翁's−オキナッツ−

どこかとんでもなくとんでもないところへ。 爺隠才蔵のブログ。

小学2年生の息子がなんともプログラムにはまっている。
昔から電気ものが好きで変わった人だなあと我が子ながらに思っていたけれど、そこにますますの拍車がかかっているご様子である。

ことの発端は電気回路が好きという変わった趣味をお持ちの小学2年生が、祖父にラズベリーパイ(電子回路やロボットを制御するマイコン)の存在を教わったところから始まる。
当然、彼は欲しいと言いだし、とはいえまだ彼一人では何かすることができないであろうから、そこにインストールされている子供向けプログラムのscrachを家にあるパソコンで触って見たらと進めたのが、去年の夏頃だっただろうか。
scrachは命令の書かれたブロックを組み合わせて一連の流れを作成するプログラム。
それをやるために本を一冊手に入れ、一通りそこは網羅し、その本に載っていたのが次の言語python。
彼は今、このpythonにご執心だ。さらにもう一冊、今度はpythonの専門書を入手し、日々熱心に取り組んでおられる。
今朝も円Aと円Bがぶつかったという判定処理をしたいが、算数が分からないと相談を受け、2つの円のX座標とY座標の差からピタゴラスの定理の平方根で中心の2点間の距離を算出するのだと言う話をした。
知識の順序はめちゃくちだ。まずパソコンに向かうもアルファベットが分からない。本を読もうにも、なかなか子供向けの本がない、漢字が読めない。プログラムで何かするにも彼にはまだ足し算と引き算しかなかった。(2年生も終盤に近づいたので今では掛け算もできるようになったけれど、割り算はまだできない)でも分数や小数点は分かっているようだし、プログラム上で考えるための、座標やグラフの話もする。
今日の話で言えば、私は小学生だろうがなんだろうが気にすることなくxとyの式を書き√の話をしたりするので、ご本人はどこまでわかっているのか知るべくもないが、本人的には「そのことは本のここに書いてあった」と言って興奮していたのでそれなりには理解しているらしい。

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プログラムの本のいけないところは記述方法は書いてあるし、ここはこのために書いているといった理由は書いてあるけれど、それがどういう定理や計算式の元に成り立っているかが記述されていないことだ。
それでは子供は書き方を丸暗記するしかなく、その知識は応用が効かない。
なので、プログラムの書き方は分からない私ではあるけれども、その裏付けについて伝えると本人は興味深そうに聞いてくれる。

彼の面白いところはゲームには興味がないところだと思う。
やる方はもちろん、ゲームを作りたいという欲求もあまりないらしい。よく子供向けのプログラム教室の講座を調べていると、「まずはカンタンなゲームをつくってみよう」と謳っているところが多い。なぜいつもゲームなのだろう。
私はファミコン世代で一通り通ってきたので、ゲーム好きの子供の取っ掛かりとしては理解できる。しかし、ゲーム好きではない彼の親の目から見ると、いつも「子供=ゲームが好き」という短絡的な結び付けをする大人の視点が垣間見えてそれも面白い。
彼にはゲームを作るよりも、図形の自動描画やプログラムによる画像加工、webカメラの制御や質問と答えの出しわけのほうが面白く、先日もAランチというボタンを押すとカレーライスと帰ってくるプログラムを熱心に構築していた。その前は本を見ながら、livedoorの天気予報APIからデータを取得し、各地の天気予報を表示させることにご執心だった。

どうしてこんなおかしな人になってきたのか、私自身よく分からない。
気をつけていたのは、子供の言葉で話さないようにしていたことくらい。もちろん難しい単語や概念は噛み砕いて平易な言葉に直して話してはいたものの、幼児の頃からいわゆる赤ちゃん言葉は使わないように心がけていたことくらいだと思う。難しい言葉でしか説明出来ないことはそのまま伝えてきた。(平易な言葉で説明できない事柄にはどこか欺瞞があるというのが私の持論ではあるが、概念的なものはなかなか簡単に話すのは難しい)
他のことは、片付けろとか宿題しろとかのあれしろ系のことも言うし、学校は行きたくなければ行かなくてもいいけどアホになることは許さんとかも言う。
あまり勉強とか復習とかをしないので、テストで100点じゃなかったらプログラム禁止と言ったら、せっせと机に向かうようになったのは、いかにも子供らしくて可愛らしい。

