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全体の奉仕者 とは何か

「全体の奉仕者」 この「全体」という言葉の意味は二通りあります。ひとつは本来のあり方、憲法15条に言う全体は国民全体であり、その意思を代表する役目が選挙で選ばれた全体の奉仕者政治家、そしてそれを公務員としました。憲法上、役人は公務員ではありません。
 もう一つの意味
 ところが国家公務員法で役人を公務員としたことで「全体」という言葉の意味が変わりました。全体の意志を役人が集団主義から決めるものとなりました。 結局、職員の福祉と利益の確立を含む役人全体(国家公務員法第一条)に役人組織が自ら奉仕する。 に変わったのです。政治家はそれを承認するだけの存在、象徴天皇に似た扱いです。役人組織にとって政治家は象徴国民の代表でしかありません。
 役人全体を奉仕相手とする下剋上の国家公務員法で国民全体が毒されました。もちろん憲法違反です。奇妙な事にこのトリックを誰もわかっていないないのです。

拓殖大学ニュース記事

拓殖大学ニュース記事 転載
ニュース

【政経学部】 浅野ゼミナール 竹原信一氏(元・阿久根市長)講演会

5月18日(水)、浅野ゼミでは元・阿久根市長(現・阿久根市議会議員)の竹原信一氏を拓殖大学にお招きしました。

竹原議員は、市長時代に自身のブログで「辞めさせたい議員アンケート」を実施したことや、市のホームページ上に当時の阿久根市全職員268名分の給与明細を公開して、同市の民間と市職員の経済的な格差の現実を訴えたことで大きな注目を浴びました。市長と市議の経験を通して浮かび上がる地方自治の実態や、今日の日本政治や教育などの問題点について講演していただきました。

拓大写真1


講演中の竹原氏
3限目の「政治行動論」では、ひとつの問いかけから講演が始まりました。憲法15条では「公務員は選挙で選ばれた人」と規定されている。 つまり、公務員は政治家である。それなら、選挙の洗礼を受けずに官庁や役所で働いている「公務員」とは、一体誰なのか?そういう単純な問いかけです。 この憲法と国家公務員法の矛盾を中心に、個人と組織の関係、組織における正義の問題、感覚と言葉の関係、そして現代日本の教育問題へと、 話は多岐に及びました。

特に印象的だったのは「日本の教育は国民を無知な状況に置くように仕組まれている」というショッキングな主張でした。
質疑応答では、学生から多くの質問が寄せられ、竹原市議にはひとつひとつの質問に対して、丁寧に応じていただきました。
現職市議の臨場感ある話を聞く機会がほとんど無い学生にとって、今回の講演会は貴重な体験でした。 
拓大写真2

竹原氏に質問する学生の様子

4限目の「浅野ゼミ」では、E館9階のラウンジで竹原議員を囲んでゼミ生と懇親会を行いました。
ここでは、講演会の内容からさらに踏み込んだお話しをして頂きました。懇親会という場で、竹原市議の考え方に身近に触れることができたことは、私を含めたゼミ生にとってとても刺激的な体験でした。 
拓大写真3
 懇親会の様子(1)

拓大写真4

懇親会の様子(2)
就活で忙しい四年生はスーツ姿で懇親会に参加し、現在の日本の就活レースの問題点などについても、活発な意見交換が行われました。 また、ゼミ論文のテーマを探している3年生と4年生のゼミ生は、竹原市議のお話から地方政治に関する興味深い論文テーマを探す手がかりを得ることができたのではないかと思います。

(文責: 政経学部経済学科3年 吉田陽一郎) 

拓大写真5


以下はゼミ生のコメントです


政経学部経済学科3年 小山雄規


今回、元阿久根市市長である竹原信一さんのお話を聞ける貴重な体験を得ました。幸せとはなにか、今まで自分が考えていた幸せとはまったく違っていました。ほとんどの大人は自分を幸せにする方法を知らず、幸せが何かさえ知らない。自分は今まで、幸せとは「努力して掴み取るもの」だと考えていました。 

