我が人生は、音楽と共に

現在も日々CDを購入し続けている、現役コレクター。これまで聴いてきた音楽(洋楽ロック中心)を、思い出やエピソードを交えて紹介している、トータル・コンセプト・ブログ(意味不明)です。

スティーリー・ダンのアルバム・ベスト5

9月3日、スティーリー・ダンのウォルター・ベッカーが死去のニュースが入ってきました。お悔み申し上げます。
というわけで、ちょっと遅くなってしまったが、今回はスティーリー・ダンのアルバム・ベスト5をいつものように各音楽サイトのデータを参照(ちなみに8つのサイトを参照)し、ランキングを作成、紹介したいと思います。

スティーリー・ダンは、アメリカのバンド。1972年デビュー。1980年に一旦解散するが、2000年に再結成している。結成当時は6人編成のバンドのスタイルだったが、1976年以降は正式メンバーはドナルド・フェイゲンとウォルター・ベッカー の二人だけとなり、それ以外は一流のスタジオ・ミュージシャン達を都度使用するプロジェクト形式となった。

スティーリー・ダンは、評論家のウケが非常にいいバンドである。彼らが酷評されている記事はまず見ない。シニカルで難解な歌詞、ジャズ的要素のある奇抜なソングライティング、一流ミュージシャン達による鉄壁なアンサンブルと緻密なアレンジ。実際、スティーリー・ダンには批判できるようなところが無い。むしろ、完璧すぎるのが欠点といえる。知的かつクールでありながら、売れ線もキッチリ押さえているので、私のような素人が聴いても肩肘が張らず楽しめる音楽となっているのがまた良い。

そんな彼らのハイ・センスな音楽は、フェイゲンとベッカーの二人三脚で作り上げたものであろうと当時誰もが思っていたのだが、フェイゲンの1982年のソロ・アルバム『Nightfly』iの出来があまりにも素晴らしかったことから、「ウォルター・ベッカーの役割って何だったんだ?」という疑問も生まれ始めた。その疑問に答えるべく(?)、ベッカーのソロ・アルバムが1994年に発表されたが、その評価は微妙なものだった。やはり、フェイゲン=スティーリー・ダンだったのか? 

個人的には、ベッカーのソロ・アルバム『11の心象』も悪くはないと思う。ところどころスティーリー・ダンっぽいフレーズが出てくるし、間違いなくベッカーがスティーリー・ダンのメンバーであったことは証明できると思う。ただ、全体的に創りがラフな感じがした。少なくとも、『Aja』や『Gaucho』のような緻密さは感じられなかった。ということは、あの完璧主義的な音はフェイゲンの個性なのだろう。彼のソロ作に感じる若干の堅苦しさ(あくまで個人的な印象だが)は、ベッカーがいない影響なのかも知れない。

 ちなみに、スティーリー・ダンというバンド名の由来については二説がある。これは10ccなんかと同じく、一つは至極真っ当で面白味の無い理由。もう一つは我々が好きな若干の低俗性を伴った理由である。スティーリー・ダンの場合、一つはドナルド・フェイゲンの高校時代の教師のあだ名に由来するというもの。もう一つはウィリアム・バロウズの小説『裸のランチ』に出てくる、巨大な張形に由来するというものである。余談になるが、ウイリアム・バロウズに関してはYMOも取り上げたことがあったので、個人的に興味を持ち、『裸のランチ』を読んでみたことがある。が、その内容は全く理解できなかった。いや、むしろ理解できたら怖いし、理解したくもない・・・といった内容であった。

いずれにしても、ベッカーの死去によって、今後スティーリー・ダンの新作が発表される可能性は限りなくゼロになったわけである。フェイゲンがまだ健在なので、さほどの喪失感は今のところ無いが・・・。

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懐かしの歌謡曲NO.27「ラブ イズ Cash」

REBECCA1985年、レベッカの「ラブ イズ Cash」。
自分が大学生になったばかりの頃だったな。懐かしい。昨日約30年ぶりに聴いたよw この曲は好きだったな。初めて聴いたレベッカの曲がこれだった。まあ、ぶっちゃけ言うと、マドンナの「マテリアル・ガール」のパクリなんだがw  でも、そんなことがどうでもいいくらい、NOKKOのヴォーカルが魅力的だった。今聴いてもやっぱり上手いと思う。

