2005年08月14日

 ウェブ・ページ「屋根裏通信」を覗いたら、森下祐行氏の「『本格ミステリ冬の時代』はあったのか」が目にとまりました。芦辺拓氏のエッセイに対する疑問から始まり、社会派推理小説全盛時代に本格ミステリの冬の時代があったというのは本当だろうか、と検証しているものです。ぼくは大学時代、歴史を専攻していましたが、歴史学の中で現代史というのは、極端に言うと対象外とされ、ある一定の期間を経なければ扱わないもの、とされています。人がリアルタイムに体験した時代について、個人的感情を抜きに冷静に(即ち学問的に)論ずることは難しいからでしょう。けれども、その時代を生きた人の生の証言は書きとどめておかねばなりません。それをどのように捉えるか、その評価は後生に委ねるにしても。その史料として芦辺氏のエッセイも、森下氏の疑問も必要なものとなることでしょう。
 ぼくは、まさに社会派全盛時にジュヴナイルを卒業し、リアルタイムで読みだした世代です。ここで論じられている清張以後の作家たち、「宝石」の終焉、復古ブーム……という時代に中学高校大学生として一番本を読んでいた時代でした。
 この冬の時代といった感覚は、鮎川哲也氏や土屋隆夫氏が、芦辺氏と似たような発言をされたことを聞いたことがあります。今は社会派の時代で、もう自分たちの書くものは時代遅れだ、といわれ、それに抵抗しながら頑張ってきた同志だ、という趣旨の発言を両者から何度か伺ったものです。
 その一方、当時の読者としては森下氏の言われるように、特に本格物が阻害されている冬の時代だ、とはまったく思っていませんでした。鮎川、土屋、高木氏をはじめ、陳さん、仁木さんなどなど、新人にしても乱歩賞で出てくる作家たちは本格ものが主流でした。むしろ、清張作品にしても、ぼくなどは本格ものとして読んでおり、一部で意外性に拘るあまり、現実離れしたトリックが横行することのほうに、危機感を抱いていたものです。のちに都筑さんが「黄色い部屋はいかに改装されたか」で警鐘を鳴らしたときは、ですから双手を挙げて賛同しました。
 文学史として、戦後の推理小説の流れを考えるとき、もう一度、社会派推理小説とは何だったのか、といったことを考え直す必要があります。それというのも、こういう名称には出版社(界)やマスコミの戦略(商法)が絡んでいるからです。先に挙げた清張以後の流れの中でも、カッパ商法や角川ブロックバスター戦略によって付けられた看板をまず取り払ってから、その正体を見極める必要があるのではないでしょうか。
「本格ミステリに冬の時代があったのか」と同じように、「社会派推理小説というのはあったのか」を、改めて問い直していくことが、戦後推理小説史の検証には欠かせないと思うのです。

jigokuanjigokuan at 23:09コメント(1)トラックバック(0)推理小説史  

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コメント一覧

1. Posted by 文左衛門   2005年08月15日 10:40
大変刺激的な議論だと思います。
でも、戸川さんのおっしゃってる事と同じ事は既に山前譲さんがおっしゃられており、それに対して新保博久氏が『世紀末推理小説事情』(ちくまライブラリ−)で出版点数の多さを考え「この時代における推理小説界に占めるウエイトが非常に大きい。影響力も甚大で」あった為昭和30年代を「便宜的に呼称するのは妥当ではあるまいか」と述べています。
このへんについてどうお考えなのか、別途お書き添え頂ければ幸いです。
そもそも、若輩者の私でございますが、本格という「創作上の建築技法」と、社会派と言う「ストーリーなどの室内装飾」が単一に比較されて語られるのがどうも据わりが悪く、あまつさえ気色悪く思うのであります。
何とも座りの悪い長文コメント、失礼を致しました。
いずれはお店に伺い、売り上げに寄与したく思います。

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