2009年10月24日
鎌田實、チョコを食う!
JIM-NET、来年のバレンタインデーに向けチョコレートのサンプルを完成
!
今年も、六花亭製でることは、かわらないが、従来のアーモンドチョコは、割れの問題があったために、今回は、ハート型のチョコを缶に詰めた。六花亭では、「おかげさま」というブランドで扱っている商品であるが、今回は、JIM-NETのために、缶にサブリーンの絵を使用し、中身も、日持ちのいいミルクチョコに変えるなど、工夫を凝らした。
水曜日に、サンプルがとどいたが、とてもかわいらしいパッケージで、缶だけでもほしくなる。しかし、味のほうはどうなのか?JIM-NETは、かわいくて+おいしいをうたい文句にしており、おいしくないとダメだ。
そこで、B級グルメの鎌田實が、試食!
おいしいのか、まずいのかの判定をくだした!
2009年10月20日
福祉の現場から
まもなくチョコ募金の季節がやってきました。今まで、ボランティアでやってきた袋詰め作業。今年からは、知的障害者通所授産施設KJF多摩はなみずきに依頼することになりました。
障害者自立支援法が施行され、利用者が、使用料を払わなくてはいけなくなりました。しかし、利用者の中には、仕事をするのになぜ、お金を払うのかという不満もあり、こなくなる人もいます。作業所によっては、利用率が下がる所も出てきました。利用率に応じて、国や市が、助成金を払うことになり、施設にとってもサービスの中身が問われます。来ても、仕事がないというのでは、利用率がますます下がり、施設の運営費も下がっていくという悪循環。
そんななかでのJIM-NETの仕事の依頼は、非常にうれしいとのことでした。 NGOやNPO の皆さんも、ニュースレターなどの発送は、地域の授産所などと提携してみてはいかがでしょうか?
園長の風間邦忠さんにお話をうかがいました。
2009年10月09日
電話番号の決め方
新しく電話を引くとき、いくつかの番号から選ぶことができます。
覚えやすい番号がいいなと思いながら、幸運が舞い込むような番号を選びたい。あなたはどうやって番号をきめていますか?
日本イラク医療支援ネットワークでは、まもなく恒例のチョコ募金がはじまります。
ラジオで紹介してもらったり、新聞に出してもらったりしたときにかけやすい番号がいいですね。申し込みが殺到するように選んだ番号。
その選び方もユニーク。JIM-NETニュースが取材しました。
2009年08月09日
広島原爆投下から64年、核廃絶は?
核廃絶と劣化ウラン弾廃絶どちらも日本政府のリーダーシップが問われます。
取材は平和記念式典の模様と、ICBUWの劣化ウラン弾禁止の取り組みを紹介。
北の核が問題になり、核武装論まで出てきていますが、イラク戦争の教訓を思い出してほしいと2003年の平和記念式典の秋葉市長の平和宣言を引用。
広島に思う
8月6日、記念式典に行きました。
今年は、オバマ米大統領が4月5日プラハで核廃絶に向けた決意を語りました。
「アメリカは、核兵器国として、そして核兵器を使ったことがある唯一の核兵器国として道義的責任がある」
今まで、アメリカは、核兵器使用に関して一切謝罪はしてきませんでした。それどころか、アフガン、イラク戦争と、ことあるたびに核兵器の使用をほのめかしてきました。
2005年のNPT見直し会議では、核軍縮に全く積極的に取り組もうとしないアメリカが足を引っ張り、何の成果も得られない会議になってしまいました。そのアメリカが、長期的に核を廃絶し、CTBTの批准を目指すというのです。
秋葉市長、そして麻生総理がどのような内容のスピーチをするのかとても楽しみでした。
秋葉市長は、オバマ・ジョリティという言葉を使い、核兵器廃絶は世界の大多数であることを協調。2020年までに核兵器の廃絶を訴えました。最後は Yes, we can. で締めくくりました。秋葉市長にオバマ大統領が乗り移ったような力図よいスピーチでした。
