我が人生は、音楽と共に

'60〜’80年代の洋楽ロックを中心に紹介(稀に観た映画なども)。ことある度に話が脱線するトータル・コンセプト・ブログ(意味不明)です。

名曲カバーの聴き比べ その24「Hey Joe」

HEY JOE「Hey Joe」といえば、一般的にはジミ・ヘンドリックス・エクスペリエンスのデビュー・シングルとして知られている楽曲だろう。実はこの曲、ジミ・ヘンドリックスのオリジナル曲ではない。カバー曲なのだ。個人的には他にもラヴ、ザ・バーズといったバンドのカバーも印象に残っている。ジミヘン・ヴァージョンとは同じ曲に思えないが・・・。そういえば、ディープ・パープルもデビュー盤でカバーしていた。さらに、有名なコンピレーション盤『Nuggets』をLPレコードで久しぶりに聴いたら、当時は気付かなかったのだが、ザ・リーヴスというバンドの「Hey Joe」も収録されていた。ここまでカバーが多いと、これは”名曲カバーの聴き比べ”でまとめなければなるまい。

オリジナルは、ビリー・ロバーツというアメリカのシンガー・ソング・ライター。これは今回調べて初めて知った。こんな有名な楽曲を残していながら、ここまで無名な人も珍しい。時系列で確認すると、ザ・リーヴスのカバーで知れ渡り、ジミ・ヘンドリックスが決定盤となったという流れのようだ。個人的には日本のザ・ゴールデン・カップスのカバーが一番ぶっ飛んでいて良かった。続きを読む

TWO OF A KIND:「Minor Swing」「かりそめのスウィング」

DJANGO REINHALDT2かりそめのスウィング









再び甲斐バンドの登場・・・。甲斐バンドはこのコーナーの常連になるかもしれない。中にはあまりにも似すぎていて「これヤバイだろう」というものもあるが、今回の「かりそめのスウィング」は「こんなところから元ネタ拾ってきたか!」とむしろ感心してしまった類のもの。実際、「かりそめのスウィング」は良い曲だ。個人的に甲斐バンドのシングル曲の最高傑作の一つではないかと思っている。しかし、この曲にもチャッカリ元ネタは存在していたわけだ。それにしてもジャンゴ・ラインハルトだったとは・・・。「かりそめのスウィング」というタイトルは何だか自虐的に感じるが、本人達の意図はどこにあったのだろうか。

「Minor Swing」・・・何と初録音は1937年。


「かりそめのスウィング」・・・1975年発表。オリコン最高44位。スタジオ・ライヴ・バージョン。正規盤では、ヴァイオリンが導入されていた。


J.ガイルズ・バンドのアルバム・ベスト5

J・ガイルズ・バンドはアメリカ合衆国出身のロック・バンド。デビューは1970年。メンバーは、J・ガイルズ(ジェローム・ガイルズ) (G)、ピーター・ウルフ(Vo)、ダニー・クレイン(B)、マジック・ディック(harmonica、sax、trumpet)、ステファン・ジョー・ブラッド(Ds)、セス・ジャストマン(Key)の6人。ブルースを基盤とした黒っぽいフィーリング溢れるロックンロールが持ち味で、その類似性から”アメリカのローリング・ストーンズ”と評価された。

エネルギッシュなライヴの評価も高いバンドであったが、商業的成功は今一つ得られない時期が続いた。しかし、1981年発表のシングル「堕ちた天使」が遂に全米1位の大ヒットを記録し、ようやくその名を世界中に知られる存在となった。しかし、このヒットによってバンド内に不和が生じたのか、1983年にフロント・マンのピーター・ウルフが脱退。バンドの勢いは失速し、1985年に活動を停止した。

1999年、ドラムのステファン・ブラッドを除く5人のオリジナルメンバーが久々に結集し、ツアーを再開。以後も散発的にライブ活動を行った。しかし、2012年からJ・ガイルズがツアーに参加しない事を発表。残る4人は、新たにギタリストを迎えてツアーを実施した。その為、リーダー不在のまま活動を行うこととなり、ガイルズは自分の名前が付いたバンド名を使用しない様、裁判所に訴える事態となった。

結局、その後もJ.ガイルズ抜きの”J.ガイルズ・バンド”で活動を続けていたが、2017年4月11日、J・ガイルズが死去。これにより、バンドは事実上の幕を閉じた。


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JNの好きな曲100選 NO.53「Borderline」

madonnnaめでたくレコード・プレイヤーを購入したことで、実家に約30年間眠っていた状態だったLPレコードを懐かしく聴いています。既にCDで買い直したものが多いが、そうでないものも有る。マドンナのデビュー・アルバムもその一つ。高校生の頃、このアルバムを聴きながら受験勉強に励んでいた(?)ものである(確か過去記事でも書いた記憶有り)。その後マドンナ自体に興味を失ってしまったこともあり、CDで買い直す気にどうしてもなれなかったのだが、こうして久しぶりに聴くことができたわけだ。

このデビュー盤はよく聴いたが、特に好きだった曲が、「Borderline」(1983年)だった。この曲は全米10位を記録し、マドンナにとって初のTOP10ヒットとなった。この時点でマドンナが超大物になることを予想していた人はさほど多くはなかっただろうと思う。一時的な人気で消えることとなる、ただのディスコ・クイーンと思っていた人が多かったのではないだろうか。少なくとも私の学生時代の洋楽友達はそう思っていた。私は自慢ではないが、この頃からその友人に「マドンナは大スターとなる」と予言していた。そして「んなわけねーだろ」と小馬鹿にされていたものだ。

結果はご存知の通り、私の予想通り・・・というか、予想をはるかに上回るビッグな存在となってしまった。予言が当たって嬉しかった部分ももちろんあったが、気持ちは少々複雑だった。自分が思い描いていた形では無かったので、手放しでは喜べなかったのだ。私は「Like A Virgin」という曲がどうしても好きになれなかった。「自分の望んでいたマドンナは、これじゃない」感があった。以後、急速にマドンナに対する興味は無くなってしまったのだった・・・。

「Borderline」


「Lucky Star」・・・全米4位。これも良かった。
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