文学上実験室

國學院大學公認サークル「実験倶楽部」のブログです。 発刊している同人誌「実験」の情報や、参加イベントなどについて、あと身辺のわたくし事などを載せています。 「実験倶楽部」は学内外、年齢を問わず、新規参加者を募集しています。小説・評論・詩歌・戯曲の発表の場を欲している方、どうぞご一報ください。(当ブログにコメントください)ジャンル、傾向を丸切無視するのがわがサークルのモットーです。

リルケ『マルテの手記』――震災前後

 震災からこっち、数日の間、家で本を読むか、ラジオに耳を傾けるかしている。
 平静を保っているつもりだけれども、それでも、揺れがきて窓ガラスが大仰にガタピシいう音を聞くと、どうにも気持が浮ついてしまう。それで、ちかくに住む知人と会ったり、夜中に長電話をして過ごしてしまう。
 小さなノートにラジオから聞こえてくる情報を逐一書き写すようにしている。ノートはあっという間に2ページ分が真っ黒になった。
 地震に遭う当日、ちょうど『マルテの手記』を読みだしたところだった。

《……今ではベッドの数も五百五十九にふえ、まるで工場か何かのような様子に変ってしまっている。そして、このような巨大な機構の中では、一つ一つの死などてんでものの数にならぬのだ。まるで問題にもされぬのだ。》

《何もかもがレディー・メードになってゆく。人間はどこからかやって来て、一つの生活を見つけだす。できあいの生活。ただ人間はそのできあいの服に手を通せばよいのだ。しばらくすると、やがてこの世から去らねばならぬ。否応なしに出てゆかねばならぬ。しかし、人々はなんの苦労もいらない。――もしもし、それが君の死ですよ。――あ、さようですか。そして、人間はやって来たと同じように無造作に立去ってゆく。》

 ほとんど冒頭の部分、パリを生の街とは見ず人々の死にゆく街と観たリルケの文章に興奮した僕は、ひとつ、友人と会ってこの個所について話そうと思って家を出た。そこで信号機や、電線が揺れているのを見、道行く人の声や地鳴りを聞いた。そこから、ながいあいだの停電だ。
 その日僕は「死」について、読み、話そうと考えていた。停電のあいだ、友人に少しずつ話はしたけれども、余震のたびにそれは途絶えがちだった。ようやく停電から復旧して、テレビを点けた僕と友人は東北地域がどうなっているのかを観た。なにも言えなくなってしまった。



 今日は終日家にいて本棚の本を漁る。
 好きな作家である、島木健作の全集を読み返す。晩年の彼の短編には、「赤蛙」や「黒猫」「ジガバチ」のような、志賀直哉にならった動物ものがある。もうひとつには、チェーホフを範としたであろう、市井の人々との、幼いころの経験を題材とした一連の創作がある。その創作物にでてくる地域はみな東北である。
 また、武田麟太郎の作品も読み返す。ニュースを観ながら、ふと、思い出した文章がどの作品に入っているのか探すため。

《その時、彼は重い風邪でうち臥していて、高熱の病体の自由にならないのに、瓦屋根は一挙に剥ぎとられ、凄い音立てて海からの水は襲い寄せて畳の上を浸し、風の叫びに人の狂い泣きする声がまじって、今は眼に見える往来には、引きもきらずに戸板に載せた死骸が腰までの水を掻きわけて、どこかへ運ばれて行くし、末の子供の通っている小学校はむげに倒壊したと、若ものの手のある家庭は救助にかけつける、姉娘は大阪の会社へ通っているが、いつも彼女が乗る勤人のための特急電車が大和川の鉄橋上で転落して、すし詰めの乗客の惨死が噂されているし、――》「浄穢の観念」

 読み返してみて、こんなに陰鬱になる文章であったかと思う。ニュースの映像と、この文章が、今はぴったりと重なる。この作者がある時期において、「糞リアリズム」と評された理由もなんとなく判然とする。



 良書とはなんだろう、という自己への問い掛けに対して、一応の答えとなるのが、1ページごとにアンダーラインをひきまくり、2ページ読むと1ページ戻って改めて読んだ文章の意味を考え直すような読書をさせる本ということだ。
 リルケ……わからない個所が多い。線を引き、ページの日焼けした、シミだらけの余白に「難解」という文字を書いておく。そして読み進めていき、バックして再び「難解」を闡明しながら読む。けれども、風景描写がつづく部分や、自己分析が蜿蜒つづく部分は、わからないままであることも多い。とくに自己分析への執拗さと、そこから、驚くほど簡潔な結論が導き出されているような一文に出会うと、じつにまったく途方に暮れてしまう。
 ただしかし、どことなくではあるけれど、模糊としながらも、『マルテの手記』で書かれていることがわかってきたように思う。