また、市長は
「対人地雷の禁止、グラミン銀行による貧困からの解放、温暖化の防止等、大多数の世界市民の意思を尊重し市民の力で問題を解決する地球規模の民主主義が今、正(まさ)に発芽しつつあります。」と述べています。
今回、私は、ICBUWのヒロシマオフィスが主催する劣化ウラン兵器禁止全国交流会に参加するのが目的でした。劣化ウラン弾に関しても、市民の力による取り組みが始まっています。
劣化ウランは、核兵器や、原子力発電の濃縮ウランを作る際に出る、低線量廃棄物です。濃縮ウランで、核爆弾をつくり、残りかすで劣化ウラン弾をつくる。
たとえ、核爆弾が廃絶されても、劣化ウラン弾が作られ、実際の戦争で使用され続ければ、がんで苦しむ人々は、後を絶たないのです。
ヒロシマ・ナガサキを除けば、いままで、核爆弾が使用されることは幸いにもありませんでしたが、その間、劣化ウランは、湾岸戦争やバルカン戦争、イラク戦争で使用されてきました。核兵器の廃絶とともに、核燃料サイクルからいかなる兵器も作られ、使用されてはいけません。オバマ大統領は、プラハで以下のように述べています。
「今日、私は、テロリストなどに狙われうるあらゆる核物質を4年以内に安全な管理体制に置くため新たな国際的努力を始める」
劣化ウランをテロリストが粉末にして、ばら撒くということがあれば、それは恐ろしいことです。是非こういった文脈で劣化ウランの問題も検討すべきではないでしょうか?
今年のヒロシマは、オバマ効果で、劣化ウラン弾のことが語られることが少なかったような気がします。核廃絶の盛り上がりとともに、劣化ウランのことをより多くの方々に知ってもらわないといけません。私たちはそれに向けてさまざまなツールを作り、各地で展示など行っていく必要を強く感じています。
以前、外務省の軍縮課の方とお話をした時に、「広島、長崎の被爆者の方にお会いしました。日本政府は核兵器廃絶を達成するために最善を尽くしています。被爆者の方の思いを考えると、劣化ウラン弾だけを優先し、切り離して、取り組むことは難しい」とのことでした。ならばぜひ、核兵器廃絶のなかに、いかなる、核物質からも兵器を作らない!使わない!持ち込まない!という努力を政府にしていただきたいと思います。
しかし、麻生首相のスピーチは、非核三原則の堅持を謳ったものの、オバマ大統領が乗り移ったような力はありませんでした。
核の廃絶を訴える一方、日本は、北朝鮮などの脅威に対し、同盟国・アメリカの核の傘で守られているという現実があります。オバマ大統領が核廃絶を宣言したとき、難色をしましたのは、日本政府です。
麻生首相は記者会見で「核というものを持って、攻撃しようという国が、われわれの隣の国にある。アメリカと日本は、同盟を結んでいるという現実というものをふまえて、今の話をしていただかないと。一方的に誰かがやめたら、相手もきれいにやめてくれるというような、そういう世界ではない」と述べたそうです。
転機に向かう時代、日本政府と市民がどう動くのか問われています。
私の手元には、友人の大倉記代さんが亡くなる前に手渡された3羽の折鶴があります。
大倉さんも被爆者でしたが、皮肉なことにNPT再検討会議のあった2005年にNYを訪問したあと体調を壊し、昨年がんで亡くなられました。原爆の子の像のモデルになった佐々木禎子さんと一緒の病室に入院していたことがあり、禎子さんの形見の折づるを私とイラクのイブラヒムに下さったのでした。
「平和の祈りを行動に」彼女は、いつも広島と現在のイラクを結びつけて、小さな一歩を踏み出しなさいといっていました。
ICBUWでは、来年のNPTと第65回国連総会に向けて、劣化ウラン廃絶に向けたキャンペーンを展開します。私たちは、積極的に協力していきます。みなさんの力を貸してください。