平日の日中は私はいないので、妻とどんなやりとりをしているのか知らないが、妻の方はプログラムばかりしているので、ネルシャツケミパン系のそちら側に行ってしまいやしないかと気にしているようだ。だが、彼には彼の被服のこだわりがあるらしく、まあ何とかなっている様子。(それがこちらの意図に沿うものでは全くないけれど)
犬の柄と熊の柄の服を大層愛用しており、それ以外の服を全く着ない。あまりに着てくれないので、同じ柄の同じ服を買い足す必要に迫られ、親を悩ませているが、それもまた面白いので良しとしよう。

さすがに近頃は、私のネットサーフィンだけでは彼のプログラム欲求には答えられなくなってきていて悩ましい。プログラムにも算数にも興味がまったくない妻は完全に匙をなげている。親としては自分の能力不足で彼の成長を阻害したくないという思いはあるものの、彼の要求に答えるべくプログラムを新たに学ぶほどの意欲は私にもない。
幸い今年に入ってからCoderDojo 藤沢なるプログラムの場が近場で無料で開催されることになり、そこで色々サポートいただけるのは大変ありがたい。まだ2回目の開催だが、初回に続き、明日もまた参加の予定だ。

この今の欲求が、今後どこにつながりどう発展していくのかはまったく未知数だけれども、まあ好きにしたら良いと思う。
人に害を与えなければ、どこかおかしな方向におかしな人になろうとも気にすまい。そこが幸せの場であれば、親としてはありがたい限りである。

2才のころから見ているピタゴラスイッチが、6年越しにようやく今朝、ピタゴラスの定理につながったことを記念して、今日ここに記す。

誰かが何かを主張するとき。
それは右であれ左であれ。
それが神であれネズミであれ。
それなりに正しく、ある意味では論理の通ったものなのであろう。
何かを成し遂げるためには、
数の理論からは逃れられず、
数を集めるためにはプロパガンダが必要で、
みんなブログやらSNSやら歌詞やら成果物やらで声高に訴える。

でも言わせてもらえるなら、
そんな押し付けにはもう辟易している。
主張する自由が与えられるなら、
もちろん拒否する自由も与えられるんだよね?
正しさなんて嘘っぱちだ。

あなたの力一杯投げた球は、
手のひらでキャッチできる人もいるだろう。
でも一方で、デッドボールで傷ついているかもしれない。
正しさの強さが強ければ強いほど、
傷つける強さも強くなる。

何かを変えるための力の強さが、
誰かを傷つける力の強さなのだとしたら、
それはもう暴力と変わらないのではないか。

性善説を信じているわけではないけれど、
何もしなくて世の中が変わるとも思っていないけれど、
少なくとも思想は、
私だけのものとして自由でありたい。

あなたが何を言おうと自由で、
私が何を思おうと自由なはずだ。

できれば争いたくない。
身の回りの人は守りたい。
そこはきっとみんな変わらないはずなのに、
どうしてこんなにも分かりあえないのだろう。

きっとあなたにも譲れない思いがあるのでしょう。
でもそれが誰かを侵食する免罪符にはならないよね。
私が溢れる言葉の中から何かを選びとったとき、
その選択を愚かだと言えるほどあなたは偉いのでしょうか。

呪いのように流れてくる主張が、
今日もまた少しずつ私を蝕んでゆく。

そんなこと綺麗事だと誰かが言うかもしれない。
でも私はこんなことを主張しよう。

新しい年を台湾で迎えた。
海外旅行は新婚旅行以来なので、10年ぶりになる。失効したパスポートを取り直して、ガイドブックを2冊買い、渡航に臨む。

そもそもは父の退職祝いをどこかでやろうという話だった。(再就職したので、まだ現役ではあるが)それなら我が家のルーツである台湾にみんなで行ってみようという話でまとまり、両親と兄一家、我が家の三世帯民族大移動となったのである。
訪れたのは台北で、本当の出身地である嘉義県には行かなかったのだが、久しぶりの日本脱出はなかなかに刺激的だった。

