拳銃の歴史コレクション

当ブログは、「GUN誌」等の雑誌、インターネットを参考、引用してまとめています。

ワルサー エーレバッフェ PPK

【歴史】
 カール・ワルサー社がナチ党のために製作したワルサーPPKバリエーションに、エーレバッフェPPKがある。
エーレは名誉、バッフェは武器という意味で、一種の勲章で、戦前にナチ党のスポーツ大会や競技会において優れた成績をあげた人物に与えられた
 
エーレバッフェPPKと名付けられているものの、PPK本体はスタンダードな製品と全く同じである。ただ異なる点は、プラスチック製グリップで左右面とも、すべり止めチェッカー面の上方にナチ党のシンボルである「ワシとカギ十字」のエンブレムが入っていた点だ。このグリップはエーレバッフェのみに付属し、市販されなかった。

WALTHER  EHRENWAFFE  PPK
ワルサーPPKエーレバッフェ
ワルサーPPKエーレバッフェ2

トカレフ TT1930/33(TT33)

【歴史】
 
トカレフTT1930/33(TT33)は、トカレフTT1930(TT30)を簡素化し、生産性向上を図ったモデルだ。オリジナルのTT30は、ブローニング設計のコルトM1911を単純化した製品だった。改良設計のTT33は、このT30をさらに単純化すべく計画された。
 TT30はグリップ・フレーム後面が独立した部品になっており、銃の精密分解時に外してトリガーを後方に抜き出した。改良型TT33の最大の改良点は、このグリップ・フレームを一体化して、簡素化した点だ。
 その他、バレルのロッキング・ラグをリング化して生産を容易にし、フロント・サイトを幅広く、リア・サイト溝を狙いやすいスクウェア・ノッチに改良した。トカレフTT33は、その後さらに簡素化を進め、スライドの指かけ溝も複合式からシンプルな溝へ改めた。
 
トカレフTT33は、極限までブローニング設計のM1911を単純化したもので、グリップ・セフティ、手動セフティすら省かれ、セフティはハンマーのハーフ・コックのみになった。

TOKAREV  1930/33(TT33)
トカレフTT33
トカレフTT33-2

ワルサー PP・RZM

【歴史】
 ワルサーPP・RZMと呼ばれる製品は、スライド左側後部にRZM(ライヒス・ツォイク・マイスターライ)のマークが入ったモデルをいう。
 ライヒス・ツォイク・マイスターライ(RZM)は、ナチ党の備品の検定、購入を行った役所の名称であるRZMマークの入ったワルサーPPは、ナチ党将校、SA(突撃隊)、SS(親衛隊)などに支給するために購入したものだった。これとは別にワシとカギ十字、NSKKを組み合わせた刻印つきもある。これはナチ自動車協会(NSKK)という準軍事組織用に供給されたものである。

WALTHER  PP・RZM
ワルサーPP・RZM

コルト M1911A1 コマーシャル(ガバメント・モデル)

【歴史】
 コルト
M1911の軍用向け生産は、第一次大戦後激減した。コルト社はこの時期、一般市販や、海外輸出モデルの生産に力を注いだ。この頃のM1911、M1911A1の市販型は、良好な工作と仕上げで知られ、表面はブルー仕上げで美しいモデルだ。
 写真の輸出型M1911A1は、1933年(製造番号:C165005)に作られた代表的な仕上げの製品で、当時M1911A1は、中南米に多数輸出が図られていた。

COLT  M1911A1  COMMERCIAL(GOVERNMENT  MODEL)
コルト M1911A1コマーシャル

パラベラム P08(モーゼル社製造)

【歴史】
 P08(ピストーレン08)は、1908年ドイツ軍に採用され、第一次大戦、第二次大戦を通じて使われたパラベラム・ピストルの最も代表的な製品だ。
 第一次大戦終結までは主にDWM(ドイツ武器弾薬製造会社)で生産され、第二次大戦にかけてはモーゼル社が主に生産を行った。 
 初めDWMのみが生産にあたり、1909年から生産に入った。1911年からはドイツ政府のエルフルト造兵廠での生産が加わる。また1918年にはスパンダウ造兵廠の生産も計画され、少数が生産された。
 初期のものには、グリップ後面下端のショルダー・ストック装着ラグがなかったが、1913年12月以降の製品には装備されることとなる。
第一次大戦後一時期「P08」の生産が禁止されたが、輸出向けとして1920年からDWM、ジムシン社、ハインリッヒ・クルーグホフでも生産されるようになった。
 1933年ナチ党が政権を握ると、モーゼル社に生産の大部分が移り1945年まで生産された。