平和のために
日本イラク通信社:代表 さとうまき
2009年07月28日
核兵器廃絶と劣化ウラン弾
オバマ大統領がプラハで核廃絶宣言をしても、日本では、民主党の鳩山党首が核三原則を見直すといった発言があったり、本当に日本は核兵器をどう考えているのか疑問に思えることも多々あります。
ピースデポのメンバーが撮影した「憂慮する科学者同盟」(UCS)の
グレゴリー・カラキーさんのメッセージのビデオを今回は紹介。
グレゴリーさんは、オバマ大統領の科学特別顧問のジョン・ホールドレンに
近い学者です。ビデオ中の核態勢見直(NPR)というのは、アメリカの核戦略の基本的なガイドラインであり、グレゴリーさんの話ですと、アメリカ政府はNPRに
法的に縛られるということです。つまり、オバマ演説もNPRが良くないと先へ進まないということになります。
企画したピースデポ中村さん談:
核兵器廃絶にとって、「この秋までが勝負!」という重要なメッセージをより多くの人に伝えたいと思ってビデオを作成しました。
グレゴリーさんご本人の許可を得てYouTubeにアップしました。
他のMLや各団体のウェブなどにどんどんアップしてください。
2009年07月22日
報道
2009年07月15日
NHK BS今日の世界 7.15
国際ニュースといえば、JIM-NETニュースです。しかし、イラクや中東以外での取材は、まだまだこれからです。
やはり老舗のNHKにはかなわないという所でしょうか?
本日、7月15日 夜11:15BS1「今日の世界」イラクの特集です。ご覧ください。
| イラク 小児がんの子どもを救いたい |
| イラクで小児ガンに苦しむ子どもが急増している。日本なら8割が完治するという小児ガンも、戦争で医療体制が荒廃したイラクでは、生存率はわずか2割。命が助かっても眼球や足を切除しなければならないケースが後を絶たない。WHOは、アメリカ軍がイラク戦争で使用した劣化ウラン弾の影響を指摘しているが、アメリカ軍は劣化ウラン弾とガンの因果関係を認めていない。イラクで医療支援を行っている日本のNGOによれば、いまだに劣化ウラン弾の攻撃を受けた可能性のある戦車の残骸が、地方ではそのまま放置されていると言う。こうした中、子どもたちを助けたいと、一人のイラク人医師が、信州大学で研修を受けている。日本の最新医療技術である遺伝子治療を学ぶのが目的だ。子どもたちを救うために来日したイラク人医師に密着し、知られざるイラクの現状を伝える。 出演:佐藤真紀(NGO「JIM-NET」事務局長) |
2009年06月29日
ムスタファ君は手術が必要
NHKで今年3月に放映されたバグダッドのムスタファ君は、2003年、イラク戦争の米軍の空爆で攻撃をうけ、足に大怪我を負いました。未だに歩行は困難で手術が必要です。
ムスタファ君の手術費が今いくらかかるか見積もりを取っているところです。
日本イラク通信社では、見積もりがわかり次第、募金を集めたいと思っています。詳しくは kuroyonmaki@yahoo.co.jp まで。
2009年06月23日
世界難民の日、イラク、ヨルダン国境ではハンガーストライク
6月20日は、「世界難民の日」世界各地で、難民を理解するためのイベントが開催。その一方、まったく人のいない難民キャンプで、ハンガーストライクを行わななければいけない難民がいます。
アンマンの「現場の加藤さん」こと加藤特派員とスカイプで中継をつないでの放送。収録は22日です。
ヨルダンとイラクの国境。ノーマンズランドと呼ばれる場所は軍事緩衝地帯です。そこには186名のイラン難民がいます。もともとは1979年にイラン革命で難民となった人たちで、サダーム政権下では、ラマディにあるアル・ターシュ難民キャンプに保護されたいました。そしてイラン・イラク戦争が始まると、当然イラク政府への協力が求められました。
