白井哲津神さん ぼくの大好きな挿絵画家、津神久三さん(別名・白井哲さん)が10月10日亡くなった、というお知らせを戴きました。
 ぼくが初めて津神さんの作品に接したのは、昭和32年(1957年)頃、小学校4年時でした。
 講談社から刊行されていた少年少女世界探偵小説全集の第1巻、ディクスン・カー、江戸川乱歩訳『動く人形のなぞ』(曲がった蝶番)の挿絵でした。この絵がとても気に入って、その後、同叢書で刊行されたエラリー・クイーンのジュニアもの『金色のわしの秘密』や江戸川乱歩の少年探偵シリーズ『灰色の巨人』など、どれも叢書の中の挿絵では一番、と思っていました。そのいずれもが白井哲名義でした。
 ところがそれから暫く、白井哲のお名前をぱたりと見なくなってしまいました。
 どうされたのだろう、と気になっていたのですが、実は白井さん(津神さん)はアメリカに渡って、彼の地でイラストレイターとして活躍されていたのです。
 もともと西部劇がお好きで、後に『ワイアット・アープ伝』などの著書を著されたほどのディレッタントですが、そういうこともあって本場で勝負しよう、ということになったようです。
 ぼくが上に挙げたような本を読んでいた頃、白井哲さんは鮎川哲也先生の児童ものの挿絵を描いた縁で親しくなったようです。津神さんがアメリカに行くという話を聞いた鮎川先生は、しめた、とばかり津神さんに頼んだのが、アメリカの新譜や中古のレコード屋へ行ってこれこれを探してほしい、という依頼でした。
 鮎川先生の許には夥しい数のアメリカの津神さんからの封書が残されていて、それはすべてご依頼のレコードを見つけた、とかいくら探しても見当たらなかった、という内容のものでした。
 やがてアメリカからお帰りになった津神さんは、大学で美術を教えられながら挿絵の仕事に復帰され、同時に『黄金期のアメリカン・イラストレーター』『画家たちのアメリカ』といった本を上梓されました。
 ウェスタン好きということから、作家の逢坂剛さんとも親交があり、逢坂さんの西部小説の挿絵を描いておられます。
 ぼくはなんとかして津神さんに仕事をお願いしたいと考えていて、ようやく戸松淳矩さんの『剣と薔薇の夏』を単行本で刊行した際、そのカバーを描いて戴きました。
 奥様からの喪中の知らせには、「天寿を全うし永眠いたしました」とありました。享年92。ご冥福をお祈りいたします。