我が人生は、音楽と共に

現在も日々CDを購入し続けている、現役コレクター。これまで聴いてきた音楽(洋楽ロック中心)を、思い出やエピソードを交えて紹介している、トータル・コンセプト・ブログ(意味不明)です。

『スタイルズ荘の怪事件』を読んだ

スタイルズ荘映画『オリエント急行』を観て、「そういえばクリスティの原作はあまり読んでないなあ」とふと思い、クリスティの原作(ポアロやマープル)を読んでみることにした。それもいきなり『オリエント急行」ではなく、まずは『スタイルズ荘の怪事件』から。なぜ『スタイルズ荘』からかというと、これはポアロの長編物としての第一作目にあたり、ポアロとヘイスティングスの出会いから書かれているので、最初に読むには一番適しているであろうと考えたからだ。まあ、言ってみればポアロ版『緋色の研究』である。

私はミステリは好きだが、ミステリ愛読者とは言い難い。それどころか世間一般に溢れている推理小説は全く読まない。ただ単にシャーロック・ホームズが好きなだけである。ホームズは子供の頃から好きで、原作はほぼ全作品読んだ。ジェレミー・ブレット主演のテレビ・ドラマも結構熱心に観ていた。ただ、ミステリ・ファンからすればホームズは推理小説ではなく、冒険小説ということになるのだそうだ。対するクリスティの方は、映像から入った。デヴィッド・スーシェ主演のテレビ・ドラマが好きで、よく観ていたが、小説の方はほとんど読んでいなかったのだ。過去に何冊か読んだこともあるが、あまり馴染めなかった。クリスティが女性であることも関係しているのか、少し上品すぎる印象があった。当時ロバート・B・パーカーのスペンサー・シリーズ(男くさいハードボイルド物)を読んでいたので、余計にそう感じたのかも知れない。

・・・さて、とりあえず何とか読み終えたのだが、凄く時間が掛かってしまった。大体が私は活字が苦手なのだ。2〜3ページ読んだだけですぐに眠くなってくるので、読み終えるまで恐ろしく時間が掛かる。最初の方に出て来た伏線や設定、登場人物を忘れてしまっていることが多々あり。ホームズ物と比較して容疑者の人数がすごく多い。とりあえず皆怪しい。それぞれが個人的理由から真実を隠した供述をするから、真相がなかなか見えてこない。まあ、これが本来の推理小説(謎解き小説)というものなのかも知れない。私は前述のように世間一般の推理小説は読まないので、推理小説の定石というものをよく知らないのだ。クリスティは、謎解き物の古典というべき位置づけになるんだろうが、現代のものと比較してどうこういう論評もできない。

テレビドラマ版ポアロを観ていたときの印象は、「いかにも怪しい人は犯人ではない。怪しくなさそうな人が実は犯人」ということが多かった。そういう意味では、本作はその典型パターンに入るようだ。殺人方法はクリスティお得意の”毒殺”である。実はその後もクリスティ作品を何冊か読み終えているのだが、やはり一般評価の高い作品の方が確かに面白いと感じた。『スタイルズ荘の怪事件』は、後年の名作と比較すると、印象が薄い感は否めないかもしれないが、しかし本作が「本格ミステリの雛型」であると評価する方もいる。推理小説、クリスティ、ポアロを語る上で外せない作品であることは間違いない。

TWO OF A KIND:「Little Umbrellas」&「Human Alchemy」

MUMMERTWO OF A KIND=似たもの同士。つまり、よく似た曲同士を紹介する企画です。記念すべき(?)第一回目は、フランク・ザッパの「Little Umbrellas」(1969年、『Hot Rats』収録)とXTCの「Human Alchemy」(1983年、『Mummer』収録)。まあ、似てるといっても一部のフレーズだけなんですけどね。でも、その一部(冒頭のフレーズ)が不思議なくらい似ている。年代ではXTCの方が後になるが、恐らくは偶然似てしまったパターンではないだろうか。あるいはアンディ・パートリッジ(XTC)の頭の中に「Little Umbrellas」のフレーズの記憶が残っていて、それを無意識に使ったとか。もし意図的だったらアンディなら正直に言いそうな気がするのだが。

「Lilttle Umbrellas」


「Human Alchemy」

フランク・ザッパのアルバム・ベスト5

フランク・ザッパは、アメリカ合衆国出身の作曲家、シンガーソングライター、ギタリスト。デビューは1966年。恐るべき創造力の持ち主で、1993年の死去までに発表したアルバムは50作以上、さらに死後発表されたアルバムも加えると79作にまで及ぶ。生前はほぼコンスタントに2枚/年のペースでアルバムを発表し続けた。ロック界においては空前絶後の多作家である。

ザッパは自ら率いるバンドであるザ・マザーズ・オブ・インヴェンション名義で1966年にデビューした。初期マザーズの音楽性はブルース、ジャズ、ドゥー・ワップなどのルーツ・ミュージックに現代音楽の要素を加えた先駆的なものだった。1969年の『アンクル・ミート』では室内楽的なアプローチも取り入れている。更にスタジオ録音とライヴ録音をテープ編集でミックスするなど、当時としては斬新な技法も取り入れていた。