PARABELLUM  P08  MAUSER
パラベラムP08モーゼル
パラベラムP08モーゼル2

【1932年】

モーゼル シュネールファイヤー・ピストル(M712)

【歴史】
 ヨゼフ・ニッケルが開発した
ライエンフイヤー・モデル713には数々の弱点が指摘されていた。これらを改良し、より信頼のおける構造として完成された製品が、「モーゼル・シュネールファイヤー・ピストル」だ。改良を担当したのは、カール・ヴェスティンガーでセレクター・スイッチにストッパーをつけ、フル・オートマチック・シアを改良、より作動の確実なものとした。改良は1932年に完成・発表したところからシュネールファイヤー・ピストルは、「モーゼル・フル・オートマチック・ピストルM1932」の名称でも知られている。
 一方、アメリカに輸出されたシュネールファイヤー・ピストルは、ニューヨークにあったストーガー社が、「モーゼル・モデル712」の名称で販売した。
 シュネールファイヤー・ピストルの最大のマーケットは中国であった。現存する多くのシュネールファイヤー・ピストルには、マガジン・ハウジング左側面にドイツ製を表す「徳国製」の中国語刻印が打たれている。
 中国のほか、ブラジルを始め中南米の警察軍も多量に採用して支給した。シュネールファイヤー・ピストルは独自の1番から始まる製造番号が用いられ、総数98,000丁余りが生産された。シュネールファイヤー・ピストルは中国、ブラジル、ペルー、イラン、トルコなど14ヵ国も輸入した。
 生産は1930年代末まで(1938年、1840年とも言われる)続行され、一部の製品はドイツの武装親衛隊(バッフェンSS)によって使用された。

【データ】
 
シュネールファイヤー・ピストルは、モーゼルM1930をベースにして、フレーム左側面に三角型のセレクターを備えている。このセレクターは中央にストッパーを付属し、セミ・オート(N)と、フル・オート(R)を変更するにはストッパーを押しながら操作する。フル・オート射撃は弾薬消費が早いため、マガジンは着脱式で10発のほか20発容量のものがある。

MAUSER  C96  SCHNELLFEUER  PISTOL(M712)
モーゼル・C96-M712
モーゼル・C96-M712-2
モーゼル・C96-M712-3
モーゼル・C96-M712-4

ワルサー PP スタンダード・モデル

【歴史】
 ワルサーPPのスタンダード・モデルというべき製品が、一般に75°セフティと呼ばれる。これはスライド左側面後端の手動セフティ・レバーが、ロック解除のために
75°の回転角をもつためである。
 ワルサーPPは、7.65mm×17、もしくは9mm×17の小型弾を使うところから、基本的構造そのものは単純なブローバック方式が採られた。リコイル・スプリングは、大きな巻径のものが、バレルの周囲にセットされておりリコイルはスムーズだ。
 マガジンはシングル・ローで、グリップは薄く作られている。マガジンには下端の三角形のプラスチック製の底板のものが作られた。
 ダブル・アクション式トリガーは、装填済みの銃で第1弾を素早く発射できる利点がある。この利点を生かすためには、銃を安全に装填しておく必要がある。そのためPPには、手動安全装置のほか、自動的にファイアリング・ピンをロックするオートマチック・セフティも組み込まれている。このセフティは、トリガーを引き切った時以外はファイアリング・ピンを常時ロックしておく働きをもつ。


WALTHER  PP  STANDARD  MODEL
ワルサーPPスタンダード
ワルサーPPスタンダード2

コルト ポケット 上海ポリス・モデル

【歴史】
 この上海ポリス・モデルは、口径 .380ACP。コルト・メダリオン入りチェッカード・グリップ・パネル付き。シリアル・ナンバー「108320」1932年製造
 これは上海警察用に作られた特別モデルで、リア・サイトと連結されたセフティが特徴的です。