.観察。ひたすらな現実および自己の内実への視線。恐怖、醜悪、嫌悪、幻滅から目をそらさないということ。自己の弱さ、恐れ、醜さ、貧しさを包まず観、パリの下層社会、貧困層を直視することへの志向。
 
.現実と同時に捉えられる過去への追憶。リルケは書いている《追憶が多くなれば、次にはそれを忘却することができねばならぬだろう。そして、再び思い出が帰るのを待つ大きな忍耐がいるのだ》と、これが詩人の条件なのだと。過去の幼少期の記述は、忘却されていた追憶であり、忍耐の結果再び帰ってきた思い出だった。過去の記述が、忍耐をつづける、パリで飢える一人の詩人を浮かび上がらせてくる。その今まさに現実に対峙する存在こそが、『マルテの手記』の全テーマを一貫しているのではないか?

.死。これは数ページにわたってその恐怖が描かれていることもあれば、ある記述に唐突に、ひょいとした軽い調子で一文が放り込まれていることもある。それは《空気の一つ一つの成分の中には確かにある恐ろしいもの》と表現されることもありゃ、また《老人の体を前にかがめたり、後ろに引戻したり、首をがたがた揺すぶったり、激しい舞踏を》起こさせる《それ》とだけ表現されることもあり、単に《馬鹿に大きなあるもの》と書かれているだけのこともある。けれどもそれだけに死はそれ自体を描くよりもはるかに恐ろしいものに感じる。マルテはその正体を決して書かない。言ってはくれないのだ。そのため、マルテが口を噤んでしまっている、その不安げな、おどおどした、頼りなげな様がより切実に死を語っている。

 けれども、まだまだ読んでいる最中。どんどんわかっていこう。明らかにしていこうと思うている。

久しぶりの更新

トルストイ全集3 初期作品集 下』(河出書房新社 昭和48年)に収録されている「アリベルト」「チーホンとマラーニャ」を読む。

アリベルト」は、アル中の堕落した音楽家と彼を救おうと試みる若い貴族との出会い、つかの間の友情と最終的にその試みが破綻するというあらすじで、《音楽》をモティーフにした作品としては晩年の「クロイツェル・ソナタ」とおなじであるが、この作品において主題は《性》ではなく、堕落者というか性格破綻者というべき音楽家を救いだそうとする貴族の悩みである。巻末の解説では、作者の実際の経験が下地に置かれているらしいが、そういわれてみないと分からないという程度に、作りものらしい作品。

おもしろいのは、「クロイツェル・ソナタ」で《性》=快楽、さらにいえば現生的快楽、刹那的快楽の否定が、語り手の破滅という物語をとおして徹底して説かれるのに比して、この作品では音楽家……堕落して、ウォーツカを呑まねば一時間も安らいでいられない人間が、人を惹きつけずにおけないような笑顔と、天賦のヴァイオリンの才能を持っているという点、さらにその堕落の原因が、劇場につとめていた楽士であったころ、若く美しい女性に対して犯した失敗に契機を持っているという点で、愛らしい滑稽さと幾分の甘美をもって快楽をとらえているのだ。この快楽の身もだえのなかで、音楽家はささやく。《どうしてそんな、わたしは生きているのに》《これは恐ろしい! 自分が生きているということを、どう彼女に説明したらいいのだ》《ああ神さま! わたしは生きています、わたしを理解してください》この彼女と神への訴えが、「クロイツェル・ソナタ」に説かれたところの答えにつながったのだろうか。

