宝が、
無限に湧(わ)き上がってくる。

幸せを呼ぶ運も、
悩みを解決する力(ちから)も、
生命を蘇生(そせい)させるエネルギーも、
人々を愛していくエネルギーも、
平和と人間性も、
より良い人間になっていくためのパワーも、
夢をつかむ力も、
未来を生み出す力も、
より良い世界を生み出していく
すべてのエネルギーが、
自分の中から、
湧き上がってくる。


なぜなら、
ご本尊には、
すべてが!
含まれているから!

ご本尊は、
生命における、
『打ち出の小槌』だから・・!


実は、そういう、
自分の中にある、
生命のあらゆる、無限の宝が、
『ご本尊(ほんぞん)』
なんだと思う。


・・・・・・・・・・・・・こころの向こうに、あるもの・・・・・・・・・・・・・

ゆえに、
なにも恐(おそ)れることはない・・。
なにも落ち込むこともない・・。
なにも悲観(ひかん)する必要はない・・。


なぜなら、ご本尊に
南無妙法蓮華経を、となえていったなら、
自分の中から、
幸せや希望、
勇気や知恵が、
無限に引き出され、
湧(わ)き上がり、
そして、
悩みや問題を解決することができ、
夢や希望も、
かなえていくことができる。


『ご本尊には、一切が含(ふく)まれている。』


ご本尊には、すべてが
含まれているがゆえに、
べつに難(むずか)しいことは考えなくても、
自分が思ったとおり、
自分が祈りたいことを、
素直(すなお)に祈っていくことによって、
最高の解決策(かいけつさく)が見いだされ、
自分にとって、
最高の方向に
進んでいくことができる。


それが、『ご本尊』だと思う。


だから、創価学会のご本尊は、
世界中のどんな境遇(きょうぐう)の、
どんな状況(じょうきょう)の人であっても、
ご本尊に、
南無妙法蓮華経をとなえていくことによって、
必ず幸せにしていくことが、できる!!

すべての一人一人に対応(たいおう)し、
あらゆる人の悩みに
完全にマッチして、
一人一人を蘇生(そせい)させ、
幸せにしきっていくことができる。


ゆえに、池田先生夫人が言うように、

『ご本尊には、一切が含(ふく)まれている。』


それが、
あらゆる人の悩みの解決が可能な、
あらゆる人の夢や希望を、
かなえていける力(ちから)のある、
創価学会の
『ご本尊』であり、
創価学会(そうかがっかい)の、
南無妙法蓮華経をとなえる、
仏法(ぶっぽう)の信仰なんだと思う・・!


・・・・・・・・・・・・・こころの向こうに、あるもの・・・・・・・・・・・・・


jewelju1jewelju1 at 09:09│

2015年05月12日

A80300


以前、
ブログのコメントで、

「創価学会(そうかがっかい)に入らなくても、
南無妙法蓮華経をとなえていれば、
大丈夫(だいじょうぶ)ですか・・?」

という質問をされたことがあります。

南無妙法蓮華経(なんみょうほうれんげきょう)は、
スゴイので、
となえないより、
となえたほうが、
全然、良いけれど、
かといって、
それで大丈夫かといったら、
そういうことでもありません。

南無妙法蓮華経の本当のスゴサは、
人生を、自分を、
世界や生命を、
幸せに変革していく「力(ちから)」に
あると思います。

宿命(しゅくめい)を転換(てんかん)していく力。
世界を変えていく力(ちから)が、
『南無妙法蓮華経』だと
思います。

けれど、
ほんとうに悩みや問題を解決し、
夢や希望をかなえていくには、
南無妙法蓮華経の仏法(ぶっぽう)に
直結(ちょっけつ)した実践活動が、
必要になっていきます。

いくら、南無妙法蓮華経をとなえても、
現実に南無妙法蓮華経の仏法に
直結した実践(じっせん)の行動がないと、
自分の宿命は、
変革され転換されていきません。

ようするに、
南無妙法蓮華経はスゴイけれど、
南無妙法蓮華経をとなえるだけでは、
自分の悩みや問題は、
解決していかないということです。

南無妙法蓮華経を真剣にとなえ、
仏法の実践活動を、
現実にしていった時、
その二つが合(あ)い重(かさ)なり、
幸せが、かけ算されるように、
さまざまな悩みや問題が解決し、
自分の宿命が転換され、
境涯(きょうがい)が変わり、
夢や希望も、
かなえていけるようになっていくんです。