COLT  POCKET  SHANGHAI  POLICE  MODEL
コルト・ポケット上海ポリス
コルト・ポケット上海ポリス2

ベレッタ M1932 マリーナ

【歴史】
 1932年、ベレッタ社はベレッタM1931の改良型を発表した。この改良型は構造面から見るとM1931と全く同じであったが、
M1931のグリップ・フレームがストレートすぎて握りにくいという不評から改良されたのだ。
 
ベレッタM1932は、グリップ・フレーム下方にひろがりを持たせたスカート型にした。同時にベレッタ社として初めて9mm×17(.380ACP)弾を採用した。M1932は、イタリア海軍で追加テストを受けた。

BERETTA  M1932  MARINE
ベレッタM1932
ベレッタM1932-2

【1931年】

ワルサー PPK Cal.22

【歴史】
 ワルサー
PPKにも.22口径LR弾を使う小口径モデルが作られた。このワルサーPPK Cal.22は、軍用や訓練用というより、小型でリコイルの小さな婦人向け護身用ピストルを目的に設計された。
 PPの .22口径モデルと同様に、スライド両面を削って軽量化し、リコイル・スプリングを弱くしてある。マガジンは左右側面をへこませて細い .22口径弾用に改造された。

WALTHER  PPK  Cal.22
ワルサーPPK.22

コルト エース・モデル .22

【歴史】
 コルト・
スーパー .38から競技用モデルがオート・ピストルとして初めて発売されたが、.38コルト・スーパー・カートリッジの値段が高く、練習を必要とする競技用としては経済的ではなかった。そこで考えられたのが .22LRカートリッジが使えるコルト .22エースだった。しかし開発にあたりいくつかの問題点があった。それは土台をガバメントとしなければならないからだ。M1911/M1911A1の練習であれば、まったく同じフィーリング、重量等をもったモデルでなければ意味がない。しかし、スライド、リコイル・スプリング共に .45ACP用としてデザインされたものを、.22LRの弱いカートリッジで作動させるとなると、リコイル・スプリングを弱くしても、質量の大きいスライドを後退させ、セミ・オートとして作動させるには問題がありすぎた。
 しかしながらブローバックを作動方式としたエース・モデル .22は問題未解決のまま発売された。市場の需要に押し切られながら発売したが、やはり作動不良で市場の評判はよくなかった。その後、フローティング・チェンバー・システムが開発され、そのシステムで改良されたのは1937年のことだった。

【データ】
 口径は、.22LR。作動方式はブローバック。バレル長は4 3/4インチ。マガジンには10発+1。重量は約1,080gで、フィニッシュはマッチ・モデルと同じでグリップ・パネル等もそれに準じたものであった。リア・サイトはフル・アジャスタブルのものをそなえていた。
 製造数は10,935丁(1931年〜1941年)。

COLT  ACE  MODEL .22
コルト・エース22

ワルサー PPK 最初期型

【歴史】
 ドイツ警察はPPを採用したものの、より小型な製品の開発を要求した。その結果、1931年にPPのバレルとスライドを短くし、フレームも短縮、軽量化した「PPK」を発表した。
 PPKの最後のKを「Kurz(短い)」の略とする説も多いが、PPKの意味は「Polizei Pistole Kriminal(刑事用警察拳銃)」の略だ。事実、1930年代のワルサー社の資料にこのように表記されている。
 PPK開発の過程でもセフティ・レバーをフレーム側に配置した試作モデルが存在し、このことからセフティの位置や操作方法について、さらなる改善を図ろうとしたことが推測される。スライド左側面に90°前方向に回転させるレバーを配置するのは、必ずしもベストであるとは言い難い。指の動きとしては操作しづらいと感じるからだ。しかし、PPKも発売時にはPPと同じ位置にセフティ・レバー兼デコッキング・レバーを装備した。
 その後、PP&PPKのマニアル・セフティは位置、回転方向は同じながら、その回転角は
75°に改められている。少しでも操作性を良くするための改良だった。
 初めに生産されたワルサーPPKは、スチール製フレームを備えていたが、さらに軽量化を求める声に対し、アルミニウム・フレームの製品も作られた。
アルミニウム合金製のフレームを付属したワルサーPPKは、PPK・ライヒト・モデルと呼ばれた。フレーム強度が低いところから、マガジン・キャッチは、9mm×17だけでなく、7.65mm×17のものグリップ下面のフック・タイプが利用された。

