私達はテレビや新聞を通じて本当のことを知っていると思っています。学校で嘘を教えているとは思っていません。学校教育では、日本は悪い国だったので原爆を落とされたのは日本人の責任だとしています。昭和天皇は「仕方が無いこと」などと言いました。
 国民が良心的に一生懸命に働いていれば、豊かな暮らしを得られると教えられてきました。年金の掛け金をキチンと払っていれば、老後は安心と役所から言われてきました。

 戦争が起こったりするのは悪い人がテロをしたり、侵略するからだと教えられています。
日本は法治国家で、公務員は法律を守ると思っています。裁判官は法と良心に基づいて判決を出すとされています。 選挙は公正に行われているという事になっています。

 私はこれらの常識が大きな間違いであるのを知りました。戦争は八百長、年金はネズミ講、政府は無法、公務員は政治家にも隠したり嘘をつく。多くの裁判官は公金横領の泥棒グループに入るのを目指す詐欺師。そして選挙は不正が日常なのです。
 
  国は国民自身の自由意思や考えで動いている事になっています。しかし、それを実感できる人は一人もいません。誰もが、何らかの地位や役割関係にあるので決して自由ではないのです。良心の自由すらないのが事実です。ときどきの自由、場合によっての自由は自由ではありません。独立した国民国家ならば、良心の自由は常に、そして完全に保護されているはずです。そうではないから上のような状態になっているのです。これは事実です。

 公教育の現実は良心を手放した順応と適応です。国家の兵隊になる者を育成するように仕組まれています。
 国家が意図的に社会不安や罪悪感で追いたてるので、国民は安定を追い求める心理状態にされています。しかし、経済的な安定を得られる人はごく僅かです。安定を得られた人も空虚な自分に気づくだけです。私たちは外形的な安定に向かって、「今に生きること」から逃げ回る競争をしています。最近では、最悪の状態に転落していると感じる人が増えているようです。
 
 「一体どうすればいいのでしょう。」独立国の指導者はこの問いに答えなければなりません。ところが総理大臣は嘘に嘘を重ねるだけ、いったい何をするつもりなのかも正直に言う事もありません。日本は独立国ではなく、総理大臣は指導者でもないのです。

 人は国なる物を見たことがありません。私たちが思っているような国は存在しないのです。国という言葉のスタートからしてデマカセです。「国」は良く分からない概念にすぎません。「自分を守る国があるのを信じたい」 信じたいものを信じる。「国民を守るための国」などと言う概念は人間のクセを利用した詐欺です。

 自分がいて、何らかの関係がある。その現実を歪めるのが部族意識です。国家主義は汚れた部族主義にすぎません。これまでも、国旗というボロ布が人々を戦争に駆り立ててきました。
 たとえば、「国の借金」の正体は国民の貯金に対する政府の負債です。これを踏み倒すのに政府は戦争を仕掛けます。戦争の本質は政府の国民に対する「居直り強盗」なのです。相手国でも同じことがやられてきました。 私達はどうすればいいのでしょう。

 答えを申し上げます。事実を知ってください。事実を知る勇気を放棄しないでください。事実に合わせて社会認識を正してください。一つひとつの言葉を、事実を元に実感で見つめなおしてください。
 ここが最も肝心なところですが、安定や安心に追いたて、逃げさせる同調圧力から自由になってください。逃避圧力から自分を自由にしてください。良心の自由のための苦労を背負ってください。 良心の自由から開放された人間は人間ではないと知ってください。大いなる勇気が必要です。