南無妙法蓮華経をとなえることと、
仏法の実践活動の
両輪(りょうりん)があってこそ、
夢や希望がかない、
幸せになっていけるんです。


・・・・・・・・・・・・・こころの向こうに、あるもの・・・・・・・・・・・・・

南無妙法蓮華経は、
蘇生(そせい)の力だし、
南無妙法蓮華経をとなえることは、
スゴイことなので、
病気などの時は、
真剣に南無妙法蓮華経をとなえていくだけでも、
病気が良くなり、
治(なお)ったりすることも
多々(たた)ありますが、
やはり、
南無妙法蓮華経をとなえるだけでは、
不十分だと言えると思います。

どうしても、
南無妙法蓮華経の仏法に直結した、
真実の実践活動が
必要となっていきます。


その仏法(ぶっぽう)に直結した、
実践活動ができる場所が、
『創価学会』なんです。


創価学会は、
南無妙法蓮華経の仏法を、
純粋(じゅんすい)に、
一点の狂(くる)いもなく、
真に正しく実践している、
唯一(ゆいいつ)の団体だと
言えます。

だから、
本当に幸せになりたいのならば、
悩みを解決したいのならば、
また、夢や希望を
かなえていきたいのならば、
どうしても、
創価学会という存在が
必要になっていきます。

南無妙法蓮華経を、となえていくだけでも、
時として、その人を
窮地(きゅうち)から救い、
助けてくれるけれども、
やはり、それだけでは、
本当に幸せになっていくことはできません。

自分の宿命を転換していくためには、
どうしても、
創価学会の中で
南無妙法蓮華経をとなえ、
創価学会の中で、
仏法の実践活動をしていく
必要があります。

その時、
宿命が転換され、
悩みや問題が解決でき、
やがて夢や希望も
かなえていけるようになっていくんです。


だから、創価学会とは、
『幸せを創造(そうぞう)する場所』であり、
創価学会の中で、
南無妙法蓮華経をとなえていった時、
はじめて、
南無妙法蓮華経のスゴサ、
偉大(いだい)さ、
その無限大の力を
発揮(はっき)していくことが、
可能になっていく!

と結論(けつろん)することが
できると思います・・。


・・・・・・・・・・・・・こころの向こうに、あるもの・・・・・・・・・・・・・


jewelju1jewelju1 at 09:30│

2015年03月19日

A80900


創価学会(そうかがっかい)は、
世界192カ国に広がっているので、
世界中に創価学会の人たちがいる。

世界の創価学会の人たちの話しも
聖教(せいきょう)新聞にのっているけれど、
海外の人の話しは、わかりやすいので、
紹介したいと思います。


以前、
スペインの創価学会員の話しが
のっていました。

その中で、
スペインの創価学会員である、
エステファニアさんは、言っています。

「信心(創価学会の信心)は、
私の人生を完全に変えました。

入会する前、
私の人生は、
ジェットコースターのように
不安定でした。
私の否定的(ひていてき)な考え方が、
人生を楽しめず、
幸せを感じさせないようにしていたんです。

信心のおかげで、
今は、
「幸福とは何か」が、
分(わ)かります。

苦難(くなん)は乗り越(こ)えるためにあり、
価値(かち)は生み出すためにあること。
自分が変わる時に、
周囲(しゅうい)も変わること。
そして、仏法(ぶっぽう)の実践(じっせん)を通して、
周りの人々をも
励(はげ)ましていくことを
学びました。」


また、創価学会の
女子部の部長を務(つと)める
アルムデナ・ソラナさんは、
言っています。

「スペインの若者は、
宗教は自分を強くするもの、
前進させるものでなくてはならない!
と思っています。
だからこそ、創価学会の、
南無妙法蓮華経の仏法(ぶっぽう)を
弘(ひろ)める私たちの使命は
大きいと感じています。

女子部にとって仏法の魅力(みりょく)とは、
自分と向(む)き合い、
自分の人生の意味を知り、
自分を変革(へんかく)できることです。

幸福になるために、
何か自分の外にあるものに
依存(いぞん)するのではありません。

重要なのは内(うち)なる力(ちから)を
どう引き出すかであり、
勝利は自分にかかっている。

そこが仏法の魅力なのだと思います。」

ソラナさんは現在、
公務員として働いてるそうですが、
彼女が、
信心で変わっていく友人の姿に
触(ふ)れて入会したのは
2004年だそうです。

彼女は美容サロンで働いていましたが、
2007年に転職(てんしょく)を決意。
唱題(南無妙法蓮華経をとなえること)と
勉強に励(はげ)む中で
難関(なんかん)を突破(とっぱ)して
勝ち取ったそうです。