WALTHER  PPK  EARLY  MODEL  STEEL  FRAMA
ワルサーPPK-スチール

WALTHER  PPK  EARLY  MODEL  AROI  FRAMA
ワルサーPPK-アーロイ

ベレッタ M1931 マリーナ

【歴史】
 1920年代末、ベレッタ社は中型ピストルの近代化にとりかかった。1922年発売のベレッタM1922とやや大型のM1923が改良の対象となった。
 1931年、ベレッタ社の近代化モデルが完成した。そのモデルは「M1931」と名付けられM1922に代わり、7.65mm×17口径の中型ピストルとして発売された。M1931の製造番号は、400,000台から生産が始められた。M1931は民間向けに販売されると共に、イタリア海軍の制式採用も得ている。
 民間向けモデルは、グリップにピエトロ・ベレッタのPBマークが付き、海軍に納入されたものは、イカリにRM(レアル・マリーナ)のマークが付属されていた。

BERETTA  M1931  MARINE
ベレッタM1931


トカレフ 1930(TT30)

【歴史】
 1920年代末までソビエト軍は、軍用ピストルとして、ナガン・リボルバーを国産し、セミ・オートマチックは輸入品に頼っていた。ソビエト軍が輸入して使っていた代表的なセミ・オートマチックは、モーゼル・ミリタリー、ブローニングM1903、コルトM1911などがあった。
 1928年
ソビエト軍は、国産オートマチックのテストを開始する。試作品は弾薬としてモーゼル用の7.63mm×25弾を用いることになる。トカレフ、コロビン、プルツキー等が試作品を製作、1930年から31年にかけてのトライアルの結果、トカレフの製品が制式の指定を受け「TT30」の名称を与えられた。
 TT(ツールスキー・トカレバ)1930は、通称トカレフ・ピストル1930と呼ばれる。フィヨドル・バジレビッチ・トカレフによって設計されたセミ・オートマチック・ピストルだった。TT1930は、ブローニング設計のコルトM1911を単純化した製品だ。

TOKAREV  1930(TT30)
トカレフTT30
トカレフTT30-2

【1930年】

モーゼル C96 ライエンフォイヤー・モデル713

【歴史】
 モーゼル
C96系ピストルの一大市場は、アジアの中国だった。中国の各地方の軍閥の多くがモーゼルC96を将校用ピストルとして制式にしていた。この中国市場向けにスペインは、モーゼルC96のコピーを多量に輸出していた。スペインのアストラ、アスール等のモーゼルC96コピーは、本家モーゼル社に先駆けてフル・オートマチック射撃の可能なセレクティブ・フイヤー・モデルを中国向けに生産を始め、好評を得ていた。そこでモーゼル社は、オーストラリアの銃器発明家ヨゼフ・ニッケル(Josef Nickl)に依頼して、C96のセレクティブ・ファイヤー・モデルを完成させる。これが通称、モーゼル・ニッケル・フル・オートマチック・モデルと呼ばれる製品だ。モーゼル社内では、「モーゼルC96ライエンフォイヤー・モデル713または、単にR713と呼んでいた。
 
ライエンフイヤー・モデル713(フル・オートマチックM713)は、スペイン製モーゼルC96コピーに対抗すべく、1930年末には発売が始められていた。しかし、射撃中にセレクターが移動して、セミ・オートから突然フル・オートになってしまうなど、フル・オートマチック・シアの作動の信頼性が低いことから、すぐに改良型に切り替えられることとなった。生産台数は、少なく総数5,000丁が製作され、そのうち1,000丁は中国市場で販売された。

MAUSER  C96  REIHENFEUER  MODEL 713
モーゼル・C96ライエン
モーゼル・C96ライエン2
モーゼル・C96ライエン3

ワルサー PP .22 ロング・フレーム

【歴史】
 ワルサーPP
 .22口径モデル・ロング・フレームは、実験的に限定された .22口径射撃専用ワルサーPPだ。
 ロング・グリップは、オーバー・サイズ・グリップを装着しただけで完成された。ロング・フレームと呼ばれる限定製品は、さらに射撃専用を目指したモデルで、その名が示すようにグリップ・フレーム(メイン・フレーム)後部を延長し、グリッピングを良くした。もちろんワルサーPPは射撃専用銃ではないので、やがてロング・フレーム・ワルサーPPは生産中止となった。
 