しかし竹原さんは「幸せはいつもそこにあって、気づかれるのをそっと待っている」と述べていました。本当はみんないつも幸せで、気づいてないだけ。竹原さんからこのような話を聞けなかったら、私は人生の最後まで今の幸せに気づくことができなかったと思います。今まで義務教育で教わってきたものを根元から見直し、後悔が少ない人生を送れるように、身の回りのことから考え直していきたいです。とても貴重なお話しを聞けてとても嬉しく思っております。 

政経学部 法律政治学科3年 佐久間里緒菜

政治行動論の授業で竹原さんのお話を聞き、懇親会でもお話させていただきました。竹原さんからは、誰も考えつかないような視野から世の中を見、自分の考えを貫く強さという点で感銘を受けました。お話の内容も、納得がいくことが多くあり、非常に貴重で素晴らしい体験をする事が出来ました。 私も竹原さんのように、今までとは全く違う新たな視点から世の中を眺め直してみたいと思いました。

政治家が役人の犬になる仕掛け 人事院

国家公務員法によって役人が社会を食いつぶすよう仕組まれている。戦前の「天皇の官吏」体制を継続させる指令センターは「人事院」である。人事院がその他の法律を超越して役人全体に国民に対する背任環境を与えている。
第1条では役人の福祉と利益を根本基準とする事。効率的に国民を利用する事。公務員全体が結託することを定めている。
第18条では役人の天下りを保証するよう定めている。離職後も国民に対する背任国家の秘密を守らせるようにしたのだ。
一般企業も同様であるが、人事のあり方が組織のあり方を決めてしまう。考えてみれば選挙も人事だ。官に媚びるマスコミが政治家に対する人事権を行使する。政治家が官の犬になる仕掛けだ。


国家公務員法
第十八条の五
  内閣総理大臣は、職員の離職に際しての離職後の就職の援助を行う。
  内閣総理大臣は、官民の人材交流(国と民間企業との間の人事交流に関する法律 (平成十一年法律第二百二十四号)第二条第三項 に規定する交流派遣及び民間企業に現に雇用され、又は雇用されていた者の職員への第三十六条ただし書の規定による採用その他これらに準ずるものとして政令で定めるものをいう。第五十四条第二項第七号において同じ。)の円滑な実施のための支援を行う。

第十八条の六  内閣総理大臣は、前条に規定する事務を官民人材交流センターに委任する。

早稲田大学、拓殖大学での授業 公開します

 けんちゃん(ブログ読者)様にアップいただきました。

竹原信一 大学での授業(早稲田) 
https://www.youtube.com/watch?v=OOFBARaY1kI


竹原信一 大学での授業(拓殖) 
https://www.youtube.com/watch?v=a33tY4KC2kE

象徴の魅力と魔力

 人類はシンボル(象徴)を使う事で便利な社会を生み出した。数、王、奴隷、お金、国家、役人、人種、民族などすべてはシンボルとしての分類。シンボルにイメージを与える事で感覚的な分類をし、それを意味と呼んでいる。「意志の味」ということだ。そこには味わう自分が居る。シンボルにイメージや感覚を与えるのは自分。すなわち人は自分を味わっている。事実に感情はない。ただ起こっている。

 人は感情の動物。その感情に繊細さや深さがある。物事を理解する深さは感情の繊細さに依存する。本当の繊細さには論理の裏付けがある。この構造を深く咀嚼(そしゃく)し、本当に理解すれば物事と自己の間に距離がなくなる。全ては自分の中で生じていると分かる。

 シンボルは事象に名前を付ける事だ。これは分割である。分けることによって知覚を変化させる。ここが楽しみや戦争の発生源である。人は自分が何をやっているのかをわかっていない。楽しみが戦争に変化していく過程をまったく知らない。これは自分の中で起こっている。自分の楽しみを咀嚼(そしゃく)した方がよいだろう。自己を咀嚼する力こそが英知である。

【NET TV ニュース.報道】  2016/05/17 竹原信一

人間の思考の癖について
https://www.youtube.com/watch?v=42rDdYHfibs

国民を操るための国家の仕組み

https://www.youtube.com/watch?v=vwib86Ix44w

競争社会が生み出す良心の欠如
 https://www.youtube.com/watch?v=r9SKKGzxUws

大学での授業

大学での授業
音声ダウンロードできます。一週間だけ。
2016/5/17 早稲田
http://27.gigafile.nu/ef9c6621ae72c502ad9870545979e2d24-0525