ザッパにとって一つの転機になったのは1971年だった。この年はザッパにとって災難続きで、まずライヴ会場が火事に見舞われるという事件が起きた。幸い負傷者は出なかったが、機材は全て消失したという。この時、現場近くでディープ・パープルのメンバーが滞在しており、その火事の様子を少し離れたところから見ていた。その出来事を歌ったのが名曲「スモーク・オン・ザ・ウォーター」である。

さらに後日、ザッパが一人の聴衆にステージから突き落とされるという事件が発生。重傷を負い静養を余儀なくされたザッパはマザーズを解散させた。しかし、一方でまさに「ケガの功名」というべきか、骨折が原因で声域が変わってしまったザッパは、独特の低音となり以前より歌えるようになった。正式に復帰した1973年以降は自らヴォーカルを積極的に取るようになる。

1980年代に入っても精力的な活動を続けた。1982年には愛娘ムーン・ザッパを起用した「ヴァリー・ガール」がシングル・ヒット。初の全米トップ40入りを果たした。また、シンクラヴィアを導入して制作された1986年の『ジャズ・フロム・ヘル』では初めてグラミー賞(インストゥルメンタル部門)を受賞した。

1993年、アンサンブル・モデルンとの共演を果たした『イエロー・シャーク』を発表するなど相変わらず音楽の創作意欲を失っていなかったザッパだったが、かねてより発症していた前立腺癌の悪化により12月4日死去。52歳であった・・・気づけば、自分が今年52歳。ザッパの年齢に追いついてしまったのか(汗)。

フランク・ザッパのアルバム・ベスト5は8つのサイトを参考に作成。前述のように恐るべき多作家であるので、その競争倍率は高い。今回はいつもより多めの11位までを発表したい。

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映画『ハン・ソロ』を観て来た。

ハンソロスター・ウォーズ・シリーズのスピン・オフ作品『ハン・ソロ』を観てきた。米国では1か月早く公開されているが、その評判は「可もなく不可もない」といった印象。良いという評判はあまり聞かないけど、別に悪いとも言われていない感じ。賛否両論真っ二つだった『最後のジェダイ』とは対照的。同じスピン・オフ作品の『ローグ・ワン』と比較すると、こちらが”スター・ウォーズ史上最高傑作”と言われているだけに(個人的には疑問だが)、前評判では『ローグ・ワン』より落ちるといった見方が多そう。米国での興行成績も思ったほど伸びず、今後予定されているスピン・オフ作品にも影響が出るのではないか?と心配に。まあ、個人的にはハン・ソロに対して特別な思い入れはないので、ある意味、過度の期待はぜす気楽に観れるというところかな。

で、観賞の結果、思ったこと、感想を以下に箇条書きする。大きなネタバレはないと思うが、完全ネタバレなしを望む方は読まないように。

・オールデン・エアエンライクのハン・ソロは、ハリソン・フォードのハン・ソロと同一人物には見えないが、致し方ない(ランド・カルリジアンも同様)。
・ハン・ソロの口八丁手八丁なキャラは上手く引き継がれている。
・チューバッカとの出会いが描かれ、ハン・ソロはウーキー語を喋る。
・元々ハンは苗字が無かった。苗字のソロは、思わぬ人から単純な理由で付けられた。
・ハンとキーラの再会は、都合が良すぎて安直に思える。
・キーラは、いわゆる峰不二子的な役回り。
・ウーマン・リブならぬドロイド・リブを掲げるL3-37のキャラ設定は、正直やりすぎだと思った。
・味方だと思っていたら敵だった、敵だと思っていたら味方だった・・・というありがちな展開。
・ボスクやオーラ・シングなど、言及のみでもファンなら反応できる名詞が出てくる。
・サバックは、トランプのポーカーに近いゲームのようだ。
・ランド・カルリジアンは思ったよりいい人として描かれていた。
・ケッセルランのシーンは概ね良かったが、成功する事を知っているのでスリルを感じることはできなかった。
・モールがホログラムで登場。
・続編を期待させる終わり方だった。

まあ、こんなところだけど、結論として本当に期待以上でもなければ、期待以下でもなかった。悪くはなかったけど、なんか物足りないかも。観終わったときに『スター・ウォーズ』を観た感があまりない。ストーリー的にも『ローグ・ワン』と違って本編と大きく関わってくる部分が無いので、重要度という点でも足りないかな。もちろん、相棒チューバッカやランドとの出会いのシーンは貴重だが。ランドとの賭け(サバック)に勝ってミレニアムファルコンを手に入れたとか、ケッセルランを12パーセクで飛んだといったエピソードも今回正式に描かれた訳だが、どちらかというと小ネタ的なエピソードだからなあ。命を捨ててデス・スターの設計図を手に入れる重みと比較すると、ちょっと軽い。若きハン・ソロが命を落とすわけがないし、予定調和になってしまうのは仕方ないか。

モールの登場は嬉しい誤算だが、ホログラムのみでの登場では物足りない。『ローグ・ワン』の時のダース・ベイダーのようにモールが大立ち回りやってくれてたら、かなり満足度アップしたと思うが、それは無かった。残念。あるいは、続編を期待させるような終わり方だったので、続編が制作されれば、そこでモールの活躍が見れるかも? あーでも、ハン・ソロってジェダイもシスも「知らない」っていう設定だったな。やっぱりダメか。ていうか、映画しかフォローしてない人が観たら、「なんでモール生きてるの?」と思うだろうね。

『フォースの覚醒』以降の作品は全部複数回観てるけど、これはどうしようかなあ・・・。ちょっと迷い中。
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