WALTHER  PP  .22  LONG  FRAME
ワルサーPP-Lフレーム

ワルサー PP .22 ロング・グリップ

【歴史】
 ワルサーPPは、一般用として7.65mm×17と9mm×17を生産したが、これらの他に軍事スポーツ向けとして .22LR口径の製品も作られ供給された。
 ワルサーPP .22口径モデル・ロング・グリップは、スポーツ射撃愛好家向けに市販された特殊型だ。カール・ワルサー社は、射撃向けに .22口径のPPを発売し、グリップが短いことを補う目的で、フル・チェッカーのロング・グリップを付属品として追加した。ロング・グリップは、銃の本体グリップはそのままに、ウォールナット材のオーバー・サイズ・グリップを装着して完成された。マガジンの下部にも、小さなウォールナット材のマガジン・エクステンションが装着されている。ロング・グリップPPは、90°セフティPPをベースにしている。
 

WALTHER  PP  .22  LONG  GRIP
ワルサーPP-Lグリップ

モーゼル M1930 ユニバーサル・セフティ・モデル

【歴史】
 モーゼル
C96は、1896年以来様々なバリエーションが作られた。しかし、モーゼル社ではそれらのバリエーションに固有のモデル名をつけることはなかった。モーゼル社の中では、「モーゼル・グロス・ミリタリッシュ・モデルC96(モーゼル大型ミリタリー・モデルC96)」と呼ばれ、各個のモデルは例えば、「イラン向け」、「9mmパラベラム口径」などと呼んで区別していた。
 1930年代になり、各銃器ケーカーが次々とニューモデルの発表を行う中、モーゼル社もC96を近代化し、マーケットに再アピールした。この改良型には、モーゼル社により1896年以来初めての年号を使ったモデル名が与えられた。これは1930年に発表されたため「モーゼルM1930オートマチック・ピストル(ドイツ名:モーゼル・セルブストラーデ・ピストル・モデル1930)」の名称が使われた。

【データ】
 主な改良点は、セフティにある。新型セフティは「ユニバーサル・セフティ」と呼ばれるタイプで、ハンマーを起こした時も、ハンマーを前進させた時もロックすることができる。そのためM1930は「モーゼル・ミリタリー・
ユニバーサル・セフティ・モデル」とも呼ばれる。
 M1930にはその他外観上にも改良点がある。バレル基部にはリング状に一段肉厚部ができ、グリップ溝も幅が広くなり数が少なくなった。そのため、旧タイプに比べるとよりスマートで近代的な印象を与えた。
 
M1930の製造番号は、800,000台から生産され、10万丁以上が生産された。その主なマーケットは、中国と中南米であった。中国向けには、「徳國製(ドイツ製)」の刻印がマガジン左側面に打たれた。
 その他、少数ながらノルウェー軍用にも制式採用され、インドネシア植民地軍用にも採用、支給された。
 
モーゼルM1930のバリエーションとしては、少数の9mm×19口径のものと、同じく少数生産されたものに、フラット・サイド・モデルと、独立した着脱式ボックス・マガジン付きの製品が知られ、ショート・バレル・タイプも生産供給された。

MAUSER  M1930  UNIVERSAL  SAFETY  MODEL
モーゼル・C96-M1930
モーゼル・C96-M1930-2
モーゼル・C96-M1930-3

MAUSER  M1930  UNIVERSAL  SAFETY  SHORT  BARREL
モーゼル・C96-M1930-4

【1929年】

コルト スーパー .38

【歴史】
 コルト社が初めてターゲット・シューター用としてM1911A1をベースとした競技用スーパー・マッチ・モデルを発売したのは1929年のことだった。スタンダード・モデルと違い、あらゆる面が考慮されたモデルだ。セレクト・バレルを取り付け、スライド、レシーバーの組み合わせと手間のかかったモデルだ
った

【データ】
 口径は、.38スーパーで、バレル長は5インチ。マガジンは9発+1。重量は約1,100gで、ブルー・フィニッシュまたはニッケル・フィニッシュ。チェッカー入りウォールナット・グリップ・パネルで、後半はプラスチックとなった。
 
