翁's−オキナッツ−

どこかとんでもなくとんでもないところへ。 爺隠才蔵のブログ。

毎日は日々ともにする人たちに引きずられやすく。ともするとそこに寄り添うが故に自らを見失いつつある。求めるよりも求められる方が大切だという言葉を耳にしながらも、それでも捨てられない何かが今目の前に、そして蓄積してきた年月の中にはあるのでしょうね。
そんなことを言いつつも、世に聞く話では大概は自分の追い求めるところをつきつめる方がうまく行かないという話が多かったりするものだからなおさら悩ましい。メディアにあがるのは成功者ばかりだ。

誰かを好きになるということはとっても単純だ。
判断軸はその人が好きか、もしくはそうでないかという一軸でしかない。そこはとても根元的なシンプルな事象なのだろう。
でもそこから深く潜っていった際に、なぜ好きになったのだろう。共に過ごした年月が長かったからではないか?いまの事象はその積み重ねがないからなのでは?
長く共にしたものに愛着かわくのは当然のことでしょう。過去に固執することは、今後過ごしていく年月の可能性を奪うことにもつながる。かといってあるかどうかもわからない可能性にかけることは大事だと思っていたものから離れていくことにもなりうる。
きっと誰しもが直面するジレンマなのでしょうね。

本当はもっとシンプルなのかもしれない。
好き、嫌い。やりたい、やりたくない。それだけなのかもしれない。とはいえお金の話は切り離せないから、儲かる儲かない、生きていける生きていけないもついて回るだろうか。もしくはそこを意識している時点でもう本質から遠ざかってる?
そんなやりとりばっかりだ。

要するに覚悟が足りないのでしょうね。
いとおしいと思う人たちがいても、それですらやりたいことと直結しているわけではないではないか。いい歳してやりたいこと云々ではないでしょうと思いつつも、そこを捨てきれない自分に辟易もする。
さらに言えば、もう自分にやりたいことなどあるのだろうか。やりたくないことは確実にわかるけれども、隣の芝ばかりみていても自分の芝になった途端にまた見える景色が変わるに違いない。

ただ思うことは、時間はもうあまり残されていないのではないか。そして、こうした方がいいこうしなければならないという規格のなかではどうしようもないのではないか。
ただだた恐ろしく、動くのも恐ろしく、動けないことも恐ろしくしかない臆病者。でも誰かが救ってくれるなんて甘っちょろいことにも期待すらしていない。
自問自答だけが蓄積していくのもよろしくない。

弱くなったのだなと思う。
かつてそんなことを思っただろうか。いや、思ったのだな。

時々の選択に後悔はなく(それすらも欺瞞かも知れないが)、なるべくしてなっているという自覚もある。失ったものはなんだろう。得たものはなんだろう。
それぞれ言葉にすると陳腐になるが、失うべくして失い、その分得るべくして得ているものがある。そこはバランスがとれている。
とはいえそのバランスを今後も維持するのかどうかはまた別の話。
言葉はただ美しく、現実という日常はわかりやすく泥臭い。幸せな死を夢見るには少し早いような気がするのがまた悩ましい。

明日というのは明るい日と書くのが少し恨めしい。天気のことはおいといて、数時間後にはまた間違いなく日が登る。

なんでそんなことを面面考えるかって?
それはもちろん寂しいからさ。
いや、それこそがもっとも根源的な癌なのかもしれない。
だからひとりになる勇気も持てないのだ。

池袋にいくことなんてとんとなくなった。
乗換に訪れた駅はとてもきれいになっていて、かつて利用していた像と結びつかないまま、あっさりと乗り換えてしまった。

隣駅で降りて山手通りを南下する。
何度となく通ったであろう歩道は少し景色を変えていながらも、面影はつながる。こんな道だっただろうかと巡らせながら、前を歩く10年ほど昔の自分を追いかけた。
振り返ったその姿はもう全くしらない別の人だった。

暗い箱の中で光の下に立ち上がる人々の姿はとてもはかなげで危なげで美しかった。始め、眺める景色と見えていた視界の先とが交錯しながらフラッシュバックするが、やがて物語に没入して気にならなくなる。
もう感覚は埋もれて久しいのに、いやらしく色々なものが香り立つ。

挨拶もそこそこに場を離れるともうそこにはただの夜があった。頭の中にだけ余韻の歓喜の歌が響く。喜びを口ずさみながら駅へと歩を進める。
電灯に照らされた桜が怪しげに静かに風に吹かれていた。

春がきたのですね。
夜の桜を見るといつも息子の命名を決めた花見帰りの夜桜を思い出す。
でもそれは今夜の事とは全然関係がなかった。

少しずつぬるむ気温がなんだか調子を狂わせる。
いや、桜のせいにしよう。
いやいや何かのせいなんてあるものか。

二日目

旅行はいきなりハイライトを迎える。
滞在中のまだ元気なうちに行きたいところに行っておくべく、二日目にジンベイザメウォッチングとシュノーケリングを突っ込んでいた。
リゾートからの出発は朝3時半。
ジンベイザメの餌付けに成功しているオスロブまでは車で4時間。沿岸にジンベイザメが訪れるのは朝8時から10時くらいまでということなので、これほどの早朝の出発になった。それでもリゾートのフロントに声をかけるとあらかじめお願いしてあった朝食のお弁当が出てくるのはとてもありがたい。