ソラナさんは言います。

「私のきょうだいも失業中です。
多くの人の不満(ふまん)は、
いつも政治家に集中しています。
スペインでは雇用(こよう)がなく、
青年が成長するための
可能性がないと言っています。

でも青年部(創価学会青年部)は、
この状況(じょうきょう)を、
信心の実証(じっしょう)を示(しめ)す
チャンスだと、
捉(とら)えていくべきだと思うんです。

私たちは「祈り」と「希望」、
そしてすべてを
変えていけるとの「確信」を
一切の根本(こんぽん)にして
前進します。」


また、創価学会の男子地区リーダーの
ビクトル・パストルさんは、
失業中だった昨年秋に、
就職を勝ち取ろうと決意。
10月29日に予定されていた
池田SGI(創価学会インターナショナル)会長の
スペイン訪問50周年記念の総会までに
結果を出そうと決めた。

しかし、失業率の高さは
尋常(じんじょう)ではない。
客観的(きゃっかんてき)には、
再就職など「不可能」な状況だった。

その中で、
SGIの友の激励(げきれい)を胸に、
創価学会の活動に
全力を注(そそ)ぎながら、
就職活動に取り組んだ。

「総会前日の10月28日の朝、
就職を希望していた会社から
電話がかかってきました。
面接を受けて、
11月から採用(さいよう)が決まったんです!」

とパステルさん。


信心を始めてから今年で5年。

「かつては不平(ふへい)ばかり
言っていましたが、
私の人生は180度、変わりました。」

と喜(よろこ)びを語る。


・・・・・・・・・・・・・こころの向こうに、あるもの・・・・・・・・・・・・・

スペインは、歴史的には
仏教と関(かか)わりの薄(うす)い国です。
そうした中で、
仏法(ぶっぽう)を弘(ひろ)めるのは
大変だったのではないでしょうかとの質問に、
婦人部本部長のチェロ・パスクアルさんは
答えています。

「確かにスペインの人々は、
一般的に、
仏法は自分たちと
縁遠(えんどお)い宗教だと見ています。

でも、人間の尊厳(そんげん)に根(ね)ざした
平和の精神に引かれて、
仏法に興味(きょうみ)を持つ人が
増えています。
また、一人一人の生命に
仏界(ぶっかい/仏[ほとけ]の生命)という
偉大(いだい)な可能性があるとの教えに、
人々は、
大きな自由を感じるのです。」


最後の
「自由を感じる」
というのは、
象徴的(しょうちょうてき)だと思う。

過去の宗教というのは、
規律(きりつ)が多くあったり、
儀式(ぎしき)ばかりの宗教だったり、
人間のための宗教というより、
儀式のための宗教、
宗教のために人間が縮小(しゅくしょう)し、
人間的に、
狭(せば)められていく感(かん)が強い。

そうではなく、
逆に人間を自由にしていく!
それは、ただ単に
自由ということではなく、
本当の意味での自由です。

幸せをつかむ自由、
夢をかなえる自由、
人生を切り開く自由、
悩みや苦難(くなん)を乗り越(こ)える自由、
成長していける自由、
さまざまな壁(かべ)を打ち破(やぶ)る自由、
人間的に境涯(きょうがい)を高め、
広げる自由、
どんなことがあっても負けない自由・・。

その本当の意味での
『自由』をつかむ力(ちから)が、
創価学会の
南無妙法蓮華経(なんみょうほうれんげきょう)
の仏法には
あるんです。

だから、創価学会は
世界に認められ、
世界中の人が、
喜々(きき)として実践している。


スペインの方が、
「私の人生は180度、変わった!」
と言うように、
人生をより良く変革(へんかく)し、
夢や希望をかなえ、
本当の意味での自由と幸せを
勝ち取っていけるのが、
創価学会の、
南無妙法蓮華経をとなえる、
仏法(ぶっぽう)の信仰なんです・・・!


・・・・・・・・・・・・・こころの向こうに、あるもの・・・・・・・・・・・・・


jewelju1jewelju1 at 09:12│

2015年03月05日

A820f6_b


ある夫婦(ふうふ)がいました。

その夫婦は、
奥(おく)さんが創価学会に入会していて、
その奥さんに勧(すす)められて、
ご主人も、
創価学会に入会したそうです。



それから、数十年が経(た)ち、
そのご主人は、
奥さんに言ったそうです。


「創価学会(そうかがっかい)という、

 こんなに素晴(すば)らしい世界があることを、

 ぼくに教えてくれて、

 ありがとう・・!」


その夫婦は、
その数十年の間、
経済的な悩みも、
病気の悩みも、
自分の子供の悩みも、
また孫(まご)の悩みも、
あらゆる困難(こんなん)、
試練(しれん)を、
創価学会の、
南無妙法蓮華経をとなえる
仏法(ぶっぽう)の信仰と、
仏法の実践(じっせん)活動である
創価学会の活動によって、
ことごとく解決(かいけつ)し、
乗り越(こ)えてきたそうです・・!