初期のリア・サイトはパートリッジ・タイプだったが、その後、スチーブンス・アジャスタブル・リア・サイトに変わった。
 サイト・エリアはハレーション防止のため、マット・フィニッシュ。製造数は34,450丁(1929年〜1940年)。

COLT  SUPER .38
コルト・スーパー38
コルト・スーパー38-2

ワルサー MP

【歴史】
 ワルサーMPは、ミリタリー・ピストールの略で、PPよりも早く世に出ていながらそれを知っているのはほんの少数の人たちだけであったという、秘密のモデルだ。
 第一次大戦に敗れたドイツは国連の監督下にあって、ヴェルサイユ条約を守らなければならなかった。この条約の武器に関する項目の中で、ドイツ及びオーストリアは軍用9mm口径のピストルの製造を禁止されていた。しかし、ワルサーの工場ではこの条項に違反して9mm口径のダブル・アクション・オートピストルを造っていたのである。これがMPモデルで、1920年代初頭にこのピストルをワルサーの工場で造りはじめた時、これを知っていたのは政府とワルサーの首脳部だけで、製造に担当していた職工でさえも何か分からずに製作していたらしい。もちろんカタログにも載っていなかった。
 1929年にこのMPと同型で、口径とサイズのやや小型なモデルPPを発売したのは、このMPモデルの存在をぼかすためだったらしいと云われるほどで、軍人がMPモデルを使用していてもモデルPPとの区別はつかなかったと思われる。
 このMPモデルは、あくまでも試作の段階を出ず、量産はされずに終わったので知られざるピストルとなってしまったのだが、量産されなかった理由はこの銃の機構が口径9mmの実包を使用するのには、あまり適さなかったからだった。
 9mmパラベラムの弾丸を使用したP08を見ても判るように、このような実包を使用するオート・ピストルには必ず、ロックド・ブリーチと呼ばれる機構を持っている。この機構は銃身と遊底を噛み合わせて、弾丸が銃口から射出されないうちに後方へのガス圧で
遊底がブローバックするような事がないようにと考えられたもので、弾丸が銃口を出た瞬間、その反動で銃身が後退して遊底との噛み合わせがはずれ、そこではじめてブローバックするということになる。ところがこのMPモデルは、PPやPPKと同じくロックド・ブリーチ機構のないブローバック方式のピストルで、強力な複座スプリングを使用してブローバックが早く起こりすぎないように考慮してあったが、やはり9mm実包の発射時のガス圧に対しては完全とはいえず、強度の点で問題が残ったので量産にはいたらなかったのだ。
 MPモデルは現在残っているものは非常に少なく、コレクターの間では非常に高値で取引されているらしい。

【データ】
 MPモデルは、口径9mm、マガジン内に8発。銃身長は127mmで、全長は203.2mm、重量は931.37g、安全装置のシステムなどはPPモデルと完全に同じである。

WALTHER  MP
ワルサーMP

ワルサー PP 最初期型

【歴史】
 ワルサーPPは、軍用、警察用にダブル・アクション撃発機構を組み込んで完成されたセミ・オートマチック・ピストルだ。フリッツ・ヴァルター(英語読み:ワルサー)が時間をかけて開発したハンドガンは、
彼が最も力を入れていた中・小型拳銃のナンバー・シリーズの最終作品を継ぐものとして発表された。
 よくワルサーPPが、
ダブル・アクション撃発機構を組み込んだ初のセミ・オートマチック・ピストルと言われるが、正確ではない。ワルサーPPが発表されたのは、1929年であったが、これより前にフランスのラ・フランセ・セミ・オートマチックは変則ダブル・アクションを組み込んで完成されていたし、オーストリアのリトル・トムも数年前に発表されていた。しかし、ワルサーPPとその短縮型PPKが、初期のダブル・アクション・セミ・オートマチック・ピストル中、最高傑作であることに疑いはない。ダブル・アクション撃発機構というユニークな構造を組み込んでいるほか、現在もなおPPシリーズの生産が続行されていて、世界各国でコピーが作られている。後にドイツ軍制式ピストルとなったP38にそのまま受け継がれている。
 PPとは「Polizei-Pistole(Pplice Pistol)」の略で、警察用ハンドガンを意味する。
フリッツ・ヴァルターは警察官が装備するのに適した銃として、このPPを7.65×17mm(.32ACP)で完成させた。第一次大戦後、空前の好景気に沸いていたアメリカで1929年10月24日、株式市場の大暴落が発生、ウォール街に暗雲が立ち込めた。投資家はパニックに陥り、株の損失を補填するため、幅広い分野から資金の引き揚げを開始、これがアメリカ経済に依存していた国々に大きな打撃を与え、世界的な大恐慌に発展した。ワルサーPPを発売したのは、そんな時代だった。各国は保護貿易主義をとり、自国産業を守るため、輸入品に高額な関税を掛けたことから、PPはほとんど輸出されることなく、ドイツ国内で使用された。