リゾートのあるマクタン島から大きな橋を渡りセブ本島へ。市街地を抜けて海沿いの田舎道をずっと南下していく。道中のほとんどは寝ていたのだけど、ちょっと無愛想なガイドのオネーちゃん(現地人、後で発覚したのだが生理だったらしい)と若いが全くしゃべらないオニーちゃん(現地人、後でタバコを勧めるも受け取らなかった。結構旅行会社の教育は厳しそうだ)
の妙に上手くて早い運転で現地まで爆走する。

所感として、セブ本島の田舎道の暮らしは空港周辺のマクタン島よりはずっと豊かに見えた。どちらも決して裕福には見えなかったけれど、それでも本島はゆったりと家が立ち並び、人々も心なしか緩やかに過ごしているように感じた。
道中はやたらと学校が目に付いた。南国キリスト教圏ならではの派手なカラーリングと建物が頑丈そうな鉄柵とこれまた色とりどりに塗られた壁にしっかりと守られていた。道路も比較的整えられてはおり、フィリピンという国が注力しているところがインフラと教育という2点であることが分かりやすくて興味深い。そしてまだまだ発展途上であることも明確だった。

ほぼほぼ予定どおり朝の8時を少し過ぎたところでオスロブのビーチに到着する。
オスロブは市街地があるというほど大きな街ではなく、街道沿いに商店が立ち並ぶといった程度。ずっと通ってきた海沿いの道をちょっと入るといきなり当該のビーチだった。さすがに人気のアクティビティーだけあって各地から集まった車でごった返していた。

車を降りるとなにやらオープンなホールで行われている事前の説明を聞かされ、そこから着替えるように伝えられる。

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説明は英語だったため内容はさっぱりわからなかったが、どうやら渡された紙の内容を説明しているらしかった。要はジンベイザメを驚かせないようにあまり近づきすぎないようにということらしい。特に口の周り2メートル以内には近づかないようにと強調された。
周りには日本人もちらほらいたが、大半は韓国人のようだった。

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ジンベイザメのスポットはビーチのすぐ目の前だった。距離にしてみれば50メートルくらいだろうか。手が届きそうなすぐ先の海に船が10艘以上一列に並んでいる。その向こうにジンベイがいるらしかった。

しばらく待って順番が回ってきた。

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沖にでてポチャリと水につかるともうそこにどーんとジンベイがいた。ジンベイ使いの船がサメの鼻先に沖アミを巻いて右に左にと往復している。奥の船の少し手前にこんもりとある陰がジンベイザメだ。
顔を水につけてそっちをみると水面の上からは想像出来なかった巨体がそこにあった。

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実際に泳いでいた時間は30分ほどだっただろうか。それでもここまでくる価値があったと思えるなかなかに感動的な光景だった。
ジンベイザメがいつも鼻先をあげているのはその先にエサを巻く船がいるから。たまにエサから離れ、悠然と自分の下を泳いでいるものもおり、その姿がまた美しかった。

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1つ付け加えるとすれば、事前に説明されていた2メートル以内に近づかないというのは全然無理な話だった。ジンベイ使い達は泳いでいる観光客めがけてまっすぐにサメを誘導してくるので、すぐ目の前をサメがすり抜けていく感じだった。さすがに正面からあの大きさのものが迫ってくると、それは嬉しいというよりちょっと恐ろしかった。


ジンベイが一段落して陸に上がった後は、本日のもう一つの予定地であるモアルボアルに向かう。
そこはウミガメが見られるらしく、セブの中でもきれいな珊瑚礁で知られるダイビングスポットだった。亀好きの息子に実際に海で泳ぐカメを見せてやりたいとここからさらに2時間ほど車で移動した。
途中車に酔った彼が少し吐いてしまったりしたのだが、それも小さなハプニングにすぎなかった。

セブ本島の南端をぐるりと回って西側の海岸にでると、東側とはうって変わって風が強かった。
モアルボアルの街はオスロブよりは栄えていて、露天にドリアンが山積みになって売っていた。目的地らしきところにはついたのだが、ガイドが現地のスタッフと何やら話していて一向に案内されない。
しばらくしてガイドのオネーちゃんが言うには、今日は風が強すぎて街からは海にでられないとのことだった。当然、カメも見られないようだ。
ただその代わりに風の弱いところに案内するという。天気のことなのでごねても仕方がなく、車に乗り込むと道なき道を抜けて何にもない突端に案内された。

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そこでもう一組の日本人カップルと合流して、船で沖に向かう。
そちらのガイドのオネーちゃんはやけに陽気でハイテンションな人だった。やたらとこのスポットは秘密のスポットで、とっておきなんだということを繰り返していた。