2016/5/18   拓殖大学
 http://7.gigafile.nu/i63df0e0df3985f68a9bb2b7e926ad332-0525

罪悪感牢獄からの自由

 日本人は罪悪感に追い立てられている。多数決を民主主義と呼んだり、『公的』の根拠が無自覚役人集団の手続きになったことから、自分の良心や正義感に従うのを「わがまま勝手」とする癖をつけてしまった。 「みんなに認められれば、あるいは一般人にバレなければ何をやってもいい。組織や集団のためにおのれを空しくするのが美学」とまで考えるようになってしまった。 日本人には集団主義を超える良心がない。 世間や集団の期待に沿わない事に強い罪悪感を感じるようにしつけられている。 だから日本人集団はたいへん危険だ。臆病で卑怯だ。一人ひとりが空しいヌケガラになったヌケガラ集団なのである。 

  集団への罪悪感を見つめなければならない。論理を杖にして、集団意識から自らを解き放つ旅に出なければならない。 国家や集団の牢獄は罪悪感でできている。 裏切りの公務員法を繰り返し読み、国家の悪意と、それに気づかない日本人の無教養をかみしめる事だ。 ヌケガラ集団や国家を指摘するのに罪悪感を感じる必要はない。 おそらく、ほとんどの親兄弟もヌケガラの一部だ。罪悪感牢獄から良心への旅に出るときには、身近におこるたくさんの感情的な抵抗を超えなければならない。 それは真人間に生まれ変わるための最大の試練だ。試練を超えれば良心に生きる自由の幸福を得ることが出来る。

国家公務員法
 第一条  この法律は、国家公務員たる職員について適用すべき各般の根本基準(職員の福祉及び利益を保護するための適切な措置を含む。)を確立し、職員がその職務の遂行に当り、最大の能率を発揮し得るように、民主的な方法で、選択され、且つ、指導さるべきことを定め、以て国民に対し、公務の民主的且つ能率的な運営を保障することを目的とする。

政治家はネクタイが大好き!

ウルグアイのムヒカ大統領。彼は、「世界一貧しい大統領」として有名です。
あるインタビューでは、ネクタイについて語っています。
「ネクタイなんて、首を圧迫する無用なボロ切れです。ネクタイは政治家が嘘を吐き出さないためにするものだから必要ない」

日本社会はひとを犬にする

  「日本は民主主義で法治国家」などと教育されているし、人びとはそれを信じている。ところが日本人は民主主義を知らない。憲法さえ読んでいない、読んでもその意味を理解しない。周りに合わせて分かった振りをしているだけ、実際には誰もわかっていないし考えてもいない。 ほとんどの日本人は集団の衝動に合わせて動く犬人間だ。

  「自分が考えたところで、周りが合わせてくれなければ意味がない。孤立するのはいやだ」 こんな風に感じて暮らしている。周りに同調せず、自分で考え行動する人間は『変人』と呼ばれる。嫌がらせやいじめの対象になる。 日本人は犬だ。 こんな犬社会で人間が正気を保つのは容易ではない。

 日本人のほとんどは犬なので自分が犬をしているのに気づくことが出来ない。 しつけや学校教育は子供を犬にする事を目的にしている。大学に行くのは首輪に立派なタグをつけるのが目的。卒業証書は犬国家システムに対する従順さの証(あかし)だ。 日本人は首輪についたタグで地位関係を判断する。職業や学歴、評判がそれだ。
 この犬集団は自動的に秩序立った行動をする。常に互いを見張り合い、脅えあっているのでリーダーは育たない。集団の衝動に合わせる芸人の如きエセ代表がちょうど良いという事になる。政治家も象徴天皇もそのような物として扱われている。 犬国民は犬社会の犠牲者でもある。正義感や良心を得た人間に育つことができない。これほどの不幸があるだろうか。 
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乗っ取っちゃった公務員

目からウロコ そらぞらしい全体の奉仕者

公務員法トリックについて内閣府官僚と議論

公務員法トリックによる支配

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