●日本は自ら溶け落ちるように作られている。奇妙な事に国家公務員法に仕組まれた悪意には誰も気づかなかった。
【国家公務員法第一条】
『国民に対する職員の利益確立を根本基準とする。』

浅ましい阿久根のひとたち、若者に残酷な阿久根です。

阿久根市議会もバカバカしい。
職員、市長、議員の給料アップをまたやってしまう。ふざけた連中の様子をお聞きください。


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市民の生きざまが政治状況の正体

 人々は政治のせいで自分たちが苦しんでいると思い込んでいる。政治家や役人が国民のために働けばもっと良くなるはずだと思っている。
 11月25日阿久根市文化協会を相手にした「議員と語る会」があった。「 交流センターには20億かかる。維持費を考えれば100億円を超える支出になる。負担は子供たちの世代だ。」と話をしても、「とにかく作ってもらいたい。図書館も作れ」などと言う。そして、使用料を安くしてくれ。などと言うのだ。
 あまりにも無責任で浅ましい。それがこの阿久根市民の現実だ。だから若者が逃げていく。生まれようともしない。生まれてもおかしくなってしまう。惨憺たる 阿久根の政治状況はこのような市民の性根を表現している。議員や職員、そして市長もまったく阿久根市民なのだ。

無能にもほどがある

 2016年12月2日 議会発言
クリックして音声をお楽しみください。
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自信を持てない日本人

 栄誉、栄光、権威などで感激する人たちがたくさんいる。褒められれば嬉しいというのは単純すぎる。そんな感情を権力が利用してきた。権力は名誉やカネのために何でもやる個人や集団を作る。官や軍隊、警察、刑務所、そして日本の裁判所だ。国家と企業は深く干渉しあっている。 権威と暴力で大衆を怯えさせるのを国家秩序と呼んでいる。 この調子だから日本人が自分の良心に自信を持てない。「勝てば官軍負ければ賊軍」といういやらしい精神になる。 権威への依存は危険で不潔だ。 デモクラシーの原点は、個人の自由と幸福追求の権利を妨害する国家の監視である。国家の権威に感激し、追従して、互いを監視し干渉しあう国民性が息苦しい日本にしている。この国民性は非常に危険だ。 

上手にやれ

 「やり方が悪かった」「ブレインをつけろ」「上手にやれ」 なんと気持ちの悪い言葉だろう。何度も言われた。今でも言われる。おそらく、自分はこの人たちとは別の生き物だと思う。 想像するに、彼らは「互いをだまし合うのが人生」と信じている。「だまし合って気持ちよく過ごせればそれでいい」こんな感じなのだ。狂っている。虫唾が走るとはこのことだ。こんな調子の生き物たちが、何をどう感じるかなど私の知ったことではない。彼らは狂乱を快楽に、快楽を幸福にすり替えてしまうバケモノだ。

赤ちゃんの国

 人は社会に認められる存在になりたいと思う。社会や人を知って人生を過ごすコツを得たいと思う。人は親や周囲、学校やメディアを通じて言葉を知り、社会の仕組みを理解する。知識は整理され秩序だっているのが大切だが、私の見るところでは人びとの知識には混乱がある。言葉が氾濫し、思考が混乱し、感情が乱れ、集団的な暴走を起こしている。やがて高度な情報操作や兵器を使って野蛮極まる大規模戦争をすることになるに違いないし、これまでも起こってきた。
 「どうすればいいの?、何をすればいいの?」 「何もしなければ何も変わらない」。早く教えて!
 ところが人は自分自身や言葉、社会の仕組みを理解せずに行動している。誰かエライ人の言いなりに行動すれば今よりも気持ちよくなれるはずだと行動する。「努力はいい事」と信じている。希望に向かって努力して、失敗や成功を体験して人生を終える。どこかで「人生はそんなもの」と諦めている。 ほとんどの人間はそんな調子。まるで感情のジャングルにさ迷う獣だ。
 日本人は、「人は獣だから国家がそれを統治しなければならない」という見解を受け入れている。明治維新で、日本は天皇の先祖が作ったとされた。国民は天皇の赤子(セキシ)=赤ん坊 だから天皇が所有する国家権力に従順であれと教えられた。日本人は赤ちゃんになった。だから「役人権力が公けであり、役人組織に認められるのが人生の意義」とまでと感じるありさま。この感性で地位を得た赤ん坊が人びとに希望を示す。赤ちゃん国民は泣いたり騒いだりしながら走り出す。どこに向かうのか誰も知らない。総理大臣が大衆と同程度の赤ちゃんであるのをほとんど誰も分かっていない。 