ロマン・ロランいわく、トルストイは音楽家のなかではベートーヴェンを好んでいたらしい。この作品の音楽家もベートーヴェンを弾いたのだろうか。

チーホンとマラーニャ」は、純粋な農村風景のスケッチ。農奴の一家をえがいた、平穏な作品。ただ未完である。読んでいる途中で(続稿なし)の文字を見た瞬間「おいおい」と口にだして言ってしまった。駅逓(たてば)の御者をするチーホンが休暇を取って生まれ育った村にひさしぶりに帰ってくる、村は祭りの最中で、彼は自分の妻、まだ結婚して間もない若くはつらつとしたマラーニャが、美しい肢体を輝かせて祭りの行列を行くのを見つける。二人は再会をよろこびあい、家に向かう。家には、チーホンの年老いた両親がいる。彼らは食事の席でチーホンが皇帝陛下の馬車を継いだという話を聞き、老母などは感動のあまり泣きだしてしまう。老父も誇らしげな瞳を息子に向け、にこにことしながら幾杯もウォーツカを傾ける……ここから、なんらかのドラマを作者は意図していたのだろうか。
一点おもしろい、というか、トルストイらしい文章だなと思ったのは以下の文。
《箱の中から乾草をとり出して馬に投げてやると、チーホンは帽子を額までぐっと引きさげて、両手の指をいっそう大きくひろげ、小屋の中へはいって行った。が、することが何もなかったので、指はそのままひろげっぱなしであった。》
《彼としては、そのいっぱいにひろげた指ばかりでなく、何にでも凝らされる注意ぶかい目も、仕事をさがし求めていた。彼には、なんにもしないでいることが、何やらぐあいがわるかったのである。(…)老婆相手に話すだけ話してしまうと、使い古した鞭をとり上げ、麻苧を手にして入口階段の上へ出ると、敷居ぎわの釘にひっかけて、そのプード分銅を扱うためだけに作られたような頑丈な手で(…)》
《指》《手》の強調!《大きくひろげ》た《指》は《頑丈な手で》あるらしい。プード分銅云々にいたるまでに、最初の引用から数ページを用いてトルストイはひたすらに《手》を強調している。この《手》単独がチーホンの部位中で極端にまで抽出されることで、その「持ち主」への興味の方向が、いやがおうにも誘導される。そこへ《頑丈》ときて、その「持ち主」はまごうかたなき農奴であると規定される。これはトルストイがよくつかう手段であり、人間の性格、社会的地位、感情をよく示すものにおいて、瞳の次に手や指先が用いられるのは、まあ、心理学のうえでもさもありなんといったところか。(斎藤環の受け売り)



昭和45年に発刊された中央公論社の『日本の名著 26巻 二宮尊徳』を読む。
トルストイの小説は大好きだが、その思想の根幹であるキリスト教にだけはなじめない。それはキルケゴールの『死にいたる病』の「緒論」にあるキリスト者は死を死なぬ、のメッセージを読んだときとおなじ、なじめなさであって、要は「おれ(非キリスト者)はじゃあ、死を死ぬのか!」ということに原因を持つなじめなさだった。
死を死ぬことへの恐怖があるわけではなくて、懐疑、ないしは「じゃあ、おれのような人間にはどのような思想の根幹が成り立ちうるのだろうか」ということへの興味が湧いてきた。
二宮尊徳は勤労の徳を説いた、薪を背負って読書する像で有名な昔の人、というイメージしかなかった。でも、昔時代小説を書きたいと思ったときに買っていた古本が出て来たものだから、もしやこの人の思想に、なんらか僕の興味を納得させるものがあるのかも知れない、と思って読んでみた。



尊徳の報徳思想は、自然の観察から来ている。それは、尊徳死後に信奉者がその一生を記した「報徳記」に詳しい。
読本、あるいは偉人伝にあるような幼くして両親を喪い、冷酷な伯父に預けられた話は、「報徳記」の筆記によっているかと思われる。伯父は金次郎(尊徳の幼名)が勉学に励むことを、灯火の油を浪費するとて嫌った。そこで金次郎は油菜を植えて自分で収穫して、その油で本を読む。伯父はそれも禁じる。いわく、「たしかに浪費はなくなったが、おれの得にはならないではないか」たしかに冷酷な伯父であるが、なにぶん尊徳イストの話なのであまり信用してもいけないだろう。このころに金次郎は観音経に感銘を受けたようだ、つまり宗教的開眼をしたらしい。この宗教への感銘と、極貧の境遇とが、独特の報徳思想を生みだしたようだ。村の刈り取りのあと人々が捨てた苗をつかわれていない畑に植えたところ、一俵あまりの収穫になったことがあった。これを金次郎は「小さいものは積み重ねることで大きくなる」という教訓とする。その小さいものは、つまり農作物なわけで、それはきちんとした自然のリズムに合わせれば、ちゃんと育ち収穫できる。これが自然の理にかなうことは、すべて得となって帰ってくるという思想になっていったのだろう。
この得の思想が、いかにして徳の思想へと置換されたのか、ここはたいへん興味ぶかいが、おそらく、徹頭徹尾実践によってのものだろうと思われる。ちなみに、金次郎は伯父にたのみ亡き両親の住んでいたあばら家にもどる。そして尊徳と名をあらためる。だいたい30歳くらいのことだという。
得から徳への置換……これは、たとえば、貧しい村があり、そこに住む人々は怠けがちであり酒を好み、賭博をして出奔の癖がある。すべて当時の御法度である。村役人は禁令をたびたびだすが、守られない。この人間の悪徳は、すべて農業による得がないためであると尊徳は観たのだろう。村が順調に運営できてさえいれば、酒も祭り以外では呑まないし、賭博や出奔の悪習もなくなる。得は徳をも人々に呼び込むのだ。だから人々は仕事に勤しみ、きちんと生活を送りなさい、これが「報徳記」や「二宮翁夜話」で語られる報徳思想である。