その結論(けつろん)とも言える言葉が、
上にあげた言葉だと思う。


「創価学会という、

 こんなに素晴らしい世界があることを、

 ぼくに教えてくれて、

 ありがとう・・!」


重みのある、
真実のこもった言葉だと思う。



世間では、いろいろなことを言う。

知りもしないくせに、
適当(てきとう)なデマを、まき散(ち)らし、
創価学会が、まるで
悪そのもののようなデタラメを、
平気で言うやからもいる。

創価学会をバカにするような
風潮(ふうちょう)の流れも、
あったと思う・・。

そんなデマは、当然(とうぜん)、
創価学会の人たちの耳にも入り、
伝(つた)わるはずです。

にもかかわらず、創価学会は、
どんどん発展し、
世界192カ国にまで、広がっている。

それは、たとえ、
どんなデマが世間に広がろうと、
創価学会が、『素晴らしい!』からです。

創価学会に、
真実と正義(せいぎ)があるからです。

もっと言えば、創価学会が、
世界中の、どんな人の、
どんな困難な悩みでも解決し、
ひとりひとりの夢や希望をかなえる
大きな大きな力(ちから)となって、
その人たちを現実に、
幸せにしてきたからです。


真実の幸せ・・・!


その真実の幸せを、
もたらしていける場所が、
創価学会です。


だから、世界中の人たちが、
創価学会の、
南無妙法蓮華経(なんみょうほうれんげきょう)を
となえる仏法の信仰を、
やるんです!!。

そこには、ウソがないからです・・!!


理想(りそう)や希望を言うことは、
いくらでもできる。

けれど、現実の、
苦難渦巻(うずま)く悩み、
現実の苦しみを解決していくことは、
至難(しなん)の技(わざ)です。

一人一人に突(つ)き付(つ)けられた現実。

それは時として、
壮絶(そうぜつ)なものがある・・。

その壮絶なる現実の悩み、
苦しみを、
ことごとく解決していけるから、
創価学会の南無妙法蓮華経の
仏法(ぶっぽう)を、やるんです。

また、真剣にやればやるほど、
本当に悩みが解決し、
自分の宿命(しゅくめい)を転換(てんかん)して、
大きな幸せをつかんでいけるんです。


この現実を変えていける力ほど、
価値(かち)のあることはない・・・!


・・・・・・・・・・・・・こころの向こうに、あるもの・・・・・・・・・・・・・


現実を変える・・・。


これは、全人類の夢であり、
全人類に共通する願いです。

この願いをかなえることができるから、
人々は、創価学会の、
南無妙法蓮華経をとなえる
仏法(ぶっぽう)の信仰を、
やるんです。

そして、その創価学会の信仰を
やりきった結論として出た言葉が、


「創価学会という、

 こんなに素晴らしい世界があることを、

 ぼくに教えてくれて、

 ありがとう・・!」


だと思う。


また、創価学会には、
他では決してない、
人間と人間との絆(きずな)、
ほかでは、なかなか感じることのできない
人間愛に満(み)ちているもの事実です。


これほど、素晴らしい世界は、ないんです。


だから、
池田先生(創価学会インターナショナル会長)は、
言った。


『創価学会は、幸せの安全地帯だよ・・!』


それは、事実(じじつ)であり、
それは世界が認(みと)めることであり、
世界の有識者が、
こぞって創価学会を賞賛(しょうさん)し、
大きな期待を抱(いだ)いています。


ゆえに、この創価学会のご主人は、言った。


「創価学会という、

 こんなに素晴らしい世界があることを、

 ぼくに教えてくれて、

 ありがとう・・!」


と・・・!