カメは残念だったけれど、確かに珊瑚礁はすごかった。写真だと今ひとつ伝わらないのだけれど、見渡す限りびっしりと珊瑚が生え、魚が戯れていた。


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2箇所回った後にレストランのビーチ近くに船を寄せてもらい、海の中をジャブジャブと歩きながらレストランにあがるというのもなかなか雰囲気のいい体験だった。

昼食にレチョンを食べ、来た時と同じ時間をかけてホテルに戻った時はもうぐったりしてしまい、この日はホテルのレストランで夕食にし眠りについたのでした。

三日目

後はもう簡単に。
ツアーにくっついていたシュノーケリングに行く。
前日のジンベイザメに比べるとだいぶ物足りない。
一緒に参加していた日本人達は対して海にも入らずすぐに船にあがってしまっており、我が家だけが長々浸かっていた。

昼食のバーベキューランチはまあまあの味。ここで旅行中に初めてフルーツを口にした。スイカとバナナとマンゴー、どれもおいしかった。
パンダノン島は白砂で美しく、島の人達が地べたで見慣れない海産物を売っていた。頼むとバーベキューにつけて出してくれるらしかった。あと、やたらアイラブパンダノンのTシャツが売ってる。
20代とおぼしきオネーチャン達が黒で揃えた水着を着てインスタ映えする写真をとっていた。この人たちは写真を撮るためだけにわざわざセブまできているんだなと気づいた。

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遠浅の海は海水浴気分で魚が見られて悪くなかった。
出発地のマクタン島に戻るのにボートに一時間ほど揺られるのも心地よい。水が多いところはなんだか安心するのでした。

ただそこからが大変だった。
4組が車に相乗りしてホテルまで送ってくれるのだったが、一番近いはずの私たちのリゾートになかなか着かない。来るときは15分ほどだったのにおかしいなと気づいたのは、マクタン島からセブ本島に渡る橋まできたときだった。
運転手の現地スタッフが間違えたようだ。
結局、私たちは他のホテルを回った一番最後に回され、20分で帰れるところを3時間連れ回されてさんざんだった。
夕食時になり、リゾートではなくレストランに直接送ってもらうように頼み、なんとか着いた時にはもう薄暗くなっていた。

ただレストランであるマリバゴダイニングの料理はこの旅行の中で一番おいしかった。

四日目

前二日で海に浸かったのでこの日はセブ本島のショッピングモールに向かう。SMシティセブという名の複合商業施設だった。感覚的にいうと大きなららぽーとのような感じ。ただ照明が少し薄暗い。
お土産にTシャツやら小物やらをちょこちょこピックアップしたり、現地のスーパーやホームセンターの雰囲気を見たりして過ごす。
果物売り場に山積みになっていたので、初めてドリアンのにおいを嗅いだ。もっと排泄物のような臭いなのかと思っていたのだけれど、予想に反してガソリンみたいな臭いだった。

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あと雑貨屋の店員が、「アイラブセブ〜♪」とご当地アゲアゲソングが流れると勤務中にも関わらず男も女も腰を振って思い思いに踊り出したのが面白かった。見せ物としてやっている雰囲気はなかったので、勝手にやっているのだろう。南国ならではの緩さだった。

この日の昼はモールのフードコートで食べる。現地食の屋台が20店ほど並んでいてなかなか面白かった。味はどれもそれなりだったが、唯一何だか赤黒い泥のようなモツっぽい煮込みだけは臭くて完食できなかった。妻はシニガンスープがお気に入りのようで、3日連続で食していた。

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おやつに現地の10代が行くようなアイス屋でご当地デザートのハロハロと食べた。楽しみにしていたのだが、店選びを間違えた様子でちっとも美味しくなかった。

ここからマクタン島に戻るタクシーが一番良心的だった。これが本来の現地値段なのだろう。それに比べると他の移動では3〜4倍払っていた気がする。しかもそういうタクシーはメーターを隠していて、こちらが聞くとメーターはないと答えてくる。
拙い英語で抗議するのも疲れるし、日本円にすると100円200円の話で心をざわつかせるのも面倒になり、結局は放っておくことにしてしまった。

気づいたことは、初めはみなリアカー付の自転車で、次に3輪バイク、お金がたまると車という風に成り上がっていくようだった。すごく単純なロードマップしか用意されてなくて、すこし闇を感じた。

夕飯は韓国人リゾートの真ん中にある、海鮮レストランだった。ここも味はそう大したことはなかった。確か名前はフェスタベイというお店だったはず。

五日目

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帰宅の日。朝三時に車が迎えにきた。
本来であればガイドと運転手が来るはずだったのに、ガイドが寝坊してしまったようだ。
運転手がやたらと文句を言っていて、日本に帰ったら必ずアンケートに書いてほしいと何度も訴えていた。現地スタッフへの指導は結構厳しいらしい。
そこからはまたテレビも機内サービスもない飛行機に5時間ほどじっと座って無事に帰ってきた。

細かなハプニングがいくつもあったが、久々のアジアはなかなか楽しい日々だった。
感じたことはまだまだフィリピンは発展途上であるということ、そして私の方には若いときほどの寛容さがなくなったのだと気づいたこと。
それでも頭でっかちな息子に、新しい刺激を与えられていればいいなと親になって思うのでした。

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