そうはいっても実は徳を「人々に呼び込む」ということばの使い方はまちがっている。それというのも、尊徳にとって徳と対置する不徳、得と対置する不得は、陰陽でいうところのそれぞれ陽と陰に属するものだけれど、けっして二元的なものではない。世界は陰陽の図のように円で説明可能であり、人間も陰陽のふたつをそれぞれ有している。だから悪徳をなす人間は陰の面が対外的に出ているだけであって、実践によって徳の面を出すことが可能という説明を尊徳はする。報徳思想はその点で一元論なのだ。
この説明がされているのが「三才報徳金毛録」である。
この本は報徳思想を説明するために書かれた本であるので、上の二冊よりも難解な書き方をしている。村や人のエピソードで語られる教訓的な内容の二冊と比べて、円の図に陰陽、生死、男女、徳不徳を配置し、世界のなりたちを解説している。僕が気になっている部分、思想の根幹は、この本のなかにかなり書かれている。が、まだよく分かってない。父や母がいたから子がある。子が子孫を残すからのちのちまでも一家は繁栄する。子を思う心があれば、自分の代で一生懸命に働き、家財を遺しなさい、といったことばなどは、陳腐に感じるものの、自然の種をまけば実が成る、という発想を人間の活動に置き換え、さらに家という器に適応されるというのは、西洋にはない。「キリスト」の文字なくして、人がいかによく生きるかの道筋を書いている本は、どうしても無条件に陳腐化してしまう自分自身の感情がある。よく居酒屋や親せきのばあちゃんの家のトイレに貼ってあるカレンダーなんかに書いてある、仏教的メッセージとおなじ程度の感情しかいだけない。けれど、「キリスト」の文字が入っている本を納得することもできない。それで、分からない。
ただ、おなじ本に収録されていた「日記」(尊徳だけが書いていたのではなく、二宮家の日記なので家族も書いているもの)の文章がいたく心に響いた。「イワン・イリイチの死」に近い感情をいだいた。

《私の手を見てくれ、私の足を見てくれ、私の書簡を見てほしい、そして私の日記も見てほしい。おずおずとおそるおそる深い淵をのぞくように、薄い氷の上をわたるように生きてきたことを見出すだろう。》

尊徳、死の半年前の日付である。曽子のことばを引用して、病床の尊徳は身内に言ったのだろう。《おずおずとおそるおそる》生きた彼は、なにを思って死んだのか、これも分からないが興味はつきない。

文学フリマに出る・その他

「第十回文学フリマ」( 5月23日)に「実験倶楽部」名義で参加いたします。

発行物は「実験倶楽部」の機関紙『実験』の、過去3年間のなかから、よりすぐった作品を集めた『実験倶楽部 ――Best Of JIKKEN』を予定しておりますが、間に合わなかったら、たんに『実験』の最新号を販売する予定です。

販売価格は強気の300円です。

どうぞ参加されるかたはよろしくお願いします。さえないメガネ面の黒服が野木健二朗です。

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同人の諸君! もっと原稿を!(ゲーテの最期のことば風に)

                         

小説を(文学フリマのために)ちまちまと書いている。島を舞台にするとよく書ける。

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このところ、テーマとモティーフについて考えている。
主題が、あまりにも明白であり、かつ読者へのメッセージ性があまりにも強いと、読む者は構えてしまうのではないだろうか。そのため、モティーフが、寓話性や仮構性を高めて、物語という形式を通して主題が明らかになる、というごくごく普通の読書行為を可能にする。そして小説とはそのようなものであるのが、あたりまえじゃないだろうか。
このようなことを考えていると、自分が過去に書いたものがあまりにもな、メッセージ小説であったと後悔してくるのだ。
「戦争と平和」は面白い、だが「人生論」は難解なうえ、納得できない箇所が多く出てくる。小説と「指南書」の差異は、テーマとモティーフの関係を、そのまま指示しているのだろう。
そして考えていて、思いいたったテーマとモティーフの理想は、おそらく、モティーフを形象から象徴へと発展させることで、モティーフそれ自体をテーマとする、というものだ。たとえば「風土」それ自体を(丹念に、よく考察して、レトリックの限りを用いて)書くことによって、「風土」が単に舞台になった場所、に限らずにそれ自体がテーマ化する、というように。実際の作家での一例では、武田麟太郎の後期のモティーフは、それ自体がテーマであるように思う。本人もそのようなことを書いていたと記憶している。

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最近の読書、宮本常一の本を自宅本棚にて猟渉する。『庶民の発見』『民俗学の旅』『日本の海・山をひらいた人々』など。『民俗学の旅』は常一の自伝だけれども、そこで、常一が故郷を出る際に父から言われたことばがあって、読みながら涙ぐんでしまう。涙腺がこのところ緩くなっている気がする。「恋空」でさえも泣けるかもしれん。


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