・・・・・・・・・・・・・こころの向こうに、あるもの・・・・・・・・・・・・・


jewelju1jewelju1 at 09:01│

2015年02月18日

A11300


日蓮大聖人(にちれんだいしょうにん)の
御書(ごしょ)に、
こう、あります。


『一度(ひとたび)、
妙法蓮華経(みょうほうれんげきょう)と
唱(とな)うれば、
一切(いっさい)の仏(ほとけ)・
一切の菩薩(ぼさつ)・
一切の声聞(しょうもん)・
一切の梵王(ぼんのう)・帝釈(たいしゃく)・
閻魔(えんま)・法王(ほうおう)・
日月・衆星(しゅうせい)・
天神(てんじん)・地神(ちじん)・
乃至(ないし)地獄(じごく)・
餓鬼(がき)・畜生(ちくしょう)・
修羅(しゅら)・人天(にんてん)・
一切衆生(いっさいしゅじょう)の
心中(しんちゅう)の仏性(ぶっしょう)を
唯(ただ)一音(いちおん)に
喚(よ)び顕(あらわ)し
奉(たてまつ)る功徳(くどく)・
無量無辺(むりょうむへん)なり。』


ちなみに、御書(ごしょ)とは、
日蓮大聖人が書かれた論文や手紙を、
すべて集めたものをいいます。


池田先生(創価学会インターナショナル会長)が、
言っています。

『妙法(みょうほう/南無妙法蓮華経のこと)は、
ありとあらゆる人びとから、
そして、ありとあらゆる環境(かんきょう)から、
仏性(ぶっしょう)を呼び起こし、
一切を蘇生(そせい)せしめていく
音律(おんりつ)である。』


上にあげた日蓮大聖人のご文の中の、
菩薩(ぼさつ)・声聞(しょうもん)・
梵王(ぼんのう)・帝釈(たいしゃく)・
閻魔(えんま)・法王(ほうおう)・・・や、
地獄・餓鬼(がき)・畜生(ちくしょう)・
修羅(しゅら)・人天(にんてん)などは、
生命と宇宙の働(はたら)きと力(ちから)、
さまざまな可能性や影響力(えいきょうりょく)、
また、生命に内在(ないざい)する
特性(とくせい)や性質、
人それぞれの境涯(きょうがい)や心の変化を、
言葉で表現したものですが、
それらを動かし、
無限の幸せをもたらしていける、
『仏性(ぶっしょう)』という
仏(ほとけ)の生命を、
一言(ひとこと)で呼び覚(さ)まし、
動かしていけるのが、
『南無妙法蓮華経(なんみょうほうれんげきょう)』
だということです。


仏(ほとけ)の生命を呼び起こす!
といっても、
よくわからないと思いますが、
自分の中にある、
あるいは生命や宇宙の中にある、
幸せをもたらす力(ちから)、
希望の力、
さまざまな悩みを解決し、
夢をかなえていける無限のエネルギーを、
引き出し、
呼び起こしていく!と、
いうことです。

その、あらゆる幸せの力を
呼び覚(さ)ましていける力が、
たった一言の
『南無妙法蓮華経』
にはある!!

ということです。


『仏(ほとけ)の生命』の力とは、
そのように、
無限の幸せと希望をもたらす
生命の力だということです。

その、宇宙や世界、
人間や生命の中から、
無限の幸せと希望をもたらす、
『キーワード』となる音律(おんりつ)が、
『南無妙法蓮華経』だということです。


たとえば、公園に、
山田さんが100人、
いたとします。

そうすると、その公園で、

「山田さーーん!」

と呼ぶと、
100人の山田さんが、

「はーい!」

と答える。

それと同じように、
南無妙法蓮華経を、となえる時、
南無妙法蓮華経とは、
「仏の生命の名前」「仏性(ぶっしょう)の名前」
なので、
呼ばれて、
全宇宙の仏性(ぶっしょう)が、

「はーい」

と返事をする。

また、自分の中の仏性も、
呼ばれて、返事をする。

あらゆる環境(かんきょう)、
あらゆる世界、
また自分の中にある仏性も、
呼ばれて、

「はーい!」

と返事をして、
引き出されていく。

そうすると、南無妙法蓮華経とは、
仏性(ぶっしょう)とは、
幸せをもたらす無限の力なので、
自分の中から、
幸せになるための力が引き出され、
また、環境や世界からも、
幸せをもたらす力が
引き出されていく。

その結果、
さまざまなことが好転(こうてん)し、
幸せをもたらし、
また、自分自身の中から
引き出された仏性によって、
自分も幸せに変わっていく。


それが、『南無妙法蓮華経』だということです。


・・・・・・・・・・・・・こころの向こうに、あるもの・・・・・・・・・・・・・

だから、ぼくたちが、
南無妙法蓮華経をとなえる時、
全宇宙の、
あるいは世界や環境から、
幸せをもたらす無限の力である
『仏性(ぶっしょう)』が
呼ばれて、
引き出される。