2003年イラク戦争で、サダーム政権が崩壊し、新政権の指導者の多くはイランに亡命していたシーア派です。そこで、彼らは再びシーア派の民兵に迫害され、2005年に国境まで逃げてきました。しかし、ヨルダンは、彼らの入国を拒否したために、国境で立ち往生。イラク国内に戻るのも危険なので国境に立ち往生することに。
結局4年以上の歳月が過ぎました。
国連は、ノーマンズランドなので人道支援もできないとし、彼らのための難民キャンプを北イラクへ作りました。
しかし、北イラクといえどもイラクです。彼らは、生命の危険を訴え、ノーマンズランドにとどまり、親戚屋家族が、難民として移住したヨーロッパなどへ第三国定住することを求め続けています。
そしてついに、イラク政府が強攻策に出ようとしました。キャンプを閉鎖し、代わりに彼らをイラク国内のアルワリードキャンプへ収容するというのです。
アルワリードキャンプは、シリア国境近くにありますが、1600人がパレスチナ人。そして、北イラクの難民キャンプに比べると、状況は非常に悪いのです。
キャンプの住民たちは、デモを行うことを決意。6月14日からハンガーストライキを開始、しかし、誰も、見向きもしません。そこは、ノーマンズランド、誰もいないからです。国境を通過するトラックや国境警備隊が、見るくらい。
ハンストで死んでしまっても、話題にも上らないのです。
そこでJIM−NETニュースでは、せめて、デモの様子を伝えようと現場の加藤記者が、電話取材をおこない、キャンプから貴重な写真も入手しました。
イラク政府が突きつけた期限は6月末。一体どいうなるのでしょう。
UNHCRが、キャンプを訪問し、話し合いがもたれることを受け、現在、キャンプでは一週間続いたハンストを中断。話し合いがこじれれば再びハンストを行うのでしょうか?
2009年06月17日
第一回JIカップ
日本とイラクが対決するチャリティーマッチがアンマンで開催。
試合前の緊張する選手たちを取材。
JIM−NETとピースボートが共催。収益は、イラクのがんの子どもたちの治療費に充てられます。
イラクでは、貧しくて病院に通うこともできない患者がいます。
2000年国連はミリニアムサミットで、2015年までに世界の貧困を半減する目標を作りました。ロナウド選手は、親善大使を買って出てチャリティゲームを行った収益金を寄付しました。UNDPは、ロナウドのポストカードを配り、キャンペーンをアピールします。
2006年ワールドカップで沸き立つアンマン。しかし、イラクからの薬の要請は、増すばかり、とうとう、一ヶ月で一千万円近くの薬の要請が。
そこで、考えたのは、かんバッチの販売。
日本のユニホームをつけたイラクの看護婦さんをデザイン。
これをつけて、日本を応援しようという試みです。
なかには、日本のゴールに対し、1000円を寄付すると申し出るサポーターも現れました。終わってみると日本は一勝もできず、缶バッチも売れずに、募金は30万円ちょっと。ロナウドのシュートに日本とJIM−NETは敗れたのです。そこで、ロナウドクラスのVIPに声をかけ、もっと大きなチャリティを考えますが、なかなかうまくいきません。
しかし、ついにチャリティゲームがアンマンで開催されることになりました。ピースボートがつれてくるという日本選手とは?迎え撃つのはイラク難民の選手たち。果たして試合の行方は?日本のNGOの奮闘が続きます。
2009年06月11日
イラクとポーランドが引き分け
日本代表がワールドカップに出場決定。しかし、カタール戦ではいまいち動きがよくなかったですね。一方6月14日から、南アフリカで開催されるコンフィデレーションカップ。これにはイラクがアジア代表で出ます。6月9日ポーランドと親善試合の結果、マハディ・カリームが鋭いシュートをいれますが、その後ポーランドにもゴールを決められて引き分け。是非イラクにはがんばってほしいですが、6月1日のカタール戦でも負けていますので、あまり調整ができていないのかもしれません。