【データ】
 「90°セフティ」と呼ばれるワルサーPPは、最も初期に生産された製品で、
90°セフティと呼ばれるのは、手動セフティをロック解除する際に90°の回転角を持っていたからだ。この90°の回転角を持つワルサーPPは、スライド内のブリーチ部も独立しており、スライドから分解できる特色があった。1929年に生産を開始したPPの製造番号は、750,000からスタートした。
 9mm×17(.380ACP)弾を使うワルサーPPは、マガジン・キャッチとしてグリップ・フレームを貫通するクロス・ボルト・タイプではなく、グリップ下面を利用したフック・タイプになっている。これは
ワルサーPPのグリップ・フレームが薄いところから取られた解決法だった。

WALTHER  PP  EARLY  MODEL
ワルサーPP

ワルサーPP2


パラベラム M1906/29 W+F

【歴史】
 パラベラムの国産を始めていたスイスのベルン造兵廠は、モデル1906/24の製造コストの高さを問題視、1929年にコストダウン・モデルへの切り替えを行った。これはグリップをプラスチックに変更、トグルノブのチェッカリングを無くし、グリップ・フレームの前下部のカーブを無くしてストレートにしている。表面加工も最小限にとどめ、灰色のパーカライジング仕上げにした。またグリップ・セフティのサイズを大型化するなど、細部の仕様を変更した。しかし、これによるコストカットはわずかなものだった。
 その結果、スイス軍は制式ピストルの更新を目指すこととなった。このコストカット仕様は「モデル1906/29」と呼ばれており、1933年から量産が始められ1947年まで総生産数は27,931丁の軍用と、1,917丁の民間向けモデルが作られた。

PARABELLUM  M1906/29  W+F
パラベラムM1906:29ベルン

パラベラムM1906:29ベルン2

【1928年】

アストラ M902

【歴史】
 
アストラM902は、M901の改良型で、銃身は延長され弾倉は20発に拡大されたが、装填方式はクリップのままだったので、依然としてマシンピストルとしての実用性は低かった。
 1928年から1933年まで製造され製造数は7,075丁。主に中華民国へ輸出された。ドイツ国防軍にも1943年に少数納入されたらしい。

ASTRA  M902
アストラ902

アストラ902-2
アストラ902-3

コルト バンカーズ・スペシャル

【歴史】
 1928年、先のデテクティブ・スペシャルと同じように、ポリス・ポジティブ・スペシャルのシリアル・ナンバーの系列でバンカーズ・スペシャルが登場した。
2インチバレル付きのバンカーズ・モデルは本質的にはポリス・ポジティブと同じである。

【データ】
 口径は、.38コルト・ニュー・ポリス、.38S&W、.22LR、1933年になると.38スペシャルが加わった。
 重量は、.38口径で約540gと
デテクティブ・スペシャルよりさらに軽いモデルであった。.22LRモデルはラウンド・バットでバレルの厚み分だけ重く約650gあった。トリガー・ガードの前半をカットした「フィッツジェラルド」も少数であるが製造された。製造数は35,000丁(1928年〜1943年)である。

COLT  BANKERS  SPECIAL
コルト・バンカーズ

COLT  FITZGERALD  SPECIAL
コルト・フィッツジェラルド

アストラ M901

【歴史】
 
アストラM901は、M900にセレクティブ・ファイア機能が追加され、セミ・フルオートを切り替えるセレクター・レバーが右側面に設置された。しかしクリップ装填式固定弾倉の容量は10発に過ぎず、900発/分というあまりに高すぎる連射速度も相まってフルオート射撃の実用性は低かった。
 1928年に1,655丁が作られ、主に中華民国へ輸出された。


ASTRA  M901
アストラ901
アストラ901-2
ギャラリー
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