富山市 「議会の常識は世間の非常識」竹原信一講演会

政務費問題で補欠選挙になった富山市で講演会をやっています。
 市民にはほとんど知られていない議会の現実や議員の正体についても語ります。
演題:「議会の常識は世間の非常識」
竹原信一講演 松永定男を応援する
●富山市黒田公民館    11月30日(日曜日) 1830~1930 終わりました。
開始時間を以下の表示時刻に変更しました
●富山市婦中 ふれあい館 11月1日(火曜日) 18:30~
●富山市杉原公民館   11月5日(土曜日) 18:30~



 

ドロボウが議員をしている(政務活動費問題の核心)

 「政務活動費は手続きや規則が問題」などと言うが、政務活動費を受け取ろうとする人間性が問題だ。議会は年間30日もないのに、年収にして400万から1000万円以上も受け取っている。その上もっと金をよこせと言う性根が問題なのだ。例えば、大工さんは技術と道具は自分持ちだ。家主に向かって、「のこぎりやカンナを買ってくれなければ仕事が出来ない」とは言わない。「大工の勉強するからお金を頂戴」とは言わない。「小遣いが足りないから手抜き工事をする」などとおねだりしない。 ふざけたことをするのが議員だ。そもそも仕事が出来ないから選挙で一発逆転、エライ人になった。能力が低いのにプライドだけが高くなる。結果、職員たちの無責任みこしに載せられたバカ殿状態になっている。だから、役人組織の泥棒に加担しているのに気づかない。本当にバカなのだ。バカな上に性根も悪い。
領収書詐欺など、議員がたまたまドロボウしたかの様に言うが、本当はドロボウが議員をしている。ドロボウが盗みをするのは当たり前なのだ。
 

公務の嘘

 間違った公務員法で「役人が公務員」とされているので彼らは「自分たちは公け事をしている」と思い込むようになった。例えば公務執行妨害という言葉も間違っている。そもそも、公けは役人の特権にしてはならないというのを分かっていない。役人は作業員に過ぎない。役人は官だ。「執行」という言葉が示すのは「命令に従うだけ」という精神状態であり、無責任そのものである。官の作業だからこそ執行と言うことが出来る。「公務執行」ではなく「官務執行」が正しい。
 結局、「官を担う無責任作業員集団」が国家という状態になっている。政治家はまったくのバカなので自分の役目を役人に取り上げられている。役人が仕組む法律にお墨付きを与えるだけのアホウなのだ。役人たちは成り行きや集団のおきてや欲望で動く。ブレーキはない。自分たちの組織が何をしているかなど本当にわかっている者はいない。日本は運転手を欠いた暴走車。衝突して壊れるか燃料が切れるまで社会を壊し、汚し続ける。

なぜ、日本には人を育てる力がないのか

 日本の人口が減り続けている。その一方では長生きするようになった。生まれなくなったということだ。そして40歳以下の日本人は将来、年金を受け取ることが困難だという。
 日本に生まれれば困難な一生を過ごす。「それぞれが頑張れ」などと言うが、頑張る事で競争が激化すれば大金持ちも出るかもしれないが、悲惨な状況の人が増える。人びとは政治が原因だと言う。本当だろうか。そもそも政治が何かを分かっているのだろうか。 日本人は自分の事が分かっていない。生きざまが自分であり、社会であり、その結果が政治だ。人びとはカネや自分のために他人を利用しようとする。その方法として選挙をする。ほとんどの日本人は人を生かし育てようと生きてはいない。自分の生きざまが汚いのに政治権力には自分のまわりを良くする義務があるなどと考えている。
 
 人間性が悪いから社会が悪くなり、人口も減っている。「ひとを生かし育てる事が自分の幸福」と思うようになるしかない。生き様を完全に転換しなければ決して社会は良くならない。日本人が変わるという事が日本が変わる事。政治はその結果でしかない。
 考えてもらいたい。「人びとが何を幸福と感じるかで社会の形が決まる。みなさんは必ず死ぬ。忘れ去られる。しかし、今の自分の生き方が子ども達に継続する。人が育つことを自分の幸福と知った人間に 自分がなる事で次の社会が人を育てる社会に変わる。「社会の起点は自分」と知ってもらいたい。
日本社会の設計図


公務員法トリックについて内閣府官僚と議論



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