さすがは沖縄のその先に位置するだけあって台北は暖かく、日中はシャツ一枚でも汗ばむくらいの陽気だった。感覚的には梅雨の後半くらいの陽気と湿気。ムッと水を含む空気は、独特の香辛料と肉の痛んだような匂いがした。そこがいかにも日本ではない特有の海外感を醸し出しいる。
一つの島の首都だけあって、台北は流石に都会だった。なんと言ったら分かり安いのか、東京を10分の1にぎゅっと圧縮したとでも言えばよいだろうか。日本の地方都市と比べるには濃く、東京と比べるには小さい都市だった。その中に、日本統治時代の建物と国民党が渡って来てからの建物とが、お互いに覇権を競うように反り立っており、その合間をうす汚れた5階建ての集合住宅が繋いでいるという様相。一階は銀座のようで2階から上に下町の長屋を乗っけたような異国情緒に溢れた街並みだった。いわゆる新都心的な台北101の方には行かなかったので、そちらはまた様子が違うのかもしれない。

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食べ物についてもいろいろあった。
まず一つ目。日本で言うほど小籠包を食べていない。
私が訪れた店が庶民的な店ばかりだったせいか、メニューに小籠包がある店は一つもなかった。屋台で焼き包子みたいなものは
食したが、ガイドブックで強調されているあのセイロで蒸されたスープたっぷりで必ずヤケドしてしまうそのものにはお目にかからずに終わった。
また、台湾まぜそばなるものも存在しなかった。
二つ目。五香粉の天国だった。
何を食べてもあの匂いと味が付きまとう。しまいには街全体からあの匂いがしてくるような気すらしてくる。
好きな人には堪らないだろうが、私はちょっと辟易してしまった。五香粉そのものの味というよりは、そこに必ず付いてくる甘さ、なんというか水飴のような甘さが苦手だった。もっと南下してインド系のスパイスは平気なんだけどなあと思ったりした。アジアはまた特有の香辛料だった。
あとやっぱり肉に独特の獣臭がある。いや、それが普通なのだと思う。逆に日本ではあの獣臭はどこにいってしまったのだろうと訝しむ。こちらもハマればハマるのだろうが、久しく海外を訪れていなかった軟弱者には、少しきつかった。いや始めは野生的というか、その鮮度の低さみたいなものがアジア感を出していて好ましいとも思ったのだが、続くとダメだった。
三つ目。甘味がうまい。
タピオカを侮っていた。子供の飲むものと侮るなかれ。これがなかなかいける。油と匂いにやられた胃袋を優しく癒してくれる感じがなかなかに心地よい。ガイドの忠告どおり、砂糖を微量〜半量、氷なしにしてもらうといい具合だった。あと量が多い。
残念ながらフルーツカキ氷は食べなかったが、芋圓(芋餅のお汁粉のようなもの)豆花(豆腐の黒蜜スープ的なもの)もあんまんもとても美味しかった。多分、甘味に関する考え方が近しいんだろうなという感じがした。

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あとは、乾物街でやたらカラスミ推しだったり、ローカル線に乗って十份でランタンを打ち上げたり、九份まで行ったのに混みすぎて何も見られずに帰ってきたり、最後の夜の晩餐に間に合わず、飛び込んだ海鮮料理屋がびっくりするほどの不味さだったりして、3泊4日を満喫してきました。

最後に一つ。
水洗トイレは行き渡っているのに、トイレットペーパーを流すのはNGというパラダイムシフトが新鮮でした。
拭いたものは横のゴミ箱に入れる。でも不思議なことに、駅のトイレも街中のうらぶれたトイレもゴミ箱が溢れていることはなかった。こまめに清掃されているというほどの清潔さでもなかったので、これはおそらく守られてないんじゃないかなあと疑わしかった。

これまでリゾートしか訪れたことがなかったので、外国の都会というのもなかなかエキゾチックでした。どちらかというと私よりも、小2の息子の方が、見るもの聞くもの嗅ぐもの新しく楽しんでいたようでした。ただ思ったことは、都会は3日いると飽きるなということでした。
また日本を飛び出す機会があれば、次はやはり白砂とエメラルドグリーンの海に囲まれたいなと。

とはいえ、一族で移動することも、これからそう何度でもあることでもないだろうから、この台北もまた良い機会でありました。
できれば後一回くらいは一緒に海外渡航できたらよいなと思った正月でありました。

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