このコンフェデレーションカップに出場するのは以下のように超豪華メンバーです。JIM-NETニュースも南アフリカまで取材に行きたいところですが、今回は予算の都合で断念です。
南アフリカ共和国 (開催国)
イタリア (FIFAワールドカップ2006優勝)
アメリカ合衆国 (2007 CONCACAFゴールドカップ優勝)
ブラジル (コパ・アメリカ2007優勝)
イラク (AFCアジアカップ2007優勝)
エジプト (アフリカネイションズカップ2008優勝)
スペイン (UEFA欧州選手権2008優勝)
ニュージーランド (OFCネイションズカップ2008優勝)
2009年05月31日
自立生活サポートセンター「もやい」を取材
JIM-NETニュースが、「もやい」を取材。
ホームレス支援や、年越し派遣村で、話題になった「もやい」
現在、イラクの絵画展を行っているというので早速取材に駆けつけました。
もとホームレスの人たちが中心に土曜日だけ集まってくるカフェ。
かれらの目に映ったイラクの子どもたちの絵、そしてイラク戦争とはなんだったのか。
日本とイラクがどうつながっていくのか、考えるヒントがたくさんあります。
絵画展は、6月6日を残すのみになりましたが、JIM-NETでもこういった交流を今後も続けて生きたいとのこと。
2009年05月16日
charity art
JIM-NETでは、アラビア語放送を開始。
ヨルダンのアンマンでは5月13日、治療にイラクからやってきたガンの子どもたちのために、ヨルダンの画廊、ダールアンダが協力。ワークショップが行われました。10の言葉を選んで子どもたちが絵と文字を組み合わせていくというもの。
言葉の中には、夢、愛、希望、平和、癒し、といったもの。
ワークショップは、日本イラク通信社のアンマン支局の中庭で開催されたが30人ほどのイラク人でにぎわった。
5月18日、ダールアンダでオークションが行われ子どもたちの絵が売られる。
なお、JIM−NETニュ−スでも、子どもたちの絵を購入できる。
問い合わせはkuroyonmaki@yahoo.co.jp まで。
ナスリーンさんが日本イラク通信社のアナウンサー試験に合格。
アラビア語版レポーターとして登場しています。彼女の活躍にご期待ください。
2009年05月14日
5.18,イラクVS日本サッカーチャリティマッチ
アンマンの支局では、最近ネット環境を改善し、ヨルダンからも配信ができるようになりました。
5.18ピースボートがヨルダンに上陸。イラク対日本の親善試合が実現。
この試合をJIM−NETニュースでも取り上げようと、初のスポーツ中継に挑戦。練習風景を取材しました。
JCF所属の加藤丈典が、今回試合に出るとのうわさもあり早速インタビューしました。加藤の練習での華麗なシュートは見ものです。
一本目は、パスワークもさえて、深いところからあがったボールに頭で合わせて見事ゴール、二本目は、これもすごい技が続出。加藤恐るべしです。
バスラ入りした日本人
しかし、そこで待ち受けていたものは、クウェートから予定された飛行機が飛ばず、会議に間に合わない。クウェート政府は今回の会議に関しては、陸路での国境を閉鎖しています。ともかく方法は、陸路しかない。クウェートの友人に掛け合いなんとか陸路でイラク入国に成功。しかし、アメリカのNGO、IMCのセキュリティコントロールに入れられ、パトカーと装甲車に護られての移動。無事に腫瘍学会の取材とサーリハ保健大臣のインタビューに成功、ドクター・トシも日本人グループに紛れ込んでバスラ入りしていることを突き止めた。
ドクター・トシがみた6年ぶりのバスラとは?