今振り返ると、当時の日本の音楽シーンは新しいポップ/ロック系女性ヴォーカリストがどんどん出てきていた時期だった。中村あゆみ、渡辺美里、小比類巻かほる、少し遅れて奥居香(PRINCESS PRINCESS)とか。そんな中でもNOKKOは唯一無二の個性と実力を持っていたと思う。



もう一曲、「RASPBERRY DREAM」。NOKKOのパフォーマンスもこの曲辺りがピークだったと思う。バンドの音は当時の英国ロックそのもの。U2とかトーク・トークとかシンプル・マインズとかその辺。

カーティス・メイフィールドのアルバム・ベスト5

カーティス・メイフィールドは、アメリカ合衆国シカゴ出身のシンガーソングライター、音楽プロデューサー。1958年にジェリー・バトラー、サム・グッデン、リチャード・ブルックス、アーサー・ブルックスらとともにインプレッションズとしてデビュー。当初はバトラーがリードヴォーカルを担当していたが、1960年に脱退。代わりにカーティスがリードヴォーカルを務めるようになる。インプレッションズは「It's All Right」(1963年)等数々のヒット曲を発表するが、特に公民権運動を題材とした歌詞の「ピープル・ゲット・レディ」(1965年)は、今日まで多くのミュージシャン達に歌い継がれている名曲となっている。

1970年にカーティスはインプレッションズを抜け、ソロ・アーティストとして活動を始める。メッセージ色の強い歌詞に抑制の効いた独特のファルセット・ヴォイス。ワウワウ・ギターとパーカッションによる心地良いグルーヴ感が特徴。当時、マーヴィン・ゲイ、ダニー・ハサウェイ、スティーヴィー・ワンダーらと並んで”ニュー・ソウル”と呼ばれた。

1970年代は、ライヴ盤やサウンドトラック盤も含め、年2枚に近いペースでアルバムを発表し、精力的に活動を続けたが、中でも1972年公開の映画『スーパーフライ』のサウンドトラックアルバムは全米1位を獲得している。また、プロデューサーとしても多くのアーティストの曲を手がけていた。

1980年代もコンスタントに作品を発表し続けたカーティスだが、1990年、コンサート会場で照明機器の落下事故に巻き込まれ、その後遺症で半身不随となる。その後、周囲の助力で1996年にアルバム『ニュー・ワールド・オーダー』を発表し復活するが、1998年、糖尿病の合併症により右脚を切断。
1999年にロックの殿堂入りを果たすも、授賞式には出席できず、12月26日に糖尿病の合併症により死去。57歳であった。

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CCRのアルバム・ベスト5

クリーデンス・クリアウォーター・リバイバル(Creedence Clearwater Revival、略称CCR)は、アメリカのロック・バンド。カリフォルニア州サンフランシスコ出身であるが、ブルースやカントリーをベースにしたアメリカ南部を思わせる土臭いサウンドから、サザン・ロック、スワンプ・ロックの先駆者的存在であったとされている。メンバーは、ジョン・フォガティ(Vocal&G)、ステュ・クック(B)、ダグ・クリフォード(DS)、トム・フォガティ(G)。ジョンとトムは兄弟である。デビューは1968年。1972年に解散。その活動期間は5年にも満たなかったが、短期間の間に7枚のアルバムを残し、多数のシングル・ヒット曲も生んだ。1993年にはロックの殿堂入りを果たしている。

このバンドの中心人物はジョン・フォガティ。ほとんどの曲を作曲している他、ヴォーカルも担当。ギターやピアノ、サックスなどもこなすマルチ・プレイヤーであった。早期解散の主な原因として、CCR=ジョン・フォガティといった世評に他メンバー達が反発。メンバーの仲に亀裂が入ったためとされている。バンドの最終作『マルディグラ』は、その辺りを考慮して各メンバー平等に花を持たせたアルバムだったが、結局失敗に終わり、解散となった。

ソロとしても十分活躍できる実力を持っていたジョン・フォガティだったが、解散後はCCRの著作権の訴訟問題などに巻き込まれ、思うような活動ができなかったのは気の毒であった。1985年に発表されたソロ作『センターフィールド』は個人的にも思い出深い作品である。

数多くのヒット曲を持つCCRだが、それらの楽曲は各アルバムに散らばっている。それだけ各アルバム共捨てがたい作品ばかりであるが、一般的には手っ取り早くベスト盤を1枚購入して終了のパターンが多いと思われる。
特に収録曲数が多くなったCD時代以降は「ベスト盤1枚で十分」感が強いが、できればアルバム単位で聴いてほしいものである。


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