また、自分で
南無妙法蓮華経をとなえることによって、
その自分自身の中から、
仏性、すなわち、
幸せをもたらす無限の力が、
呼ばれて引き出されていく。

自分の中からも、
環境や世界からも、
幸せをもたらす無限の力が、
呼ばれて、
引き出されていくわけです。

自分の中から引き出された
幸せの力と、
環境や世界から引き出された
幸せの力が、
かみ合い、重(かさ)なり合い、
かけ算のように、
より一層(いっそう)の
プラスの結果となって、
もたらされる。

その幸せをもたらす、
無限の相乗効果(そうじょうこうか)が、
創価学会の人たちが、
日々、となえるている、
『南無妙法蓮華経』
だということです。


だから、
創価学会(そうかがっかい)の人たちが、
幸せにならないはずがないんです・・!!

また、だから、
創価学会は世界192カ国に広がり、
人々を現実に幸せにしている!!

だから、どんな困難(こんなん)があったとしても、
南無妙法蓮華経を
真剣にとなえていくことによって、
困難を乗り越(こ)え、
幸せになっていける。

どんな悩みがあったとしても、
真剣に南無妙法蓮華経をとなえることによって、
自身の生命から幸せの力を引き出し、
変革(へんかく)し、
悩みを解決していける。

また、日々、
南無妙法蓮華経をとなえて、
仏法(ぶっぽう)の実践(じっせん)活動である、
創価学会の活動をやっていくことによって、
自身の境涯(きょうがい)を変え、
人間革命していくことができる。

やがてそれは、
夢や希望をかなえ、
幸せと勝利につながっていく!


あらゆるものを動かし、
あらゆるものを変革(へんかく)していく。

あらゆる幸せを引きつけ、
勝利させていく。
また、自分自身が、
本源的(ほんげんてき)に、
幸せに変わっていく!!


それができる、
決定的で、
唯一(ゆいいつ)の法則(ほうそく)であり、
力であり、
エネルギーが、
創価学会が実践している、
南無妙法蓮華経をとなえる、
仏法(ぶっぽう)の信仰だと
いうことです・・・!!


・・・・・・・・・・・・・こころの向こうに、あるもの・・・・・・・・・・・・・


jewelju1jewelju1 at 09:05│

2015年02月04日

A32300


創価学会(そうかがっかい)の人たちの、
決定的な強みは、

『祈ることが、できる!』

ということです。

たとえば、
家族にしろ身近な大切な人たちが、
病気や事故にあったとする。

そういう時に、一般的には、
いろいろと手はずをとり、
手を尽(つ)くすことはできるけれども、
その事故や病気にあった人に、
直接的に影響(えいきょう)させることは、
できない。

正直、見守るしかない・・。

容態(ようだい)や回復に
影響させることができず、
見守るしか方法はない・・・。


けれど、
創価学会の人たちは、
違(ちが)う。


現実に病気や事故にあった人の
容態(ようだい)と回復に、
直接的に影響させることができる。


それが、
創価学会の人たちの
祈りなんです・・!


病気や事故にあった人とは、
直接的には関係しないにしても、
その人を知り、回復(かいふく)を願う
創価学会の人たちの祈りによって、
病気や事故の容態をより良く回復させて、
治(なお)っていったことは、
山ほどあると思う。

しかも、それが、
大変な病気や事故だった場合、
なおさら、創価学会の
みんなの祈りが強くなり、
現実に影響力を持ち、
病気や事故にあった人を
回復させていった例は、
それこそ、数えきれないと思う。

もちろん、徹底的な治療(ちりょう)を
ほどこしてもらうのは、
当然(とうぜん)として、
それらの治療などの環境も含(ふく)め、
あらゆるものをより良く
プラスにもっていく力(ちから)が、
創価学会の『祈り』には、
現実にあるんです。


創価学会の人たちの『祈り』が
不可能を可能にした例も、
数えきれないと思う。


それが、本物の祈りなんです。


だからといって、
祈りに効果(こうか)があるのならば、
葬式仏教(そうしきぶっきょう)や観光宗教、
神社信仰などで、
真剣に祈ればいいじゃないかと思って、
祈ってみたところで、
祈りに効果がもたらされることは、
ありません。

それらの祈りは、
間違(まちが)った祈りであり、
葬式仏教や観光宗教、
神社信仰自体が、
間違ったデタラメな宗教なので、
どんなに真剣に祈ったとしても、
なんの効果もありません。

