クリスマスの季節が近づいてきた。
常夏の、ここバンコクでも、 冬景色のデコレーションが目につく。
仕事の関係で今年のクリスマスはタイで過ごすことになりそうだ。冬という季節さえ持たないタイだが、バンコクの多くのデパートやホテルはクリスマス用の飾りつけをしてイベントムードを高めている。綺麗な作り物の雪景色を見ていると、何だか切ない気分になってくる。
自分の中で最悪のクリスマスは学生時代。某コンビニの夜勤バイトをしていたのだが、当時流行っていたワムの『ラスト・クリスマス』を店内放送でずっと流しているのだ。繰り返し、繰り返し、終わることなく。これには参った。お陰で、あの曲のイントロを聴いただけでいらつきを覚えるようになった。
白い聖夜を夢見ている
昔、私が過ごしたような。
木々の頭が雪で輝き
子供たちは雪ぞりに付いた鐘の音を聴いている。
クリスマスソングとしては最も有名な『ホワイト・クリスマス』。この曲で主人公(歌い手)は、タイと同じように雪など全く降らないロサンジェルスから、白い景色の中で過ごしたクリスマスの日々を思い出すという設定になっている(*1)。クリスマスアルバムには必ず入る曲だが、俺の大好きな歌姫noon の作った『Holy Wishes』にも収録。ユキ・アリマサのロマンチックなピアノとのデュオでしっとりと歌い上げている。
もともと映画『スイング・ホテル(*2)』のために作られた曲。主演は俺のヒーロー、フレッド・アステア様&ビング・ク
ロスビーだ。
作詞作曲はアービング・バーリン。他にも『ブルー・スカイ(*3)』『チーク・トゥ・チーク(*4)』』など沢山の名曲を書いている。ビリー・ワイルダーの映画『第十七捕虜収容所(*5)』で、収容所所長に扮したオットー・プレミンジャーは米兵たちが『ホワイト・クリスマス』を聴いているのを見て言う。
「この曲を作った男は我が国の首都の名前を盗んでおる」
バーリン(Berlin)をドイツ語読みするとベルリンになるからだ。もっとも、ロシア系ユダヤ人の バーリンの本名はイスロエル・イジドル・ベイリン(Israel Isidore Baline)だそう。
プレミンジャーの本業は役者ではなく監督。自身の作品としてはマリリン・モンローの『帰らざる河』『黄金の腕』『哀しみよこんにちは』など西部劇から社会派ドラマ、恋愛物とこなし、彼もまた器用な職人だ。ガーシュインのフォーク・オペラ『ポーギーとベス(*6)』の映画化も担当している。
ホワイト・クリスマス』を怖れているのはカート・ヴォネガットの小説『母なる夜(*7)』の主人公。第二次大戦中にナチスに協力したという罪名で刑務所に入っている。死刑の日が近づきながら願う。最後の瞬間に響くのはベートーベンのシンフォニーで、『ホワイト・クリスマス』でありませんようにと。
『母なる夜』の主人公のように俺も願う。
最後の瞬間、脳裏に響くのはマイルスのトランペットでありますように。ビル・エバンスのピアノでありますように。エラの歌声でありますように。決して、『ラスト・クリスマス』ではありませんように・・・。
*1 遠く離れた地で雪景色を想うもう一つの有名曲が『ユー・ド・ソー・ナイス・トゥ・カム・ホーム・トゥ』。「外が吹雪いている中、暖炉のそばであなたがいる。そこに帰って行きたい。それだけでいい」というような内容だ。勿論、代表的名演といえば1954年録音の『ヘレン・メリル・ウイズ・クリフォード・ブラウン』とアート・ペッパーの1957年録音の『ミーツ・ザ・リズム・セクション』だろう。前者はメリルの歌声と共にクインシー・ジョーンズのアレンジが高い評価を受けてきた。
*2 1942年製作。原題はHoliday Inn。監督のマーク・サンドリッチは、アステアとジンジャー・ロンジャースのコンビを売り出した一連のミュージカル映画のメガホンも取っている。
*3 大西順子のニューヨークでのライブ版『ビレッジ・バンガードの大西順子』(1994年録音)の演奏はスインギーかつスリリング!
*4 エラ・フィッツジェラルドのルイ・アームストロングが共演した『エラ・アンド・ルイ』(1956年録音)にも収録。俺の人生で最も何回も聴き返したアルバムのひとつだ。楽しい時、悲しい時、いつ聴いても良い。
*5 1953年製作。主演はウイリアム・ホールデン。
*6 『ポーギーとベス』劇中で一番有名な曲と言えば『サマータイム』。次いで『アイ・ラブズ・ユー・ポーギ(I Loves You,Porgy)』だろう。三人称でないのに loves となっているのは当時の黒人訛りということだ。難病に苦しんだ後、復帰したキース・ジャレットはアルバム『メロディ・アット・ナイト』(1998年録音)の冒頭で、一音一音を慈しむようにこの曲を弾いている。その響き、輝きは神々しい。
*7 1961年発表。
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