JIM-NETニュースは、アンマン支局からも配信することができるようになりました。
2009年05月10日
次回
2009年05月04日
2009年05月03日
次回予告
アメリカのブッシュ大統領は、イラクでがんが多発しているバスラにアメリカの技術で最新鋭の病院を作ろうと提案。50億円の税金が投資。しかし、仕事を請け負ったのは、ベクテルという会社。2006年には、予算を使い切り、工事は35%も終わっていないのに撤退。アメリカのNGO、プロジェクトホープが30億円を集め、スペイン政府が22億円を拠出することが決まり工事は再開。アメリカ軍コープエンジニアリングという軍の直属のエンジニアリング会社が請負いました。
しかし、アメリカ主導でうまくいくのでしょうか?社会主義政策を取り入れ、医療にハ力を入れてきたイラクが崩れかけています。
一方周辺の諸国はどうでしょう。同じくバース党が政権をとるシリアは、国庫財政基盤が弱く、そこで活躍するのは、NGOでした。
ヨルダンでは、アメリカが支援した最先端のがん病院があります。しかし、ここは私立で莫大な治療費を払わなければなりません。貧しい患者のために、ヨルダンでもチャリティNGOがありました。
NGOの役割、そしてファーストレディたちの活動。なぞのアラブの大富豪にもインタビューしました。次回配信は、5月4日を予定しています。
2009年04月28日
バスラの少女がイランで放射線治療をうける
サブリーンは、右目をがんで失いました。バスラに住む11歳の少女は、貧しくて学校に行ったことがなかったのですが、がんで入院して初めて院内学級で勉強するチャンスに恵まれました。
彼女は、独特な絵を描き、日本のNGOの目にとまると、ポストカードや、Tシャツになり、募金活動に使用され、大人気になりました。
しかし2007年にがんが再発。助かる見込みは少ないと、彼女は治療を拒否。しかし、医師や日本イラク医療支援ネットワークのイラク人スタッフの説得で、彼女の絵が如何に、大切なのかを認識。治療を再開して、絵を描いています。最近では、小さい子どもに絵を教えてもいます。しかし、昨年5月から様態が悪くなり、再びがんが見つかりました。バスラでは直す手立てもなく、残された手段は、イランで放射線治療しかありません。サブリーンがイランで治療を受ける様子をJIM-NETニュースが取材しました。
2009年04月25日
イラク戦争とイラン系クルド難民
2003年、イラク戦争開戦、多くの難民が国境に押し寄せると思われた。しかし、実際には、ほとんど難民がでなかった。しかし、4月9日、サッダーム政権が崩壊すると、新たに迫害される人たちが出始め、ヨルダン国境は難民であふれた。しかし、そんのほとんどが、パレスチナ人とイラン系クルド難民であった。今回は、イラン系クルド人を取り上げる。
2005年になると、イラン系クルド人約600人は、第三国定住としてヨーロッパなどへ受け入れが決まったが、それ以降にヨルダン国境を目指した人たちは、ノーマンズランドに据え置かれ、未だにテント生活を送っている。
国連難民高等弁務官事務所は、ノーマンズランドでは、人道支援を届けられないとし、北イラクのアルビルにあるカワキャンプへの移住を提案している。そこは、同じクルド民族が暮らしているし、治安は非常に安定しているからだ。しかし、194名の難民たちは、その申し入れを一切拒否し、動こうとしない。問題の背景にあるものは?
取材を終えて
わたしたちがカワキャンプを視察したところ状況は非常によかったです。一戸建ての家が与えられ、わたし自身がみた難民キャンプの中でも、もっとも状況のいいキャンプでした。ノーマンズランドの難民の人たちにそのことを伝えたら、「自分たちは、イランKDPのメンバーなどで政治的にもサダーム政権に協力し、中にはクルド人の弾圧に関する情報提供をおこなっていたものもいる。国際社会は、イランとイラクのクルドの違いをわかっていない。自分たちは政治難民だから、アルビルにはいけない」とのこと。
194名のうち、番組で登場した水頭症の男の家族だけが、最近スウェーデンに移住することができ、現在は186名になっています。しかし、彼らを受け入れる国はなかなか見つかりません。
わたしたちは、国際社会が、この問題を真摯に受け止めて、政治難民として一日も早く受け入れ先を探してほしいと思います。