たとえ、命がけで祈ったとしても、
なんの効果もなく、
返(かえ)って、間違った宗教なので、
その間違った結果として、
さまざまな形で
不幸が出現してしまいます。

間違ったデタラメの宗教に祈るということは、
間違ったデタラメの宗教に、
自分の生命と人生を、ささげることになります。

間違ったデタラメの宗教に、
自分の生命と人生をささげていけば、
当然、自分の生命と人生は、
間違ったデタラメのものになっていく。

自分の生命と人生が、
間違ったデタラメのものになっていったならば、
その当たり前の結果として、
さまざまな不幸が、
もらたされてしまう!ということです。


それが、世間一般的な祈りです。


だから、そんなものは、やるべきではない・・!



けれど、さきほども言いましたが、
本物の祈りは違う!

創価学会の、
南無妙法蓮華経(なんみょうほうれんげきょう)を
となえる祈りは、
現実に、人生に、
世界に、未来に、
決定的な大きな影響力を
与(あた)えていくんです!

現実を動かすことのできる力(ちから)!

・・それが、創価学会の、
南無妙法蓮華経をとなえて祈るという、
『祈り』なんです。

現実に夢や希望をかなえ、
現実に未来を切り開いていく力!

現実に生命を蘇生(そせい)させ、
生命力を湧(わ)き上がらせ、
立ち上がらせていく力!

現実に悩みを打ち破り、
困難(こんなん)を乗り越え、
人生に、幸せという結果を
もたらす力が、
『南無妙法蓮華経』なんです。


これほど、スゴイことはないんです。
こけほどの武器(ぶき)も、なんいんです。


あらゆるものを幸せに変革(へんかく)していける!
あらゆるものを蘇生(そせい)させていける!


その祈りは、
自分を幸せにするのは当然として、
自分が祈る、その相手も、
その人が家族であろうと、他人であろうと、
真剣に、真心こめて祈ることによって、
その相手の生命を、
現実に蘇生させ、
より良く、幸せにしていけるんです。


・・・・・・・・・・・・・こころの向こうに、あるもの・・・・・・・・・・・・・

人生、いろいろありますが、
結論(けつろん)から言うと、
創価学会の人たちの、
『南無妙法蓮華経をとなえる』
という祈りほど、
スゴイものは、ないんです。

それは、
棚(たな)からぼたもちのようなことではなく、
さままな勇気や知恵、
最高の努力や行動をもたらし、
あらゆるものを幸せへと動かし、
蘇生(そせい)させ、
最高の結果を生むことになります。

だから、結局(けっきょく)、
南無妙法蓮華経を、となえて祈りきった人が、
勝利していける。
幸せになっていける!

それが、どんな状況(じょうきょう)であれ、
どんな環境(かんきょう)であれ、
どんな苦難や悩みであれ、
それがかりに自分でなくても、
影響を及(およ)ぼし、
蘇生(そせい)させ、
幸せにしていける!


それが、人生と未来を
勝ち取っていける、
決定的で、最強の力と言える、
創価学会の人たちの、
『南無妙法蓮華経をとなえる』、
『祈り』なんです・・。



だから、
人生の、
幸福と勝利を考えるとき、
実は・・、
真実(しんじつ)の祈りを持った人ほど、
強い人は、いない・・。

真実の祈りを持った人ほど、
幸せな人も、いない・・。

真実の祈りを持った人ほど、
人生を謳歌(おうか)し、
幸せを味わっていける人もまた、
いない・・。


なぜなら、真実の祈りは、
人生を切り開く、
幸せを勝ち取る、
そして、最高の歓喜(かんき)を味わっていける、
最大にして、
最強の、
『武器』だからです・・・!


・・・・・・・・・・・・・こころの向こうに、あるもの・・・・・・・・・・・・・


jewelju1jewelju1 at 09:08│

2014年11月04日

A12300


ぼくは、創価学会員だから、
普通に、聖教(せいきょう)新聞を
読んでいる。

創価学会員がみんな、
必ず聖教新聞を読んでいるわけでは
ないけれど、
一般的に、真面目に
創価学会(そうかがっかい)の信心を
やっている人は、
聖教新聞を読んでいる。


なぜ、聖教新聞を読むのかと、
自分に問いかけてみると、

それは、自分が、


「幸せを求めている!」


からだと思う。


もし、ぼくが、
幸せを求めていなかったら、
聖教新聞は、読まないでしょう・・・。


そう考えてみると、
聖教新聞は、
「幸せ」にポイントと重点を置いた
新聞であることが、わかる。



普通、新聞というと、
その時々にあった
事件や出来事や話題などが、
のっている。

また、それだけではなく、
その新聞独特(どくとく)の解釈(かいしゃく)というか、
それぞれの新聞に思想性(しそうせい)があり、
傾向性(けいこうせい)がある。

この新聞は
あっちよりの傾向があり、
あの新聞は
そっちよりの傾向があったりする。

よく言うように、
思想的に、
右よりだとか、左よりだとかと
表現することもできる。

こっちの新聞は反対だと言い、
あっちの新聞は賛成だ
という場合もある。

同じ物事にも、
さまざまな考え方があり、
それはそれで当然(とうぜん)だと思う。


細かい部分から言えば、
新聞には
思想の対決のような部分も
あるかもしれない。

一方は反対、
もう一方は賛成。
それは当然、
それが良いと判断(はんだん)して
書いてあるのだけれど、
その賛成と反対の狭間(はざま)で、
時として、
置(お)き去(ざ)りにされてしまうものがある。


それが、「人間の幸せ」だと思う。


特に、庶民(しょみん)の幸せ。
決して、新聞にはのることのないような、
名もない民衆たちの幸せ・・。

この名もない民衆たちの幸せが、
置き去りにされてしまう場合がある。

逆に言えば、
どうしようもないからだと
言うこともできる。

世の中に埋(う)もれているような、
庶民たちを幸せにできる
方法や手段(しゅだん)が
見当(みあ)たらないし、
またそれらの人々の
悩みや苦しみを解決する、
確実で具体的な方法もない。

だから、
それらの名もない民衆たちの幸せが、
新聞にのることは、あまりない・・・。


また、有名人や著名人(ちょめいじん)の死や、
それにかかわる病気について、
新聞にのることはあっても、
その大変な病気や障害(しょうがい)を
乗り越(こ)え、
蘇生(そせい)していった話しも、
あまり新聞にのる事がない。

それは、当然であり、
どんなに有名であろうと、
財力(ざいりょく)があろうと、
困難な病気を乗り越え、
勝利した話しなど、
ほとんど無いからです。


だから、そういう、
蘇生(そせい)のドラマが
新聞にのることも、あまりない。


・・・・・・・・・・・・・こころの向こうに、あるもの・・・・・・・・・・・・・

ところが、聖教新聞には、
いま、上げたような、
普通、新聞にのることのない、
物語、ストーリー、ドラマが、
ことごとく、のっている。

それは、大変な病気を乗り越え、
勝利していった物語であり、
経済的にも大変な苦境(くきょう)を勝ち越え、
幸せを勝ち取った物語であり、
また障害(しょうがい)を乗り越え、
蘇生(そせい)していった物語でもある。

また、他の新聞では
決して、のることのないような、
名もない庶民たちの
勝利と幸せの凱歌(がいか)が
高らかに歌われているのが、
聖教新聞だと言える。

それは、まぎれなもない
現実の結果であり、
元(もと)を正せば、
歴史の上でも、だれも、
どうしようもなかった、
民衆の幸せ、
名もない庶民を、
現実に幸せにしていける
法則(ほうそく)と哲学(てつがく)が、
創価学会の、
南無妙法蓮華経を、となえる
仏法(ぶっぽう)の信仰にはある!!
ということです。

ゆえに、
現実の科学的な証拠(しょうこ)として、
数えきれない多くの民衆の幸せを、
新聞にのせることができる。
また、それだけの
希望を生み出す力(ちから)が、
聖教新聞にはある!
ということもできます。


普通だったら、
決して新聞にのるようなことはなかった、
名もない民衆の勝利と幸せ・・!


その民衆の
壮大(そうだい)な叙事詩(じょじし)。

その民衆の勝利の歌が、
聖教新聞なのかもしれない。


だから、聖教新聞は、
『幸せを求める人』が
読む新聞だと思う。

そして、『幸せになる答え』が
必ずある!のが、
聖教新聞だと思う。

また、これほど、
人間に、
ひとりの人間に、
民衆に、
希望を贈(おく)ることのできる
新聞もない!と思う。


だれも、表立(おもてだ)って
言ったりしないかもしれないけれど、
探し求めている『幸せの本質(ほんしつ)』

そして、幸せという現実の結果・・!


その『幸せの本質』と
『幸せという結果』に、
真(しん)に、
具体的に、
現実的に、
直結(ちょっけつ)している新聞が、
聖教新聞だと思う・・・!


・・・・・・・・・・・・・こころの向こうに、あるもの・・・・・・・・・・・・・


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